養殖が天然に勝てると思うなよ?【本編完結】   作:物体Zさん

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本日は2話公開します!よろしくお願いします〜!


評価と感想もありがとうございます!


罪?俺にとって全て狩りだ

 

 

 

 

 

 

 

 「着いたな」

 

 目の前のモニターには、濃い緑と黒に覆われた惑星が大きく映し出されている。宙域の端に位置するその星は、恒星から遠く、昼間でも薄暗いらしい。周囲の衛星は二つ、小型の月が不規則な軌道で回っており、その引力が大気や潮汐に影響を与えている。

 

 船は軌道上に入り、ゆっくりと速度を落とした。バイオマスクのHUDに惑星表面のデータが次々と流れ込む。熱源反応は複数。密林の中、岩山の谷間、そして古代遺跡と見られる石造りの構造物。どれもザラクが好みそうな場所だ。

 

 「やっぱり遺跡か……」

 

 俺は小さく呟き、降下艇への移動を開始した。船内の通路は無音で、金属床を踏む音だけが響く。武器庫でスピアを背負い、ディスクを腰のホルダーに装着、リストブレイドの駆動音を確かめる。バイオマスクの視界モードを切り替え、赤外線、紫外線、捕食者視覚と順に確認。

 

 降下艇の格納庫に入ると、扉が自動で開き、低重力の感覚が一瞬身体を浮かせた。艶消しの黒い降下艇は待機状態で、機体表面に刻まれた部族の印が淡く光っている。俺は操縦席に乗り込み、シートベルトを固定した。

 

 エンジンが唸り、艇がゆっくりと母船から離れる。すぐに重力の引き込みが始まり、機体は惑星の大気圏へ突入した。外の景色が赤く染まり、摩擦熱が機体表面を覆う。シールド越しに見える炎の揺らめきが、まるで俺を飲み込もうとしているようだ。

 

 衝撃が収まり始めると、視界が一気に開けた。

 

 眼下には、途方もなく広がる密林。巨木が絡み合い、葉の海が地面を覆い隠している。ところどころに切り立った岩山が突き出し、その麓には深い霧が渦巻いていた。視界を切り替えると、霧の奥に点在する熱源反応が浮かび上がる。動きは遅い。大型の草食獣か、あるいは……別の何かだ。

 

 降下艇は予定地点の上空で静止し、ホバリングを開始した。着陸地点は、遺跡からおよそ五百メートル離れた密林の空き地。周囲の熱源は少なく、初期展開には適している。

 

 「降りるぞ」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、降下ハッチを開いた。湿った空気が一気に流れ込み、装甲越しにも温度と湿度の高さが伝わってくる。鼻腔をくすぐるのは、植物の匂いと土の匂い、そしてどこかに潜む生き物の微かな臭気。

 

 地面に足をつけた瞬間、音が吸い込まれるような静けさを感じた。鳥の鳴き声も、風の音もない。ただ、自分の呼吸音と心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。

 

 バイオマスクのセンサーが、微細な振動を感知した。何かが地中か、遠くの密林で動いている。だが、それがザラクかどうかはまだ分からない。

 

 俺はスピアを構え、視界の端でディスクの位置を確認する。足を静かに前へ出し、地面の落ち葉を踏みしめた。その一歩一歩が、これから始まる狩りの合図になる。

 

 ――瞬くように現れ、消える獲物。

 

 今日、その光を捕らえるのは俺だ。

 

 一応、クロークを起動させておく。一応だ。

 

 なるべく気配を絶ち、奴に近づく。周囲の野生動物に騒がれては面倒だ。

 

 バイオマスクの視界に揺らぎが走り、周囲の景色と自分の輪郭が溶けるように同化する。わずかに動けば光の屈折がズレ、近距離であれば目の良い生物には気取られる可能性がある。だからこそ、歩幅と呼吸を一定に保ち、風の音や葉の揺れと同じリズムで動く。

 

 密林の中は湿気がまとわりつくように重く、植物の葉が装甲に触れるたびに水滴が滑り落ちる。足元には無数の根が張り巡らされ、踏み外せば音を立ててしまう。上空から差し込むわずかな光が、緑と影の迷路を作り出していた。

 

 途中、地面に奇妙な跡を見つけた。爪で抉られたような痕と、潰れた草。形はヤウジャの足跡に似ているが、重量のかけ方が違う。ザラクは右足にわずかな癖があり、着地の瞬間に外側へ重心を逃がす――映像で何度も見た動きだ。

