養殖が天然に勝てると思うなよ?【本編完結】   作:物体Zさん

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名を捨て、また拾ったか

 

 

 

 一匹目を倒した私は、自らの痕跡を可能な限り消し去り、死骸を船へと運び込んだ。腐敗臭はすぐに漂い始めたが、それもまた狩りの証である。獲物を仕留め、船に積み込む行為そのものが、狩人としての歩みを刻むことに他ならない。

 

 その後も私は狩猟を続けた。一匹、二匹……倒すごとに手応えが掴めてきた。奴らは必ず初撃でスパイクを射出してくる。その鋭い棘は岩すら貫くが、軌道は読みやすい。スピアで弾けば隙が生まれる。そこへ踏み込み、首の下へ突きを放つ。あるいは間合いが許すならリストブレイドを突き立てる。それで一撃必殺だ。

 

 「……ふむ」

 

 仕留めた個体を見下ろしながら、私は息を整える。素早いが、冷静に観察すれば動きは単調。油断しなければ、個体戦では恐れるに足らぬ。

 

 だが、問題は群れだった。

 

 森を抜け、切り立った岩場をよじ登る。湿気を含んだ風が肌を撫で、鼻腔に血と腐臭が混じる匂いを押し込んでくる。私は高台へと身を潜め、クロークを起動し、息を殺して下を覗き込んだ。

 

 そこにいたのは数十匹のホワイトスパイクの群れ。白い骸のような巨躯が蠢き、触手を絡ませ、鋭い牙で原生生物を引き裂いていた。裂かれた肉は咀嚼され、鮮血は地を染め、耳に届くのは臓腑を噛み潰す湿った音。

 

 「……正直、生き残れる気がしない」

 

 呟きが、吐息と共に漏れた。

 

 群れは規律を持っていなかった。ただ飢えに従い、動くものを喰らう。それゆえ予測不能。スパイクが四方八方に飛び交い、触手が乱れ、牙が閃く。個体ごとに対応するのは可能でも、群れ全体を相手にするとなれば話は違う。私は己の力を過信しない。臆病と揶揄されようと、恐怖は生を繋ぐ知恵だ。

 

 クローク越しに見える奴らの姿に背筋が冷える。まるで白い嵐が地を這っているかのようだ。

 

 「だが……退けぬ」

 

 口にした声は、意外にも震えていなかった。

 

 群れを狩る。それは教育係を目指す私にとって避けられぬ試練だ。頂点捕食者を仕留め、血と臓腑に塗れた証を持ち帰らねばならない。臆病ゆえに躊躇するが、それでも前に進まねば未来は掴めない。

 

 私はスピアの柄を握り直し、下を睨み続けた。

 

 奴らの咆哮が、森を震わせた。

 

 

 私はガントレットを操作し、上空に待機させてある船に周囲のスキャンを行わせた。軌道上からの精密観測が即座にマスクのHUDへと送られる。森の地形が網目のように映し出され、赤点が無数に点滅した。それがホワイトスパイクだ。

 

 「……素早く、静かに、的確に仕留めればいけるかもしれない」

 

 心臓が鼓動を強める。臆病な自分が背後で引き止める声を上げる。だが前に進むのもまた私だ。前進こそが狩人の宿命。

 

 スキャンによれば、目の前に蠢く群れ以外には周囲に強い反応はない。幾分か離れた場所に小規模な反応がある程度だ。つまり今目の前にいる群れを狩ることさえできれば、ひとまずこの狩場を制することができる。

 

 「いくか」

 

 私は呟き、高台から飛び降りた。クロークは起動したまま。重力に引かれる落下の勢いを膝で吸収し、無音で地に降り立つ。

 

 着地した瞬間、湿った土の匂いが鼻腔に刺さり、前方から肉を噛み砕く湿った音が響いてきた。群れが何かを食している。今なら背後を取れる。

 

 私はスピアを握り直し、低く身構えた。

 

 最も近くにいた個体が振り返った。赤黒い血に塗れた牙が月明かりに照らされ、不気味な光沢を放つ。

 

 「気づかれたか……」

 

 奴の触手が唸りを上げ、棘が射出された。私は反射的にスピアを横に払って弾き飛ばす。鋭い火花が散り、同時に私は前へ踏み込む。

 

 「ォオオオッ!」

 

