映画マジで楽しみ!!
エイペックスの故郷――アヌ族の母星。
その中心に築かれた大聖堂の、さらに地下深く。
星の核に最も近い空間に存在する一室――大祭壇。
この場所に足を踏み入れることを許されるのは、エルダーと、ごく限られた者たちだけ。空間は常に暖かく、湿度は低く、空気はわずかに鉄と香の匂いが混じっている。
天井を支える柱には、古代の戦神の意匠が刻まれ、壁一面にはアヌ族の歴代大狩人たちが仕留めてきた巨大な獲物のトロフィーが陳列されていた。ゼノモーフ、ラヴァサウルス、宇宙クマ……そしてプレデリアン。その全てが、異常なまでの殺意と誇りを宿したまま、沈黙の中に存在している。
そんな荘厳な空間の中央。
石造りの長椅子に腰かけたのは、アヌ族の育成教官長にしてエルダー補佐――ゴンジだった。
巨大な手には、黒曜石製のカップ。その中には湯気を立てる抹茶色の液体――プロテイン。ゴンジの好物だ。
ゆっくりとひと口飲み、重々しく視線を持ち上げると、目の前にはこの星の支配者であり、族の歴史そのものであるエルダーが座っていた。
「エルダー。エイペックスを……バッドランズへ向かわせました」
その言葉に、エルダーが手にしていた白陶のカップから、淡い香りの液体……ミックスフルーツ味のプロテインを飲んでいたエルダーが勢いよく噴き出した。
「ブホォッ!!……な、なにを言っている。お前、正気か?」
エルダーは目を見開き、咳き込みながら髪にかかった液体を拭う。
その表情は狼狽というより、もはや呆れに近かった。
「いや……まあ、確かに……奴は創造種族を殺めた。あれは問題行動と言えば問題行動だが……それでも、バッドランズはやりすぎだろう……!」
対するゴンジの顔に、動揺は一切ない。
むしろ抹茶プロテインの香りを楽しむように、目を細め、静かに答えた。
「建前……というやつです。創造種族への介入は、奴の衝動にすぎません。理はありません。だから、罪にもなりません。それにあの場にいた
エルダーの眉が僅かに動いた。
「では、なぜ……?」
ゴンジは、持っていたカップをそっと置いた。
その視線は、遠く、しかし迷いのないものだった。
「あの星に、エイペックスを満足させられる者はいないでしょう。おそらく、すぐに退屈して戻ってくる。ですが……“目覚め”は必要です。力の意味を問い直す……奴をまともな狩人にするには、あの混沌すら、適していると判断しました」
「ふむ……しかし、バッドランズだぞ。あれは名誉なきバッドブラッドの巣窟……ただの罪人共の捨て場に過ぎん。いくら奴が戦闘狂でも、同族を殺すようなことを進んでするとは思えんがな。あの時のように船でも爆破されん限り、それはないと思うが……」
エルダーは溜息をひとつ吐いた。
だが同時に、口元にはごくわずかな笑みが滲んでいた。
ゴンジは黙っていた。
かつて未来から現れた偉大な狩人を、自らの手で送り出した過去。三百年の時を経て、ようやくその“始まり”が現実となった。
エイペックス――その名を持つ狩人が、今まさに、己の答えを探しに荒野へと向かっている。
「それでも、奴はきっと……何かを連れ帰ります。必ず…多分」
その言葉に、エルダーはカップを掲げた。
「今多分って言ったよな?……ふむ……ならばせめて、星が砕けないことを祈ろう。……バッドランズがな」
俺は今、断崖の上に立っている。正確にはジャンプで崖を登って、そのまま石の上でしゃがみ込んでる感じだ。足場は悪いが、眺めはいい。風も気持ちいいし、ちょうどいい高さにトカゲも這ってくる。こいつは晩メシ候補。
前方、谷底。
そこには集落――プレデターの住まいらしきものが見えた。だが想像してたのとは、だいぶ違う。
「……すっごいボロボロだが。これが本当にバッドブラッドの集落か?」
建材のほとんどはジャングルで切り出した原木と、獣の骨。補強もされていない足場。崩れた屋根、焦げ跡のあるテント、落ちた防壁の影で横たわる個体もいる。動く者たちもほとんどが傷だらけで、まともに武装してるやつすら少ない。
噂じゃ、ここには掟破りの狂戦士たちがウヨウヨいるって話だったけど……どうにも、ただの“傷病兵の村”にしか見えない。
「……あれ? バッドブラッドってこんな感じなのか? いや、待てよ……」
俺はマスクの視界を拡張して、谷の先――斜面の影に目を向けた。
「……ん?」
来たな。
あの動き、ただのプレデターじゃない。
谷の道に沿って、ゆっくりと迫ってくる黒影の集団。
赤外線視界を切って、ズームをかける。武器の重み、装甲の構造、呼吸の制御――全部が整っている。
「なるほど。あれが“看守”ってやつか」
それまでボロボロだった谷底のプレデターたちが、一斉に動きを止めた。立てる者は立ち、隠れる者は陰に退いた。明らかに“迎え撃つ”でも“反発する”でもなく――“従っている”態度だ。
支配されてる。完全に。
あの集団は明らかに軍隊編成。
個体差はあるが、動きに無駄がない。スキャンすると、全員がフルマスク装着、何名かはエナジーソード装備。先頭の一人は、背が高く、動きにまったくの隙がない。リーダーか? それとも、“処刑役”か?
