「姿を見せるべきだろうな」
「……あぁ、彼らに与えなくてはならん」
エイペックスが肩を揺らして笑い、クロークを解除する。俺も仕方なくそれに倣った。
ヤウジャが獲物に討たれる――それは名誉でもあり、不名誉でもある。だが今日この場で起きたことは、それ以上の意味を持っていた。獲物が狩られる存在から、狩る存在へと昇華する。まさしく
アヌ族では滅多にないが、他の部族や狩猟団では伝統的な習わしがある。狩りを見守り、獲物がヤウジャを打ち倒した時、彼らに武器を進呈する。獲物ではなく、名誉あるヤウジャの一員として認める――そういう儀だ。
「な、なんだ……!?」
「また化け物か!?」
俺とエイペックスが姿を現すと、人間の兄妹は警戒を露わにした。
エイペックスが両腕を広げて穏やかに声を放った。
「ナル、タアベ。すべて見届けた。お前たちはグレートハントを成し遂げたのだ!」
「えっ!? しゃ、喋った……!?(で、デカすぎる!)」
「そ、その声は……!? あの時の……!(巨人だ……!)」
驚愕に震える二人を前に、エイペックスは豪快に笑った。
「ハッハッハッハッハ!」
その声はマスクの翻訳機能を通したものではなかった。奴はこの星の言葉を、己の声帯で紡いでいたのだ。何故それが可能なのかは分からない。だが、あの巨躯にとっては当たり前のことのようだった。
俺とエイペックスは互いに頷き、武器を渡すことにした。
エイペックスは背に担いでいた二本のスピアのうち一本を抜き、タアベに手渡した。装飾の一切ない、黒ずんだ無骨な槍――だがどこか見覚えがあった。俺の使っている槍に似ている。嫌な既視感だ。
俺は腰に差していたセレモニアルダガーを外し、ナルに差し出した。
「これは……」
「すごい短剣ね」
「大事に使え」俺は短くそう告げた。
この短剣は俺が成人の儀式で用いたものだ。ゼノモーフの酸にすら耐える、ジオメトリクス族が打ち上げた至高の武具。俺にとっても特別なものだったが、いま渡すことに迷いはなかった。名誉には、それだけの重さがある。
「なんかこの槍……焼いた肉の臭いがするが……」タアベが怪訝そうに鼻を鳴らす。
「ハハ……気にするな」エイペックスは豪快に笑い飛ばした。
俺は短剣を受け取ったナルを見た。彼女は真剣な目で刃を見つめ、そして小さく頷いた。
人間――決して狩られるだけの存在ではない。今日その事実を突きつけられた。胸の奥で臆病な俺が囁く。「これは悪い兆しかもしれん」と。だが、口には出さない。ただ、静かに二人を見守った。
それから俺は人間二人と犬を、船で集落へと送り届けた。彼らには自らの戦果を示す証として、フィアラルの生首を持たせた。
彼らの部族は――恐らく我らヤウジャと似た掟を持つのだろう。強き獲物を狩り、自らの位置を確かなものとする。そうしてこそ、同胞の中で認められる。
帰還した二人を、集落の同胞たちは歓声で迎え、褒め称えた。あの短い戦いは、人間という種にとって大きな転機となるだろう。だが、彼らがその意味を正しく理解するのは、まだ遠い未来のことだ。
俺はその間にフィアラルの残骸をすべて回収し、奴の武器も回収して船に戻った。そして、気になって仕方がなかった問いを口にした。
「改めて聞こう。貴様は何者だ、エイペックス」
「え? だから俺はアヌ族のエイペックスだよ」
奴は飄々とした声で答えた。
「そんなはずはない」俺は低く言った。「何故なら、私もアヌ族だからだ。だが、お前のようなヤウジャは知らない」
「うーん……言っちゃっていいのかなぁ……? なんか映画とかでさ、こういうこと言うとタイムなんとかパラドックス? そういうのが起きるんじゃないの?」
「……何をごちゃごちゃ言っている」
「お、俺は三百年後の未来から来たんだ。ちょっとした事故で」
「なに……?」
俺の胸に冷たいものが走った。思わず拳を握りしめる。三百年後? 未来?
そうか。あの未来の船。あれは奴のものだったのか?やはり……
「そう。未来じゃ戦っててね……悪いプレデターに嵌められたって感じかな」
奴は頭を掻きながら、まるで日常の話をするように言った。
俺は息を呑み、何も言えなかった。三百年後には、時空すらも超える技術が確立されているというのか……? そして、その未来から来たというヤウジャが、今俺の目の前で笑っているというのか……?
