養殖が天然に勝てると思うなよ?【本編完結】   作:物体Zさん

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滾るぜ!!!

 

 

 

 「はっはっはっはー!!! こんなに強いやつは滅多にいねぇ! 滾るぜ!!!」

 

 咆哮にも似た叫びと共に、エイペックスの全身から圧倒的な気迫が弾けた。

 

 赤黒く変色した四本の牙が剥き出しになり、筋繊維の一本一本が隆起し、脈動する。まるで肉体そのものが“狩り”を悦んでいるかのような躍動だった。

 

 「おっしゃ――!」

 

 地を踏み締める。その瞬間、周囲の霧が渦を巻いた。

 

 エイペックスの脚部が爆発的な推進力を生み出し、地面を叩き砕いて姿が掻き消える。

 

 跳躍――いや、もはや飛翔。

 

 霧を裂き、宙を走りながら白髪のクローンプレデターへと一直線に突き進む。

 

 その右腕、リストブレイドが展開されるよりも先に、彼の背に背負っていたスピアが抜かれ、重力に逆らうように真っ直ぐ前へと投げ放たれた。

 

 「ォオオオオッ!!」

 

 空を裂く咆哮と共に放たれたその槍は、音速に近い速度で白髪の胸部、心臓を狙って突き進む。

 

 だが――白髪はそれを視認していた。

 

 刹那、左腕の大型ガントレットが高速で反応し、展開された重力フィールドが発動。空気が歪み、スピアの軌道が一瞬だけ微細に逸らされた。

 

 それでも。

 

 ズガンッ!!!

 

 スピアはクローンの右肩を貫通し、後方の岩壁に突き刺さる。肉が弾け、血飛沫が霧の中に飛散した。

 

 しかし白髪は怯まない。

 

 そのまま肉体の反動を使い、右腕に握られたエナジーソードを横薙ぎに振る。

 

 ギィインッ!!!

 

 エイペックスは空中で身を捻り、リストブレイドを交差させてそれを受け止める。

 

 衝突と同時に、光と火花が爆ぜる。

 

 エナジーソードとリストブレイド――赤黒のエネルギーと純粋な金属の殺意が、鋭い叫び声を上げてぶつかり合う。

 

 空中でバランスを崩したエイペックスはそのまま霧に沈み、地面に着地。着地の衝撃で泥水が弾け、周囲に無数の泥柱を立てた。

 

 だが、彼の表情には焦りはなかった。

 

 「効くなぁ、おい……! 最高かよ!」

 

 白髪の右肩からは血が滴っていた。だがその顔には、無表情にも似た冷酷な戦闘本能の色が宿っていた。

 

 「……やはり、あなたの動きは解析対象の上位にあるようね」

 

 後方でヴェロニカが呟いた。彼女の金色の瞳が、両者の戦闘パターンを瞬時に記録している。

 

 「ちょっと、こいつ……私のデータにもない行動パターンが多すぎるわ。もしかして……」

 

 「もしかしなくても、コイツは“調整済み”の完成体だろ」

 

 エイペックスは地を蹴って再び突撃する。足元から霧が弾け、泥が吹き上がる。

 

 白髪はそれを迎え撃つように、左手のガントレットからエネルギー弾を発射した。

 

 ヴォンッ!!

 

 重低音と共に発射された光弾が、エイペックスの足元を狙って爆発する。

 

 が――爆炎の中から飛び出したエイペックスは、リストブレイドを交差させて真っ直ぐに切りかかる。

 

 白髪もソードで受け止め、二者が再び激突。

 

 その刹那、デクが動いた。

 

 「――ッ!」

 

 霧を抜けるようにして突進し、白髪の背後から剣を振りかぶる。

 

 その気配を察知した白髪は、身体を捻って背後へとガントレットを振る。防御か、迎撃か。

 

 デクの剣が白髪の脇腹に浅く食い込む。スパッという鋭い音と共に血が飛び散る。

 

 しかし白髪はそのままエイペックスへ拳を叩き込んだ。

 

 ズドォン!!!

