星に到着した。
眼下に広がるのは青と緑の調和した惑星で、遠目にはまるで地球と見紛うほどの姿をしていた。だが、私は知っている。この星はただの「似姿」ではない。内部に潜むものは地球とは比べものにならないほどの狂気と異常を孕んでいる。
私は船にクロークを施し、静かに大気圏を突破した。空気の匂いが変わり、森の大地が見えてくる。降下中にも幾度か、地の底から唸るような咆哮が響き渡った。全身の皮膚がざわつき、牙の根元がわずかに痺れる。早くもこの星の主たちの存在を実感した。
船は森の奥深くに降り立った。厚く重なる樹木が光を遮り、濃密な影が地を覆っている。湿った土の匂い、重々しい湿気、遠くで聞こえる獣の呻き。あらゆるものが「歓迎などしていない」と語っていた。
「着いたぞ」
私は後方に声をかけた。振り返ると、そこには相変わらず肉をスピアに突き刺し、焔で炙っているエイペックスの姿があった。煙が充満し、船内の空気はすっかり獣臭にまみれている。
「モグ、モグ……ふぇ?え、着いた?家?」
頬張った肉を嚙み砕きながら、奴が呑気な声を上げた。
「早く出ろ」
私は眉を顰め、奴の手からスピアを乱暴に奪い取った。炙られた肉がジリジリと焦げる匂いが鼻腔を掠めた。……くっ、妙に良い匂いがする。だが、そんなはずはない。焼いた肉など下劣で野蛮な行為。ヤウジャにあるまじき愚行だ。美味しい筈がない、美味しい筈が……
「グオ……」
思わず鼻を鳴らしてしまい、慌てて否定するように肉ごとスピアを外に放り捨てた。
「あ!俺の焼肉!!!」
奴が叫ぶ。焼肉?何を言っている?焼いた肉のことか?やはりこいつはおかしい。常識を悉く覆し、我らの文化を否定するような行為を平然とやってのける。
だが……その異常さが、どこか未来を示す気がしてならなかった。
ハッチを開けると、外には広大な森が広がっていた。濃緑の海が果てしなく続き、遠くには切り立った岩山が天を衝いている。雲間から光が差し込み、大地を切り裂くように奔る川を照らしていた。環境的には前回の灼熱と極寒の星に比べれば緩やかだ。だが、生物は違う。ここに棲むものはただの獣ではない。奴であっても決して油断できぬ。
「グオォォォ……」
その時、低く長い咆哮が大地を震わせた。腹の底に響き渡り、木々の葉がざわめいた。私は背筋を粟立たせ、思わず船に戻りたくなった。いや、正直なところすぐにでもこの場を離れたい。だが、ここは奴の試練の場。逃げるわけにはいかない。
「お!なんか強そうな生き物がいそうだなぁ!ウホッウホッ!」
エイペックスが笑いながら外に飛び出した。雄叫びに怯むどころか、むしろ嬉々としている。
私はその背中を見つめながら、改めて思った。――やはり規格外だ。
奴は森に一歩を踏み出すと、不意に立ち止まり、振り返った。
「あ!おっさん!名前はなんですかー?一応、俺の親的なプレデターなんですよね?」
……そういえば名を名乗ったことはなかったか。
「私はゴンジだ」
「ゴンジさん!」
声を低く、冷たく言い放った。
「じゃあ、精々生き残れ」
そう告げて背を向けた。内心では期待と不安でいっぱいだった。奴がどこまでやれるのか。果たして未来で見た“頂点の名を戴く巨躯”へと至れるのか。私の心臓は鈍い音を打ち続けていた。
「ゲ!肉に土ついたー!!!」
後ろで奴の嘆く声が響いたが、私は聞こえぬふりをしてハッチを閉じた。船は静かに浮上し、クロークを施しながら軌道上へと戻っていく。
下方に広がる森、その奥でまた咆哮が木霊した。
奴の試練は始まったばかりだ。
軌道上に到着した私は、船を静かに星へと向けながら操縦席に深く座った。
そして装置を操作し、エイペックスの姿を映し出す。
「ふぅ……ここで最後だ。エイペックス……生き残れるか?」
映し出された映像の中、奴はマスクを外して腰帯に掛け、肉を突き刺したスピアを担ぎながら森を歩いていた。
