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……そして、赤い兄ちゃんは何も言わず、すぃーっと歩き出した。
「えっ?」
俺は思わずその場で立ち尽くした。
いや、俺、けっこう頑張って話したんだけど。距離も縮めようとしたし、褒めたし、プロテインの話も振ったし。なのに。
無言で背を向けるってなによそれ。
新手の無視か?それとも言葉通じてないのか?
「おーい!ちょっと待って!おいおいおい!俺も行くって!」
俺はあわててスピアを背負い直して、後ろを追いかけた。
赤い兄ちゃん――いや、赤肌のプレデターはまったくこっちを見ずに歩いていく。静かで、獣みたいな足音。森を割るように前進していくその背中、まるで“誰も近寄るな”とでも言ってるみたいな空気だ。
……けどな、俺はそれでも喋る。
「にしても助かったなー。俺が降りたときにはもう結構やられてて、正直全部食い止めるの無理かと思ったけど、君がいたから助かったよ。いやマジで。いい動きしてたよね。あれだろ?日頃からサーキットトレとかHIITやってるだろ?」
赤い牙(仮名)は無言でジャングルに踏み込んでいく。
谷を抜けてすぐの密林地帯は、思った以上に生き物の気配が濃い。足元には腐葉土、湿気が喉に絡みつく。何かの外骨格を持った虫がブンブン飛び回っている。
「いやーそれにしても、この星の空気すごいね!毒ガス寸前って聞いてたけど、逆に肺が鍛えられる気がする!ていうかこれ絶対、有酸素運動になるやつだ。やべぇ、体に良い」
それでも無言。
どんだけ喋りかけても返事なし。でも俺は喋る。これが俺の習性だ。
沈黙ってのが一番苦手なんだよ。筋トレしてる時でも独り言言ってるくらいだからな。
しばらくして――森が抜けた。
広がったのは小さな開け地。中央に、打ち捨てられた宇宙船の残骸が横たわっていた。
「……ほう?」
錆びついた外板。割れたキャノピー。半壊したエンジンユニット。
それが木々の間に埋もれるようにして、そこにある。
その船体には、はっきりとしたロゴが残されていた。
白地に黒のライン。見覚えのある“W”のエンブレム。
「……うーん?おいおい……マジかよ」
俺は思わず前に出て、船体の側面に手を置いた。
「こんなとこにまで来てんのか、アイツら。……《ウェイランドユタニ》」
人間の企業の中でも、特に厄介な連中。
ゼノモーフとズブズブ、クローン実験と違法採掘、あと“絶対に踏んじゃいけないボタン”をすぐ押す習性。
このマークがあるってことは……つまり、だ。
「この星、ヤバいものが埋まってる可能性あるな……」
そして、それを知ってて潜り込んでるプレデターがここにひとり。
赤い狩人――あんた、ただ者じゃねぇな。
彼はそのまま宇宙船の残骸に入っていく。たぶん、あれが住処なんだろう。
そこに続く通路の前で、一瞬だけ、俺の方を振り返った。
目が合う。
ほんの、数秒のことだったが……その瞳には、わずかな“戸惑い”があった。
それを見て俺は――ニッと笑った。
「よし、じゃあ今日はお邪魔しに行っちゃおうかな。プロテイン、持ってきてるし」
軽くスピアを背負い直して、船の残骸――いや、今となっちゃ完全にプレデター専用の隠れ家って感じの住居に、ズカズカと足を踏み入れた。
中は……意外と、スッキリしていた。
外装はボッコボコで、半分土に沈んでるし、草も生え放題だったのに、内部はちゃんと整理されてる。腐食防止の膜でも張ってるのか、空気も案外悪くない。しっかり換気されてる。えらいな。
んで、目の前に広がったのは――狩人の証。そう、トロフィーの壁。
「うお!!お前!!」
思わず素で声出た。
「これゼノモーフじゃん!!マジか!!しかも頭の形状……ウォーリア種か?……いや、リブの数と表皮の硬化の感じ、これ“プレトリアン系統”だろ!?すっご!!!」
俺、思わず前に出て指差してた。いや、だってそうだろ?こっちの壁にはゼノモーフの頭蓋が三つ並んでて、全部違う種類。しかも、どれも保存状態がやたら良い。やるなぁ……こいつ、マジで狩ってるわ。でも…こいつ…この星に閉じ込められてたんじゃ?
