養殖が天然に勝てると思うなよ?【本編完結】   作:物体Zさん

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クソォ、クソォ……

 

 

 

 「松っちゃん。これはヤバそうな匂いがするな。店畳んで逃げるぞ」

 

 「え?わ、わ、わかりました〜!」

 

 青髪のマッチョ男が小柄の男に向かってそう言った。

 

 え?逃げる?やっぱヤバい感じか?

 

 「お客さん、出会ったばかりだが、俺たちは逃げる。実を言うと最近この街はどこかおかしかったんだ。どいつもこいつも無限のエネルギーがどうたらこうたら言ってよ……誰も店にきやしねぇ……悪いことは言わねぇ……お客さんも早く逃げな」

 

 青髪はそう言って、食材を全てデカい冷蔵庫に突っ込み、そのまま肩に担ぎ上げた。冷蔵庫とは思えない重量感が床を揺らすが、あの男は平然と運んでいく。

 

 小柄の男は慌てて包丁やまな板をまとめ、青髪の後ろを必死に追いかけて店を出て行った。

 

 ……取り残された。

 

 「おいおい……」

 

 思わず呟く。

 

 だが、確かに街の外から響いてくる音はただ事じゃない。何かが軋むような音、ガラスが割れる音、そして何より……獣のような唸り声。

 

 俺は立ち上がり、壁に立てかけていたスピアを取った。マスクの奥で視界を強化し、音を拾う。

 

 「……マジでヤバいな」

 

 この街に降り立ってすぐから感じていた嫌な予感。それが現実となりつつある。

 

 だが、俺はただの休暇で来たんだぞ。やっと掴んだ休暇だぞ!?狩りをするためじゃない、遊ぶために来たんだ。なのにまたこれかよ。

 

 「はぁ……」

 

 深く息を吐く。

 

 だが耳に届く悲鳴はどんどん近づいてくる。どうやら悠長に考えている時間はなさそうだ。

 

 俺は暖簾をめくり、店の外へと一歩踏み出した。

 

 街は既に騒然としていた。通りの向こうで人が走り回り、誰かが地面に引き倒され、血飛沫が舞った。建物の影からは、何かが這い出してくるような音。

 

 「……っ」

 

 心臓が跳ねる。臆病センサーがギャンギャン鳴いている。逃げろ、絶対に逃げろと俺に叫んでいる。

 

 だが同時に、狩人としての本能が疼く。

 

 「……仕方ねぇな」

 

 スピアを構えた。

 

 「なんだアイツ……」

 

 建物の影から這い出してきたものを見た瞬間、思わず声が漏れた。

 

 それは人の形をしているようで、していなかった。両腕は肘から先が肥大化し、鋭利な鎌のように変じている。動くたびに金属を擦るような不快な音を響かせ、空気を切り裂いた。

 

 顔は……いや、顔だったものは裂け、顎は耳のあたりまで開き、赤黒い肉が滴り落ちていた。胴体は膨れ上がり、皮膚は裂けて中から蠢く筋肉の束が覗いている。骨格は歪み、背骨が突き出し、背面からは鋭い突起がいくつも伸びていた。

 

 かつては間違いなく、人型の知的種族であったことは分かる。だが今はもう人ではない。名残のように残った皮膚や衣服の切れ端が、余計に不気味さを増していた。

 

 「気持ちが悪いな……」

 

 呟きながらも、視線を逸らすことはできない。銀河中を巡り、バッドブラッド狩りで腐るほどの異形と相対してきた俺だが……こんな悍ましい生き物は見たことがない。

 

 俺はマスクのHUDを操作し、対象をスキャンする。

 

 「……っ」

 

 体内は蠢いていた。血管は太く脈打ち、肉の束は意志を持つように独自に蠢動し、常に組み替わっている。心臓のような臓器が複数動いており、だがそれは鼓動のリズムを合わせてはいない。まるで複数の生命体を無理やり一つの肉塊にまとめあげたかのようだ。

 

 「どうなってやがる……」

 

 吐き気が込み上げる。こんなもの、生物として成立していいはずがない。

 

 怪物は俺に気づいた。裂けた口から、耳障りな咆哮を響かせる。

 

 「グアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 全身の肉が振動し、辺りに血の臭いが散った。

 

 俺の臆病センサーが悲鳴を上げる。逃げろ、絶対に関わるなと。だがスピアを握る手に力が入る。狩人の血が、引き返すことを許さない。

 

 「はぁ……もう休暇気分は台無しだ」

 

 構えを取る。

 