 

 「……やっぱり、近いな」

 

 声に出すと、自分の心音がさらに大きく聞こえる気がした。

 

 その先には、木々の間に隠れるように建つ石造りの構造物が見えてきた。苔に覆われ、蔦が絡みつき、長い時間放置されたことを物語っている。中央には崩れかけた階段があり、その両脇には風化した獣の彫像が鎮座していた。

 

 足元のセンサーが、微弱な熱源を拾う。階段の上、遺跡の入口付近だ。

 

 クロークを維持しつつ、俺は慎重に近づく。葉をかき分け、石段の影に身を潜めると、そこにあったのは……新しい血の跡だった。

 

 鮮やかな赤――いや、この星の生物特有の黒みがかった血液。滴が階段の縁から垂れ、地面に染み込んでいる。指先で触れると、まだ温かい。狩りは数分前に行われたばかりだ。

 

 そして、そのすぐ脇に転がる沢山の頭蓋骨。異星種族のものだが、切断面は鋭く、リストブレイドの軌跡と一致する。

 

 「……やってるな、ザラク」

 

 俺は入口を見上げた。そこから奥は真っ暗で、センサーの反応も途切れている。奥に入れば、外よりも圧倒的に死角が多くなる。罠の可能性も高い。

 

 だが、このまま引き返せば、確実に奴を逃す。

 

 バイオマスクの視界を赤外線モードに切り替え、階段を上る。石の感触が足裏に伝わり、長年の風雨で削られた段差が微妙なバランスを崩す。

 

 入口に差し掛かった瞬間、頭上でわずかな動き。反射的にスピアを構えた。

 

 ――だが、降ってきたのは、切り裂かれた獲物の肉片だった。

 

 腐臭と鉄の匂いが混じり合い、思わず呼吸が乱れる。その匂いは、奥から流れてきていた。

 

 「待ってやがるな……」

 

 俺は一歩、暗闇の中へと足を踏み入れた。

 

 遺跡に入った瞬間、生温い空気が身を包んだ。

 

 俺達プレデターは暖かい空気を好む。

 

 だが……これはあまり好きな空気じゃない。

 

 ただ温かいだけじゃない。湿り気が重く、皮膚の隙間にまで入り込むような粘つきがある。それに混じる、わずかな腐臭と血の匂い。長く放置された死骸の匂いとも違う、つい先ほど裂かれた肉から漂う鉄の匂いだ。

 

 壁は石造りだが、表面には奇妙な傷跡が無数についている。刃物のようなものではなく、鋭い爪で抉られた跡だ。高さもランダムで、天井近くにまで達しているものもある。

 

 「……動物か、それとも……」

 

 声は自分のバイオマスクの内部だけで反響し、すぐに消えた。

 

 通路は狭く、両側の壁に刻まれた古代の文様が青い光を放っている。おそらくこの遺跡を築いた種族のものだろう。だが、その輝きはどこか不安を煽る。文様の一部は削られ、別の新しい刻印が上書きされていた。それは俺の部族のものでも、他のプレデターの印でもない。

 

 足元の感触が変わった。石ではなく、乾きかけた血の層を踏んでいる。ブーツの裏に粘りが残り、歩くたびにわずかに音を立てる。音が響くたび、奥の闇の中で何かが動いたような錯覚に襲われた。

 

 曲がり角を抜けた先、通路は急に広くなった。中央には祭壇のような台座があり、その周囲には骨が山のように積まれている。人間、未知の異星種族、そして……プレデターのものも混じっていた。頭蓋骨には穴が開き、背骨はバラバラに折られている。

 

 「ザラク……お前か」

 

 低く呟きながら近づくと、台座の上に金属製の器が置かれていた。その中には赤黒い液体が満たされ、表面には泡がわずかに弾けている。匂いを嗅いだ瞬間、それが血であることが分かった。しかも一種類ではない。混ざっている――異種族の血と、同族の血が。

 

 台座の向こうに、小さな通路が続いている。センサーを確認すると、奥から微弱な熱反応が二つ、そして動かない大型の反応が一つ。

 

 「……罠の匂いしかしないな」

 

 それでも進むしかない。スピアを構え、通路に足を踏み入れる。壁際に並ぶ燭台のような構造物が青白い光を揺らし、影を不規則に伸ばしている。その影の一つが、微かに揺れた。

 

 反射的にディスクを投げる。金属の唸りが通路を駆け抜け、壁の影を切り裂いた。そこから転がり落ちたのは、まだ温かい動物の死骸だった。明らかに囮だ。

 

