なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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なのたばねちふゆ
なのはと束と時々千冬


 この世界は全部、篠ノ之束の想定内だ。

 地球の外周は40077kmで、私の頭囲は51.1cm。

 私の頭を7億倍にしても届かない大きな星。でもその表面で起こっている事故、事件、スキャンダル、発見、発明、そして戦争ですら。

 物心ついてからの私の予想を、一片たりとも超えたことはない。

 

 私は天才だ。

 別にカッコつけている訳でもないし、誇大妄想でもない。だって、本当にそうなんだもの。

 理不尽に思ったことはない。私にとってはそれが当たり前だったからだ。

 まだ周りがひらがなだってロクに書けないような発育段階で、大学の図書館にこっそり入り込んで、数学の本を読んでいた。

 聞いた言葉をすぐに覚えて、足し引きを覚えた次の日に掛け割りを思いついた。

 漢字が難しくて読めない本がある時は、ベッドの中に入ったまま、寝ずに常用漢字を全部覚えて、それでも眠気一つ感じなかった。

 あの時は楽しかったなぁ、と思う。一つ分かったら三つ謎が生まれて、それを解いたら五つ不思議が生まれる。目の前の世界は無限に広がっていて、それを全部解き明かしてやろうと息巻いていた。

 変な子だと噂されていたのに気づいたのは大分後になってからだ。親にも何かしら言われていた。もっと小さい子らしくしろ、だったっけ。

 今思っても反吐が出る。私は私らしく生きているのに。それをどうして阻まれなきゃいけないんだろう。

 でも、ひょっとすると、その言葉はちょっぴりだけ正しいのかもしれない。

 

 まだ六年しか生きていなかったけど、もう全部知ってしまった。

 物理学、数学、化学、地理学、語学、歴史学……並べてみると数だけは多いけど、皆大したことはない。

 みんなみんな単純だった。

 私は知識を積み上げる過程で、知識を予想することを覚えた。

 この事象はああなるだろう、あの出来事があるから次はこうなるだろう。今まで積み上げてきた情報や知識から、未だ見ぬ事象を想像するのだ。

 それを思いついてから、私の見る世界は急速に色褪せてしまった。

 だって、何もかも予想した通りになってしまうんだもん。

 

 あーあ、まだ知らないことを軽く予想して、それが寸分違わず合っていた時の失望感と言ったら!

 

 要するに、クイズの答えが合っていることより、間違っている方が嬉しいのだ、私は。

 だって、それは自分がまだ「知らない」事があるって証拠なんだ。

 知らないから間違える。分からないから迷ってしまう。知っているのに、分かっているのに間違えるなんて愚かな真似はしない。

 知らないこと、分からないことで一杯な世界が、私は好きだった。

 でも、たった三年、物心ついてから三年間掘り尽くしてみただけで、私はその全てを分かってしまった。

 

 これが自惚れや勘違いだったらいいのに。

 でも、今朝のニュースを見ても、予想していないことは何もなかった。

 交番に掲示されている交通事故や死者の数だって大体は言い当てられる。人間の行動全部を数学に当てはめることは出来ないけれど、それでも端数を含めて、一番確率の高い数字を当てはめれば、それが必ず当たってしまう。

 

 だから、この世界はつまらない。つまらないったらつまらない。

 

「つまんない」

 

 小学校に入学してからちょっと経った時、クラスも学校も何一つ自分の予想をはみ出なかったことへの失望から、普段は完璧に隠していたその本音が、つい、ポロリと口から漏れてしまった。

 

「つまらないの?」

 

 という返答が、隣で歩いていたのから出ることも分かっていて、それが尚更つまらなかった。

 普段なら何も無かったように歩いていく所を、ついカッとなって言い返してしまった理由はそれだった。

 

「つまんないよ」

「なにが?」

「全部」

 

 とはいえ、こんなのに付き合っていても時間の無駄だし面白くない。だから、二言だけ吐いてとっとと行っちゃおう。

 そう思ったけれど、“それ”は生意気にも言い返してきた。

 

「つまらなくないよっ」

 

 何の理由もなしに、ただ感情だけで自分を否定する。私の一番嫌いで、聞きたくない言葉だ。

 普段なら、そういう言葉は聞こえない。自然と耳からすり抜けてしまう。

 でも、あの時私はとてもムカついていた。ちーちゃん風に言えば、虫の居所が悪かった。

 