 喉を狙い突きを放つ。スピアの穂先が肉を割き、奴は咆哮を上げた。しかし、その声が仲間を呼ぶ。

 

 森の影から次々と白い影が現れた。二匹、三匹……いや、もっとだ。十数匹はいる。群れの目が一斉にこちらを射抜いた。

 

 背筋を冷たいものが走る。臆病な私が叫ぶ。――逃げろ。今すぐに。

 

 だが逃げれば二度とここには立てない。名誉も、教育係も、未来も掴めぬ。

 

 「ならば……死ぬまで狩るのみだ」

 

 私はクロークを解除した。臆病な狩人は、獲物の前に姿を晒すことでしか己を叱咤できないのだ。

 

 群れが一斉に吠え、雪崩のように迫ってきた。

 

 一気に心拍が上がる。だが私は慌てず、腰帯に収めていたディスクを片手で取り出し展開した。六枚の鋭利な刃が月光を受けて煌めき、森に一瞬の光を生む。

 

 「フンッ」

 

 全身の筋肉を連動させるようにして振りかぶり、疾風のごとく投擲。

 

 ディスクは高速回転しながら宙を裂き、白い群れの先頭に迫るホワイトスパイクの首を易々と断ち切った。骨の抵抗を受けながらも刃は止まらず、その後方にいた二匹目の喉をも切り裂き、返す刃のように弧を描いて旋回する。

 

 「ギャアアアアッ!」

 

 血飛沫が月下の森に噴き上がり、赤黒い飛沫が空気を濁らせた。死の匂いが広がり、群れの動きが一瞬鈍る。

 

 戻ってきたディスクを私は確実にキャッチした。その直後、背後から迫る気配を察知。反射的に振り返り、振るった刃が喉下を裂いた。

 

 「グギョォッ!」

 

 噴き出した温かい血潮が頬をかすめた。私はためらわずに足を振り抜き、巨体を蹴り飛ばす。ドサリと地面に叩きつけられた白き異形が痙攣し、やがて動かなくなる。

 

 だが、まだ終わらない。周囲を囲むように複数の影が走り込んでくる。

 

 私はスピアを握り直し、臆病な自分に言い聞かせる。

 

 「怯えるな。恐怖こそが死を遠ざける……」

 

 次の瞬間、両脇から二匹のホワイトスパイクが触手を振りかざし迫ってきた。

 

 私は大地を蹴り、体を低く滑り込ませる。片方の脇腹にスピアを突き刺し、引き抜きざまにもう一方へディスクを投げ放った。刃が空を裂き、鮮血が弧を描く。

 

 白き群れはなお止まらず、獣じみた咆哮と共に私を呑み込もうと殺到する。

 

 「獲物を恐れるな!死を恐れろ!」

 

 喉の奥から吐き出すように声を上げ、自らを鼓舞した。恐怖を忘れぬことで生き延びられる。だが、怯えて動けぬのでは意味がない。ならば叫んで恐怖を押し流すのだ。

 

 白き群れが迫り来る。振動が大地を伝い、足裏にまで響く。牙を剥き、触手をうねらせながら突進してくる異形ども。

 

 私はスピアを正眼に構え、踏み込みざまに突いた。鋭い刃が喉を貫き、血飛沫が頬を濡らす。すぐに引き抜き、腰を捻って反対側へ振り抜く。別の個体の肩口に刃が突き刺さり、骨を砕く鈍い音が響いた。

 

 「ウオオオオオオ!!!」

 

 咆哮を上げ、全身の筋肉を奮い立たせる。胸郭に響く鼓動が力を与える。

 

 飛びかかる影に左腕を突き出し、リストブレイドが閃いた。刃が腹部を裂き、臓腑が温かな塊となって飛び散る。続けざまに腰帯からディスクを引き抜き、渾身の力で投げ放った。回転する刃が空気を切り裂き、三匹の首を纏めて断ち落とした。

 

 「ギャアアアアッ!」

 

 断末魔が重なり、血煙が立ちこめる。だが群れは止まらない。死した仲間の上を踏み越え、さらに数を増して迫ってくる。

 

 私は息を乱さず、心を冷徹に保つ。恐怖は残る。だが恐怖を飼いならせば武器となる。

 

 「来い……!」

 

 獲物の群れが牙を鳴らし、私はただ一歩も退かずに構えを固めた。

 

 

 

 

