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まさか、中に入ることになるとは思わなかった。
エンジニアの船の内部――その甲板に立つなど、狩人として生きてきた中で最も緊張する瞬間だ。正直、かなりビビっている。不敬をすれば抹殺。そんな可能性が常に頭をよぎる。彼らにとって俺たちヤウジャはただの駒に過ぎない。駒が逆らえば、簡単に捨てられるだけだ。
「大丈夫だよな……?」
思わず口から漏れる。誰に言っているのか、自分でも分からない。気休めの言葉にすぎない。
その時、再び脳に直接響く声が船内に満ちた。
「『では地球に突入する。そのまま待機せよ。時が来たら呼び出す』」
命令だけを残し、通信は途切れる。
沈黙。
金属と機械音だけが支配する狭い船内で、俺は椅子に座ったまま硬直した。呼吸すら重く感じる。ほんの少しだけ揺れを感じた。船体の傾斜が変わり、圧力がわずかに肌を押した。大気圏に突入したのだろう。青い星の空を、今まさに切り裂いている。
やがて再び、声が落ちた。
「『到着した。甲板に出てきてくれ』」
な……甲板に? つまり、直接顔を合わせろということか? 逃げ場などない。選択肢はただ一つ――従うのみだ。
俺は深く息を吐き、席を立った。まずは武器庫へ向かう。備えだけは完璧にしておかねばならない。
壁に掛けられた武具を一つずつ確認し、手に取る。
リストブレイドを前腕に装着。冷たい金属の感触が皮膚を刺激する。スピアを背に固定し、円盤状のディスクを腰に下げる。普段は使わないプラズマキャスターも肩に二基、両側へ装備。青白いインジケーターが小さく点滅し、戦闘態勢を示す。さらに厚い装甲プレートを肩、胸、腰、脛に順番に装着していく。重さが倍に増したが、心地よい圧迫感が不安を僅かに抑えた。
「……よし」
準備は完了だ。
俺は船のハッチを解放し、外へ出た。
目の前に広がるのは、エンジニア艦の甲板。黒曜石のように滑らかな床が広がり、ところどころに走る青い光の線が幾何学的な紋様を描いている。空気は重く、湿り気を帯びたようにまとわりつく。
「アビサル……? なんでそんな重装備?」
声。振り向くと、そこにウルフがいた。
は? 思わず素で声を出してしまった。
こいつ……スピア一本だけだ。装甲もほとんど付けず、軽装そのもの。
「護衛だぞ? そんな装備で大丈夫か?」
俺が呆れ混じりに言うと、ウルフはにやりと笑って肩を竦めた。
「重さに潰されて動けない護衛より、速く動ける護衛の方が役立つさ」
軽口を叩きやがる。俺の胃の奥に、再び不安と苛立ちが渦巻いた。
「でも、両肩にプラズマキャスターか……参考になるよ」
ウルフが感心したように言った。
「そうか?」
「うん、僕の仕事は正直なんでもありの掃除だからね。ゼノモーフを殺すのに装備を縛る理由はないし」
「真似してもいいぞ」
俺も両肩に装着するのは初めてだった。だが、今回は相手が相手だ。警戒を怠れば一瞬で灰にされる可能性がある。
プラズマキャスター――俺たちが持ち運ぶ武器の中で最強の一つといえる。圧縮したプラズマ弾は七千度を超える熱を帯び、放たれればあらゆる物を焼き切り、分厚い装甲であっても貫通する。生物であれ、機械であれ、命中すればひとたまりもない。戦場では一撃で決着をつける武器だ。だが同時に、扱いを誤れば仲間すら消し飛ばす恐れもある。そういう意味では、俺自身すら焼き払う危険と隣り合わせの武器だ。
俺とウルフは、あーでもないこーでもないと装備の話をしながら甲板に立ち尽くしていた。互いに張り詰めた緊張を紛らわそうとする無駄話に過ぎなかったが、それでも黙っているよりは幾分かマシだった。
だが、その空気を断ち切るように、奥の隔壁が重々しく開いた。
ゴウン……と低い音が鳴り響き、光の走る線が左右に広がる。
そこから姿を現したのは――エンジニアの一団だった。
毛が一本も生えていない白い肌。磨き上げられた大理石を思わせる滑らかさと、同時に冷たさを感じさせる肌質。その顔立ちは人に似ているが、どこか彫像めいた非現実感が漂っている。
彼らは一様にフード付きの外套を羽織り、威厳を湛えた沈黙のまま列を組んで歩いていた。
