「さて、そこのお2人さん。船に乗って帰るぞー!」
「帰る帰るー!」
「パーティーじゃ!」
……なんだこいつら。
さっきまで荘厳な儀式をやってたと思ったら、今度はこの調子かよ。ルナジリオの厳粛さと気高さを間近で見た直後なだけに、この能天気さは余計に胸に刺さる。いや、刺さるというより……呆れる。
生命循環の儀式ってのはもっとこう、静かで神聖で、俺たち狩人が息を呑むようなものだと思っていた。エルダーもオリオンもあんなに真面目に俺たちを送り出した。俺だって覚悟してここまで来た。けど、当のエンジニア達の雰囲気はこれか。
「ハハ……」
横を見るとウルフも苦笑していた。あの余裕顔のプライム族でさえドン引きか。そうだろうな、誰だってそう思う。
「アビサル」
ウルフが俺の肘を軽く小突いた。
「なんだ」
「……彼ら、楽しそうだね」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ」
笑いながら言うウルフに、俺は思わず声を荒げてしまった。だが周りを見れば、エンジニア達は誰一人俺たちを気にしていない。外套を翻しながらぞろぞろと船へ戻っていく姿は、まるで儀式なんてちょっとした作業に過ぎなかったと言わんばかりだ。
川に流されたルナジリオのことをどう思っているのか。仲間の犠牲を悲しむ様子もなければ、敬意を払う気配もない。
……いや、もしかしたらこれが敬意なのか?
死を悼むのではなく、死を当然のものと受け入れ、その先にある創造をこそ祝福する。そういう価値観なのかもしれない。俺には理解しがたいが。
「なぁアビサル」
「なんだよ」
「僕たち、さっき偉大なるものを見たんだ。儀式がどうであれ、あの瞬間は……きっと忘れられない」
ウルフの声は、妙に真剣だった。能天気なエンジニア達とは対照的に、瞳の奥にはしっかりとした光が宿っている。
「……あぁ」
俺も同意せざるを得なかった。正直、ビビっていた。だが恐怖だけじゃない。あのルナジリオが崩れ、川へと消えていった瞬間……俺は、何か大きなものの始まりを見た気がする。あれは死ではなく、創造そのものだった。
「でもさ」
ウルフがまた声を潜めた。
「やっぱり帰ったら飲もう。パーティーは悪くない」
「……お前までかよ」
思わずため息が漏れた。だが不思議と、その軽口に救われた気がした。
エンジニア達は大声で笑いながら船へと引き返していく。俺とウルフも、それに続くように足を踏み出した。
困惑したまま艦に戻った俺は、一度自分の船に立ち寄り、武器を置いてきた。
どうやら本気でパーティーをするつもりらしく、「装備は全部置いて来い」と強く言われたのだ。護衛として呼ばれたはずなのに宴だなんて……理解が追いつかない。まぁ、流石にマスクとガントレットだけは手放すわけにはいかない。これだけは自分の命綱だ。
それにしてもウルフは……あいつ、やけに楽しそうにしてやがる。まるで母星で仲間と酒を酌み交わすかのような足取りで、ウキウキと指定された場所に向かっていった。適応力が高いのか、ただの馬鹿なのか……まぁ若いんだろうな。俺だって若いはずなのに、まだ困惑と不安で胸が重い。
装備を置き、俺も指定された大広間へと向かう。
その途中、妙に気になる部屋を見つけた。分厚い金属の扉が開け放たれていて、奥の様子が丸見えだったのだ。
「……なんだ、あれは」
思わず足を止めた。
部屋の奥には、巨大な顔があった。石で彫られた顔だ。おそらくエンジニアの誰かを象ったものだろう。その無表情で冷たい瞳が、こちらを睨んでいるように見えて背筋に寒気が走った。
だが、俺の目をさらに引きつけたのは、その床にびっしりと並べられた無数の黒い筒状の物体だった。
「……なんか、ヤバそうだ」