 「……面倒な真似を」

 

 拾い上げたディスクを再び腰に装着し、さらに奥へ進む。やがて、通路が終わり広間に出た。天井は高く、中央には巨大な柱が立っている。その柱の根元には、新しい足跡があった。右足の外側に重心が逃げた跡――間違いなくザラクだ。

 

 「近い……」

 

 その瞬間、背後で空気が揺れた。クロークを通しても分かる、わずかな光の乱れ。俺は振り返り、スピアを構えた――

 

 「ザラク」

 

 振り返った視界の先、薄暗い空間に揺らぐ光の屈折があった。クロークを通して見える輪郭は、人間よりはるかに大きく、そして俺と同じく二本のリストブレイドを備えている。

 

 「お前はアヌ族か……」

 

 低く、湿った声が返ってくる。音が壁を這い、耳の奥にまとわりつくようだ。

 

 「そうか……俺も遂に、お前達のリストに記名されたか」

 

 その声音に恐怖はなかった。むしろ愉快そうで、古傷を撫でるような落ち着きすらある。

 

 「お前の罪は数え切れない」

 

 俺はスピアを下段に構え、間合いを計りながら歩を進めた。

 

 「罪? 俺にとってはすべて狩りだ。獲物が誰であれ、狩ることに変わりはない」

 

 その一言で、この男が何故バッドブラッドと呼ばれるのか、改めて理解した。掟も、誇りも、同胞の絆すらも、この男には獲物と同じく刃の下に置かれる。

 

 クロークが解けた。現れた姿は記録映像で見た通り――いや、それ以上に荒んでいた。バイオマスクは深い裂傷で半分が抉れ、片目から覗く瞳は鋭く乾いている。装甲は異星生物の骨で補強され、腰には複数の頭蓋骨が鈴のように吊るされていた。

 

 「俺を狩りに来たか……アビサル」

 

 名前を呼ばれ、胸の奥が一瞬ざわめいた。

 

 「知っていたか」

 

 「もちろんだ。お前の狩り方は、あまりにも“正しすぎる”。だからこそ、アヌ族に選ばれたんだろう?」

 

 挑発とも取れる言葉だが、感情の揺れは見せない。

 

 「……正しいかどうかは俺が決める」

 

 「なら、ここで決めるか?」

 

 その瞬間、ザラクの足が半歩滑るように前へ出た。右足の外側に重心が流れる――あの癖だ。だが動きは速く、意図を読む前に距離が詰まる。

 

 俺はスピアを半回転させ、刃先を突き出す。金属と金属が激しくぶつかり合い、火花が暗闇を照らした。ザラクは力任せに押し返すのではなく、刃の角度を変えて俺の腕を流そうとする。

 

 「反応は悪くない」

 

 「お前の動きは想定済みだ」

 

 言葉を交わしながらも、互いの視線は一瞬たりとも外れない。相手の呼吸、握力の変化、肩のわずかな傾き――全てが次の一撃の予兆になる。

 

 ザラクが距離を取った。クロークを再び起動し、その姿が溶ける。だが、足元のわずかな砂の動きが位置を教えてくれる。俺もまたクロークを展開し、暗闇に身を溶かす。

 

 祭壇の周囲、青白い文様の光だけが揺らめく空間。姿なき狩人同士の呼吸音が、互いの耳に届く。次に動いた方が――死ぬ。

 

 「……面白くなってきた」

 

 ザラクの声が、どこからともなく響いた。

 

 バイオマスクの視界を切り替え、熱源探知にする。

 

 空気の流れと、床に残る熱を辿り、ザラクの位置を絞った。

 

 アヌ族はバッドブラッドを狩る唯一の部族。幼少期から対プレデターの戦闘を叩き込まれる。

 

 俺たちの狩りは、星々の頂点捕食者を狩ることではない。

 

 プレデター(ヤウジャ)を狩ることだ。

 

 熱源探知の視界には、わずかな残熱が網目のように浮かび上がる。ついさっきザラクが足を置いた場所は、温度差が微妙に残っている。呼吸によって揺れた空気の筋が、柱の陰を通って俺の方へと伸びてきていた。

 

 「そこだ……」

 

 声に出すのではなく、意識の中で呟く。次の瞬間には身体が動いていた。スピアを逆手に持ち替え、柱の陰へ踏み込みながら突きを放つ。

 

 手応え――だが、軽い。

 