「どうして? 私にとってはつまんないけど」

「どうしてもっ!」

「理由になってないじゃん」

「なってないけど! でもつまらなくないんだよっ」

 

 思わず襟を掴み上げた。私は録に運動とかはしていないのだけど、何故か力は強くて、自分と同じくらいの“それ”は簡単に持ち上がっていた。

 あの時の私の顔といえば、それは凄まじい物だったと思う。

 いつだったか、脳内であの時の感情をエミュレートして、それを鏡越しに写真で撮ったら、自分でもちょっと引いたくらいだ。

 

「どうして? 何の理由もなしにそういうこと言わないでよ。私にはつまんないんだから、いいでしょ」

「だ、だって……だってっ」

 

 私の顔を見た“それ”はとても怯えただろう。怖くて怖くて、逃げ出したかっただろう。

 私には簡単に予想できる。でも、“それ”がどうして逃げなかったのかだけは、あれから二年間ずっと考え詰めた今でも『分からない』。

 

「そんなの、だめだよ。ぜんぶつまんないなんて言っちゃうの、だめだよ」

「どうして?」

「だめなのっ、そんなの、そんなの……いやじゃないの?」

 

 そうだ、私はイヤだ。この世界が。そんなことはとっくのとうに分かっている。

 またムカってなって、今度は直接首を掴んだ。

 

「う、あぅ」

「嫌だよ? でも、何もかも分かっちゃう。全部自分の思う通りになるんだよ。だからつまらないよ。ね、君がどうにかしてくれる? っていうか誰、君? このつまらない世界、面白くしてくれるの?」

 

 底冷えした言葉の最後の方は、怒りではなく願望だった。

 だって、“それ”は。あの娘は逃げなかった。

 あの時私は手加減していなくて、恐らく窒息する寸前まで首を締めていた。

 その手は痛くて、塞がれた息は苦しくて、あの娘の意識は朦朧としていたことだろう。例え理性がNOと訴えても、本能の方で勝手に手を振りほどいてもいいくらい、あの娘は追い詰められていた。

 でも逃げない。それどころか、潤んだ目で、それでもはっきりまっすぐと、自分の目を見つめて来た。

 それは、久しぶりの予想外だった。

 

「……う、うん」

 

 絞りだすような、一声。それも私の想定外。真っ正面から放たれる、でも勢いだけでない、ちゃんとした決意がある言葉。

 

「きみ、が、たのしくないなら、おしえてあげるっ」

「何を」

「つまんなく、なん、か、ないの。みんな、みんな、みんなっ!」

 

 手が振りほどかれた。思いっきり首を締め上げていた筈の手が。

 目の前の彼女のデータを改めて確かめる。飛びきりの運動音痴のはずだ。自分の手を振りほどくくらいの腕力は無い。そのはずなのに。

 私は思わず、信じられないような表情で自分の手の平を見つめた。はずなのに、という言葉を使うのはどれくらいぶりだろうか。

 

「みんな、いるからっ! おとーさん、おかーさん、おにーちゃん、おねーちゃん! 他にもいっぱい、このせかいにはいっぱい、いっぱいひとがいて、みんな……それが、みんな、つまんないなんて、そんなことないよっ!」

 

 訳がわからない。でも、何故か、私の中へと焼きつく言葉。

 体当りされた。反射的に受け流して、あの娘は床へドサッと転ぶ。

 顔を強かに打ち付けて。でも立ち上がって、また向かってくる。

 それからは、引っ掻こうとしたり、叩こうとしたり。皆払い除けたが、でも向かってくる。

 ああ、何だか、楽しい。このやりとりが。無駄にしか見えないこのやりとりが。

 

「つまんないなんて、かなしいよっ、そんなのいやだよっ、わたしがいやだっ!」

「どうして? 私がつまらないのが、嫌なのが、どうして嫌なの?」

「いやだよっ! わかんないけど、そうして、となりで、いやだって思ってるの、ほっとけないよっ!」

「面倒くさいから?」

「ちがう!」

 

 向こうはとっくに泣き出して、喚きながら引っ掻きに来る。払い除けても払い除けても、諦めない。

 この娘はどうしても、私を放っておけないみたいだ。何の理由も因縁もないこの私を。

 

