養殖が天然に勝てると思うなよ?【本編完結】   作:物体Zさん

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いつも感想、評価ありがとうございます!


この景色、きっと忘れられないよ

 

 

 

 

 

 とうとう出発の日になった。

 

 二日間、身体をしっかりと休めた……と言いたいところだが、俺にとって「休める」というのはただ寝転がることじゃない。結局、武器の手入れや船内装備のチェックは欠かさなかったし、狩人としての勘が鈍らないように軽い鍛錬も続けていた。静かに過ごしたはずなのに、心の奥はずっと波立っている。任務前特有の、胃の奥をじわじわと締め付ける感覚だ。

 

 今、俺は母星の港区画――狩人たちの船が並ぶ巨大なドックにいる。金属と油の匂い、整備用の工具音、低く唸るエンジンの響き。どれも出発前のこの場所独特の空気だ。整備員たちが甲板を行き来し、各船の状態を最終確認している。俺の船もその列の一つにあり、艶やかな装甲の表面には細かな傷が刻まれている。これは今までの任務の証だ。

 

 「やぁ、遂に出発だね」

 

 声がして振り向くと、あの男――ウルフがいた。手には文字が細かく彫り込まれたバイオマスクを脇に抱えている。彼の装飾はプライム族特有のもので、どこか洗練されていて、同時に実戦の空気を纏っている。

 

 「そうだな」

 

 俺が短く返すと、ウルフは首を傾げるようにして俺の顔を覗き込んだ。

 

 「ん? なんだか元気がないように見えるけど?」

 

 「そんなことはない」

 

 ……お前と長々喋るのが面倒なだけだ。心の中で吐き捨てる。こいつの柔らかすぎる物腰は、逆に神経を逆撫でする。

 

 俺が会話を打ち切ろうとした、そのときだった。

 

 「アビサル、ウルフ」

 

 背後から、低く通る声が響く。反射的に振り向くと、そこに立っていたのはオリオンだった。黒く艶やかな装甲に、無駄のない姿勢。数多の戦場をくぐり抜けてきた者特有の威圧感が、言葉にせずとも肌に伝わる。

 

 「準備は整っているな」

 

 オリオンの視線がまず俺を射抜き、次にウルフへと移る。ほんの一瞬だが、その眼光には二人を天秤にかけているような鋭さがあった。

 

 「はい、もちろん」

 

 ウルフが笑みを浮かべながら答える。その返答は軽やかだが、目の奥は獲物を見据える狩人のそれだ。俺は短く頷くだけに留めた。

 

 オリオンは少しだけ顎を引き、言葉を続けた。

 

 「地球軌道上までの航行はお前たち二人に任せる。エンジニアとの接触は慎重に行え。……余計な行動は、取るな」

 

 その一言に、思わず心臓がひとつ大きく打った。あの白く滑らかな化け物たちと近距離で関わるのは、できれば避けたい。怒らせれば黒い雨で惑星ごと滅ぼす連中だ。護衛任務だと言っても、奴らが本気を出せば俺たちなど存在しないも同然だ。

 

 「了解」

 

 短く返答し、視線をウルフへと向ける。こいつは相変わらず余裕を崩さない。いや、それが本心かどうかはわからないが。

 

 オリオンは俺たちの反応を確認すると、一歩下がり、背を向けた。

 

 「……行け」

 

 その声に押されるように、俺たちはそれぞれの船へ向かって歩き出した。

 

 船のハッチが開く直前、俺はふと振り返った。オリオンは大祭壇の方へ歩いて行き、その背中は何かを背負うように重く見えた。

 

 ……まぁ、考えても仕方ない。やるべきことは決まっている。生き残る。それだけだ。

 

 船に乗り込み、ハッチを閉じた瞬間、外の喧騒が嘘みたいに消える。内部は自分の呼吸音と船の動力系統が立ち上がる低い唸りだけが支配していた。

 

 操縦席に腰を下ろし、各計器の表示を一つ一つ確認する。航行データ、燃料残量、武装状態――異常なし。目的地を地球にセットし、システムが緩やかに航路を描き出すのを待つ。ルートが確定すると同時に、船体が振動し始め、ゆっくりとドックから離陸していく。

 

 ふと視界の端、右舷側の窓に映る別の船影が目に入った。あれは――ウルフの船だ。

 

 「チッ……プライム族の新人掃除屋は最新型の船かよ」

 

 思わず舌打ちが漏れる。あの船体の曲線、装甲の質感、機体全体のバランス……間違いない、最新鋭の小型戦闘艇だ。しかも小型ながらも耐久性や機動力に優れ、短距離戦から長距離航行までこなせる万能型。技巧派部族として知られるジオメトリクス族が手掛けたものだろう。