臆病な心がまた囁く。
――関わるな。知らぬふりをしろ。未来に触れるのは禍根を呼ぶ。
だが同時に、好奇心と名誉が叫んでいた。
――もっと知れ。もし奴の言葉が真実なら、これはこの宇宙の運命を変えるほどの出来事だ。
俺は葛藤を押し殺し、ただ巨躯の男を見据えた。
俺とエイペックスは、平原に横たわる未来からやってきたという船へと足を運んだ。
「まぁ、これ俺の船じゃないんだけどね。フジティブ君っていう、逃げてきたプレデターの船なんだ」
エイペックスが岩場に鎮座する船を指差し、いかにも軽い調子で言った。
「そいつを狙ってきた悪いプレデターのせいで、俺はここにきたんだ」
「……ふむ」
俺は眉間に皺を寄せた。確かに、見れば見るほどおかしな構造をしている。今の我らの技術には存在しない加工、エネルギー配管、材質。俺が知る限りのジオメトリクス族の技術をも越えている。
未来から来たなど、信じるはずもなかった。だが、目の前の現実がそれを裏付けている。
「なるほどな」
俺は言葉を絞り出した。
そして、エイペックスに案内され船内へ入った。中は俺が以前調べた時と変わらず綺麗な状態で、血の痕だけが残されている。
エイペックスはズカズカと奥へ進み、何体かの死体を引きずり出した。着ている服は今の地球人間では考えられないものだ。縫製技術も染色も明らかに進んでいる。さらに奴は、何やら大きなポッドを担いできた。
「……脱出ポッドか?」
「俺も最初そう思ったんですけどね、中に何か入ってるみたいなんですよ」
俺はガントレットでスキャンした。内部には――ガントレットのようなものが収納されている。だが、警告がいくつも表示された。
「……危険物か?」
「フジティブ君が言ってたんです。『地球に贈り物がある』って。なんでも、侵略してくるプレデターへの対策だとか。俺達には使えなくて、人類にしか使えない決戦兵器……プレデターキラーだったかな?」
プレデターキラー? 俺の背に寒気が走る。人類にしか扱えない兵器? そんなものが本当に存在するのか?
「……なるほど。だが、お前はこれからどうするつもりだ? ずっとこの時代に居座るわけにもいくまい」
「そうなんですよねぇ……」
エイペックスは頭を掻いた。
「最後に覚えてるのは、爆発と同時に次元転移弾が発射されたことなんです。何がどうなったかはサッパリで」
「次元転移弾……」
俺は呟いた。スペースジャンプに用いる、あの弾か。通常は何もない宇宙空間に撃ち込み、跳躍の座標を確定させるもの。だが……それを地上で使えばどうなる?
いや、まさか――それが時空を歪める鍵になったのか。
「ここで、私の船から撃ってみるか」
「え!? ここで!?」
「お前がこの時代に来た時と同じ状況を再現すれば、もしかすると帰れるかもしれん。望む時間に戻れるかは分からんがな」
俺の言葉に、エイペックスは大きく頷いた。
「やりましょう! お願いします!」
奴はポッドを担ぎ、船の外へ出た。
俺は船に戻り、砲台の照準を未来の船に合わせた。胸の奥に不安が広がる。臆病な俺が「やめろ」と叫んでいる。だが、同時に確信もあった。これが唯一の手段だと。
「発射」
俺は指示を出した。
眩い光と共に、次元転移弾が未来の船に着弾する。爆音、衝撃波。周囲の岩や木々が粉砕され、草原が薙ぎ払われた。
――そして、空間に穴が穿たれる。
「まさか……」
エイペックスがポッドを担いだまま穴を覗き込む。
「……あれは、ゴンジ!?」
俺は息を呑んだ。
ゴンジ。俺のスピアにオリオンが名付けてくれた名だ。臆病な俺に「力」をと名付けてくれた。だが、なぜエイペックスがその名を……?