「つまらないって、そんなのぜったい、ぜったいぜったいぜったいぃ……」

 

 終いには泣きじゃくりながら此方に抱きついて、縋りつくように抱きしめてきた。

 密着することで伝わる、他人の体温。今までは気に入らない物だったけど、それよりもっと暖かくて、生臭くない熱さが、私の心にぴとっと触って来た。

 

「……ね」

「うぅ……」

 

 始めて、自分から言葉をかける。さっきまで、有象無象のモノとしか思えなかった、ただ息をして、生命活動をする物体にしか思えなかった個体に。

 彼女に。

 私はこう言った。

 

「君、名前、なんて言うの?」

「え……」

「だってね、君の名前、覚えてないんだ。思い出せないんだ。なんて言うの?」

 

 記録としてはちゃんとInputされている。でも記憶として、思い出としてはRememberしていない。

 聞きたかった。名前を、彼女の口から語られる、熱のある『なまえ』を。

 それは多分、私が父親と母親以外で始めて記憶する名前。

 

「たかまち、なのは……私、なのは! 高町なのは!」

「うん、なのちゃんね……私は、篠ノ之束」

「たばね、ちゃん…………うあぁぁぁっ」

 

 名前を聞いてなぜだか緊張が一気に弛緩したようで、大泣きに泣き出しながら、また、強く抱きしめてきた。

 私は、思わずなのちゃんを抱き返していた。

 

「なのちゃん……私、忘れないよ。一度覚えたことは、もう忘れないんだ」

「うんぅ……」

「私、ずっと覚えてるからね。なのちゃんのこと、ずっと」

 

 忘れるもんか。心の中ではそうぶっきらぼうに言い張った。

 こんなに真っ直ぐで、愚直なまでに真っ直ぐで――そのまま一直前に、自分に向かってくれる人。

 

 私にはなのちゃんが分からない。どうしてそこまで私に拘るのか。私に反対するのか。何の理由も無いのに私を否定して、でも私を救いたいと思ってくれる。正直怖くなるくらいに、私はなのちゃんを理解できない。

 逃げ出したくもある。彼女から。今まで理解したどんな数式でも分析できない、訳の分からないものから。

 

 だからこそ、素敵に思える。面白いと、言える。

 

 やっぱり、逃げたくはない。大体、こんな理屈も何もない理論を解析できないようでは、自分を天才だなんて言えないし。

 ああ、こんな娘が居るなんて。やっぱり、世界は自分の思っていたより、少しだけ鮮やかで、美しいのかもしれない。

 結論を急ぎすぎていたみたいだ。少なくとも、もう20年くらいは待ってもいいだろう。

 それまで、もう少しだけこのままの世界で暮らしてみよう。面白おかしく。

 

 なのちゃんとなら、この色褪せた世界でも、少なくとも白黒くらいには塗り替えてもらえそうだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑千冬、御年9歳の小学3年生は、非常に大きな頭痛の種を抱えていた。

 

 それは、篠ノ之束。小学三年生にして何十個も特許を持っている、天才発明少女。

 

 なぜだかいつも同じ青いドレスを着込み、機械じかけのウサミミ型カチューシャを頭にくっつけている彼女は、何も知らない一般人からすればとにかく陽気でハイテンション少女にしか見えない。

 しかしその実、とんでもなく人当たりが悪く好き嫌いも激しいので、気に入らない人間にはどんなことをするか分からない。その、超弩級に自分本位な考え方と行動は、周囲(主に千冬)を引っ切り無しにトラブルへ巻き込んで、離してくれない。

 出会った当初など、挨拶してもそこに「誰もいない」かのように通り過ぎられたりもした。その辺りは何回かの教育的指導によって改善したのだが、それでもなお社会的に生活するにはネジが数十本溶けて蒸発しているのではないか。

 篠ノ之家と自分とはそこそこ深い付き合いだし、彼女が騒動を巻き起こしていたら無視する訳にはいかないのが千冬の辛いところだ。

 

 そうした苦労の果てに、ついに持て余した、もうダメだ、と思った時――月に三度は下らないが――千冬は決まって、ある人物に教えを請うことにしている。

 

「……聞いてくれ、なのは」

「千冬ちゃん、どうしたの? ……また束ちゃんのこと?」

 