 ザラクは半身を捻って刃先を避け、リストブレイドを返して俺の脇腹を狙ってきた。金属が装甲を擦る嫌な音が響く。あと一寸深ければ、骨まで届いていた。

 

 互いに距離を取る。クローク越しに相手の輪郭がわずかに揺れる。

 

 「さすがに、動きが読めるか」

 

 ザラクの声は近い。だが、動きは視界の端から端へと飛び移っていく。俺はその残熱の軌跡を追い、動きの癖を重ね合わせていく。右足の外への重心、踏み込みのタイミング――それらが次の一撃の合図になる。

 

 アヌ族として鍛えられた感覚が、自然と全身に染み渡る。敵が見えない状況でこそ、俺たちは真価を発揮する。僅かな音、空気の震え、武器の重量の変化……その全てを感じ取る。

 

 俺は一歩引き、あえて足音を立てた。

 

 ザラクが反応し、間合いを詰めてくる気配が走る。そこで、俺はディスクを低く投げ放った。壁を滑るように走った刃が、ザラクの足元をかすめ、装甲の端を削る金属音を響かせる。

 

 「ちっ……」

 

 短く舌打ちが返ってきた。その位置だ――俺は即座にクロークを解除し、全力で踏み込みスピアを振り抜く。

 

 衝撃。

 

 ザラクのリストブレイドが刃を受け止め、火花が暗闇を一瞬照らした。互いに力を押し合い、筋肉が軋む音すら聞こえてくる。至近距離、視界に映るのは相手の仮面の奥で光る瞳だけだ。

 

 「いいスピアだ。やはり、お前らアヌ族は厄介だ……」

 

 「それが俺の仕事だ」

 

 その瞬間、ザラクが左膝を俺の腹に打ち込んだ。装甲越しでも響く衝撃で、肺の空気が一瞬抜ける。後退しかけた足を踏みとどめ、逆にザラクの肩口へスピアの柄を叩き込んだ。

 

 互いに数歩下がり、再び間合いを取り直す。

 

 次の一手で、決着が動く――そんな予感が、胸の奥で熱く脈打っていた。

 

 「そういえば……オリオンは元気か?」

 

 「……」

 

 「俺のことを何か言っていただろう?」

 

 間合いを図り、ゆっくりと動きながらザラクが言った。

 

 その声には妙な落ち着きがあった。挑発とも、探りとも取れる、微妙な響き。俺は言葉を返さず、呼吸を整え、足の位置を変えた。床の感触、空気の流れ、相手の重心移動――そのすべてを感じ取る。

 

 「沈黙か。まあいい……オリオンには世話になったからな。お前が弟子になる前、あいつとは何度も狩りに出た」

 

 ザラクは仮面の奥で薄く笑ったように見えた。その言葉が真実かどうかは分からない。だが、口にした時の声音は、刃よりも鋭く俺の意識を切り裂いた。

 

 「……そんな昔話、狩場で聞く気はない」

 

 「そうか。なら――」

 

 ザラクの足が床を蹴った。

 

 瞬きの間に間合いが詰まり、リストブレイドが俺の首筋を狙って振り下ろされる。俺は半身を捻り、刃を紙一重で避けながらスピアを突き上げた。金属と金属がぶつかり、甲高い衝撃音が広間に響き渡る。

 

 刃の感触が腕に伝わった瞬間、ザラクは自らの重心を崩してでも俺の脇へ滑り込み、背後を取ろうとした。反射的にディスクを腰から抜き、背中越しに振るう。切っ先が装甲の端をかすめ、火花が飛ぶ。

 

 「っ……」

 

 ザラクの低い唸り声が耳元で響く。俺はそのまま肘打ちを放ち、相手の胸板を叩きつける。衝撃で一瞬距離が開いた。

 

 「やはり……速いな」

 

 「お前もな」

 

 呼吸が荒くなる。汗が装甲の下で滲み、指先がじっとりと湿る。だが視線は逸らさない。相手の視線もまた、俺を一寸も逃していない。

 

 ザラクが構えを変えた。低く腰を落とし、右腕を前に、左腕を後ろに引く。踏み込みと同時に、複数の攻撃を連ねる型だ。防ぎ切れなければ致命傷になる。

 

 俺もスピアを斜めに構え、突きと薙ぎを即座に切り替えられる位置を取る。

 

 次の瞬間、金属が唸った。ザラクの刃が一閃し、俺の装甲を裂く。熱い感触が脇腹を走り、緑の血が溢れ出す。だが、俺はその痛みを利用し、身体を捻って反撃の一撃を放った。

 