俺も穴を覗き込んだ。
――そこにいたのは、俺だった。
違う。正確には「未来の俺」だ。マスクは今のものと異なる。だが、立ち姿、右手の欠けた指、ドレッドに飾った装飾……間違いない。
臆病で弱い俺のはずなのに、穴の向こうにいるのは堂々とした戦士だった。
「そうか……そういう事か」
思わず笑みが零れた。
「どうやら成功したようだな」
「えぇ! ありがとうございます、アトラルさん!」
「……私も、お前のおかげで助かった。さぁ、早く行け。穴が閉じる前にな」
エイペックスは頷き、穴へ飛び込んだ。
消える直前、振り返って笑い、叫ぶ。
「アトラルさん! またどこかで!」
「……あぁ。また、どこかで」
その声が虚空に響き、穴は閉じた。
残された俺は、しばらく立ち尽くしていた。臆病な自分の未来を、ほんの少しだけ垣間見てしまったからだ。
「帰るか」
静まり返った平原に、俺の声だけがぽつりと落ちる。
フィアラルは死に、バッドブラッド狩猟の任務は一応果たされた。俺が直接トドメを刺したわけではないが、結果として奴は倒れた。アヌ族としての責務は果たした。だが……胸の奥に残るざわめきは消えなかった。
「エイペックス……」
あの巨躯のヤウジャ。筋肉の塊のような肉体、獣の如き気配、そしてあれほどの力を持ちながら不思議なほどに純粋な性格。俺とは対極にある存在だった。
そして──奴が持っていた黒ずんだスピア。あの妙に焼け焦げたような臭い、形状……間違いなく俺のものと同じだった。オリオンに名付けられた俺のスピア「ゴンジ」。臆病な俺に少しでも力をと願って与えられた名。その名を、未来の俺自身を前にして、奴は迷わず口にしていた。
「……あれは未来の俺」
穴の先にいた未来の俺。
俺はふと思い出したことがあった。
もういつかも分からない昔、エンジニアの生命循環の儀式をウルフと見守った時、俺は【未来に期待!ジュース】というわけのわからない物を飲んだことがある。
俺はその日、夢を見た。巨躯のヤウジャが巨大な獲物を“スピア”で仕留め、ゼノモーフを拳で粉砕する夢だ。
「未来に期待……フッ言い得て妙だな」
あれは俺の未来ではなく、俺が選び、創り上げていく未来。あの
夢に出てきたのは頂点の名を冠するヤウジャ。
「エイペックス」
ヤウジャの言葉で頂点。これまでその名を戴いたヤウジャはただ1人として存在しない。奴を除いて。
「300年後か」
穴の先にいる俺を奴は【ゴンジ】と呼んでいた。そして奴は俺をゴンジだと思っていなかった。アトラルとしか思っていなかった。
全てが繋がる。
俺のこれからやるべきことは決まった。
「ひとまず帰還だ」
余計な思考を切り捨て、俺はクロークを起動させ船へと戻った。エンジンを始動し、地球を離脱する。
母星に帰還し、船を整備係に預けた俺は真っ直ぐに大聖堂へと向かった。
石と鉄で組み上げられた荘厳な塔の内部を歩き、重苦しい沈黙の中、エレベーターへと足を踏み入れる。上昇音が響く度に胸が重くなる。俺の中で今日決めたこと──それを口にする瞬間が近づいているからだ。
最上階に辿り着き、扉が開いた。俺は深く息を吸い込み、エルダーの私室に入った。
「アビサル、帰還しました」
「うむ、ご苦労」
窓際に立ち、街を見下ろす巨躯の男──オリオン。いや、今はエルダーだ。背筋を伸ばし、腕を組み、街を照らす赤い太陽の光を浴びながら、その影は誰よりも大きかった。
その背中を見た時、かつて師として並んで立っていた姿を思い出す。だが今は違う。俺が敬うべき存在は目の前に立つ「エルダー」だ。
「何かあったか?」
問いかけに俺は迷わず応じた。
「エルダー、“私”は今日を持って名を変えます」
「……なに?」
振り向いたエルダーの眼差しが鋭く俺を射抜く。かつて狩場で数多の獲物を震え上がらせた目だ。その視線に俺は一瞬喉を詰まらせたが、それでも退くわけにはいかなかった。
「名を変えるとは……これまでのお前の全てを捨てることと同義だぞ。狩人として積み上げた名誉も、功績も、呼び名に刻まれる全てが無になる。それを承知の上で言っているのか?」
「はい。承知の上です」
俺は静かに答えた。胸の奥は恐怖に震えている。それでもこの決意だけは揺るがなかった。