呟くと同時に、マスクのHUDが警告を発した。赤い文字が次々と点滅し、耳障りな警報音が脳に直接響く。これは以前、ディーコンの血を見たときと同じ反応……いや、それ以上に激しい。
心臓が跳ね上がる。あれが何であるかは分からない。だが確実に「触れてはいけないもの」だという直感が全身を貫いた。
俺は足を止め、しばらくじっと見つめてしまったが……すぐに首を振ってその場を離れた。
「……忘れろ。今見たことは、忘れるんだ」
呟きながら歩調を早める。下手に首を突っ込んで命を失うつもりはない。あの石の顔も、黒い筒も……全部、見なかったことにする。
やがて辿り着いた指定の場所――艦の中にある大広間。
広間は想像以上に広大で、天井が高く、壁には複雑な模様が浮かび上がっている。まるで巨大な神殿のような造りだったが、そこに集まったエンジニア達の雰囲気はまったく神聖ではない。
「飲めー!」
「食えー!」
「今日は宴だ!」
彼らは声を張り上げ、石の卓を囲みながら高らかに笑っていた。手には奇妙な器を持ち、血のように赤黒い液体を注ぎ合っている。誰もが朗らかで、陽気で、さっきまでの儀式がまるで幻だったかのようだ。
呆気に取られて立ち尽くす俺の視線の先に、ウルフの姿があった。
「おーい、アビサル!こっちだ!」
手を振りながら満面の笑みを浮かべるウルフ。まるでここが自分の母星の酒場か何かであるかのように自然に馴染んでいる。
「……」
ため息をつきながら歩み寄る。正直、こんな空気には全然馴染めない。だが、この状況で俺一人だけ浮いていても仕方がない。
「来たね!」
ウルフは嬉しそうに言った。その横でエンジニアの一人が器を差し出してくる。
赤黒い液体の表面に、鈍く光る気泡が浮かんでいた。
「……」
受け取るしかないのか。
器を手にしながら俺は渋々問いかけた。
「……これはなんだ?」
正直、何が入っているか分からないものを口にする気にはなれない。狩猟場で得体の知れない獲物をそのまま食うようなものだ。聞くぐらいは罪じゃないだろう。
すると器を差し出してきたエンジニアが、妙に人懐っこい笑みを浮かべながら答えた。
「ホホッ、これはね……俺っちにもよく分かんね〜!なんかいろいろある飲み物のひとつなんだわ。ほら、あっちを見てみー!」
にやにや笑いながら指差す方向に視線をやると、飲み物を供給する場があった。
巨大な石の柱の前にテーブルが置かれ、その奥で一人のエンジニアがひっきりなしに器へ液体を注ぎ入れていた。手際は妙に軽快で、まるで市場で酒を売る行商人のようだ。
「ちょっと失礼する」
そう言って立ち上がり、器を持ったまま供給場へ向かう。
「あ、アビサル……」
背後でウルフの声がした。振り返ると、彼も立ち上がってついてきていた。やはり気になっているらしい。俺も気になるが、ウルフの目の輝きは純粋な好奇心そのものだ。まるで子供だな。
供給場の前に立つと、そこには四つのタンクが並んでいた。
見た目はどれも古代の石造りの甕のようで、表面に奇妙な刻印が刻まれている。だがその前に貼られたラベルは……俺の予想を遥かに超えていた。
『未来に期待ジュース』
『素質ガチャ?失敗したら死ぬかもジュース』
『ブラックGoo!!』
『D汁』
……なんだこれ。
目を疑った。
ウルフも横で目を丸くしている。
「……アビサル、これ……ふざけてない?」
「いや、どう見てもふざけてるだろ」
俺の声は思わず低くなる。だが周りのエンジニア達は平然としていて、何の疑問もなく次々と器を差し出し、このわけの分からない液体を受け取っては愉快そうに飲み干していた。
「お、おい……俺がさっきもらった器の中身はどれだ?」
そう呟きながら、器の中の液体を覗き込む。赤黒い、血のような色……かすかに泡立ち、鼻を近づけると鉄臭い匂いがした。
背筋に冷たいものが走る。
まさか……『ブラックGoo!!』じゃないだろうな?