 高町なのは。

 自分より遥か二年前から篠ノ之束という女の子と付き合っていて、恐るべきことに彼女の「友達」になれた同級生。

 彼女の言うことには、その時の束は今よりずっと排他的だったらしい。あれ以上があるのかと思うと、いささか信じられないものの、なのはがそう言うなら本当なのだろう。

 

「そうだ! なのはも聞いただろう、あの騒動……」

「騒動というより、活躍、なんじゃないかな? あのおかげで、アリサちゃんもすずかちゃんも何もされずに助かったんだし」

「そんな生温いことか! 確かに誘拐なんて企む奴らは自業自得だが、それにしても、もう少しやり過ぎていたら……死んでいたぞ!?」

 

 話題の中身は先週の休日、なのは、千冬、束との共通の友人である二人の少女が誘拐された事件であった。

 この事件を偶然(と本人は証言している)目撃した束は、車のナンバーと車種をすれ違った一瞬で暗記。そしてどうやってか町外れの廃ビルを探し当て、そこに立てこもる犯人グループに、彼女の発明「いい夢見てますか? verU.3G」とやらを使用した。

 数十分後に千冬の通報で警察が突入した時には、グループの内半分が狂声を挙げながら助けを求め、残り半分はそれすら出来ずに虚ろな目で、無抵抗のまま逮捕されたという。

 

「大丈夫だよ、束ちゃんそこら辺はちゃんと考えてるし。大体その発明品、ちゃんと危なくないように、テストはしてるんだよ?」

「どうやって!……まさか、また」

 

 こういう時、千冬の嫌な予感は95%くらいの確率で当たる。

 

「うん、私が試してみたの」

「この大馬鹿っ!」

 

 ノータイムで頭をポカリと叩く。「にゃああっ!」と大げさに頭を抱えてしゃがみ込む姿は束そっくりで、尚更叩きたくなってしまった。

 

「ひどいよ千冬ちゃん」

「お前が悪い! またあいつのモルモットになったのか! 何だか訳の分からん機械を使われて怖くないのか!」

「モルモットなんかじゃないよ、お願いされただけだよ。それに、束ちゃんに限って絶対、酷いことはしないよ。ね? だから、怖くない。だよね?」

 

 どこまでものほほんとしたなのはの返答に、千冬はかくり、と頭をうつむけた。

 自分よりもずっと長い、二年来の付き合いだというのに。いや、だからこそなのか。天災の危険性を全く考えず、その渦中に突っ込む大馬鹿者が、千冬にとっての高町なのはだった。

 

 なんだかんだで束と付き合い続けている自分も、何時かはああなるのだろうか。なんて考えてしまい、ぞくぞくする寒気が背筋を這いまわった。

 

「で、どうだった」

「何が?」

「お前はどうなったか、だ。悪質な犯罪者に自首させて、余罪も自白させて、もう二度とこんなことはしません、と反省させるほどのマシンだろう? 碌な事にならないと思うのだが」

「ああ、えーとね……凄い夢だったなぁ」

 

 なのはは、まるで懐かしい思い出を回想するように語り出し始めた。

 

「私、魔法少女になるの。それでね、空を飛んで、戦って、色んな子と友達になって、一緒に魔物とかロボットとかと戦って……大人になってからも、ずっとずーっと戦い続けるの。時々大怪我もするけど、それでも戦う。夢の中の私はそれしか出来なかったんだ。その内いつか飛べなくなって、皆に置いて行かれて、一人ぼっちになっちゃったところで……目が覚めたの」

「それ、は……」

 

 悪夢だろう、と面と向かってはっきり言えないくらいに、なのはの顔は晴れ渡った青空のようにすっきりしていた。

 

「でもね? そのことを束ちゃんにお話したら、すっごく喜んでくれて、1時間くらい、あはははははって笑い続けて、それから……『なのちゃんの夢だけは、正夢にはならないよ』って言ってくれたの」

「ちょっと待て、それは……他の人間の見た夢は、正夢になるということか?」

「そうみたい。なんだっけ、本人の記憶や経験、身体能力を読み取って、束さん特製データベースから分析・予測した状況の、推移に応じた、対処法の選択や結末を、装着者の脳に直接伝達するシステム……だったっけ」

 

 千冬は再び頭を抱えた。全く、なんというものを作り出してくれるんだ、あの天災は!