中でもひときわ目を引く存在があった。
他の者よりも一回り以上大きな体躯。背丈は俺たちヤウジャよりさらに高く、三メートルを優に超えているだろう。筋骨隆々とした体は外套の下からでも分かるほど逞しく、まるで神殿に飾られる戦士の彫刻のように雄大だった。
空気が張り詰める。
俺は息を呑み、反射的に背筋を伸ばしていた。エンジニアと対峙するなど、どれほどの狩りを経ても慣れることはない。視線を向けるだけで、体の奥底から震えがこみ上げてくる。
ウルフもさすがに口を閉ざし、静かに佇んでいた。
エンジニアたちは無言のまま甲板に進み出て、半円を描くように整列する。その中心に立つ巨体――おそらくは一団の長だろう――が、ゆっくりとフードを外した。
白い肌、深く刻まれた眉間の皺、そして黒曜石のような瞳。まるで全てを見透かすかのような眼差しに、俺の心臓は一瞬止まったかのように感じた。
その存在感は、ただの肉体の大きさや力強さではない。圧倒的な「支配者の気配」。俺もウルフも、思わず一歩も動けなくなっていた。
「よく来てくれた」
その声は空間を震わせるように響いた。低くも高くもなく、ただ全てを包み込むような声。脳に直接響いてきたあの通信の声と同じだと、すぐに理解した。
俺とウルフは無意識に姿勢を正した。目の前に立つ巨躯は、ただ存在するだけで周囲の空気を支配している。
「プライム族のウルフです」
ウルフが一歩前に出て名乗った。声が僅かに震えているのが分かった。
「……アヌ族のアビサル」
俺も続いた。勝手に名乗ったわけだが、不思議と抵抗感はなかった。むしろ口にせずにはいられなかった。恐怖なのか畏怖なのか、言葉にできない感情に突き動かされたのだ。
「うむ、私の名はルナジリオ=ズータルヴェ」
巨躯のエンジニアは名を告げながら、ゆっくりと俺たちの方へ歩み寄った。重厚な足音が甲板に響くたび、胸の奥が圧迫されるような感覚に襲われる。
「地球に生命を齎す者だ」
その言葉と同時に、全身に粟立つような戦慄が走った。俺は反射的に肩のプラズマキャスターに手を伸ばしかけたが、ぐっと堪えた。ここで武器を握ることは、自ら死を選ぶことと同義だ。
ルナジリオの黒曜石のような瞳が、俺とウルフを交互に見据える。その視線は鋭い刃のようでありながら、不思議と拒絶の色はなかった。むしろ試すような眼差し――俺たちの存在を計っている。
ウルフが小声で呟いた。
「本物だ……」
その声音には驚愕と畏敬が入り混じっていた。
ルナジリオは手を掲げると、背後の一団が静かに膝をついた。外套を纏ったエンジニアたちが一斉に頭を垂れる光景は、まるで神への礼拝のようだった。
「これより儀を執り行う。お前たちはただ見届けよ」
その宣言に、俺の鼓動は速まった。
生命を齎す儀式――エルダーが語った秘中の秘。ディーコンの血を飲み干し、己を犠牲にして新たな生命を生む狂気の行為。
俺は無意識に口を開いた。
「……本当に、あれをやるのか?」
ルナジリオは一瞥だけを寄越した。答えはなかったが、その沈黙が何より雄弁に思えた。
そうして俺とウルフ、そしてエンジニアの一団は船外へと出た。
外は湿った空気に包まれた岩場で、大きな川が轟音を立てながら流れていた。遠くには滝があり、その落水の霧が白く立ち込めている。空は分厚い雲に覆われ、光を遮り、陰鬱な景色をつくり出していた。俺たちプレデターにとっては不快極まりない気候だ。もっと灼熱の陽光が照りつける方が良い。湿り気は感覚を鈍らせ、血の匂いすら薄めてしまうからだ。
「直ぐに終わる」
ルナジリオが低く呟いた。その声に呼応するかのように、従者のエンジニアが一歩進み出て、小さな器を恭しく差し出す。ルナジリオは外套を脱ぎ捨て、その手で器を受け取った。白磁のような巨躯が露わになり、筋肉の隆起はまるで大理石を削り出した彫刻のようだった。
その瞬間、俺のマスクの視界に赤い警告表示が立て続けに点滅した。分析プログラムが自動で起動し、器の内容物を識別する。結果は一目で分かった。ディーコンの血――致死性の酸性体液。触れるだけで肉体を焼き溶かす猛毒。
俺は思わず息を呑んだ。隣でウルフもマスクの下で眉をひそめている。