「え、ってか、こっち……!!うわ!!ちょっと前に地球で暴れてたイカ野郎じゃん!!!」
俺は壁の右側に飾られていた、触手まみれの巨大な頭骨を見て一歩下がった。
「こいつ!俺、地球のニュースで見たぞ!?“生物兵器と融合した寄生体”って呼ばれてたやつじゃん!……まさか、お前が仕留めてたのか……!」
思わず振り返った。背後で静かに動く赤い狩人は、特に反応を返さない。それが逆にカッコいいというか、クールすぎてちょっとズルい。
「……いや〜、参ったな。俺もそれなりに狩ってきたつもりだったけど、こんなにイイもん飾ってる奴、初めて見たかも」
俺はトロフィーの列を指でなぞりながら、ため息をついた。
ゼノモーフ、異星獣、機械融合体、そして人間の軍兵器らしき部品まで――
このプレデター、戦って生きてきた軌跡が、全部この壁に詰まってる。
だから、改めて言いたくなった。
「なあ……ホント、名前なんて言うんだ?」
振り返って見たその背中は、やっぱりまだ答えてはくれない。
だけど、ほんの一瞬だけ――
肩の動きが、ほんのわずかに揺れた気がした。
「ふふん。言わなくてもいいさ。俺が勝手に呼んでやる。“デスジャングルの赤牙”ってな!……いややっぱ長ぇな。“デク”でいいか」
自分でもどうしてそう名付けたのかはわからないけど、なんかピッタリだったんだよな。
鋭いけど、どこか若くて、真っ直ぐで。危なっかしいけど、強い。
そして――妙に気になる。
「よし、今日のプロテインは特別に分けてやろう。抹茶味だ。俺のお気に入りの一つ」
勝手に座って、勝手にシェイカーを振る。
完全に初対面のテンションじゃないのは自覚してる。
でも――なんか、そうしたくなったんだよな。
この星で、こんなプレデターに出会ったのが、なんか嬉しくて。
「ほれ!飲んでみろよ!」
そう言って、俺はさっきからシャカシャカ振ってたプロテインのシェイカーを軽く放った。
いい感じに回転して、スッとデクの方へ飛んでいく。
彼はちょっとだけ驚いた顔をしたが、すぐに片手でキャッチした。うん、反射神経もバッチリ。さすがだな。
……で、匂い嗅いでる。
……あー……やっぱ怪しんでるな。いや、怪しいっていうか、「何これ」って顔してる。
抹茶味のプロテインがプレデター的に馴染みないのはまあ、仕方ない。アヌ族には人気だけど。
「飲んだらわかるって。甘すぎず、苦味もあって後味スッキリなんだよ。マジでトレ後に最高だから。俺、これでマジで身体デカくなったぜ?まぁ元々デカかったけど…より強くなった!」
そんなふうに調子よく喋ってるくせに――
俺の目は、さっきからずっと背後のトロフィーに向けられてた。
特に、あのゼノモーフの頭骨。
……あの、骨の形。
どこか、いやに人間寄りなんだよな。
ゼノモーフってのは、宿主によって形状が変化するのは周知の通り。
この骨は間違いなく“人間から産まれた個体”だ。
で――その傍らに散乱してる、焦げた金属パーツ。
焼け焦げた“ウェイランドユタニ”の記章入りタグ。
「……うーん」
俺はそっとしゃがみ込んで、そのタグを拾い上げた。
指で煤をなぞりながら、溜息をひとつ。
「おいおい……全く、あの連中……」
“ウェイランドユタニ”。
地球において最もデカくて最も危険な企業体のひとつ。
未知の生物兵器と技術を追い求めて、倫理も掟も命も踏み越える、最悪の集団だ。エレンやアマンダはコイツらのお陰でかなり苦労した。
「……こんな宇宙の辺境の星にまで、何しに来てたんだ?」
振り返って、もう一度ゼノモーフの頭骨を見やる。
角の付き方、成長痕、腹側の貫通傷――
「……戦闘で死んだってより、逃げて、追われて、最後に殺された感じ……だよな。こいつ」
俺の独り言に、デクは何も言わない。
ただ、プロテインのキャップを開けて、中身をちょっとだけ舐めて、そっとフタを閉じただけ。