 

「本物の未来予知じゃないか、それは……何が『いい夢見てますか?』だ!」

「ええっ、そうなの? 束ちゃんすごーい!」

「無邪気に喜ぶな!」

 

 また、ポカリとなのはの頭を叩く。そうでもしないとやってられない。

 未来予知の出来る機械。それがどれだけ偉大で、しかし危険なものなのか。小学3年生の千冬の頭でもはっきり理解できる。

 

「大体、お前はその未来予知でああいう……破天荒な、夢を見たんだろう? 本当に魔法少女になって、戦い続けるんだぞ?」

「そうだね。でも、束ちゃんが正夢にはならない、って言ってくれたから」

「あんなアーパーウサギの言う言葉を良く信じられるな!」

「だって、束ちゃんは私の友達だもん」

 

 ぴしゃりと言い切られた。なのはにとって「友達」とは、それ程に重みのある言葉なのだろうか。

 大体なのはのように明るく真っ直ぐな女の子と、束のように根性が螺旋迷宮になっているヤツが、どうして友達なんかになれたのだろう。

 千冬は、なのはが「友達」という一言で束を表現する度に、いつもそのことを考えてしまう。

 

「それにね、束ちゃんが言ってたけど、私は『特別』なんだって」

「特別?」

「そう、私は……」

 

「そうそう、なのちゃんは特別なんだよーっ!」

 

 突然、大空のど真ん中から聞こえてくる声。

 話し込んでいた二人が見上げると、逆三角形の人参型で、ちょうど葉の部分がローターになっているヘリコプターが浮かんでいた。

 そして、なのはと千冬の間に、勢い良く落っこちてきた。

 

 人参の先端が舗装されたコンクリートに突き刺さる。いつも思うのだが、こういう破損は一体誰が弁償しているのだろうか。

 とりあえず、千冬はパカっと開いた人参から出てきたうさ耳の青ドレスの顔面に向かって通学カバンを叩きつけることにした。

 

「もすもすひねっ……痛っ! 痛いよぉちーちゃん! 私まだ何もしてないのに~! かばんでぶった! この天才的で人類の至宝な頭脳をぶったぁー!」

「黙れ。お前みたいなのを至宝にするほど、人類も落ちぶれてないだろ」

 

 噂をしていたらなんとやらである。何処で聞いていたのだろう。いや、最初から最後まで全部、聞いていなくても予想の範囲内だ、くらいは言うのかもしれない。

 

「あ、束ちゃんおはよう」

「なのちゃんおはよーっ! 今日もいい天気だね。なのちゃんも可愛いね。箒ちゃんと同じくらいぷにぷにしてて可愛いね~ぐふふふ」

「にゃははは、くすぐったいよ束ちゃん」

 

 早速過激なボディタッチに移行する束。服の中に手を入り込ませる束。何処を揉んでいるのやら、千冬としてはこの不純さだけでも公衆の面前で見せたくはないのだが、しかしなのはは拒否せず、されるがままになっている。

 こういう時、一歩間違えると服も下着も亜空間に消し去ってラビットダイブしてしまうだろう束を止めるのは千冬か、そうでなければここにはいないアリサかすずかの役割だ。

 という訳で、もう一度学生鞄を遠投。

 

「ぐふっ! しかししかし、なのちゃんの胸の発育に貢献できた私に一片の悔いなしっ」

「よし、覚えたての空中コンボを叩きこまれたいようだな」

「って思ったけど今のナシ! ストップストップ、ストップ・ざ・ウォー!」

「もう少し心のドアを開けておいてから言え」

 

 そのままパンチパンチキックからの、空中で三連撃、それから投げで〆た。

 千冬の運動神経、もとい戦闘力は元からはかなりのものだったが、篠ノ之神社にある剣道場での鍛錬、そしてなのはから紹介された彼女の父親、高町士郎直々の指導によって、人間が持つには結構非常識なレベルにまで高まりつつある。

 千冬自身は自分を常識人と位置づけて、非常識な束やそのブースト剤であるなのはの抑え役に回ろうと自負していたが、そんな彼女も非常に非常識である。

 