 

 ヤウジャが使う武器や船は多くの部族で作られているが、その中でもジオメトリクス族の技術は別格だ。スピアやガントレット、ディスク、船の推進器に至るまで――彼らの製品は精密で頑丈、そして何より美しい。俺たちが普段使っている装備の大半も彼らの設計によるものだ。もちろん、自分の部族内で装備を作ることもあるが、その品質は比べ物にならない。

 

 俺の船は……成人の儀式を終えた日にオリオンから贈られたものだ。無駄に船体が大きく、燃費も良くはない。出力は申し分ないが、小回りは効かない。船内には広すぎる居住区や武器庫があって、正直、俺一人が使うには持て余している。

 

 だが、不思議と不満はない。狩人としての本質は、結局のところ「獲物を仕留める技術」と「生き延びる本能」だ。船はあくまで移動手段であり、獲物に止めを刺すのは己の腕だ。……そう、俺は狩りをするのに船など必要ない。

 

 離陸シーケンスが終わり、推進器が本格的に稼働し始める。重力制御が作動し、体が軽くなる感覚と同時に、船体が星の大気圏を滑るように上昇していく。窓の外で母星の風景がゆっくりと遠ざかり、青と緑の入り混じったユィタ=プライムの地表が徐々に丸みを帯びていく。

 

 横を並走するウルフの船が光を反射し、刃のように鋭い影を俺の視界に差し込んだ。最新型の機体はその小さな船体に反して、推進器の出力音が低く抑えられている。きっと内部も無駄がなく、洗練されているのだろう。

 

 「……まぁ、機体の性能で勝負が決まるわけじゃない」

 

 独り言のように呟き、操縦桿を軽く引いた。船は指定された航路へ滑らかに進路を変える。

 

 眼下には、鋭い山脈や濃密なジャングルが広がる。あそこには俺が幼少期に狩りを学んだ場所もあるはずだ。ガナトスを追い回し、牙を避け、時にはこちらが血まみれになりながら仕留めた日々。……あの頃と比べれば、今向かう先はもっと厄介な相手だ。

 

 推進音が徐々に低く安定し、大気圏を突破したことを知らせるアラームが短く鳴る。船体がわずかに揺れ、視界に広がるのは黒く静かな宇宙。遠くで恒星が瞬き、星々の海が無限に広がっている。

 

 ……さて、地球までの長い航路が始まる。

 

 まぁ、長い航路と言っても、それは推力航行を続けた場合の話だ。今はそんな非効率な方法を使う必要はない。俺たちが持つ次元転移弾を空間に撃ち込めば、そこにワープゲートが開き、地球まで一瞬で飛び抜けられる。

 

 「ジャンプを始めるよ」

 

 ウルフの落ち着いた声が通信回線に入ってきた。相変わらず妙に柔らかい口調だ。こっちは出発してから一言も無駄口を叩かず、計器と航路確認に集中していたというのに。

 

 「了解」

 

 俺は短く答え、操作盤に指を滑らせる。武装パネルの奥に格納されている次元転移弾を選択、発射シーケンスを起動する。

 前方の空間――何もない闇の中に、弾頭が静かに射出された。弾が一点で止まったかと思った瞬間、鋭い閃光が迸り、空間そのものが破れるような音が響いた。黒い宇宙にぽっかりと穴が空き、縁は青白い光で脈打っている。あれがワープゲートだ。

 

 「突入」

 

 俺は操縦桿を握り、推力を全開にする。船体が加速し、次の瞬間には視界全体が星々の光で塗り潰される。無数の光が細く引き伸ばされ、流線のように俺の左右を駆け抜けていく。船体に伝わる微細な揺れが、空間を捻じ曲げて進んでいることを教えてくれる。

 

 心臓が少し早く打つ。ワープは慣れたはずなのに、この瞬間だけは体が警戒を解かない。ほんの僅かなミスが、船を別の次元の奈落に落とす――そういう危うさを、俺は昔から感じている。

 

 そして、揺れがすっと収まった。

 

 目の前には、さっきまでのユィタ=プライムの宙域とはまったく異なる景色が広がっていた。黒い宇宙の中央に、深い青と白の渦を抱いた球体が浮かんでいる。

 

 「着いたね。あれが地球だ」

 

 ウルフの声が弾んでいる。

 

 「青いな」

 

 言葉がそれしか出ない。だが、事実そうだった。まるで巨大な宝石を磨き上げたような、美しくも脆そうな輝き。

 

 「この銀河系では随一の美しさ……と、登録されたばかりのデータには書いてあったよ」

 

 「そうなのか」

 

