谷の風が、崖の上を這うように吹いていく。
毒気を帯びた風じゃない。乾いてて、温度も安定してる。珍しく、ここじゃ“快適”なほうだ。
俺たちは今、ウェイランドユタニ社の施設へ向かう直前。
しゃがみこんで戦術プランを練ってるわけだけど――ふと、思い出した。
「そういえば……デクって、クローク持ってないよな?」
横目で見ると、デクはこくんと首を傾げた。
……うん、やっぱり分かってない。
「お前……クローク、知らねぇのか?」
デクの無言は、もはや肯定だ。
そりゃまあ、この星で一人でサバイバルしてたら、ハイテク装備なんて持てるはずもない。
しかも、彼が身につけてるのは基本的に“戦い抜いて手に入れたもの”ばかり。技術系のガジェットとは縁がねぇんだろうな。
「……よし、教育の時間だ」
俺はにやりと笑いながら、ガントレットをカチリと起動する。
ジオメトリクス族の“フジティブ君”――
かつて一緒に地球で任務をこなした際に、彼が調整してくれた特製のコンピューターガントレット。
パネルを軽く叩くと、内部の小型ホルダーが開き――
“カシャンッ”
掌サイズの球体がポン、と飛び出して俺の手のひらに収まる。
「コレが、クロークの“元”だ」
形は無機質な金属球。中央には細いスリットが走ってて、薄く緑のラインが点滅してる。
「見た目はただのオモチャっぽいが、こいつは光の屈折を操るフィールド発生装置。つまり、起動すりゃ“透明”になる」
さっきから俺たちを観察してるヴェロニカが、やれやれって顔でこっちを見てる。
「……プレデターって、そういう説明、やたらドラマチックよね」
「違ぇねぇ。俺たちって、語る美学があるんだよ」
そう言って、クロークボールの端子部分を展開。
ピンッと細い金属片が四方向に伸びる。
「これをガントレットや装備の端子にセットすれば、フィールドが全身に展開される。簡単だろ? あとは動き方次第だ」
デクに渡すと、彼はじっと見つめたまま、無言で受け取った。
不思議なもんで、使い方を教えなくても彼はちゃんと理解する。
ガジェット慣れしてないはずなのに、直感で機構を把握する能力は異常に高い。
「そいつを腰のバックル下に挿してみろ。そう、それでOK」
ピッ。
音もなく、デクの輪郭が消える。
肩から腕へ、胸部、脚へと透明化が波のように走り、最終的に“完全なクローク状態”になる。
「おーおーおー……いいじゃん。なかなか様になってんぞ?」
「……」
無言で片膝をついたデクが、クローク状態のまま剣の柄に手をかける。
「すげぇな……殺意まで透明になってやがる」
俺は思わず唸る。
すぐ隣にいるのに、気配が限りなく薄い。
さすがに消えるわけじゃないけど、視覚的な“違和感”がまったくないのは見事だ。
「いいか、デク。“狩り”ってのは、力任せだけじゃ駄目なんだ。
“どう狩るか”もまた、美学のうちだ」
「そこの筋肉大男が言うと説得力が違うわね」
ヴェロニカの皮肉も今日で何度目か。
でも俺はニッコリ笑って答える。
「筋肉には筋肉なりの理論があるんだよ。筋肉哲学ってやつだ」
「へー、哲学もやるんだ。じゃあ、クロークの意味を哲学的に説明してみてよ」
「簡単だ。“己を隠す者は、真に己を知る者である”」
「……中身なさそうで、なんか深そうなのがムカつく」
「だろ?」
そんな感じで、ちょっとだけ笑いがこぼれた。
でも――
空気は、徐々に静まっていく。
今の会話は、狩りに向かう者たちの儀式みたいなものだ。
準備が整った。
あとは、音を殺して進むだけ。
俺たちは、静かに崖を降りていった。
クロークを纏い、無言で。
まるで、影そのものになったかのように。
俺はクロークを起動させながら、静かに崖を降りていった。
光が皮膚の表面を流れるように屈折し、世界に溶け込んでいく。
足音も息遣いも、すべてを押し殺す。まるで“空気”になったみたいな感覚。慣れてくると、これがたまらなく心地いいんだよな。
振り返れば、ほんの一瞬だけデクの姿が揺らいで、すぐにまた消えた。
ヴェロニカはクロークを持ってないけど、足取りは軽く、静かに着地して俺の後ろにピタリとついてくる。
この三人――狩りのためにだけ組まれた静寂のチーム。
さて、目の前には――施設。
ウェイランドユタニの腐った牙城。
外周は複数のセクションに分かれてて、外壁沿いのパトロール、監視塔、そしてドローンのルートが精密に交錯している。
さらに――
「いるな」
スキャンを使わずとも分かる。
施設の内外には、銃を構えたアンドロイド兵士が配置されている。
人間とは違う。あいつらは怯まない。
痛覚がないから反応が早いし、死角からの奇襲にも強い。
とくにこの手の“警備特化型”は、センサーと戦術アルゴリズムで完全にカバーしてくる。
ひとりで来てたら?
