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もっとプレデターの二次小説増えて欲しいですね……
「お前は最近よくやってるな。オリオンも褒めていたぞ」
低く響く声が、分厚い石壁の中で重く反響する。
俺はアヌ族の母星――ユィタ=プライムの大聖堂、エルダーの私室に来ていた。
成人を迎えてから、もう百年と少しが過ぎている。
あの頃はまだ若さの熱に任せて刃を振るっていたが、今は違う。経験と数え切れない修羅場が、俺の動きを研ぎ澄ませた。
エルダーの私室は、外界の喧騒と隔絶された静寂に包まれている。厚く積み上げられた石材の間を、冷たい光が天井から落ち、床に刻まれた古代文字を淡く照らしていた。壁際には狩りで得た戦利品が飾られている。牙、頭蓋骨、硬化したゼノモーフの尾。中には百戦錬磨のエルダーですら珍しそうに保管する異星生物の骨格もあった。
その中央に座すのが、俺の前にいるエルダーだ。
大理石の玉座に身を預け、鋭い眼光で俺を射抜く。皮膚は深い皺に覆われているが、その下に潜む力は衰えていない。呼吸すらも狩人の間合いであり、全てが獲物を見据えるような静けさを持っている。
「オリオンが褒めるとは珍しいな」
俺はわざと軽く笑い、肩をすくめた。
「褒められた記憶なんて、あいつと過ごした数百年で一度もなかった気がするが」
「そうだろうな」
エルダーの口元にわずかな笑みが浮かんだ。だが、その眼は笑っていない。あれは獲物の逃げ道を塞ぐときの目だ。
「……また、任務か?」
「察しがいいな。そうだ。お前には、再びバッドブラッド狩りを命ずる」
重い沈黙が落ちる。
バッドブラッド狩り――俺の胸に鈍い痛みを残す言葉だ。百年の間にどれほどの同族を刈ってきたか、もう数えていない。
「今回は、誰だ」
「名はザラク。かつてはエリートの一人だったが、掟を破り、狩場を汚した。奴はユィタ=プライムの近く、外縁宙域の無人惑星に潜伏している。情報によれば、既に複数の種族を無差別に狩っているようだ」
エルダーは淡々と語ったが、その声には怒りが滲んでいた。掟を破る者は、部族全体の誇りを傷つける存在だ。だが、俺にとってはそれだけではない。そういう連中を狩るたびに、自分の中の何かが少しずつ摩耗していく感覚がある。
「……行くしかないか」
呟くと、エルダーは頷いた。
「出発は三日後だ。必要な補給と装備を整えておけ。お前は優秀だ、アビサル。だが油断するな。ザラクは単なる裏切り者ではない」
俺は深く息を吸い、立ち上がった。
私室を出ると、大聖堂の広い回廊が目に飛び込む。高い天井には複雑な文様が描かれ、柱には先代の戦士たちの名が刻まれている。歩くたびに足音が石床に響き、空気の冷たさが装甲越しに伝わった。
ふと、心の中で笑ってしまった。
――まただ。また、深淵を歩く狩りに出る。
俺は百年前に成人の儀で深淵を覗き込み、戻ってきた。その後も何度も同じ暗がりに足を踏み入れた。だが、まだ終わりは来ないらしい。
胸の奥に、静かな火が灯った。
俺はまた、獲物を追う。
たとえそれが同族でも、掟が許す限り――そして俺が生きて帰れる限り。
俺はそのままエルダーの私室から退室し、エレベーターに乗り込み地上を目指した。
地熱によって温められた空間が心地良い。
ガラス張りになったエレベーター内からは、大聖堂の地下を流れる溶岩がよく見える。赤黒く煮えたぎる流れは、まるで大地の血管だ。時折、大きな泡が破裂し、火花のような飛沫が上がる。その熱はガラスを隔てても伝わってきて、装甲越しにじんわりと肌を温める。
「俺も教育係になれば、バッドブラッド狩りから解放されるのだろうか?」
そう呟き、自分で首を振った。
いや、無理だな。俺に教育なんて向いていない。身体が動くようになってからずっと戦ってきた。教えるより先に、自分の手で獲物を仕留めることしか知らない。
成人する前は、数え切れない猛獣と戦い、狩ってきた。牙を折り、爪を奪い、皮を剥いだ。
成人後は、ひたすらバッドブラッド狩りだ。
バッドブラッドを狩ることは容易ではない。なんせ相手は同じ種族――プレデター、いやヤウジャだ。獲物としての能力は、他のどの生物とも比較にならない。俺と同じ装備を持ち、同じように訓練を受け、同じく誇りを背負っている。違うのは、掟を捨てたという一点だけだ。
その一点が、戦い方を歪める。
奴らは正面からの狩りを選ばない。背後から、影の中から、罠の中から襲いかかる。無差別に弱者を狩り、証を奪う。時に、それは仲間の命でさえも。