 まあ、確かに見惚れるほどだ。こうしていると、エンジニアだの儀式だの、面倒な任務のことを一瞬だけ忘れられる。……だが、どうせ長くはもたない。

 

 「まだエンジニア達は着かないみたいだね。暫く待機だ」

 

 「あぁ」

 

 船の動力を低出力の待機モードに切り替える。船体がほとんど揺れなくなり、計器の光が静かに点滅している。

 

 眼下の地球は、海と雲と陸地が複雑に混ざり合い、時折、雷の閃光が白く走るのが見える。荒々しさと静寂が同居する、不思議な星だ。確かに“創造”には相応しい舞台なのかもしれない。

 

 だが、俺の胸の奥では、別の感情が膨らんでいた。――エンジニアが儀式を行うその場に立ち会うこと。あれほど強大な存在が、自ら命を絶つことで生命を創造するという、常識では測れない行為。それを間近で見せられる自分は、一体どうなってしまうのか。

 

 こういう時、昔の自分ならすぐに「帰りたい」と思ったはずだ。それなのに、今はその感情に別の何かが混じっている。好奇心……いや、狩人としての嗅覚か。未知のものに対する本能的な渇き。

 

 通信機越しに、ウルフが小さく笑ったような息を漏らした。

 

 「ねぇ、アビサル。この景色、きっと忘れられないよ」

 

 俺は返事をしなかった。代わりに、地球をじっと見つめ続けた。

 

 「ふむ」

 

 俺は、眼下に広がる青い星を見下ろしながら、ふと浮かんだ疑問を口にした。

 

 「こんな星でも生命の兆しはないのか」

 

 海があり、岩があり、植物がある。青い海面は陽光を反射して煌めき、雲の切れ間から覗く緑の大地は生き生きとして見える。どう見ても、そこには生命が息づいているはずだと思えるのに。

 

 「彼らの言う【生命】とは知性ある生物を指すんだよ」

 

 ウルフの声はいつも通り柔らかいが、どこか講義めいた響きがあった。

 

 「数多の銀河に蔓延る人間であったりね」

 

 「そういう事か」

 

 俺は小さく頷き、計器に手を伸ばした。スキャンモードへ切り替え、惑星全域の情報を拾う。

 

 盤面を指でなぞり、対象を地球に固定する。モニターに赤みがかった地球の映像が浮かび上がり、その中央に三角形の照準マークが重なる。

 

 ビビービビー……という規則的な警告音にも似た電子音が艦内に響き渡り、スキャンが始まった。

 

 海面の下、濃密な雲の切れ間、陸地の奥深く――あらゆる場所に生命反応が点として現れる。魚類、両生類、爬虫類、鳥類、昆虫。知らない形状の生物がいくつも赤い影として浮かび上がり、その数はあまりにも多い。

 

 だが、それらの中に知的生命の兆しはなかった。

 

 都市もない、人工構造物の痕跡もない。光や熱の異常な放出パターンも検出されない。

 

 「奴らが生み出すのは知恵を持ったものだけということか?」

 

 「そういうことだね。それ以外はあくまで()()の成り行きってわけ」

 

 ウルフは窓の外に視線を移し、青い球体を眺めていた。その横顔は妙に穏やかで、まるで地球の景色に見惚れているかのようだ。

 

 俺はモニターに映る生物の反応をもう一度確認した。動きが速いもの、群れを成すもの、単独で行動するもの――生命の多様性は凄まじい。それでも彼らの定義では、これらはただの“自然”でしかない。

 

 だとすれば、エンジニアが行おうとしているのは、この自然の上に“知恵”という異質な要素を持ち込む行為だ。

 

 ……それは、ある意味で侵略に近いのではないか?

 

 俺の脳裏に、かつて訪れた別の星の光景が蘇る。そこにも豊かな自然があった。だが、知性ある種族が生まれた後、環境は急速に変化し、やがて星そのものが死に向かっていった。

 

 もちろん、エンジニアは創造の神のように崇められている。だが、それは本当に祝福だけをもたらす存在なのか――そんな疑問が、胸の奥底に沈殿していく。

 

 「アビサル」

 

 ウルフが俺の名を呼ぶ。

 

 「何だ」

 

 「考えすぎじゃないかな。僕らの役目は“護衛”だよ。彼らが何を生み出すか、その先がどうなるかなんて、僕らが決めることじゃない」

 

 「……あぁ」

 

 言葉では同意したが、納得したわけではない。

 俺は再び視線を地球に向けた。雲の切れ間から覗く海が、静かに光を返していた。

 

 そして、それから暫く――沈黙を破るように船内アラームが甲高く鳴り響いた。耳障りな警告音が艦内の金属壁を震わせ、赤いランプが不規則に点滅する。

 