 

 拳が直撃したエイペックスの胸部筋肉装甲が軋む。だが彼は笑っていた。

 

 「はっ……いいパンチじゃねぇか!」

 

 リストブレイドが唸りを上げ、次の瞬間、白髪の腹部へと切り返される。

 

 斜めに入った一閃――血が迸る。

 

 さすがに白髪の表情がわずかに歪む。痛覚制御が効いていても、確実に深く斬り込んだのだ。

 

 「デク、押し込むぞ!」

 

 「ッ!」

 

 二人の狩人が、霧の戦場で呼吸を合わせ、同時に白髪へと突撃していった。

 

 ――戦いの均衡は、わずかに傾き始めていた。

 

 

 

 

 何度もぶつかり合った。

 

 スピアの刃と、エナジーソードの閃光が交差するたび、空気が唸り、地面が削れた。俺の右腕は何度も激突の反動で痺れ、左のガントレットが熱を帯びているのがわかる。

 

 「くぅ……しぶてぇな、オイ」

 

 息を整える暇もねぇ。霧が再び視界を遮り始めた。だが俺には関係ない。気配と足音と、そして空気の振動だけで――こいつの位置は読める。

 

 「……そこだッ!」

 

 リストブレイドを刃のまま前に突き出し、反射的に霧を切り裂く。だが刃先は空を切る。直後、背後に立つ気配。

 

 「ハッ、読まれてやがる!」

 

 肩越しにエナジーソードの斬撃。紙一重で屈み、左肘で相手の脇腹を強打。思い切り殴ったのに、手応えがやたら硬ぇ。これ、外装強化か?それとも、そういう造りなのか?

 

 「やっぱ養殖ってのは侮れねぇな……!」

 

 奴は無言で後退しながら、またも構え直す。目が生きてる。魂が入ってる感じがする。

 

 いや――もしかして“模倣”してんのか?本物の狩人の魂の動きを。

 

 その時、俺の右側。霧の中から、音もなく歩み寄る影があった。

 

 デクだ。

 

 無言だ。いつも通り。

 

 手には、あの忌まわしき白髪のプレデターが捨てた剣。デクが拾い、研ぎ澄ませ、己の武器として叩き直したあの剣だ。

 

 今、目の前の敵はその“あいつ”じゃねぇ。だが――似ている。

 

 どこかが。

 

 似すぎていて、見逃せねぇ何かがあるのかもしれない。

 

 だがデクは、怒りも復讐も、口に出さない。ただ静かに、刃を握り締めている。

 

 「お前……いくのか?」

 

 俺が問うと、ほんのわずかに、頷いた気がした。

 

 次の瞬間――

 

 デクが跳んだ。

 

 沈黙のまま、霧を切り裂き、一直線に白髪のプレデターへと突っ込む。

 

 剣が唸った。

 

 白髪のプレデターは即座に応戦、エナジーソードで迎え撃とうとするが――俺が割り込んだ。

 

 スピアを水平に構え、エナジーソードの軌道を逸らす。

 

 「今だ、デク!!」

 

 その隙に、デクの剣が――白髪のプレデターの胸に深々と突き刺さった。

 

 ズギャァン!!!

 

 電流のような音と共に、クローンの身体が大きくのけぞった。剣がその肉体を貫通したわけじゃねぇ。だが、確実に深いダメージが入った。

 

 「……!」

 

 クローンは呻きもせず、ただ後ずさり、そのまま膝をついた。

 

 無表情だったその顔に、ほんの一瞬だけ、理解できないような表情が浮かんだ。

 

 それを、デクが見下ろしている。

 

 沈黙のまま。

 

 怒ってもいない。恨んでもいない。

 

 ただ、そこに“生きてきた証”として立っていた。

 

 ……いい目だ。

 

 デクが剣を引き抜いたと同時に、クローンはガクンと崩れた。

 

 もう動かない。

 