エルダーは深く息を吐き、眉間を指で押さえた。その仕草は、俺を叱る師ではなく、一人の戦士として俺の覚悟を測ろうとしている者のものだった。
「……此度の任務で何があった?お前の声音からは相当な覚悟が感じられる。名を捨てるなど並のことではない」
「エルダー、私は未来を見ました」
「未来だと?」
エルダーの声が低く響いた。
「私がエンジニアの護衛任務に赴いたのを覚えていますか?」
「あぁ、昨日のことのようにな。お前とウルフが共に戻ったあの任務だ」
「その時……我々は“ある物”を飲まされました。名前はふざけていて、滑稽な響きでした」
言いながら、あの時の光景が脳裏に蘇る。エンジニア達の宴、黄金に輝く液体。ふざけた名──【未来に期待!ジュース】。
「……その飲み物を口にした夜、私は夢を見ました。夢の中で、巨躯のヤウジャが巨大な獲物をスピアで仕留め、ゼノモーフを拳で砕き、プレデリアンすら殴り殺す姿を。あの時はただの幻に過ぎないと思っていました。しかし──」
俺は平原で出会ったエイペックスの姿を思い出した。現実に立っていた“夢の存在”。
「しかし先日、地球で出会ったのです。夢の中と同じ存在に。そしてその者は未来から来たと言いました」
エルダーの目が細められる。その眼差しに宿るものは驚きか、警戒か、それとも別の感情か。
「未来……か。ふむ……」
エルダーはしばし沈黙した後、再び俺を見据えた。
「それで?なぜそれが名を変えるという決意に繋がる?」
「私は悟ったのです。私が見た未来は、私自身が生み出す未来だと。私は“アビサル”──臆病と
言い終えると、室内の空気が重く沈んだ。エルダーの視線が俺の心を試すように貫いている。俺の震えが見透かされているのかもしれない。それでも、逃げるわけにはいかなかった。
「……なるほどな。だが一度名を変えれば後戻りはできんぞ。お前が積み上げた狩りも、功績も、すべて“なかった”ことになる」
「承知しています」
俺の声は震えていた。だが、その震えを臆病ゆえの武器だと、自らに言い聞かせた。
「お前がここまで覚悟を決めるとはな……」
エルダーは組んでいた腕を解き、ゆっくりとこちらに歩み寄った。赤い光が背後から差し込み、その巨躯を影絵のように浮かび上がらせる。
「お前が見たという未来……いや、俺は深く知らないでおこう」
低く、しかしどこか愉快そうな響きを含んだ声だった。
「よろしいのですか?」
俺の問いに、エルダーは短く笑った。
「フッ……未来は不確かなものこそ面白い。決められた未来なぞ、ヤウジャには不要よ」
揺るがぬ眼差し。そこには長き時を生きてきた者の確信があった。未来がどうであれ、狩人はただ狩人として今を生き、血と名誉を刻んでいく。
「変わりませんね……オリオン」
思わず口にしたその名に、エルダーは眉を吊り上げた。
「エルダーと呼べ、馬鹿者」
その叱責に、胸の奥が熱くなる。怒号でもなく、嘲りでもなく、師として弟子を諭すような響き。過去と現在の狭間で揺れる俺を引き戻す声だった。
「して、お前の名は」
問いかけが落ちる。ここが最後の一線。臆病な俺が本当に飛び越えられるか試されている。
俺は膝をつき、片膝を地に沈めた。硬い石の冷たさが膝から脊髄にまで突き刺さる。マスク越しに見上げたエルダーの瞳は燃えるようで、心臓を握り潰すほどの重圧を与えてくる。
「ゴンジ、と」
声が震えていた。それでも、確かに俺は口にした。
ゴンジ。ヤウジャの言葉で【力】を意味する。臆病な俺には似合わぬ名だ。しかし、だからこそその名を背負う。臆病である俺が力を欲し、未来を生み出すために。
エルダーは俺を見下ろしたまま沈黙を保った。時間が伸び、世界が止まったかのように思えた。やがて、その口元が僅かに弧を描く。
「……いい名だ」
静かにそう言った。
全身から力が抜けた。だがその瞬間、背筋に新たな重みが走った。名を変えるとはただの呼称を変えることではない。アビサルの全てを捨て、ゴンジとして生きること。俺は新たな名の下、未来へと歩まねばならない。
「ありがとう……エルダー」
声に出した瞬間、俺の中で確かに何かが終わり、そして始まった。