 スピアの穂先がザラクの肩口に食い込み、肉と骨を裂く感触が手に伝わる。鮮血が飛び散り、酸味を帯びた匂いが空気を満たす。

 

 「……っ!」

 

 ザラクは後退し、肩を押さえる。だが、その瞳は一切の怯みを見せていない。むしろ、狩人の目はさらに鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 「面白くなってきた……!」

 

 ザラクがそう言った瞬間、広間の奥で何かが動く気配があった。ザラクも、俺も、その方向へ視線を向ける。

 

 暗闇の奥で、複数の熱源反応が蠢いていた――

 

 「チッ……出てきたか。アビサル、ここは一時休戦といこうじゃないか」

 

 「……」

 

 俺はスピアを下げはしなかったが、片方の目で複数の熱源反応がある方向を見た。

 

 マスクの視界を瞬時に切り替える。赤外線、紫外線、ゼノモーフ視覚――そして熱源探知に切り替えた瞬間、四脚で壁を這い、高速でこちらに迫る生物の姿が映し出された。

 

 「この遺跡に封印されていたものだ」

 

 ザラクの声は、戦いの最中とは違う色を帯びていた。単なる敵意でも挑発でもなく、本物の警告の響き。

 

 「俺はそれを狩っていた。お前が来るまではな」

 

 「あれはなんだ」

 

 「ナハト=マァドという、この星で()()()()()()ものだ。どれほど恐ろしいかは……この星の現状を見れば分かるだろう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気がさらに重くなった気がした。

 

 生物は壁を這いながら天井へ、そして柱を利用して我々の頭上へ回り込もうとしている。バイオマスクの拡大機能で捉えたその姿は、異様だった。

 

 骨格は細長くしなやかだが、全身を覆う甲殻は光を吸い込むように黒く、わずかな光の反射が油膜のように揺れている。四本の脚は異常に長く、指先には鋭く湾曲した鉤爪。頭部は細く伸び、顔の位置に当たる部分には目がない。その代わり、無数の感覚器のような孔が並んでいた。まるでゼノモーフだ。

 

 「嗅ぐぞ……」

 

 ザラクが低く呟いた。

 

 確かに、空気が微かに変わった。湿った獣臭と鉄の匂いに混じり、土と腐敗臭を凝縮したような臭気が鼻腔を突く。それは嗅覚だけでなく、皮膚の感覚にまで浸透し、全身の毛穴を粟立たせた。

 

 「……数は?」

 

 「最低でも六。だが、奥の熱源はもっと大きい……多分、母体だ」

 

 母体――その言葉が意味するものを、俺は知っている。

 

 「掟じゃないが、今回は乗る」

 

 「助かる」

 

 ザラクはクロークを解き、堂々と武器を構えた。肩からは先ほどの傷口から血が流れていたが、その動きに衰えはない。

 

 俺もクロークを解除し、スピアを前に出す。ディスクのロックを外し、必要なら即座に放てるようにする。

 

 その瞬間、最初の一体が飛びかかってきた。

 

 天井から一直線に落下し、鉤爪を振り下ろす。その速度は人間や多くの捕食生物では到底反応できないものだ。だが、俺たちは違う。

 

 俺がスピアで突き上げ、ザラクがリストブレイドで斜めに切り払う。二つの刃が同時に命中し、ナハト=マァドの甲殻が割れ、暗い体液が飛び散った。酸のようにジュウと音を立てて床を溶かし、石の匂いが焦げる。

 

 「酸か……!」

 

 「踏むな、装甲でも持たんぞ!」

 

 背後から二体目、三体目が迫る。動きは蜘蛛に似ているが、速度も跳躍力も桁外れだ。俺は一歩退き、ディスクを放った。回転する刃が暗闇を切り裂き、一体の脚を根元から切断する。

 

 断末魔のような高周波音が広間に響き、鼓膜が震える。

 

 「おい、下!」

 

 ザラクの声で視線を落とすと、床の割れ目からさらに別の個体が這い出てくる。こいつらは壁も天井も、そして地面の下からも襲ってくるらしい。

 

 「……母体の元に誘っているな」

 

 「同感だ。だが逃げ場はない」

 

 俺たちは互いに一瞬だけ視線を合わせた。その短い合図で、次の行動は決まった。

 

 「突破する!」

 

 「行くぞ!」

 

 次の瞬間、俺とザラクは同時に飛び出した。

 







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