 「終わったな」

 

 俺はそう言いながら、スピアをしまった。

 

 と同時に、白髪のプレデターの左手の大型ガントレットに目が留まった。

 

 「さて……情報、貰うとするか」

 

 ガントレットに近づき、俺の左腕の端子を接続。

 

 ガガッ、と不穏な音が響いたあと――

 

 俺のマスクに映像が浮かんだ。

 

 そこには、見覚えのある企業ロゴと共に、幾つもの“計画名”が並んでいた。

 

 「……『プロジェクト・イミテイター』?」「『次世代狩人実験体』? おいおい……」

 

 次々に出てくるファイル名。そこには、明らかに俺のデータも使われている形跡があった。

 

 「……マジかよ。ウェイランドユタニ……てめぇら、本気でやってやがったのか」

 

 背後で、ヴェロニカが低く呟いた。

 

 「奴らは、“狩りの神経”を模倣しようとしてる。成功率は低いけれど……あれは、その“最も成功した個体”だったのかもね」

 

 霧の中、俺たちは黙って倒れたプレデターを見下ろしていた。

 

 生まれ、狩られ、ただ模倣して、死ぬ。

 

 ……こいつの人生、いや、造られた生そのものに、言葉は必要なかったのかもしれない。

 

 「クソどもが」

 

 それから暫く霧の中を進んだ。

 

 霧が薄くなった。視界が拓け、俺たちはようやくその姿を捉えた。

 

 巨大な鉄塊のような施設だった。半ば朽ち、苔むし、無数の裂け目から配管や配線が露出している。全体を薄い緑色の苔が覆い、まるで自然と一体化しようとしているかのような佇まいだった。

 

 「……ウェイランドユタニの、遺棄施設だな」

 

 俺はスピアを肩に担ぎながら呟く。足元の地面は硬く、ところどころ鉄板が剥き出しになっていた。

 

 背後から、ヴェロニカが歩み寄ってきて、端末を見つめたまま言う。

 

 「地下で何かが蠢いてるな」

 

 俺は左腕のガントレットをタップし、施設の内部構造をスキャンしてみる。反応は……薄い。あまりにも薄すぎる。

 

 だが、地下に何かがある。それは確かだった。

 

 「この静けさ……あまりにも都合がよすぎるな」

 

 周囲に目をやる。プレデターの残骸もなければ、ゼノモーフの気配もない。アンドロイド兵の破片すら落ちていない。

 

 「何もいねぇな……」

 「それが逆に不自然ね」

 

 ヴェロニカの言葉に、俺は鼻を鳴らす。

 

 「つまり……“入ってこい”ってことか?」

 「ええ。明らかに、誘ってる」

 

 霧の向こうに佇む廃施設は、まるで巨大な捕食者の口のようだった。

 

 デクがすでに足元を確かめつつ、無言で入り口の方へと歩き出していた。さすがだ。あいつは慎重だが、止まらない。

 

 「罠かもしれないわよ」

 

 ヴェロニカが俺の横で小さく言う。

 

 俺は笑った。

 

 「そんなの知ったこっちゃねーよ」

 

 スピアを肩から下ろし、刃先をわずかに前に向ける。

 

 「罠だったら、ぶっ壊すだけだ。中に何がいようと、喰らって、狩って、生き延びる。それが俺たちの流儀だろ?」

 

 ヴェロニカは少しだけ目を細め、軽く頷いた。

 

 「ええ……そうね」

 

 風が吹いた。施設の入り口にある巨大なゲートが、まるで応えるように軋んだ音を立てて開いた。

 

 ギィィ……ガチャッ……ゴン……

 

 中から吹き出す空気は、生温く、そして微かに腐臭を帯びていた。

 

 俺は深く息を吸い込む。

 

 「クッセェな。だが、いい匂いだ。狩りの匂いがする」

 

 デクは無言のまま、剣を引き抜いた。

 

 ヴェロニカが右手に小型のプラズマボルトを構える。

 