「あたたた……痛いよぉちーちゃん、うさぎは痛めつけられると簡単に死んじゃうんだよ?」

「それはどんな小動物でも同じだ。それにお前はか弱い小動物ではなく、どちらかと言えばヴォーパルバニーじゃないか」

「カニバリズムの気はないよっ、今予測したけど、ちーちゃんもなのちゃんも絶対不味いし」

「考えんでも分かることだろう、わざわざ口に出すな!」

「あっ、ちーちゃんたら考えちゃった? ねえねえそうなの?」

「くっ……相変わらずひねくれてるな!」

 

 勿論、今の空中コンボをまともに食らってから五秒もしない内にけろっと立ち直る束が非常識でないはずもない。

 まともな訓練もせずに日がな一日神社の脇にあるラボ(という名のバラック建ての秘密基地)に引き篭もりながら、まともに戦えば千冬と互角なのだ。

 流石に手榴弾が直撃すればバラバラになるだろうが、それはそれで自力で肉体の再構築くらいは成し遂げてしまうかもしれない。

 

「にゃははは、二人共、あんまりケンカしてると学校に遅れちゃうよ?」

 

 しかしながら。

 そんな二人の実力を正確に把握し、目の前で起こった半分スプラッタなシーンを見ても大丈夫だろうと見切りをつけて、何より二人を「友達」として信頼しているから、平然とした口調で割り込んでのける。

 

「む、そうだな。おい束、とっとと行くぞ」

「はぁーい☆」

 

 そうした一言で、この二人の天災に言うことを聞かせるのだから、実のところ彼女がこの中で一番、非常な人物であるのかもしれなかった。

 その後、通学路を三人で歩きながら、千冬は束に問いかけた。

 

「ところで束、なのはが見たという『夢』のことなんだが、あれは本当に、正夢にはならないんだな?」

「そうだよ? ぶっちゃけアレ、何故か不完全な予測になっちゃってるから。私の『いい夢見てますか?』は人間の行動パターンを完全に予測して、周囲の環境やデータも加味して未来予測を構築できる代物なんだ。けどなのちゃんはね、多分予測から大きく外れた行動を取るよ?」

「……つまり、お前のマシンにしては珍しく、欠陥品か」

「そうとも言えるねー。でも、他の人間は皆予測通りに動いた。あの犯罪者だって、自首したら懲役、もし自首してなかったら、助けに来たなのちゃんの兄から御神流剣術を食らって、それからバニングス家と月村家の権力で闇に葬り去られるよ! っていう予測通りになったんだもん」

「それが、なのはは『特別』だということか?」

「うん。長い間付き合って、どんなに計算し直しても、私の予想の上を行く。真っ直ぐで単純だから予想は楽だ、と思うでしょ? でも、真っ直ぐ過ぎて追い切れないよ」

「そんな、ものか……とてもそうは見えんがな」

「でしょー? だから分かんないの。だからね、楽しいよ」

 

 そう言って、自分の三歩先を歩くなのはを見つめる束の顔は、いつもよりちょっとだけ普通の女の子に近づいていて。

 千冬はそれを見ると、なぜか安心してしまうのだ。

 同時に、もし束がなのはと出会っていなかったら、その情熱の対象が何処へ向かっていたかと考えると、そこはかとない恐ろしさを感じてしまうのだが。

 

 

 

 千冬は知らない。束が呆気無く否定した『魔法少女』になる夢が、その後現実になってしまうことを。

 束は知っている。しかし、夢では無く現実の中で、なのはがどう行動し、決断するかは分からない。だから、正夢にはならないと言った。

 

 そしてなのはは何も知らず、分かりもせず。

 だけど、例えどんなことが起こっても、自分を支えてくれる人が、大切な友達がいるのだから、絶対に大丈夫だと信じていた。

 

 

 

 

 




長いこと書いてなかったのでリハビリがてら、面白いと思ったネタを一つ短編で。
声優ネタ以上でも以下でもないです。
なのはさんじゅうきゅうさいと束さんじゅうきゅうさいが並んでぶいぶいやってる画像を見たら勢いで書いちゃいました。
この後魔法技術に惚れ込んだ束さんが媚び媚びでユーノに教えを請うけど3日でポイ捨てしたり
なのはと友達になったフェイトちゃんに束さん超弩級な嫉妬をしてアルハザードにほぼイキかけたりしますが無害です。
10/7追記
しませんでした。結果的にウソ予告ですねこれ。ごめんなさい。

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