ルナジリオは俺たちに向き直り、器を掲げながら言葉を発した。
「孤狼と
……な、何を言っているんだ?呪文か、祈りか。それとも創造の根源に連なる言葉か。意味は分からない。だが俺の背筋に冷たいものが走る。
ルナジリオはそのまま滝の方角に歩み出る。迫り出した岩壁の上に立ち、器を高く掲げた。そして――一切のためらいもなく、黒き血を口に流し込んだ。
次の瞬間だった。
「ッ……!」
全身に黒い亀裂が走り、皮膚が砕ける音が轟く。ルナジリオの巨体はまるで石像のようにひび割れ、その内部から蒸気のような黒い霧が噴き出した。肉は裂け、骨がきしみ、声にならない呻きが空気を震わせる。
俺は目を逸らせなかった。武装を整えていたはずなのに、指一本動かせない。まるで儀式そのものが俺を拘束しているようだ。
ルナジリオの身体は急速に崩壊し、砕けた外殻が器ごと川へと落下した。轟音と共に濁流がそれを呑み込み、黒い波紋を広げる。
沈黙。
俺とウルフは言葉を失った。ただの一瞬だったが、永遠のように長く感じられた。
……だが、エンジニアたちは違った。
「お〜っしこれで終わりじゃー!」
「さっさと帰ってパーティーじゃ!」
白い外套の一団が、一斉に声を上げた。拍子抜けするほど明るい調子で、互いに肩を叩き合いながら笑っている。
え?これ……こんな感じなの?
俺の頭は混乱した。エルダーから聞かされた話は荘厳で恐ろしい秘儀だったはずだ。命を賭して行われる生命循環の儀式。触れてはならぬ禁忌のはずだ。それが……こんな陽気な掛け声で締められるものなのか?
肩越しにウルフを見ると、彼も同じように呆然としていた。マスク越しでも分かるほど、唖然とした表情を浮かべている。
……俺たちは一体、何を目撃させられたんだ?
ルナジリオが器を掲げ、ディーコンの血を飲み干した瞬間、その巨躯に異常が走った。
まず、肌の表層が黒くひび割れ、内側から噴き出す蒸気のような気体が周囲の空気を震わせる。白磁のような肉体は砕け、筋繊維が裂け、骨格が音を立てて崩壊していく。血管の中を流れる液体が泡立ち、肉の粒子がほどけ、細胞一つひとつが破壊と再構築を繰り返していた。
しかしそれは単なる死ではなかった。
ディーコンの血がもたらすもの、それは絶対的な破壊であると同時に、創造そのものでもある。破滅の中から芽吹く種子、終焉から始まる生命――。ルナジリオはその原理を全身で受け入れていた。
川辺に立っていたエンジニアの一団は、誰一人として悲しみを見せなかった。これが彼らにとっての神聖な摂理であり、恒久の行いだからだ。彼らの瞳には崩れゆく肉体が
ルナジリオは崩れながらも意識を保ち、川面へと身体が落下していく瞬間、ある光景を垣間見た。
それは未来だった。
川に混ざる己の残滓から新たな生命が芽吹き、やがて大地を覆うように広がっていく。微生物が変異し、魚の鱗が変じ、獣の骨格が進化を始める。数千年という気の遠くなる時間の果てに、知性を備えた存在が立ち上がり、火を使い、言葉を紡ぎ、地球に文明を築く。
その姿――人類。
さらに遥か未来、星の海を渡る巨躯の戦士が現れる。鋼の仮面を戴き、狩りを誇りとする者。ルナジリオの視界に焼き付いたのは、自らの儀式を目撃したアヌ族の末裔――巨躯のプレデターの姿だった。
「……面白い」
その言葉が心の中に浮かび上がると同時に、彼の意識は霧散した。
轟音を立てて川に落ちた黒き残滓は水流に溶け込み、下流へと広がっていく。魚がその粒子を取り込み、細胞の奥深くにまで変質を起こす。水底に沈んだ藻類や微生物までもが影響を受け、通常なら数百万年を要する進化の速度が、数世代という短い周期で進むように組み替えられていった。
やがてその痕跡は大地へと染み渡り、空気へと散布され、地球全土を包み込む。
儀式から数千年の時を経て――アフリカの地に人類と呼ばれる種族が誕生する。彼らは炎を操り、狩猟を行い、やがて文明を築く。そしてその文明は拡散し、大陸を越え、海を渡り、地球という星を覆い尽くしていくのだった。
ルナジリオの犠牲は無駄ではなかった。彼が望んだ通り、新たな生命の物語は確かに始まっていたのである。
人類は紀元前30万年前に産まれたらしいですけど、エンジニア由来で紀元前数千年に短縮しました。