突撃だ。真正面から。
叫びながらぶっ壊して、スピアで頭を貫いて、火花が上がったら最高のBGMだ。
でも――
「今は違う」
横にデクがいる。あいつは近接戦特化で、ステルス行動が得意ってわけじゃない。
後ろにはヴェロニカ。知能はあるけど、戦闘型じゃない。
だからこそ――
ここは俺たちプレデターの本来の戦い方を見せてやる。
“静かに、確実に、誇り高く”だ。
そう、それが“狩り”だ。
派手な蹂躙もいいが――今日は違う。
獲物の習性を見極め、罠をすり抜け、弱点を突き、誰にも気づかれず目的を果たす。
俺は地を這うように前進する。
壁面のセンサーは、一定のリズムで光を走らせてる。タイミングを合わせて抜ければ反応されない。
「デク、左の死角へ。ヴェロニカは俺のあとに続け」
小声で囁くと、デクは音もなく移動する。
クローク状態の彼は、もはや“影”だ。地形と一体化し、空気すら切らない。
ヴェロニカも、指示通り少し後方に構えて俺についてくる。
足音を殺す技術がすごい。アンドロイドだから当然か? いや、やっぱあいつ異常だ。
――あと10メートル。
施設の外壁端、サイドターミナルが見える。
「ヴェロニカ、あそこだ。端末に繋げるか?」
「当然。プロトコルが生きてれば30秒で接続できる」
「死んでたら?」
「……火力で壊して中身直で漁るわ」
物騒すぎる返答に、俺は思わず小さく吹いた。
「よし。慎重にな。目的は忘れるなよ」
そう、“目的”――
この施設の正体を暴くこと。
俺たちが何者として見られているか。デクがなぜこの星に生まれ、ヴェロニカがなぜ吊るされたのか。
そして、背後にいる“組織”が何をやっているのか。
それを、俺たちの手で暴く。
それこそが“狩り”であり、俺たちがここに来た理由なんだ。
「さぁて――始めるか」
目の前にあるのは、ウェイランドユタニの外部端末。
ターミナルを通じて、施設のネットワークに接続できれば、あらゆる“情報”へ手が届く。
だが、その前に――
「……厄介な見張りがいるな」
端末の両脇に、アンドロイド兵士が二人。
重装甲、センサー内蔵型の戦闘ユニット。
膝を少し曲げ、銃を胸に構えたまま、まるで“待機モード”のように微動だにしない。
移動パターンがあれば隙を突けるんだが、これは完全に“固定警戒”。
「……こりゃ、やるしかないな」
俺は腰帯から、シュリケンディスクを取り出した。
スピアでもいいが、あれは目立つ。
リストブレイドでもいいが、接近するには警備エリアが狭すぎる。
だからこそ――この刃だ。
「ふっ……こいつに頼るのも久しぶりだな」
手の中でディスクを回し、起動スイッチを親指で押し込む。
“シュィィィン……”
わずかな唸り音とともに、円盤の中心部から鋭い六枚の刃が展開された。
弧を描くように湾曲した刃。
超振動によって切断力が強化され、投擲すれば回転で目標を“斬り裂く”。
そのまま握って使えば、鋸のような破砕力も発揮する万能な武器。
「さぁて……静かに、優雅にいくとしようか」
風を読む。
敵との距離、角度、反応速度をスキャンで補正。