 そして、俺たちは――その口へ、足を踏み入れた。

 

 金属の軋む音と、靴底が汚泥を踏む鈍い音が交差する。中は暗く、荒れ果て、まるで何十年も誰の手も入っていないような様相だった。

 

 天井のパネルは所々崩れ、むき出しになった配線が垂れ下がっている。床には古い血痕がこびりつき、カラカラに乾いた黒い痕跡となって残っていた。

 

 「……静かすぎるな」

 

 俺はボソリと呟いた。

 

 視界を補正するためマスクの暗視モードを切り替える。温度反応はゼロ。生体反応もゼロ。

 

 「完全に死んでる建物ね」

 

 ヴェロニカが背後から冷静に分析する。

 

 「なぁヴェロニカ。アンドロイドの鼻ってさ、腐敗臭とかも分かんのか?」

 「分かるわよ。というか、あなたの嗅覚でも分かるでしょう。かなりキツいわ」

 「おう、クッセぇな……」

 

 腐った金属臭と、濃密に沈殿した黴の臭いが入り混じる空間。だが、その底にはかすかに血と臓腑の臭いも混じっていた。

 

 歩きながら、徐々に下層へと降りていく。

 

 階段を下るたび、空気はさらに重く、濃くなっていく。呼吸が鈍くなるほどの重圧を感じたが、俺たちは構わず進んだ。

 

 そして。

 

 目の前に現れたのは――巨大な鉄の扉だった。

 

 「……昨日と似てるな」

 

 扉の表面には無数の爪痕のような傷が残り、焦げた跡まである。

 

 「中が見えねぇな。スキャンも通らねぇ」

 「やっぱり、同じ構造。中だけ遮蔽処理されてる」

 

 ヴェロニカが端末を指先でなぞりながら、目を細めた。

 

 「こりゃ、よほど見られたくねぇモンが入ってんだろ……」

 

 俺は扉の横にある端末に目を向けた。

 

 カバーを開けて中を覗く。ウェイランドユタニ製のセキュリティユニットだ。旧式だが、油断はできない。

 

 「おっしゃ、接続するか……」

 

 左腕のガントレットから細い接続コードを引き出し、端末に差し込む。

 

 「開け!ゴマ!」

 

 冗談混じりに言いながらガントレットのキーをタップする。

 

 ヴェロニカが眉をひそめた。

 

 「それ、古すぎて分からないわ」

 「え、マジか……!?」

 

 俺のギャグが通じなかったショックを受けつつ、接続は完了した。

 

 ガントレットの画面に幾つかのシステムラインが流れ、内部のロック構造が浮かび上がる。

 

 「ほうほう、なるほど……お前さん、五重ロックとはまた厳重だな……」

 

 古いシステムだったが、解析は順調に進む。

 

 ヴェロニカが後ろで警戒を続ける。デクは無言のまま、剣を構えたまま周囲を睨んでいる。こいつの気配察知能力も、かなりのもんだ。

 

 「よし……もうすぐだ」

 

 ピピッ。

 

 最後のロックコードを突破した瞬間――鉄の扉が重々しく震えた。

 

 ギギ……ゴゴンッ……ガガガガ……

 

 低く唸るような駆動音と共に、扉が左右に分かれてゆっくりと開いていく。

 

 その隙間から、奥の空間に漏れる冷たい風が肌を撫でた。

 

 「ようやくお出ましか……さて、何が出てくるか楽しみだな」

 

 そう呟き、俺は一歩、扉の向こうへと踏み込んだ。

 

 空気が変わった。

 

 湿っていて、重たい。鼻腔をくすぐる金属の臭いと、何かが腐りかけたような微かな残り香が入り混じっている。だが、昨日の施設のような腐臭ではない。これは“稼働中”の匂いだ。

 

 部屋は無機質で、薄暗かった。天井の照明は点滅しながらも機能しており、明滅する光が空間を不規則に照らしている。

 