俺は過去に、仲間の遺体がバッドブラッドの戦利品として吊るされている場面に遭遇したことがある。あれほど胸を灼く怒りを感じた瞬間はなかった。酸の血で焼かれるよりも、鋼の刃で貫かれるよりも痛かった。
エレベーターが地上階に到着すると、熱気は一気に薄れ、冷たい風が頬を撫でた。外は高い塔と狩場を模した訓練場が並び、その合間を若い戦士たちが駆け抜けている。彼らの顔には、かつての俺と同じ熱が宿っていた。
その中を歩きながら、俺はザラクの情報を整理した。
元は北方狩猟戦団の一員で、数多のゼノモーフ狩りで戦果を挙げたエリート。だが、ある時から獲物の選別をやめ、掟を破って同族と非戦闘員を狩るようになった。やがて部族から追放され、今は外縁宙域の無人惑星に潜伏しているらしい。
その星は密林と岩山が入り混じった過酷な環境で、昼夜の温度差が激しい。夜になると濃霧が発生し、赤外線探知も機能を鈍らせる。そんな場所を選んだのも、奴の戦略だろう。
「逃げ道を用意した上で、獲物を待つつもりか……」
口元に苦笑が浮かんだ。
罠の中に入るのは嫌いじゃない。だが、そこから抜け出すのは、もっと好きだ。
俺は補給施設へ向かい、必要最低限の装備を選び始めた。今回も基本はスピアとリストブレイド、ディスク。それに標準装備のコンピューターガントレットとバイオマスク。あとは現地で拾える資源を利用する。罠を張る相手には、こちらも罠を仕掛けるのが一番だ。船の武器庫に積むよう指示して施設を離れた。
補給を終え、港湾区画の格納庫に向かうと、俺の降下艇が整備を終えて待っていた。艶消しの黒い装甲に、部族の印が刻まれている。触れると、金属の冷たさと同時に、過去の狩りの記憶が蘇った。
「行くか……ザラク」
低く呟き、俺はタラップを上った。
船に入り、操縦席に座ってモニターを確認した。
ガントレットから端子を伸ばし、端末に接続して情報を確認する。
モニターには、最後に確認されたザラクの姿が映し出された。
肩には奪った戦利品、腰には異星生物の頭骨。片目のバイオマスクには大きな傷が走り、そこから覗く瞳は鋭く光っている。
「行くかザラク……と言ったが、出発は三日後、とエルダーが言ってたな」
ため息をつき、操縦席を離れる。
三日。たった三日だが、この時間があるかないかで、狩りの成否は変わる。補給、装備調整、戦略立案――どれも欠かせない。
俺はまず武器庫に向かった。船の内部は、長年の使用で金属の床がわずかに擦り減り、足音が鈍く響く。武器庫の自動扉が開くと、そこには整然と並べられた狩人の道具が光を反射していた。
スピアを手に取り、重量とバランスを確かめる。柄の部分に指を滑らせると、細かな傷がいくつも刻まれているのが分かる。それは過去の戦いの証であり、俺にとっては戦友のようなものだった。
次にディスク。回転軸に微かな引っ掛かりがあったため、分解して研磨し、潤滑剤を塗布する。軽く回すと、空気を切る低い音が心地よく響いた。
リストブレイドは刃の研ぎ直しだけでなく、出力機構の動作チェックも入念に行う。戦いの最中に動作不良が起きれば、それは即死に直結する。
装備の点検が終わると、今度は船の格納庫から訓練用の標的を引き出した。ザラクとの戦いを想定し、動きや間合いをシミュレートする。奴の戦い方は記録からある程度予測できるが、実際にはそれ以上の不意打ちを用意しているはずだ。
標的が迫るたび、俺はスピアを突き出し、ディスクを投げ、刃を閃かせた。汗が装甲の内側を伝い、呼吸が荒くなる。
「……ふう」
訓練を終えると、船の窓から外を見た。ユィタ=プライムの夜は暗く、遠くの火山が赤い光を吐き出している。その輝きは、大地の鼓動のように脈打っていた。
三日間――その間、俺は毎日同じことを繰り返した。
武器を磨き、装備を整え、戦術を練り、身体を動かす。
同時に、情報端末でザラクの足取りを何度も確認した。映像の中の奴は、常に獲物を持ち歩き、休むことなく動いていた。足跡の残し方、獲物の解体跡、そのすべてが奴の癖を物語っている。
「……間違いない。こいつは正面から戦う気はない」
そう呟き、心の奥で笑った。
ならば、こちらから正面に引きずり出すだけだ。
出発前夜、船内の灯りを落とし、静かに目を閉じる。エンジンの低い唸りが心臓の鼓動と重なり、やがて眠りに落ちた。
「おい、起きろ」
「あ?」
身体を叩かれ、無理やり起こされた。
「オリオン……何の用だ?」
「『何の用だ』じゃない、『用ですか?』だ。まあいい……お前に伝えておこうと思ってな」
船内の灯りはまだ暗く、外の恒星も昇っていない。訓練のための早朝起床は慣れているが、出発当日の朝に叩き起こされるのは気分がいいものじゃない。俺は面倒くさそうに上体を起こし、壁際の端末に手を伸ばして照明を落とし気味に点けた。