 化け物の鎌が、空を裂きながら俺に迫ってきた。

 

 「キエェェェェ!!!」

 

 鎌の腕を持った異形が奇声を上げ、飛びかかってきた。

 

 「ふむ」

 

 俺は一歩身体をずらし、鎌の軌道を外れる。鋭い切っ先が俺の首筋をかすめ、背後の石壁を叩き割った。石片が弾け飛び、俺の頬を掠める。

 

 すぐさまスピアを振り抜き、叩きつけるように怪物の胴体へと突き立てる。

 

 「ギョョベッ!」

 

 肉が裂ける感触と共に、奇声が漏れる。思った以上に弱い。力任せに振り回してくるが、技も間合いも稚拙だ。狩り慣れたバッドブラッドの方が、よほど恐ろしい。

 

 だが――。

 

 「……チッ」

 

 マスクのHUDに警告が走った。

 

 感染、侵食。

 

 怪物の体液や血肉に触れるのは危険。致命的なリスクを孕んでいると赤い文字が点滅している。

 

 「面倒な……」

 

 俺たちヤウジャは人間のように全身を覆う鎧を身に着けない。狩りの掟において、それは臆病とされるからだ。ゆえに露出した部分は多く、血を浴びれば一巻の終わりだ。

 

 この手の獲物は厄介極まりない。力は大したことがなくとも、触れた瞬間にこちらが崩れる。俺のような狩人にとって、最も避けるべき相手だ。

 

 怪物はスピアに貫かれながらも、肉を蠢かせ再生を始める。裂けた肉が寄り合い、筋が繋がり、再び立ち上がろうとする。

 

 「ほう……そういうことか」

 

 死なない。殺しても形を変えて蘇る。それがこいつらの本質か。

 

 「――つまり」

 

 俺はスピアを構え直し、踏み込む。

 

 「絶対に触れるな。間合いで斬り裂く」

 

 刹那、怪物が吠え、鎌を振り下ろしてきた。

 

 俺の狩りが始まった。

 

 「いくぞ」

 

 俺は地を踏み締め、一気に近づいた。大地が割れるほどに足へと力を込め、スピアを横凪に振り抜く。狙いは首だ。

 

 もはや「首」という器官がまともに存在しているのかさえ分からない。だが頭部と胴体を分離して生き残れる生命体など存在しない。それは宇宙の理、あらゆる狩猟の経験で証明済みだ。

 

 スピアが異形の皮膚を裂き、肉を断ち、骨に到達する。

 

 「ギシャアアアアアアア!!!」

 

 耳をつんざく絶叫が周囲に響いた。だが刃は最後まで通らなかった。異形の骨はまるで金属のように硬質で、半ばで止まってしまったのだ。火花が散り、刃先がわずかに欠ける。

 

 「チッ……厄介だな」

 

 振り抜いた勢いをそのまま利用し、俺は体を反転させて距離を取る。異形は首を半分断たれたまま、なおも動いている。肉の裂け目からは泡立つ黒い体液が噴き出し、それが床を焦がしながら広がっていく。

 

 「触れれば即感染……」

 

 足元に広がる液体を避けるように跳躍した瞬間、奴の鎌が地を割って迫る。空気が裂ける轟音とともに、鋭利な刃が俺の顎先を掠めた。

 

 「……速いな」

 

 ただの怪力ではない。獲物としての本能が研ぎ澄まされ、速度と精度を兼ね備えている。まるで狩り慣れた捕食者だ。

 

 「だが俺は、それを狩る者だ」

 

 再びスピアを構え直す。

 

 奴は首を斜めに垂らしたまま、四肢を地面に突き立て、異様な体勢から跳躍した。人の形を保ちながらも、人ではあり得ない挙動。あの鎌が俺の胴を切り裂こうと迫ってくる。

 

 「フッ」

 

 俺は一瞬だけ身体を沈め、地面を蹴り上げた。鎌が頭上を掠めると同時に、スピアの石突で奴の脇腹を突き上げる。鈍い衝撃が走り、奴の身体が横へと弾かれる。

 

 だが倒れない。

 

 肉が裂けたはずの脇腹が、次の瞬間には脈動し、絡み合うように閉じていく。

 

 「チッ……」

 

 予想はしていた。だがここまでとは。血肉そのものが意思を持つかのように蠢き、形を保ち続ける。まるで殺すことそのものを拒絶しているかのようだ。

 

 「フッ……なら、潰すしかない」

 