 「きたか」

 

 俺はすぐにモニターへ目をやる。レーダー画面に、不自然な影がゆっくりと輪郭を現した。

 

 「やっとだね」

 

 ウルフの声が、やけに落ち着いて聞こえる。だが俺の胸の奥には、圧し潰されるような重さが広がっていく。

 

 暗黒の虚空。その奥から、空間そのものを侵食するように巨大な影がせり出してきた。やがてそれは明確な形を帯び、全貌を現す。

 

 環のように歪な輪郭を持つ船――エンジニアの艦だ。外殻は漆黒に沈み、光を反射することすら拒むような質感。見る者の本能に、得体の知れない恐怖を直接叩き込む存在感があった。

 

 「恐ろしいな」

 

 俺が低く呟くと、ウルフも短く同意した。

 

 「確かに」

 

 俺はその船が何をするのか、知っている。――あれは星を滅ぼす。

 

 かつて偶然、その瞬間を目撃した。狩りを終えて母星への帰路に就いていた時だ。宙域の外れで、あの環状の艦がある星へと接近していくのを見た。気になって距離を保ちながら尾行した。

 

 やがてその船は、星の表面に向けて降下を始めた。無数の孔から放たれる漆黒の粒子――黒き雨が、空へと散布されていく。その雨は地上に達すると、まるで意思を持つ生き物のように広がり、触れたあらゆる生命を蝕んでいった。

 

 黒き雨に打たれた生物は例外なく悲鳴を上げ、全身の皮膚が泡立つように崩れ、骨と肉と臓腑が混ざり合って泥のようになって地面に溶けていく。苦痛に身を捩り、爪で大地を掻きむしりながら、息絶えるまでに数秒もかからなかった。

 

 文明もまた例外ではなかった。石造りの都市も、金属の塔も、瞬く間に崩落し、黒い靄と化して風に流される。あの時、俺は言葉にならない吐き気と震えに襲われ、視線を逸らせなかった。――あれが、エンジニアの裁きだ。

 

 モニター越しに映る艦影を見ながら、あの光景が脳裏に鮮やかに蘇る。背中を冷たい汗が伝い、握りしめた操縦桿が湿るのが分かった。

 

 「アビサル」

 

 ウルフが俺の名を呼んだ。振り返ると、マスク越しの視線が真っ直ぐこちらを見据えている。

 

 「……あぁ、分かってる」

 

 エンジニアの艦はゆっくりと減速し、地球軌道上で完全に静止した。その姿は、まるで獲物を前にした捕食者のようだった。

 

 そして――低く唸るような電子音と共に、船の通信機が作動した。

 

 「『出迎え感謝、これより星へ突入する。貴公らは何もするな』」

 

 耳ではなく、脳の奥に直接流し込まれるような声。金属音と肉声の中間のような響きで、雄でも雌でもない、中性的かつ不気味な抑揚を帯びていた。言葉は明瞭だが、その裏に底知れぬ威圧感が滲んでいる。

 

 ……何もするな? 護衛任務のはずだろうが。護衛が何もせず突っ立っていてどうする。

 

 そう思った瞬間――船体がわずかに震えた。

 

 「……あ?」

 

 操縦桿を握る手に力を込める。だが、反応がない。エンジン出力も推進制御も、こちらの操作を完全に無視している。

 

 「おい……」

 

 ウルフの船も、同じように勝手に姿勢を変え始めていた。小型船の機体が静かに傾き、巨大な環状艦の方へと進路を取っていく。

 

 俺の船も、抗うことなくその後を追った。

 

 「……乗っ取られた、か?」

 

 操縦系統のすべてが無効化されている。計器盤は生きているが、制御権は俺のものではない。まるで透明な手に船全体を掴まれ、そのまま引き寄せられているような感覚だ。推進音は一定なのに、加速感だけがじわりと増していく。

 

 視界の端で、環状艦の外殻が徐々に大きくなる。外壁は黒曜石を液化して固めたような質感で、表面を走る無数の溝が淡く光を放っている。その光が脈打つたび、船体の奥から低い鼓動のような音が響いた。――まるで、あれ自体が生きているかのようだ。

 

 「……不気味だな」

 

 思わず吐き出した言葉は、艦内に重く残った。応答はない。ウルフの通信も途絶えている。いや、恐らくこれも意図的に遮断されているのだろう。

 

 外殻の一部が静かに開き、空間に吸い込まれるような闇が現れた。環の内側に位置する格納口だ。その開口部は、進入する船の大きさに合わせるように形を変えていく。液体のように金属が蠢き、やがてぴたりと形を固定した。

 

 船はそのまま引き込まれ、闇の中へと消えていく。

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