そして歩きながら、手当たり次第に植物をむしり取っては口に放り込んでいる。
「……コイツ」
私は思わず額に手を当てた。
次の瞬間、奴の身体がビクリと震えた。恐らく毒に当たったのだろう。だが、それきりだった。苦しむこともなく、平然とまた歩き出す。
「……もう毒が効かぬのか」
私は呟きながら歯を噛み締めた。ゼノモーフを眠らせるほどの強力な麻酔薬ならば通用するだろうか。しかし、あれは高価で希少だ。容易に使えるものではないし、いざという時――奴を眠らせる必要がある時――の為に温存しておかねばならない。もしもその麻酔すら耐性を得られたら……考えるだけで背筋が冷えた。
奴はそのまま森を進んでいった。しばらくして、大きな影の前で立ち止まった。
「……!」
私は無意識に息を呑んでいた。
奴の視線の先にいたのは、赤い体表に黒の縞模様を走らせ、大きな翼を広げた爬虫類型の怪物。二本の脚で大地を掴み、頭部には鋭い双角が生えている。翼を震わせる度に火花が散り、喉奥から低く響く唸り声が溢れていた。
大きさはエイペックスと比べればわずかに勝る程度。だが、全体の質量と存在感は奴を凌駕している。周囲には食い散らかされた草食竜の死骸が転がっていた。
「……翼竜種か」
私の声は自然と低くなる。これはただの獣ではない。この星に跋扈する“龍”の一角だ。
奴はしゃがみ込み、じっと観察していた。だが、突然手に持った肉を引き抜き、その怪物の背後へと投げ放った。
「何をするつもりだ……?」
投げ込まれた肉が地に落ちる音に反応し、赤い翼竜は首をもたげ、視線を背後に向ける。
その瞬間――
「よっしゃ引っかかった!……いくぜッ!リオレウス!!!」
「……リ、リオレウス?な、何を言っているんだコイツは!?」
思わず声が裏返る。奴が叫んだその名は聞いたことのない言葉だった。まるで昔からの宿敵とでもいうような口ぶり。
だがそれ以上に驚かされたのは、奴の眼光だった。
燃えるような闘志を宿し、全身を躍動させ、今にも飛びかかろうという姿勢。
私はモニター越しに見ながら、全身の血が逆流するような錯覚に襲われた。
「馬鹿者……!お前はまだ子供だ!敵うはずがない……!」
そう叫んでしまいそうになる。だが私は黙した。これは奴の試練、介入は許されない。
エイペックスの気配に気づいた赤き翼竜が大きく口を開き、灼熱の焔を吐き散らした。
映像越しにすら感じる熱波。木々が瞬時に燃え上がり、煙が空へと昇っていく。
「……これが龍か」
私の牙が震えた。あまりに圧倒的な存在感、まるで神話の化身のようだ。
だが、エイペックスは笑った。
「ヒャッハーーー!!!」
奴は炎を避けるでもなく、真正面から駆け抜け、スピアを構えながら飛び込んだ。
「狂っている……」
私は思わず呟き、爪を握り締めた。
「飛び込んで転がって回避っ!やっぱアッチィーーー!!!」
そして奴が炎の中を突き抜けてきた瞬間、私は目を疑った。
皮膚は灼け焦げ、肩や胸から煙が立ち上っている。だが、エイペックスはそれすら意に介さず、目の前の赤き巨竜へ一直線に突進していった。
次の瞬間、スピアが閃いた。
「グオブッ!」
鈍い音と共に、鋭い刃は巨竜の顎下から天辺まで突き貫いた。開きかけた口が痙攣し、火炎を吐き出すはずの喉が閉ざされる。
「……!」
あまりに鮮やかな一撃に、私は言葉を失った。これほどの巨躯を持つ生物を、初撃で封じるなど到底常軌を逸している。
だが奴は止まらなかった。
スピアを貫いたまま、巨竜の横面に盛り上がった筋肉の腕を叩き付けた。
「ドゴッ!」
骨を殴打する重い音が響く。
その一撃で竜の頭部が傾ぎ、地響きが走る。私は全身の毛が逆立つのを感じた。
「恐ろしいな……」
思わず口を突いて出た。
もし……あれが自分に向けられたらどうなる?