オリオンは相変わらず大きな影を落とし、腕を組んで立っている。あの鋭い片目が、いつも通り俺を値踏みするように見下ろしていた。
「ザラクのことか?」
「そうだ。……お前、情報では知っているだろうが、あいつと俺は昔、同じ狩猟戦団にいた」
その言葉に、俺の意識は一気に覚醒した。
「……初耳だな」
オリオンはゆっくりと頷く。
「若い頃のザラクは、間違いなく優秀だった。狩場に出れば必ず戦果を挙げ、誰よりも先に獲物を仕留める。だがな、あいつは強すぎたんだ。掟を守っている限り、獲物の数に限りがある。それが奴には退屈だったらしい」
短い沈黙の後、オリオンは言葉を続けた。
「最初は些細なことだった。弱い獲物を仕留めて誇る、戦えぬ者を脅して証を奪う。だが、それが癖になると、次は仲間の獲物まで奪い、最後には仲間そのものを狩り始めた。……俺は、その瞬間を見た」
部屋の空気が重くなる。オリオンがこうして過去を語るのは珍しい。
「だから、あいつを追うお前にだけは伝えておきたかった。ザラクは、裏切りに迷いがない。隙を見せれば、ためらいなく刃を突き立ててくる。……狩りの相手としては最悪だ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
俺は半分冗談めかして笑ったが、オリオンの表情は微動だにしなかった。
「冗談で済む相手じゃない」
それだけ言うと、オリオンは踵を返した。
扉が閉まる直前、彼は振り向きもせずに言葉を残した。
「……生きて帰れ、
その声は低く、だが確かに俺の胸に響いた。
出発まであと数時間。俺は武器庫に向かい、もう一度装備を確かめた。スピア、ディスク、リストブレイド、どれも手に馴染む。バイオマスクを装着し、視界に情報が流れ込む感覚を確認する。
操縦席に座り、エンジンの起動音を聞く。低い唸りが船体全体を震わせ、格納庫の扉がゆっくりと開く。外にはまだ夜が残り、星々が冷たく瞬いていた。
俺は深く息を吸い、手元のスイッチを押した。
推進剤が燃え、船は静かに浮かび上がる。
「行くぞ、ザラク……」
船を起動し、離陸した。
少しの揺れの後、一気に加速し、大気圏を突破して宇宙へと飛び出す。
ザラクの潜伏する宙域に座標をセットし、操縦席に深く座った。
「ザラク……プレデターの言葉で『瞬く』……」
その名は、狩場での動きを象徴している。奴は光のように現れ、瞬時に獲物を仕留め、また影へと消える。だからこそ捕らえるのが難しい。
宇宙は暗く静かだった。恒星の光が船体に反射し、計器盤の淡い照明が俺の手元を照らす。推進音は低く、一定のリズムで響いている。こうして座標を自動航行に任せる時間は、唯一心を落ち着けられる瞬間だ。
だが、今回は違った。
オリオンの言葉が頭から離れない。――「裏切りに迷いがない」。それは、獲物にとって最も厄介な性質だ。通常、狩人も獲物も一瞬のためらいがある。そのためらいが隙を生む。しかし、ザラクにはそれがない。完全に狩ることだけに全てを傾けた動き……想像するだけで、背中に冷たい汗が流れる。
航行中、情報端末を再び開く。地形データが投影され、目的地の惑星が立体映像で浮かび上がった。密林、切り立った岩山、そして夜になると覆い尽くす濃霧。温度差は昼夜で五十度以上あり、装備の機能低下は避けられない。
さらに、惑星表面には古代文明の遺跡らしき構造物が点在していた。石造りの塔や祭壇のような建物。ザラクは、そういう場所を好む傾向がある。構造物を利用して罠を張り、敵の動きを封じる。それが奴のやり方だ。
「面倒な場所に潜りやがって……」
小さく吐き捨て、再び椅子に体を沈めた。
操縦席から見る宇宙は、無数の星々が散りばめられた漆黒の海だ。その美しさに心を奪われる者もいるが、俺にとっては戦場までの通路でしかない。星の輝きの向こうには、必ず血と死が待っている。
航行時間は二日と少し。その間、俺は体を動かすために船内の訓練スペースを使った。重力制御を強化し、地上の二倍の負荷をかけてスピアを振る。額から汗が滴り、呼吸が熱くなる。
戦闘だけではない。補給物資の確認、罠の材料の整理、通信機器の調整。すべてを念入りに行う。狩りで最も重要なのは、最初の一撃を外さないことだ。そのためには、準備の段階で勝負が決まっている。
休息の時間、寝台に横たわりながらも、頭の中ではザラクの動きを何度もシミュレーションした。奴の間合い、刃の振り、足運び。目を閉じても、その影は脳裏から離れなかった。
――あの瞬きの速さに、俺はついていけるか。
船は静かに、しかし確実に目的地へと進んでいた。