 周囲を囲むようにして、巨大なモニターがずらりと並んでいた。そこには――見覚えのある地形や獣、そして、バッドランズの各地の映像が映し出されている。

 

 霧に沈んだ山地、溶岩地帯、地下施設、そして……俺たちがさっきまでいた森の戦闘記録まで。

 

 「……これ、監視されてたってこと?」

 

 ヴェロニカが低く呟いた。

 

 その通りだった。モニターはどれも現在進行形で映像を更新し続けていた。プレデター同士の戦闘、獣の移動、そして俺たちの行動まで――すべてがリアルタイムで記録されていた。

 

 「マジかよ……」

 

 俺は警戒を強めながら部屋の中央へと視線を向けた。

 

 そこに、一つだけ浮かぶように設置されたデスクがあった。

 

 その後ろの椅子に、何者かが座っていた。

 

 「……よく来た」

 

 静かで落ち着いた、だが不気味なほど人間的な声が響いた。

 

 低く、乾いた男の声だった。アンドロイド特有の無機的な響きではないが、それでも感情の機微が読み取りづらい。

 

 「誰だお前」

 

 俺はスピアを握ったまま、その影へと歩み寄る。

 

 逆光になっていて、そいつの顔は見えなかった。だが、輪郭ははっきりしていた。背は低いが、姿勢が良く、無駄な動きが一切ない。人間か?それともアンドロイドか?いや、それとも……

 

 「名乗る必要はない。君たちはここまで来た。つまり、見せるべきものを見せる準備が整ったということだ」

 

 まるで、俺たちの行動すべてが“予定通り”であるかのような言い方だった。

 

 「気に食わねぇな」

 

 俺が唸ると、背後でヴェロニカが小さく反応した。

 

 「エイペックス……あれ、ヒトじゃないわ。呼吸がない。熱源もない。完全にアンドロイド」

 

 「ほぉん? じゃあ壊しても文句ねぇよな?」

 

 俺が一歩踏み出した瞬間――

 

 「待て」

 

 アンドロイドの“男”が、片手を上げた。

 

 その手の動きに応じて、部屋の奥、壁に埋め込まれた一つの小型ポッドが開いた。

 

 中から何かが出てくる。

 

 黒い装甲に包まれた細身のシルエット。だが、そいつはプレデターではなかった。

 

 「新しい“狩人”か?」

 

 「試作品だ」

 

 アンドロイドの男が応える。

 

 「“君たち”のデータを基に生み出した。エイペックス。スカー。ウルフ。そして、君の親友……ゴンジ。全ての戦闘記録、身体構造、行動傾向。すべてを学習させ、最適化してある」

 

 ――血が、逆流した。

 

 「てめぇ……ゴンジを……」

 

 「違う。我々は“記録”を使ったまでだ。データは既に広く流通していた。そもそも、ここバッドランズは、君たちプレデターが作った地ではない。今やこの星を管理しているのは我々――ウェイランドユタニだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、俺の筋肉がギリリと鳴った。

 

 「……何のつもりだ。狩場を、クローンを、兵器を……何が目的だ」

 

 「目的など単純だ。プレデターを超える存在の創出。優れた知性、優れた技術、そして……優れた“肉体”。それらを併せ持つ、新たなる“狩る者”の創造だ」

 

 「……上等だ」

 

 俺はスピアを静かに構え直した。

 

 「そいつが出来損ないだってこと、今から証明してやるよ」

 

 空気が張り詰める。

 

 部屋の中央、ポッドから出てきたその黒き兵器が、ゆっくりと俺の方へ向かってきた。

 

 そして、後方のアンドロイドの男はただ静かに、監視するかのように座ったままだった。

 

 そこで俺は一歩、前に出た。

 

 そして――全身に、力を込めた。

 

 筋肉が一気に脈打ち、皮膚の下で蠢く。胸の大胸筋が膨らみ、腕の三頭筋と肩甲骨が軋む。脚の腱が地面を押し、背筋は板のように盛り上がった。

 