それから――
“スッ”
右腕を横に引き、肘をスナップさせて、ディスクを投げた。
――無音。
風を切る音すら、クロークのサイレンサーが吸収している。
ディスクは低く、弧を描きながら二人のアンドロイド兵士の間へ――
“ザシュッ”
一撃。
刃が先に左のアンドロイドの首元を裂いた。
内部の回路を切断された機体が、ひと呼吸遅れて崩れる。
“ガキンッ”
右のアンドロイドが反応して銃を構えようとしたが――間に合わない。
戻ってきたディスクが“背中から”突き刺さり、中心部を貫通。
両者とも、声も出せずに沈んだ。
「……よし」
俺は飛び出して、ディスクをキャッチ。
血の代わりに火花と微細な油が舞う。
“サクッ”と刃を折りたたみ、再び腰帯へ格納。
「ヴェロニカ、行け」
「了解。あんたの刃、静かすぎて逆に怖いわ」
ヴェロニカがしゃがみ込み、端末へと手を伸ばす。
デクはすでに警戒位置につき、施設内から何かが出てこないかを見張ってる。
このチーム、戦術のバランスが最高にいい。
「頼むぞ、ヴェロニカ。お前の仕事でこの“狩り”の全貌が見えてくる」
彼女は返事もせず、無言で指先からコードを伸ばし――
“接続、開始”。
沈黙が戻った。
けれど、この静けさの奥には――牙を研ぐ情報の波が、蠢いていた。
ヴェロニカが端末にコードを繋いだ瞬間だった。
「――っ!」
彼女の身体が、ビクンッ!と大きく仰け反った。
反射的に、俺はその背中に右手を添える。
「おい、大丈夫か?」
ヴェロニカの身体は、硬直したままピクリとも動かない。
ただ、顔を覗き込んだその瞬間――俺は一瞬、身構えた。
「……うわ、こりゃまた……」
両目は白目を剥き、虹彩は完全に消失。
まるで昇天しかけのゾンビみたいな表情で、微動だにせず端末を見つめている。いや、正確には――“視ている”というより、“直接読み取っている”という感じだ。
生物としての目ではなく、機械の視覚でデータの波を泳いでいるんだろう。
「こういうの苦手なんだよな、マジで……」
どんなに理知的なアンドロイドでも、やっぱり“こういう瞬間”を見るとゾワッとする。
彼女自身は冷静なタイプなんだが、身体の動きまではコントロールしきれないらしい。
隣ではデクが依然として警戒モード。
沈黙の中に微かな風の音、施設内を歩くアンドロイドの機械音だけが響いている。
……この静寂、嫌いじゃない。
「さて……何が出てくるかな」
ヴェロニカの右手の指先が震える。
コード接続の先、ターミナルのインターフェースが自動でページを切り替えていく。
赤い表示。警告コード。アクセスログ。
それから、古い記録フォルダが次々と開かれ――
「おいおい、見えてきたな……」
映像ファイル。施設外観。内部構造。被験体ラベル。
被験体:X-29型/融合型バイオライフフォーム
被験体:E.ユニット変異体《クロスブリード》
被験体:P-Pred型/純正体試験体《Prototype Apex》
「…………なに?」
最後の一文に、俺は眉をひそめた。
《Prototype Apex》――?