 俺はスピアを逆手に持ち替え、槍ではなく棍のように扱う。突きではなく叩き潰す。骨を砕き、臓器を潰し、形を保てぬまで打ち据える。

 

 怪物が再び吠え、飛びかかってくる。

 

 俺も吠え、踏み込んだ。

 

 「オオオオオッ!!!」

 

 交錯する刹那、俺のスピアが異形の胸を打ち砕き、奴の鎌が俺の肩を掠めた。火花のように痛みが走るが、構わない。肩の肉が裂けただけだ。致命傷ではない。

 

 奴の胸骨が割れ、黒い液体が大量に噴き出す。

 

 「まだだ!!」

 

 俺は畳み掛けるように、頭、胴、脚と順に叩きつけた。肉が潰れ、骨が砕け、内臓が四散する。

 

 最後にスピアを振り下ろし、頭を叩き割った。

 

 「ギャアアアアアアアアア!!!」

 

 絶叫が断末魔となり、やがて静寂が訪れる。

 

 黒い液体が辺りに飛び散り、床を侵食しながら煙を上げている。

 

 俺は息を整えつつ後退し、マスクを操作して再度スキャンをかけた。

 

 「……動きはない、か」

 

 死んだように見える。だが確信は持てない。完全に殺したのか、それとも……。

 

 「まずいな」

 

 街の奥から、同じ叫び声がいくつも重なって聞こえてきた。

 

 鎌を持った怪物は、一体だけじゃない。

 

 「よし、逃げよう……!」

 

 俺は小さく呟いた。冷静に考えてみろ。あんな怪物が一体二体ならともかく、街中にうようよいるのなら、俺1人でどうにかできるはずがない。バッドブラッド狩りの延長線で済む話じゃない。そもそも掟にすら触れるレベルの災厄だ。

 

 ガントレットを操作し、船を呼び出す。

 

 「応答しろ……来い!」

 

 数秒後、空が割れた。雷鳴のような轟音と共に、俺の船が雲を突き破って姿を現す。鋼鉄の影が街に覆い被さり、無数の窓ガラスを震わせる。その音に怪物達が一斉に顔を上げ、奇声を上げて吠えた。

 

 「チッ……こっち見んな」

 

 屋上に船を着陸させる。俺は下から迫り来る群れを無視して跳躍し、建物の壁を蹴りながらよじ登った。爪が石を抉り、足場が粉砕される。背後で異形どもの鎌が石壁を削る音が響いたが、振り返る余裕はない。

 

 「間に合え……ッ!」

 

 最後の跳躍で船の甲板に飛び乗り、ハッチを叩き開けて中に転がり込む。すぐに操縦席へ座り、スイッチを叩いた。

 

 「離陸!」

 

 重力制御が唸りを上げ、船体が浮き上がる。下からは怪物達が群れを成して屋上を駆け上がってくるのが見えた。十、二十……いや、数えるのも馬鹿らしいほどの数だ。

 

 船が上昇し、俺は操縦桿を引きながら街全体を見渡した。

 

 「どうなってるんだ……?」

 

 街は地獄絵図だった。

 

 煌びやかな光に包まれていたはずのタウ・ヴォランティスが、今や血と炎と絶叫に覆われている。ネオンの光の中で異形が跳梁跋扈し、逃げ惑う市民を切り裂き、食い破り、そして新たな異形へと変貌させていく。

 

 通りの両端に立ち並ぶ建物からは黒い液体が滝のように流れ出し、それを踏んだ人々の身体が痙攣し、そのまま崩れ落ちては肉が膨張して怪物へと変わっていく。

 

 「伝染……いや、侵食か」

 

 マスクのHUDが警告を点滅させる。街全域に広がる「生物的侵食反応」を感知していた。つまり、もうこの街は手遅れだ。

 

 「……」

 

 俺は口を引き結ぶ。

 

 何百何千という生命が、ものの数分で地獄へと変わった。

 

 操縦席に座りながらも、背筋が粟立つのを抑えられなかった。

 

 「はぁ……休暇どころじゃねぇ」

 

 俺の望んだ休みはどこへ行った?肉を食い、寝て、気の向くままに遊ぶ。そういうはずだったのに、気付けばまた災厄のど真ん中だ。

 

 だが今回は俺がどうこうできる話ではない。狩猟対象ですらない。

 

 「帰るか……」

 

 そう呟いた瞬間、街の奥から巨大な影が動いた。

 

 「……は?」

 