……まあ、飲まないよな。信じろって方が無理ある。
でも、キャッチして投げ返さなかっただけ、ほんのちょっと前進した気がする。
「なあ、あんた、知ってたか?あいつら、ゼノモーフを“管理できる”って本気で思ってんだぜ?」
思い出すたび、呆れて笑っちまう。
「研究施設で大量繁殖させて、“完全制御個体”とかいう名前つけて、結局制御できずに壊滅してんの。宇宙で三回くらい見たぞ、そういうの」
……でも、ここにそれがあるってことは。
「……お前も、“巻き込まれた”ってクチか。あるいは……“狩りにきた”か」
静かにトロフィーに触れる赤い狩人の背中は、やっぱり何も語らない。
でも、その無言が、どこか重たく感じた。
この星に、何があるのか。
何が、隠されてるのか。
……そして、このプレデターは、それにどう関わってきたのか。
「……ふむ」
背後でプロテインのシェイカーが、カタン、と小さく揺れた音がした。
外では、何かが這い回る微かな振動が、地面を通じて伝わってくる。
ああ、やっぱりだ――
「面白くなってきたな」
俺が呟いたその瞬間――
デクは黙ったまま、船の奥へと消えていった。
まぁ、あの感じだと俺のテンションに若干引いてるか、それとも“何か”を取りに行ったかのどっちかだな。
数秒後、足音が戻ってくる。
「お、なんか持ってきたな……って、それ……ん? マスクか?」
彼が手にしていたのは、俺もあまり見たことのない形状のバイオマスクだった。
色は深い黒――いや、厳密には炭化したような鈍い黒。
額の左右には、鋭く突き出す一対の角のような装飾が施されている。
実用性重視の標準型とは違って、戦士の誇りというか、何かの“象徴”って雰囲気だ。
「……渋いじゃん。え、くれんの?」
俺が冗談混じりにそう言ったら、デクは無言で手渡してきた。
「……見ていいのか?」
聞いたら、静かに頷く。
俺は慎重にそれを受け取り、自分のコンピューターガントレットからコードを伸ばした。
マスクの端子に接続。通信インターフェースを起動。
「よっ……と」
――パチッ。
マスクの内部システムが再起動され、俺のヘルメットに映像が映し出される。
そこにいたのは――
クラシック族のオスのプレデター。
そして、赤い肌のメスのプレデターだった。
「……!」
荒い呼吸、汗を滴らせる皮膚、力の入った四肢。
映像の中のメスは、腹部を押さえながらうめき声を上げ、周囲に蛍光色の血が飛び散っていた。
「これ……出産か……?」
バイオマスクのカメラ映像は揺れながらも、その場を正確に捉えていた。
メスは最後の力を振り絞るようにして、赤子を産み落とす。
産声――いや、獣じみた小さな咆哮。
生まれたばかりの赤子が、弱々しく手足を動かし、肺いっぱいに空気を吸い込む。
そして――
メスは動かなくなった。
彼女を支えていたオスは、ほんの数秒その場に跪いたあと、ゆっくりと赤子を抱き上げる。
その目に、どんな想いがあったのか……それはわからない。
でも、映像の最後に映ったのは、赤子の顔。
赤い肌に、はっきりとした額の模様。
それが――今、目の前にいる赤い狩人と同じだと、すぐにわかった。
「そうか……これ、お前の母親か……」
マスクをゆっくり端子から外し、俺は隣にいるデクに向き直った。
「お前の母ちゃん、強そうだな」
デクは少しだけ目を伏せた。
でも、その肩の震えとか、拳の握り方とか……全部が、返事みたいに見えた。
「ってことは、このマスク……母親の形見ってやつか。なるほど、こりゃ大事にすべきだ」
俺はバイオマスクを丁寧に元の場所へ戻しながら、少しだけ自分の胸に手を当てた。
俺には“母”って存在の記憶が残ってない。気づいたらポッドの中だった。朧げな前世にすら、そんな鮮明な記憶はない。だけど、こうして誰かが何かを守り続けてるのを見ると、なんかこう……ジンと来るっていうか。
「なあ、俺と一緒に来ないか?」