……にしても、嫌な空気だ。
俺はそっと腰を落として、背のスピアを調整した。
手を出すつもりはまだない。でも、星の空気がピリピリしてる。普通の星じゃない。戦場の前の静寂ってやつだ。
ふむ、ゴンジの奴……。
やっぱり、面白い所に俺を送り込んでくれたじゃないか。
さて、しばらく観察するか。
俺が介入すべきなのか、それとも……この星が俺を呼んでくるのを待つべきか。
風が変わった。どこかに、血の匂いが混じっている。
谷底の集落に、戦の匂いが漂い始めていた。
……いや、正確には“処刑”の匂いか。
看守たちが動いた。
最初に首を取られたのは、片脚のない年老いたプレデター。次に、腕を吊っていた若い個体。
抵抗すらできず、いや、させてもらえず――瞬く間に地面に叩き伏せられ、命を断たれた。
武器すら持っていない連中だ。片や、フル装備の軍編成。戦いというより、“見せしめ”だな、これは。
「……あいつら、看守とは名ばかりか。掟もクソもねーな……」
俺は立ち上がり、スピアの柄に手をかけた。
この武器はゴンジから受け継いだもの。鋭く、重く、手に馴染む。
構えただけで、脳が“戦”を思い出す。視界が狭くなる。筋肉が沸騰する。
「さて……一発挨拶でも入れとくか」
スピアを振りかぶり、狙いを定めた瞬間――
「……ん?」
反対側の崖。そこから、何かが降りた。
一瞬、風が逆流したように感じた。空気が張りつめ、殺意の気配が谷に満ちる。
黒い岩壁の上、ひとつの影が、静かに宙を舞った。
それはプレデターだった。
だが、どこか様子が違う。
赤い肌。黒ではなく赤。珍しい血筋だ。
髪は後ろで結われ、長く伸びたドレッドが風になびく。
体格は標準よりやや小柄に見えるが、無駄のない筋肉の張りが遠目でも分かる。獣のようにしなやかで、鋼のように硬そうだ。
「……おお、やる気あるな」
そいつは背から剣を抜いた。
あれは……エナジーソードか。いや、形が違う。改造品か?
何にせよ――切れ味は本物だ。
飛び込んだ直後、地面に着地した反動を利用し、スピンするように一体の看守の膝を斬り飛ばした。次の瞬間、滑り込むように腹下へ潜り込み、喉を掬い上げる。
一本、二本、三本――
看守たちが、次々と崩れ落ちていく。
集団で動いていた軍勢が、たったひとりの“異物”に対応しきれていない。
予測外の存在に、システムが追いついていないというわけだ。
「へぇ……やるじゃん」
思わず口から漏れた。
これだけやるプレデター、久しぶりに見た。
構えかたに無駄がなく、剣の間合いが正確だ。
足の運びは地形を完全に把握していて、攻撃よりも先に“死角”を潰している。動きが理にかなってる。
あれは本能だけで戦ってるヤツの動きじゃない。
「さて……これは様子見のつもりだったけど、面白くなってきたな」
俺はスピアを再び背に収めた。
まだ出る時じゃない。ここは“観察”を続けよう。
この“赤い狩人”が、何者で――そして何を見ているのか。今は、それを知りたい。
……にしても、いい顔してるじゃん、あいつ。
戦ってる時の顔って、誤魔化しが利かない。
そこに本音が出る。あの目は、殺しが好きなんじゃない。
“殺す理由”がある奴の目だ。
ふむ、興味出てきたぞ。
名前、あるのかな。あれば聞いてみたい。
なけりゃ、勝手につけてもいいかもな。“赤い牙”とか、“谷を斬るやつ”とか……いや、ちょっとダサいか?
などと考えていたその時だった。
谷の空気が一気に変わった。
看守たちが、再編成を始めた。
指揮官らしき個体――全身に黒金の装甲を纏ったやつが前へ出て、両腕のエナジーソードを展開した。周囲の看守たちにも号令が飛んだらしく、各個が散開し始める。
「おっと、包囲網か。やっと本気になったな」
赤い狩人――彼は既に読んでいた。
次の攻撃を仕掛けるより先に、飛び退いて間合いを取り直している。自分が“狙われている”ことを瞬時に理解していた。
俺はその動きを見て、もう一度スピアに手をかけた。
谷の中央では、火花が弾け、断末魔の悲鳴が響く。
看守たちの一部が、まだ残っていた谷の住人たちに矛先を向け始めたのだ。
赤い狩人に気を取られていた隙に、弱者を狙う――なるほど、合理的だが胸糞悪い。
「なるほどな……こりゃもう見てらんねぇな」
俺はスピアを一回転させてから、右手に収めた。
狙いは、谷中央――看守たちの包囲陣の外縁。まずはそこから崩す。
そして――踏み出す。
跳躍。崖を蹴り飛ばし、爆音とともに地表に飛び込む。
空気を切る音、地が揺れる。マスクが風圧でズレかけた。
――ドガァン!!