あれはブラックグーとは禁忌中の禁忌だ。ディーコンの血と同じく、生物の構造を根本から書き換える危険物質と噂されているもの。エンジニアが星を滅ぼす時に使う黒い雨と称されるもの。そんなものを平然と「飲み物」として並べているなんて、正気の沙汰じゃない。名前はちょっと違うが……
「……どうする?」
ウルフが不安そうに囁いた。
俺は器を見つめたまま答える。
「決まってる。――絶対に口にするな」
「……でももし禁忌だったら、エンジニア達は今頃苦しみながら絶命しているはずだよね?でも……見ろよ、奴らは笑ってる」
ウルフが肩をすくめて言った。
確かにその通りだ。目の前の大広間では、エンジニア達が奇妙な歌を口ずさみながら器を掲げ、踊り、笑っている。もし禁忌の液体が本当に毒や破壊の因子を含んでいるなら、この場は悲鳴と絶叫の地獄になっているだろう。だが現実は真逆で、彼らは楽しげに飲み交わし、宴を楽しんでいる。
「確かに……」
俺は手元の器を見下ろした。
赤黒い液体が揺れ、表面に細かな泡が浮かんでは消える。マスクのHUDに視線を送るが……警告は一切表示されない。
ディーコンの血を目にした時には即座に無数の赤い警告が視界を埋め尽くしたのに、今は静まり返っている。つまり、これは少なくとも
「……じゃあ安全なのか?」
いや、まだ断言はできない。
禁忌の本質は単純な毒ではなく、むしろ変化や歪曲だ。ブラックGoo!!いやブラックグーは生物を異形へと変質させる。D汁は聞いたこともないが……名前からしてロクなものじゃないのは確かだ。それに「素質ガチャ?失敗したら死ぬかもジュース」なんて、完全に罠の匂いしかしない。
「どうする?飲む?」
ウルフが俺を覗き込むように訊いてきた。
「……絶対に飲みたくない」
それは即答だった。喉の奥が拒絶している。たとえ無理に飲み下しても、体内が拒否反応を起こすのは目に見えている。俺は命を無駄に捨てるためにここにいるんじゃない。
大広間をぐるりと見回した。
何十人ものエンジニア達が列を作り、次々に器を受け取っては飲んでいる。その列の中で、愉快そうに笑っている奴の器を覗き込むと――それは透明に近い黄金色の液体だった。
「……あれは?」
再び供給台へ視線を戻す。そこに貼られていたラベルの一つ、『未来に期待ジュース』。恐らくそれだろう。見た目は最も飲みやすそうで、危険な匂いも少ない。
「唯一飲めそうなのは……あれだな」
独り言のように呟く。
「だろうね。他のは名前からしてアウトすぎる」
ウルフが苦笑しながら頷いた。
未来に期待ジュース。
曖昧で胡散臭い名前だが、それでも他の三つに比べればはるかにマシだ。少なくとも「死ぬ」だの「ブラック」だのと物騒な言葉は含まれていない。
……とはいえ。
これが一番安全そうだからといって、安易に信じていいのか?エンジニア達の価値観は俺たちヤウジャとは根本から違う。彼らにとって「安全」なものが、俺たちの肉体にとっても安全とは限らない。
俺はしばらく器を見つめ続けた。
液体は微かに発光しているように見え、揺れるたびに赤黒い表面の奥から淡い光が立ち昇る。まるで命そのものが脈打っているかのように。
「……おいウルフ。お前、どうする?」
「僕? 僕は……飲むよ」
即答だった。
「はぁ!?正気か?」
「だって見てみなよ。彼らは笑ってるし、倒れてもいない。禁忌じゃないんだ。だったら、この場を壊さないためにも飲んだほうがいい」
……こいつ。