 そうして数十体のホワイトスパイクを狩り尽くした私は、血と肉と白き骸の山の上に腰を下ろした。

 

 「ふぅ……」

 

 深く吐いた息が白く煙る。熱を好む我らヤウジャには、この湿り気を帯びた冷えた空気は重く感じられる。だが今は、その重さすら狩りを終えた余韻として心地よく思えた。

 

 それでも呼吸は荒い。胸郭が上下し、心臓はまだ戦の拍動を刻んでいる。これまで多くの戦場を駆け抜けてきた。バッドブラッド共の執拗な牙も、ゼノモーフの酸を帯びた凶刃も、そして若き日にオリオンと交わした命懸けの鍛錬も乗り越えてきた。だが……今回ばかりは冷たい恐怖が背骨を伝い、心の臆病な部分を強く揺さぶった。

 

 最初のうち、ホワイトスパイクはただ獰猛に突進してきた。獲物をただ屠るだけの愚鈍な狂犬に過ぎぬ。だが数を減らすにつれ、奴らは変わった。触手のスパイクを一斉に放ち、左右から挟撃し、数体が囮となって注意を逸らし、その背後から別の個体が跳びかかる。群れとしての本能が、確かな戦術に変貌していったのだ。

 

 私は死を覚悟した瞬間すらあった。だが、それでも死ななかった。

 

 スピアを折れんばかりに振るい、リストブレイドを臓腑に捻じ込み、ディスクを投げ、引き裂き、血を浴び、臓腑のぬめりを踏みしめながら、ただ生き延びるために戦った。肩に噛みつかれた時は、骨が砕けるかと思った。腕を絡め取られた時は、触手に引き裂かれる寸前だった。だが私は息をし、叫び、獣のように暴れ、すべてを凌ぎ切った。

 

 「……生き残った、か」

 

 呟きは戦場に溶けた。周囲には引き裂かれた白き怪物どもの屍。血は泥となり、肉はまだ熱を残して蒸気を上げている。私の身体も裂傷や打撲に彩られ、マスクの内側は呼気で曇っていた。

 

 私はしばし黙し、空を仰いだ。二つの太陽が、血煙に霞んで赤黒く輝いている。どちらが昇り、どちらが沈むのか。時間の流れすら分からぬ星で、私はただ臓腑の臭気と、戦いの果ての虚ろさを味わっていた。

 

 「次はメスだ」

 

 呟きながら、私は立ち上がった。全身の筋肉が悲鳴を上げる。だがそれは戦士にとって喜びだ。己がまだ動けることの証。

 

 私はガントレットを操作し、上空に待機させていた船を呼び出した。応答する機械音が短く響き、やがて大気を裂いてクロークを纏った船が姿を現す。

 

 「やれやれ……」

 

 私はスピアを背に収め、死骸の中を踏み分けて船へ向かう。血に塗れた足跡が重なり、戦の痕跡を刻む。

 

 ハッチが開き、私は躊躇なく中へと入った。閉じる音が外界との隔絶を告げ、やがて静寂が訪れる。

 

 私は操縦席に腰を下ろし、背凭れに身体を預けた。

 

 「流石に……疲れたな」

 

 戦の昂ぶりが去った後、心と身体には深い倦怠が訪れる。戦士である以上、休むことを恥とは思わない。だが臆病な私の本心は、こうして座り込むと同時に叫び始める。「もう止めろ、ここから逃げろ」と。

 

 「……少しだけだ。少しだけ休もう」

 

 目を閉じ、呼吸を整える。船の内部に漂う馴染んだ匂いが、心を僅かに安らげる。

 

 私はこれまで多くの狩りをしてきたが、ホワイトスパイクの群れは想像以上だった。単体であればまだよい。だが群れとなれば、もはや軍勢。バッドブラッドともゼノモーフとも違う、戦場そのものの圧力を持っていた。

 

 だが……それでも私は死ななかった。

 

 「教育係を目指すなら、こういう試練も必要か」

 

 自嘲にも似た笑みが零れる。

 

 メスを狩らねばならない。奴はオス以上に巨大で獰猛、繁殖の核であり群れの支配者だ。その首を刎ね、心臓を抉り取ることができれば、私は確かな名誉を得るだろう。教育係を名乗るための資格も、その血塗られた証と共に手にできるはずだ。

 

 だが今は……少し眠ろう。

 