唐突だったけど、自然と口から出てた。
「この星、なんかあるだろ。ゼノモーフがいて、人間が来て、あんたがいて……そして、ウェイランドユタニのタグまで落ちてる。どう考えても、ただの監獄廃棄星じゃない」
俺の言葉に、彼は一瞬だけ視線をくれた。
目が、まっすぐだった。
「ま、すぐ返事しなくていい。考えといてよ。俺、けっこうしつこいからな?」
ふっと笑って、背中を向けた。
「それに、まだ話したいことも聞きたいことも山ほどあるし……何より」
再びマスクを装着しながら、俺は最後にこう締めた。
「お前の動き、マジで惚れたわ。次はぜひ一緒に狩ろうぜ、“赤い牙”」
そんなこんなで――
俺とデクは、並んで宇宙船の残骸を出た。
今日は軽めの狩りだ。まぁ、軽めっていっても、ここはバッドランズだからな。
出てくるのが牙一本のトカゲなのか、酸の血を持った化け物なのか、読めないのがこの星の楽しいところ。
……で、俺はっていうと、さっきからずっと感じてた。
ヒシヒシと来てる、何かの気配。
地を這うような感触でもない。空からでも、地中からでもない。
けど確実に“いる”。
そして、横にいるデクも、気づいているようだった。
歩くたびに、筋肉の張り方が微妙に変化している。
膝の屈伸。肩甲骨の動き。呼吸のタイミング。……まさに戦闘前の獣の所作だ。
俺たちは、船から南側に伸びる小さな谷間を抜けて、密林地帯に踏み込んでいた。
この辺りは樹高がやたら高くて、光の差し込みもまばら。
地面には霧のような湿気が漂っていて、草の背丈も膝上くらいまである。
「ふむ……視界悪いな」
俺は足を止め、右の牙でマスクに口元にあるスイッチを軽くタップ。
「切り替えっと――」
ピッ。
視界が暗転し、すぐに熱源探知モードへ切り替わった。
背景は深緑。熱源は赤く、オレンジ色に輝いている。
「……おーおーおー……」
木々の陰――草の裏――岩の裏側――
「……ウジャウジャといるじゃん」
赤い点が、全部で……ざっと見て十以上。
しかも、全方向を囲うようにして広がってやがる。
「あいつら……待ち伏せ? いや、すでに“囲んでる”って感じだな。お出迎えとは随分と手厚いことだ」
俺は右腕腕甲のリストブレイド(腕に装着してる標準装備な)を少しだけせり出させ、隣に目をやった。
デクもすでに動き始めていた。腰を低く、重心を地に吸いつけるように落とし、手にはあの赤黒い剣が抜かれていた。カッコいいなそれ!
構えが、いい。ってか、惚れる。いや何度でも言うが、惚れる。
「お前さ、前から気になってたけど――戦闘スタイル、どこで学んだん?」
……もちろん返事は、ない。
でも、振り返ることなく背中を預けるように一歩前に出たその姿勢だけで、なんかもう答えてくれた気がする。
「よし、じゃあ始めますか――“狩り”を」
俺は背中からスピアを抜いた。
音もなく、滑らかに。
バイザーには次々と接近してくる熱源が映っている。
群れは分散していない。ほとんどが、二方向から同時に突っ込んでくるルートだ。
「ふーん……この感じ……ゼノモーフ、じゃねえな。速さが足りないし、熱の出力も均一すぎる」
つまり――
「人型ってことか」
俺の頭の中に浮かんだのは、ウェイランドユタニの兵士――あるいは“傭兵部隊”。
「……まさか、まだ残ってんのか? それとも、別の部隊か?」
後方から聞こえてきた、草を割る音。
熱源がひとつ、俺たちの視界に飛び出す。
鋼鉄のフレーム。灰色のマスク。人間には到底運用できそうにない外骨格式の強化スーツ。アンドロイドか?
「うわ、ダサッ……でも重装か、やる気満々ってわけね」
俺はスピアを構え、デクはもう突っ込む寸前。
そして、瞬間――
茂みの中から、銃火が閃いた。
「――よし!まずは挨拶代わりに、一本行くぜ!!」
俺は一歩踏み出し、全身のバネを爆発させる。
スピアが空を裂き、炎の渦を切り裂いていった。