着地した瞬間、最前列にいた看守の一人が爆ぜた。
俺の足の裏に入った衝撃が地面を割り、武装ごと奴の胸骨が弾け飛んだ。
慣性を殺さず、振り抜くようにスピアを横一文字に振ると、続けざまに2体の看守が吹き飛んだ。
「おーっと、失礼。ちょっと通るぜ」
誰かが何かを叫んでいたが、聞いていなかった。
前しか見ていない。敵しか見えていない。
斜めに回り込もうとした看守が、エナジーソードを振りかぶった。
俺は地を滑るように回転し、その懐へ。柄で腕を弾き、スピアの先端で首元を浅く裂く。
……その時、空気が切り裂かれる音が後方から迫った。
俺は反射的に身を沈め、真上を何かが飛び越えていった。
赤い閃光。
剣を逆手に持ち、重心を限界まで沈めた突進。
それは――赤い狩人。俺が観察していた“彼”だった。
「っとと……すれ違いざまか。悪くない判断だ」
彼は俺には一切目を向けず、まっすぐ看守の中心へ。
俺の攻撃で崩れた陣形の隙間を読み切って、最奥へと切り込む。狙いは――指揮官か。
「なるほど、マジでやるな……」
俺はその背中を追いかけたくなる衝動を、わずかに堪えた。
だが心は決まっている。
この星で、あいつは間違いなく“俺の目標になる存在”だ。
ライバルか、戦友か、それとも――獲物か。
「赤い兄ちゃん、名前、マジで聞かせてくれよ」
俺は再びスピアを振り、谷の中心に向かって突進した。
振るうたびに、空気が唸り、肉が裂け、骨が砕ける。
一撃ごとに、戦場が削れていく。看守の列が、まるで濁流に飲まれる藁のように消えていった。
……いや、俺だけじゃない。
反対側からも、赤い閃光が次々と看守を沈めていく。
速い。正確。鋭い。なにより、迷いがない。
あれが“赤い狩人”。なるほど、あいつ――強いわ。
俺と彼の挟撃を前にして、看守たちは完全に混乱した。
統率が崩れ、指示系統が切れ、最後にはただの“逃げ惑う個体”になっていた。
俺のスピアが最後の一体の心臓を貫いた瞬間、戦場に静寂が戻った。
硝煙の匂い、焼けた肉、熱と血の入り混じった生臭い空気。
谷の集落は、惨劇の跡を刻みながらも――生き残っていた。
……そして、赤い狩人が、俺の前に立った。
剣を下ろさず、油断なく構えている。
目は鋭く、完全に“警戒”の相。それでいて、殺気というよりは“確認”の意志を感じる。
敵か、味方か。それを見極めようとしている――そんな眼。
俺はゆっくりスピアを地面に突き立て、両手を広げた。
「ちょっと待ってくれ。俺は味方だ。敵じゃねぇよ」
相手の目はまだ緩まない。まあ、当然か。
この星で初対面で、いきなり“殺さなかった”奴がいたら逆に信用できねぇもんな。
だから、まずは名乗るところから。
「俺の名はエイペックス。アヌ族の……まあ、自称・放浪者ってとこだな。部族的には“大狩人”とか“大勇者”とか言われてるらしいけど、自分ではあんま意識してねぇ」
構えはまだ解けない。だが――微かに、目に揺らぎがあった。
言葉が通じた。理解されてる。だから、俺はさらに踏み込む。
「お前は? 名前、あるだろ?」
……沈黙。
まあ、そんな簡単に答えないよな。
でも、こっちはどんどん喋るぜ。これが俺のスタイルだからな。
「それにしても、かなり動けるな! いや〜、あの動き惚れ惚れしたぜ!」
俺は嬉しくなって、スピアの先端を軽く地面に打ちつけた。
「こんな星でよく強くなったなぁ! それによく鍛えられてる! 見りゃわかるよ、筋肉の密度とか、動きの質感で!」
もう構えなんて気にしちゃいない。
純粋な感動を、言葉に変えてどんどんぶつける。
「……なあ、プロテイン、何飲んでる?」
……その瞬間、赤い狩人の構えが少しだけ緩んだ。
いや、正確には――“ポカーン”としてた。
目を見開いて、口を少しだけ開けたまま、まるで“何を言ってるんだコイツ”という顔で俺を見ている。
その表情が、なんというか、無防備すぎて可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「……あ、ごめん。ちょっと喋りすぎた?」
俺は頭をかきながら、笑った。
「でも、聞いておきたいんだよ。だって、ここにこんな奴がいるなんて思わなかったからな。バッドランズってのは、名誉も掟も捨てたプレデターたちの墓場だって聞いてた。でも……お前は違う。そうだろ?」
ようやく、赤い狩人の目が細くなる。
まるで“お前、何者だ”と問いかけるように。
だから俺は、もう一度、名乗った。
「俺の名は――エイペックス。お前に興味がある」
静寂の中に、確かに何かが芽生えた。