 俺の中の“狩人”が目覚める音がした。

 

 「“本物”の狩りを見せてやる」

 

 そう呟くと、右腕でスピアを構えた。

 

 静かに息を吸い――吐いた。

 

 照明の明滅が止まり、部屋全体が一瞬、沈黙に包まれる。

 

 ヴェロニカもデクも動かない。ただ、俺の動きだけを見ている。

 

 スピアを構えた俺の足元――床がバキバキと音を立ててヒビ割れた。筋肉の膨張と重圧だけで床が悲鳴を上げたのだ。

 

 黒い兵器が俺の動きを察知して一歩、踏み出そうとしたその瞬間。

 

 「――行けぇぇぇぇっ!!」

 

 爆発的な音が響いた。

 

 スピアを投擲した。

 

 パァン!!

 

 空気が破裂するような鋭い音が部屋に轟く。

 

 その一瞬で、世界が止まったように見えた。

 

 スピアは音速を超えていた。空間が歪み、時間が引き延ばされ、俺以外のすべてがゆっくりと見えた。

 

 黒い兵器は反応すらできなかった。

 

 スピアがその胸を貫き、背面の壁に突き刺さる。

 

 その体を――完全に、縫い付けるようにして。

 

 金属が砕ける音と、肉の裂ける音が同時に響いた。

 

 兵器の両腕がガクンと落ちる。大型ガントレットから火花が飛び、右手のエナジーソードが力を失って垂れた。

 

 ――そして。

 

 全身を壁に串刺しにされた兵器が、何の言葉も音もなく、そのまま崩れ落ちた。

 

 「……終わりか」

 

 俺は静かに歩き、壁に突き刺さったスピアを引き抜いた。

 

 ビチャ、と黒い液体が床に滴る。

 

 ヴェロニカが無言のまま近づいてくる。デクもその横で警戒を解かず、じっと俺を見ていた。

 

 「やっぱり、あなたは異常ね」

 

 ヴェロニカがぼそりと呟く。

 

 「誉め言葉として受け取っとくわ」

 

 俺は軽く笑いながら、スピアの刃先についた粘液を振り払った。

 

 この部屋に、もはや敵はいなかった。

 

 そして――

 

 後方のデスクに座っていたアンドロイドが、初めてわずかに眉を動かした。

 

 「……想定を超えた」

 

 「なら二体目でも三体目でも連れてこい。全部狩ってやるよ」

 

 俺はそう言いながら、部屋の中央、未だデスクに座っているアンドロイドにゆっくりと歩み寄った。

 

 そいつは驚いた様子もなく、ただ無表情に俺を見上げている。

 

 「……優先順位、再調整中」

 

 「優先順位? 優先すんのは命だって教えてやるよ」

 

 俺は右手を伸ばし、そいつの首根っこをガシッと掴んだ。

 

 金属と有機素子が組み合わさった首から、ギシギシと嫌な音が響く。

 

 「……再調整、完了前――」

 

 何か言いかけたそいつを、そのまま椅子から引き剥がす。

 

 ミシッ!ギチギチギチィィッ!

 

 椅子の背もたれに繋がれていた複数のコードが引きちぎれ、火花を散らしながら空中でぶらついた。緑の発光線が一つ、また一つと消えていく。

 

 ヴェロニカが背後から小さく声を漏らす。

 

 「エイペックス……」

 

 驚きと、少しの恐怖が混じった声だった。

 

 俺はといえば、内心――正直、かなりビビっていた。

 

 だが、やるしかない。

 

 俺が今、こうして片腕で持ち上げているコイツの存在が、この星、いや宇宙全体にとってどれほどヤバいかを考えると、手が震えてくる。

 

 こいつはただのアンドロイドじゃない。

 

 こいつの後ろには、ウェイランドユタニがいる。

 

 そのさらに奥には、あの、エンジニアどもがいる。

 