頭がおかしいのか、それともただの度胸試しか。いや、もしかすると掃除屋という存在は、こういう場面で常識を飛び越えて突っ込むからこそ成立するのかもしれない。
だが俺は、そう簡単に飲める気はしなかった。
「……なら、お前が先に飲め」
「うん、そうする」
にやりと笑ったウルフが供給場に歩み寄り、未来に期待ジュースの列に並んでいった。
俺はまだ器を握ったまま、赤黒い液体の正体を測りかねていた――。
チクショウ……とりあえずこの器は処分だ。俺が最初に受け取ったのは、よりにもよってブラックGoo!!だった。これを飲むなど正気の沙汰ではない。もしあれがブラックグーであれば飲んだ瞬間、俺の肉体が泡を吹き、異形の肉塊に変貌するのは目に見えている。そんな最悪の未来を迎えるくらいなら、まだ未来に期待ジュースの方がマシだ。
俺は器を持ったまま列を外れ、ブラックGoo!!の供給場に向かった。列に並んでいたエンジニアの一人に器を差し出す。
「ちょっと違うのが飲みたくなってな。これをやる」
「ほえ? サンキューな!」
白い顔をしたエンジニアは何の疑問も抱かず、にこやかに器を受け取った。俺の中では
「よし……」
未来に期待ジュースの列に並ぶと決める。だが足を進めながら思う。
というか、
「……もう帰りたい」
吐き捨てるように呟く。
「おーい! アビサル! 早く並びなよ〜!」
……あの野郎。
俺の視線の先で、ウルフが器を掲げながらこちらを手招きしている。あいつ……完全に楽しんでやがる。若いせいなのか、適応力が異常に高いのか。俺は内心舌打ちをしながらも、渋々列の最後尾に並んだ。
列はゆっくりと進む。供給台の奥では、一人のエンジニアが大きなタンクから黄金色の液体を器に注ぎ続けている。その姿はまるで神官か祭司のようで、何かの儀式を執り行っているかのようにも見える。だが周囲の雰囲気は神聖さよりも宴に近い。緊張と緩さが入り混じった空気に包まれ、俺の心臓は不規則に脈打っていた。
やがて俺の番がきた。
器を差し出すと、黄金色の液体が静かに注がれていく。先ほどの赤黒い液体とは違い、今度は眩い輝きを放ち、芳醇な香りが立ち昇った。匂いは果実にも似て、甘いのにどこか鋭さがある。喉を潤す前から、その香りだけで舌が痺れそうだった。
「……美味そうだな」
思わず口から零れる。
「でしょ? 未来に期待ジュース、悪くないよ」
隣で待ち構えていたウルフが器を掲げて笑った。
「じゃ、かんぱーい!」
奴が高らかに声を上げ、器を傾けた。
「ぐっ……」
俺も渋々器を掲げ、一気に口に流し込む。黄金色の液体は舌に触れた瞬間、熱を帯びて広がり、喉を通ると同時に全身を駆け巡る。体内の血管が一本一本熱を持つような感覚。だがそれは不快ではなく、むしろ力が満ちていくような奇妙な心地よさを伴っていた。
「……なにも起こらないな」
器を下ろし、呟く。
「確かに。でも、美味しいね」
ウルフが満足そうに笑った。
「あぁ……」
俺は同意しつつも、まだ油断してはいなかった。飲んだ瞬間に変化がないからといって、本当に安全だとは限らない。むしろ未来に期待ジュースという名前が引っかかる。未来に期待――つまり
宴の熱気は増していく。エンジニア達は次々と器を掲げ、何度も乾杯を繰り返している。笑い声と足踏みのリズムが大広間に響き渡り、やがて全体が一つの巨大な祭壇のような熱を帯びていった。
俺は空になった器を見下ろしながら、まだ拭えない不安を胸の奥に抱え続けていた。