 戦士といえど、休息なくしては次の戦いに臨めない。臆病であることを恥じはしない。私は臆病であるがゆえに生き残り、恐怖を知るがゆえに勝利を掴むのだから。

 

 「……休ませてくれ。それくらいはいいだろう」

 

 小さくそう呟き、私は瞼を閉じた。船の振動が静かな子守唄のように響き、やがて意識は暗闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どれどれ……」

 

 エルダー(オリオン)は私室の奥、石造りの壁に埋め込まれた装置の前に立った。大聖堂の心臓部に据えられたそれは、代々受け継がれてきた記録装置である。戦士たちのマスクに刻まれた映像が、ここに集められ、語り継がれる。赤く脈動する台座から光が立ち上がり、やがて空間に映像が収束した。

 

 そこに映し出されたのは、ゴンジ(アビサル)――の姿だった。

 

 「ほぉ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れた。眼前の映像では、血塗られた大地の上で獣の群れと戦う姿があった。ゴンジは怯むことなく、次々とホワイトスパイクを薙ぎ倒していた。白い骸の山が積み重なり、血潮が飛び散る。スピアを振るい、リストブレイドを突き刺し、ディスクを投げ、ただひとりで群れを殲滅していく。

 

 その動きは、もはや若き狩人のものではなかった。臆病を抱えながらも死を恐れず、それを力に変えた者の動き。恐怖を知り、だからこそ慎重に、そして確実に殺す――それは戦士を超えて、深淵から這い上がった者だけが持つ“重さ”を伴っていた。

 

 「深淵を歩んだだけある」

 

 エルダーの口元に薄い笑みが浮かんだ。

 

 アビサル。ヤウジャの言葉で【底】を意味する名。かつて彼をそう呼んだ老狩人の言葉を思い出す。だが真にその名が示していたものは、【深淵】だったのかもしれない。深淵を歩み、奈落に堕ちる寸前で踏みとどまり、なお生きて戻ってくる。底とは敗北の象徴ではない。帰還した者だけが知る、最も深き場所。

 

 映像の中のゴンジは、幾度も致命の一撃を受けかけていた。触手に絡め取られ、牙に肩を噛み砕かれ、群れに囲まれ――その度に臆病さゆえの本能が働いたのだろう。退き、避け、そして必ず反撃を加えた。勇猛さだけでは生き残れない。恐怖を知るからこそ、恐怖を抱えたまま立ち向かえる。

 

 「見せてくれるか?お前の未来を」

 

 エルダーは独りごちるように呟いた。

 

 彼は知っていた。未来は定まらない。だが、狩人たちの映像は道標となる。アビサルがゴンジとなり、深淵から這い上がった先に見せる未来。その姿を後の世代が目にすれば、誰かがまた続くことができるだろう。

 

 映像が切り替わり、死骸の山に腰を下ろすゴンジが映った。荒い息を吐き、マスク越しに空を仰ぐ姿。二つの太陽が赤黒く照らし、血煙の中で彼はただ生き延びたことを噛み締めていた。

 

 「名を捨て、また拾ったか」

 

 エルダーの瞳がわずかに細められる。

 

 アビサルの名を捨て、ゴンジと名乗った。その決断は軽くない。名とは生き様であり、功績であり、種族に残す刻印だ。それを自らの意思で捨てるのは、全てを一度無に帰す覚悟の証だった。

 

 「愚かで、だが……美しい」

 

 エルダーは映像に映る彼の姿にそう評した。

 

 臆病であった。だが、その臆病さが生き残らせた。誰もが侮り、誰もが笑った“底”の名が、今では深淵を歩む者を示す。

 

 「このまま突き進め、ゴンジ」

 

 映像に向かって、エルダーは低く言葉を投げた。

 

 教育係を目指すという志も、彼らしい。己の弱さを知るからこそ、次代に強さを伝えられる。死の恐怖を知るからこそ、命の尊さを教えられる。戦士の中でも稀有な存在。彼がもし教育係に至るなら、アヌ族の未来は変わるだろう。

 

 赤い光が揺らぎ、映像が霧散する。部屋には静寂が戻った。

 

 エルダーは長い沈黙ののち、街を見下ろす窓へと歩み寄った。

 

 「深淵から戻った者よ……次に何を狩る?」

 

 夜の帳が降り、都市の光が広がっていく。エルダーの独白は誰に届くこともなく、ただ暗闇に溶けていった。






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