 遠目に見ても分かる。普通の異形よりはるかに大きい。十数メートルを超える巨体が、大広場を破壊しながら立ち上がった。腕は三本に裂け、背中から無数の触手を生やし、頭部には人の顔がいくつも埋め込まれている。叫び声が重なり合い、異様な合唱のように響き渡る。

 

 「……マジか」

 

 「ネクロモーフ」そう呼ぶのが相応しいだろう。

 

 あれが生まれ続ける限り、この星は終わる。

 

 俺は舌打ちし、操縦桿を握り直した。

 

 逃げるか、それとも報せるか。

 

 「……あぁ、クソッ」

 

 俺の休暇は、やはり最初から存在しなかったらしい。

 

 「チッ……一発くれてやる」

 

 舌打ち混じりに呟いた俺は、操縦席の前で指を走らせた。いや、一発どころか三発くらいだ。どうせこの星はもう終わっている。せめてあの化け物の一匹くらいは道連れにしてやる。

 

 船体の下部が唸りを上げ、装填シークエンスが始まる。高出力エネルギー砲――戦艦すら沈める主砲を、娯楽星のど真ん中でぶっ放すなど正気の沙汰ではないが、いまさら誰に遠慮がいるというのか。

 

 「充填完了」

 

 機械音声が響いた瞬間、俺は迷いなく引き金を絞った。

 

 バババンッ!!

 

 連続して三発のエネルギー弾が発射される。青白い閃光が空を裂き、巨大な怪物の頭部らしき部分と胴体を直撃した。

 

 爆散。

 

 その場に小さな太陽が生まれたかのように光が弾け、爆風が街を薙ぎ払う。遅れて轟音が追いかけ、窓ガラスが粉々に砕け散った。

 

 「……終わりだ」

 

 戦艦なら一撃で沈む。三発も直撃したのだ。死なないはずがない。俺はそう確信した。だが胸の奥底で、ほんの少しだけ嫌なざわめきが残る。

 

 操縦桿を握る手が汗ばみ、俺は無意識に強く握り込んだ。

 

 「タウ・ヴォランティスは終わりだ……クソォ、クソォ……」

 

 安堵か後悔か、自分でも分からない呻きが漏れる。休暇を夢見て来たはずの星は、今や地獄の炎に包まれた。俺の選んだ行動など、せいぜい最後の悪足掻きにしかならない。

 

 ピピッ――

 

 不意に通信が入った。

 

 「……なんだ」

 

 気怠そうに応答すると、聞き慣れた声が返ってきた。

 

 『至急帰ってこい』

 

 オリオンだ。

 

 「了解……」

 

 俺は肩を落としながら短く返答した。

 

 ――休暇は終わった。

 

 

 

 

 

 

 アビサルが巨大なネクロモーフを爆散させ、母星へと帰還した後のことだった。

 

 タウ・ヴォランティスの中心部――そこに鎮座するブラックマーカーの周囲では、静かに、しかし確実に異様な現象が始まっていた。

 

 それは「収束」である。

 

 ブラックマーカーはまず生命を魅了する。知的であろうと獣性に近かろうと関係なく、すべての有機生命を惑わせ、正気を削り取る。そして狂気の果てに互いを殺し合わせ、やがて倒れた死体をネクロモーフへと変貌させる。そこからさらに死を撒き散らし、増殖の連鎖を広げていくのだ。

 

 やがて一定数に達すると、マーカーはその場に存在する全ての有機生命を強制的に呼び寄せ始める。恐怖も理性も吹き飛ばされ、彼らはただ「集まる」ことしかできない。死してなお蠢く肉塊と、生き残った者たちが一斉にマーカーの下へと群がっていった。

 

 その光景は狂信にも似ていた。群れは溶け合い、絡み合い、そして一つの塊と化す。異形の巨躯が大広場を覆い尽くし、膨張を続けながら軌道上へと浮かび上がっていく。

 

 ――ザ・ムーン。

 

 それは月の姿をした怪物である。その内部では新たなブラックマーカーが生成され、いずれまた宇宙へと放たれる。循環のシステム。破滅の種。

 

 タウ・ヴォランティスはもはや取り返しがつかなかった。

 

 この星を事実上治めていた【タウ】の種族は最後の手段を選んだ。惑星深部に眠らせていた、使用を禁じられたままの最終兵器――惑星凍結装置を起動したのである。

 

 氷の波が大地を走り、海を凍らせ、空を凍結させ、そして星そのものの生命を封じた。

 

 煌びやかな娯楽の楽園タウ・ヴォランティスは、こうして氷の墓標へと変貌したのだった。

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