想像するだけで背筋に氷柱を突き立てられたような恐怖が這い上がってきた。
あの腕で殴られれば、私の頭など容易く吹き飛ぶだろう。鉄を打ち砕くような拳だ。冗談ではない。
巨竜は喉を突かれたまま暴れた。翼を広げ、樹々を薙ぎ倒し、尾を振り回す。
「ギャオオオオオオオッ!!!」
咆哮は血の泡で濁り、吐き出す炎も歪んでいる。だが、その動き一つ一つが大地を揺らし、周囲を破壊する。
エイペックスはそれを楽しむかのように叫んだ。
「ウォオオオオオオオ!!!」
竜と獣、二つの咆哮がぶつかり合う。森全体が震えていた。
奴はスピアを引き抜き、竜の翼に飛び掛かった。巨大な筋肉が爆ぜるように動き、空へ舞い上がる竜の翼膜を一閃で切り裂く。
赤い血が雨のように降り注いだ。
竜はバランスを崩し、大地に叩きつけられた。
「こ、こんな……」
私は操縦席でそれを愕然としながら見ていた。
これが十四歳の子供か?
既に成人を越えた狩人よりも強大で、獣と同じ目を持ちながら、純真に楽しんでいる。
恐怖と同時に、確かな確信が芽生える。
――やはり、あれは【頂点】だ。
巨竜は翼を広げ、ふらつきながらも宙に浮いた。
翼膜は切り裂かれ、破れた箇所から血が滴っているというのに、悠然と、堂々と空を支配するかのように舞い上がる。その姿は圧倒的であり、怪物の威風を余すことなく放っていた。
「グギャオラァァァァ!!」
喉奥で燃える太陽が炸裂する。
口腔から放たれたのは、ただの炎ではなかった。まるで恒星そのものを切り抜いてきたかのような輝きを孕んだ火球だ。赤橙に光を纏い、地を抉るほどの熱量を孕み、正面にいたエイペックスに直撃する軌道を描いて迫る。
その熱気は離れた私の船のモニター越しにすら伝わってきた。大地が裂け、草花は一瞬で蒸発し灰に帰す。そこにあるものを存在ごと消し去る焔。
――普通の狩人ならば、ここで消し炭となる。
だが。
「ハッ!もうその動きは
奴は笑いながら、訳の分からない言葉を吐いた。リオレウス?まただ、また私には理解できない謎の音を口にしている。
そして、まるで遊戯でもするかのように、火球をほんの一歩でかわしたのだ。
跳ねるように前転し、地を転がり、炎の奔流を背に受けながら立ち上がる。火炎の熱に晒され皮膚が焦げ、煙が上がっているというのに、その顔には笑みすら浮かんでいた。
「こい!!!大自然!!!」
叫んだ。意味不明だ。何語なのかも分からない。
だが、その姿を見た私は背筋を震わせた。
――恐ろしい。
恐ろしいはずなのに、何故か胸の奥でざわめくものがあった。
奴は火球を避けきった後、間髪入れず巨竜へと肉薄する。巨竜は翼を振り下ろし、暴風を生み、さらに尾を振り回して大地を薙ぐ。
「ウォオオオオオ!!」
エイペックスの咆哮が響く。
尾の一撃をスピアで受け流し、その勢いを利用して跳躍し、巨竜の首元に食らいついた。スピアの刃が閃き、竜の鱗に火花を散らせる。硬い。あれほどの筋力で突き込んでも容易には貫けない。
だが奴は怯まず、更に拳を叩き込んだ。
「ドゴォォォッ!!」
巨竜が呻き、空気が震えた。
私は船の操縦席で、拳を握りしめながら見入っていた。
「……これはもう、狩りではない」
口の中で呟く。
戦いですらない。
怪物と怪物の、ただの衝突だ。
エイペックスは子供だ。十四年しか生きていない。だが、その姿は王者の風格を既に纏い始めていた。
火球を避けるその動き一つ、拳を振るうその腕一つが、私には「未来」を見せていた。
「あっ!!!」
巨竜が咆哮を上げ、翼を大きく広げた。
その巨体を捻り、エイペックスの渾身の突きを振り払い、空へと舞い上がる。樹々をなぎ倒し、枝葉を粉砕しながら、やがて天へと抜け、姿を消した。
土煙だけが残る。
「うわああああああ!!!もうちょっとだったのに!なぁ!?あれ絶対ドクロ出てたよなぁ!?マジでクソ雑魚ヘタレウスやんけ!ワールドツアーして逃げんなやああああ!!!」
……は?