“プロトタイプ”ってことは、俺と関係あるのか?いや、それとも単なる偶然か。
……でも、違和感がある。
この名前、何かを示してる。俺の名と重なっている以上、無関係では済まされない。
ヴェロニカの肩が、ようやく少しだけ弛緩する。
「……終わったか?」
「…………ッ、まだ。データの深部に、ロックされた層がある」
目がまだ白目状態。
けれど声だけはしっかり返ってくるあたり、こいつホントに高性能だな。
「なら、任せるよ。頼りにしてるぜ、ヴェロニカ」
「……ふん、当然よ。伊達に首吊られてたわけじゃない」
うわ、やっぱこの女ちょっとおかしいな。
それでも――今、俺たちには必要な仲間だ。
“Prototype Apex”
その名の先に、何があるのか。
俺は手の中のスピアをゆっくりと握り直す。
狩りの気配が、データの向こうから漂ってきていた。
この星の空気すら変わったような錯覚を覚えるほど、ヴェロニカの手元から発せられる情報の匂いが濃くなる。
……と思ったその時。
「ッ――」
ヴェロニカの身体が、再び一瞬ビクンと跳ねた。
手首のコードがスッと抜け、彼女の腕に戻っていく。まるで最初からそこに収納されていたかのように、静かに、正確に。
「……終わったか?」
俺が訊ねると、ヴェロニカは小さく頷いた。
「えぇ……これは、かなり深い領域の記録よ。隠されていた理由がわかる」
「どんな内容だ?」
「……私が、ここにいる理由。それに、あなたの名前が使われていた理由」
彼女の視線がゆっくりと俺に向けられる。
その表情は、少しだけ困惑を孕み、けれど確信を帯びていた。
「プロトタイプ・エイペックス……それは、ある兵器開発計画のコードネーム」
「兵器、ねぇ」
俺は肩をすくめてスピアの柄を軽く持ち上げる。
「それ、俺のことか?」
「……分からない。もっと古い記録だった。あなたが生まれるより前に記された、“宇宙列強種族のDNAを元に作られた理想個体”。それに与えられた名称が“エイペックス”」
「なんか、ややこしくなってきたな」
デクが無言のまま周囲を見張りつつ、視線だけをこちらに向けている。ヴェロニカも続ける。
「その“理想個体”は生まれなかった。少なくとも、完成される前に計画が凍結された形跡がある。でも、その計画を流用した形跡があるの。名前も構成因子も」
「俺の名前が、使われた?」
「もしくは――あなた自身が、それに類する何か」
俺はしばらく黙って、目を伏せた。
ヴェロニカの語ることは抽象的だが、俺の中にある“過去”と、どこかで繋がっている気がした。でも俺はゴンジにサバイバルさせられてただけだしなぁ…気づいたらポッドの中だったし。
筋トレしかしてなかった俺の過去に、そんな実験の片鱗が潜んでるとは思いたくないけど……なーんか嫌な予感がしてきたぜ。
「なるほど。まぁ、今すぐ答えが出る話でもねぇな。とりあえず、“名前を盗まれた狩人”として復讐しとくか」
「あなた、本当に脳筋みたいで案外理知的なのよね」
「お褒めにあずかり光栄です、ヴェロニカさん」
「皮肉よ」
「わかってるよぉ……」
軽口を交わしながら、俺は施設をもう一度見下ろした。
そこには人間の姿はない。けれど、違和感がある。あまりに“整いすぎている”のだ。
配置されたアンドロイドたちの動線、警備システムのレイアウト、ターミナルのアクセス制限――どれも“迎撃”のために作られているように見える。
「なぁ、ヴェロニカ。これってさ……」
「あぁ、気づいた? これは“研究所”じゃない。“収容施設”よ」
「ってことは……」
「何かが、この中にいる。外に出してはいけない“何か”が」
デクが腰の剣に手を添えた。
俺もスピアを肩に担ぎ直す。
「狩るか」
「狩りましょう」
「……デクも、いいな?」
静かに頷くデク。
俺たち三人は、闇の中へと滑り降りた。
データの奥に蠢いていた“気配”――それが、この施設の地下で待ち受けているのなら。
こっちから会いに行ってやらぁ。
狩人の名に懸けてな。