 エンジニアの連中に知られたら、アヌ族だけじゃない。地球も、他の星も、筋トレ器具も、プロテインも、全部――黒い雨に焼かれて終わりだ。

 

 そう、族滅どころじゃない。筋肉の未来が終わる。

 

 「お前らはさ……ゼノモーフの時もそうだったよな。本当に懲りない奴らだ」

 

 そう呟いた俺の目の前で、アンドロイドの片目に淡い赤い光が灯る。

 

 「情報保存、部分的に成功。バックアップ回収中」

 

 「は?」

 

 次の瞬間、そいつの背面――背骨の中央から、甲虫のような形をした小さなドローンが、ウィィィンと羽音を立てて浮かび上がった。

 

 「デク!!」

 

 俺が叫んだ。

 

 何も言わず、すでに動いていたデクが、跳躍。

 

 そのまま、背中から飛び立とうとした小型ドローンに向けて、鋭く伸ばした剣を振り抜いた。

 

 ザシュッ!!

 

 刃はドローンの主翼を真っ二つに裂き、銀色の本体が霧の中に落ちていった。

 

 「……ナイス」

 

 俺は小さく笑って、手の中のアンドロイドに視線を戻した。

 

 「お前の“再調整”は、ここで終了だ」

 

 そう言って――

 

 俺は首を握る手に、静かに、力を込めた。

 

 アンドロイドの顔が、ようやく焦りを見せる。

 

 「や、やめろ……これ、これは地球の未来のためなのだ……!」

 

 「は? 何言ってんだお前。狩人を辱めた時点で終わりなんだよ」

 

 そう言って、俺は手首に力を込めたまま、クッと捻る。

 

 ミシッ、グシャッという嫌な音が、霧のように静かな室内に響いた。

 

 アンドロイドの首が奇妙な角度で折れ、身体がぐったりと弛緩する。

 

 手の中からドロリと溢れるのは、血とは違う白い液体――アンドロイド特有の体液だ。粘度が高く、どこかミルクにも似ていて、妙に生臭い。指の隙間を伝って、手の甲を汚していく。

 

 その姿を見て、ヴェロニカが一言、呟く。

 

 「終わりね」

 

 「そうだな……よし、じゃあヴェロニカ! 自爆装置オンだ! 全部爆破!! もう全部消しちゃって!!」

 

 ヴェロニカは小さく頷くと、足元に転がる別の端末へと近づいた。ガチャンとパネルを引き出し、指先をそのまま内部に差し込む。コードと同化するように、彼女の体内のデータが流れ込み始める。

 

 「……最終コード、確認。破壊プロトコルを起動するには、マスター権限が必要だけど――」

 

 「うん?」

 

 「でも、ここにいたアンドロイドがマスター認証されていたみたいだから……ハッキングして奪ったわ」

 

 「最っ高だな、ヴェロニカちゃん!」

 

 「ちゃん、は余計」

 

 そう言いながらも、ヴェロニカの表情はどこか満足げだった。

 

 床に小さく青いランプが灯り、カウントダウンが表示される。

 

 ――600秒。

 

 「自爆装置、起動完了。600秒後に、この施設は半径数百メートル規模で消し飛ぶわ」

 

 「完璧じゃねぇか。さっすがオレの仲間!」

 

 「自惚れないで」

 

 「はい」

 

 即答。

 

 だってこえーし。怒ったら、きっと凄いぞこの子。

 

 後ろで、何も言わずに全てを見ていたデクが、すっと背を向けた。

 

 「……行こう」

 

 低く、短く、だがどこか満ち足りた声音だった。

 

 そうだ、もうここに用はない。

 

 必要なのは、あと一つ――

 

 「じゃあ、帰ってプロテイン飲んで、次の筋トレに備えるか!」

 

 「筋肉バカね」

 

 「褒め言葉として受け取っとくわ!」

 

 そんな会話をしながら、俺たちは再び地上への階段を駆け上がる。

 

 背後では、装置の電子音とともに、静かに、地獄のカウントダウンが続いていた――。

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