私は一瞬、自分の耳を疑った。
ヘタレウス? ワールドツアー? 何を言っている? 意味が分からない。奴の叫びはどの部族の言語にも属さない。まるで、異なる世界の断片を引きずっているかのようだ。
エイペックスはスピアを肩に担ぎ、巨竜が去っていった空を見上げてなお、悔しげに叫んでいた。その姿は子供のように見えるのに、漂わせる威圧感は大狩人そのものだった。
「……」
私はしばし、何も言えずただ映像を見つめた。
焔を避け、鱗を裂き、あれほどの怪物を追い詰めておきながら、まるで遊戯に負けた少年のような表情で喚いている。矛盾している。恐ろしくもあり、笑ってしまうほどでもあった。
だが、その底知れぬ異質さこそが奴の本質なのだろう。
「コイツ……ここでも楽勝で生き残れそうだな」
心の中でそう呟く。
戦闘中に意味不明な叫びを放ちながら、それでいて巨竜と互角以上に渡り合い、最後には逃げられたと肩を竦める。そんなヤウジャなど聞いたことがない。いや、ヤウジャと呼ぶのもためらわれるほど常軌を逸している。
私が十四の頃はどうだった? まだ臆病で、狩猟団に加わる勇気すら持てなかった。オリオンに叱咤され、逃げ腰の自分を誤魔化すのに必死だった。それがアビサルという名の意味――【底】を歩く臆病者だった。
だが目の前にいるのはどうだ。
己の身体を焼かれ、皮膚を焦がされても怯むことなく、笑みすら浮かべて獲物に食らいつく。痛みを糧にし、死を娯楽にし、そして未来を掴む。
これが「エイペックス」。
【頂点】の名に相応しい存在。
いや……。
未来から来たあの巨躯のヤウジャ、そして私が夢で見た姿と完全に重なり始めている。
「これが……私の
口の中で呟き、握った拳を膝の上で震わせた。
臆病者である私には到底辿り着けない頂。その姿を、私は今、自らの眼で見届けている。
羨望か、恐怖か、それとも歓喜か。分からない。ただ一つ分かることは――この少年は必ず生き延びる。どんな怪物が立ちはだかろうと、どんな星に放逐されようと、必ず。
だからこそ、私には彼を見守る責務がある。
私は深く息を吐き、操縦席の背に体を預けた。
「……さぁ、見せてもらおうか。お前が歩む未来を」
そしてまた、時が流れていく。
外伝で1番書きたかったのがやはりエイペックスの極限サバイバルです。今は非公開にしてある【進化版】でも書こうか悩んでたんですが、やっぱりプレデターでクロスオーバーであればモンハンは外せなかった。本編でもどこかに入れようかなと思ってたんですけど、いい流れが思いつかなかった。ちなみに、まだエイペックス君の前世の記憶は割とあります。成人する頃にはほとんど忘れてプレデター色が強くなってました。ただ大和魂インストール状態なので、思想は日本人に偏ってます。