なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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なべて世は事ばかり(Ⅱ)

 束が『空を飛ぶ』ための研究に乗り出してから、おおよそ二週間。

 その二週間の間に、なのは、そしてフェイトのジュエルシード争奪戦は大きく進展していた。

 

 今現在、なのはが手に入れているのは8個。フェイトが手に入れたのは6個。先だって5個ほどリードがついていたにしては、なのは側はフェイトにしてやられすぎている、というところだろう。

 現に最初は、なのはも千冬も、フェイトに負け続けであった。なのはは機動力と近接戦闘面ではどう頑張ってもフェイトに対応できず、距離を離した砲撃戦に持ち込もうとしてもあっという間に距離を詰められてしまう。千冬も千冬で更に剣術の腕を磨き、竹刀を木刀に持ち替えたが、それでも空を飛べないという足枷は重く、戦闘ではどうしても支援がメインになってしまう。

 この所、ユーノが合流して三対ニに持ち込めることもあったが、それでもどうにか対等に戦えるといったところだ。会って数週間の即席トリオでそこまで戦える方が凄いかもしれないが。

 

「……千冬ちゃん、もうちょっと、お願い」

「む、いや、だが……」

 

 篠ノ之神社に併設されている、剣道場。普段は数多くの門下生が切磋琢磨し合い、竹刀のぶつかる音と掛け声が響く場所であるここも、練習時間外である今は、しんと静まり返っていた。

 その真中で、向かい合っている面胴小手姿の少女が二人。

 片方の構えは堂に入ったもので、いかにもな雰囲気から当な実力者だと見て取れる。何回も剣を振るったが、汗一つかいていない。

 対してもう片方は散々に打ち込まれ、息も絶え絶え。どうにか竹刀を構えているが、もう少しで倒れそうなほどふらふらである。大体、持っているのは竹刀ではなく、竹で出来た棒であるのがおかしい。最もこれは、彼女が持つべき武装の類似系であるのだから、それで正しいのだ。

 

「もう疲れただろう。そろそろ休憩を」

「ううん、まだっ!」

 

 何日か前から始まった、特訓だった。きっかけはなのはが、近寄られるとどうにもならない、フェイトの動きを見切りたいと言ったことだ。ならば地上でフェイトと同等に動ける千冬の早さに慣れよう、と言うわけで、練習前の剣道場を貸し切っての秘密特訓と相成った。

 許可を取り付けてきたのは束である。篠ノ之家の大黒柱であり同時に神社の神主、そして剣道場の主でもある柳韻は厳格な人物だが、このとんでもない長女のやることにはある種の諦めを持って接しているらしく、何に使うかも聞かずに許可を出したという。千冬たちにしては有難いことだが、後で菓子折りの一つでも持って頭を下げなければいけないだろう。

 

「……全く。分かった。だったらそのへろへろな構えを少しでもどうにかしろ」

「うんっ!」

 

 なのはにしては珍しく表立って強情だな、と千冬は思う。いつも他人の言うことをよく聞き、時には信じこみすぎてしまう面もあるのだが、今は変に意地を張り、疲れ果てた身体をなんとか立ちあがらせている。この前まで、運動なんて嫌いだ、と言っていた女の子が。

 その心意気は頼もしい。だが、オーバーワークは身体に毒だ。今日の夜も探索を控えているというのに、これ以上の負担は掛けられない。自分が良く体を動かすのだから、向こうが無理を仕切っているのは良く分かっていた。

 だが。千冬はそれを口に出せるほど素直ではない。特に、こうして剣を構えている時は。

 

「……いくぞ」

「はいっ!」

 

 そう言うなり、千冬は気を張り、竹刀を上段へと構える。今まではなのはの体力に合わせてだいぶ手加減していたのだが、眼の色は今や、敵であるフェイトか、天敵である束と戦うときと同じように鋭く、険しくなっていた。

 そうまで無理をしたいのなら、その前に徹底的に叩き潰して、無理を出来なくさせてやる。これが今の限界、であることを身体に叩き込ませるのだ。

 妹みたいななのはに対して、少し険しさが過ぎるのではないかとも思うが、元来織斑千冬という人間は力だけが取り柄の不器用な女だ。だったら、自分が表現できる、精一杯をぶつけてやろう。

 今、目の前で必死に此方を見つめ、何処から攻撃が来るのか予測しているなのはのために。

 

「はあぁぁっ!」

 

 烈火のごとき叫びの後に、竹刀が振り下ろされる。来ると分かっていたその一打はどうにか防いだなのはだが、続け様に浴びせられる連撃にはとても対応できず、それでもなんとか棒を愛杖のように持って防ごうとするが次々と掻い潜られ、防具越しに散々打ち付けられていく。

 それまでならそこで終わったのだが、今回は千冬も容赦はしない。相手が立ち上がっている限り、手加減せず滅多打ちに打ち込んでいく。

 乾いた音が道場の中に、そして外へも響く。それは、まるで集団で稽古をやっている時と同じくらい大きく、激しい。事情を知らない者が脇を通ったら、練習時間が変わったと思うだろう。

 

 なのはの強情も大したもので、数回打ち込んで壁の端まで追い込んでもまだふらつきながら立っていたが、最後に面を思いっきり打ってやると張り詰めた線が切れたようにくたりと倒れこんだ。

 

「はぁ、はぁ……千冬ちゃん、強いね」

「当たり前だ。生まれてこの方これだけが頼りだったからな」

 

 腕の力こぶを見せる千冬に、なのはは面の中の力ない顔で精一杯笑いを表現する。千冬のこの冗談めいた言葉は、実は半分ほど真実だった。そのことをなのはは良く知っていて、だからその裏にあるものには触れず、表側の冗談でにゃははと笑った。

 なのはの面が外されると、汗の水滴に塗れた頭部が出てきた。息は荒く、熱い。普段運動していない子供が、僅か30分でも全力で稽古を続けたらこうもなるだろう。

 千冬は、なのはをシャワーに入らせることにした。幸い道場の近くにシャワールームがある。汗まみれのまま家へ返したら、姉として申し訳が立たない。

 

 二人、道着を脱いで裸になり、一つのシャワーだけがある狭い部屋へと入る。なのはの汗を流してやりながら、千冬は何となく落ち着かなくなって、口を開いた。

 

「しかし、お前が自分から面を被るとはな。正直意外だったぞ。師範に何度薦められても、剣道は自分に合わないと言っていたらしいじゃないか」

「んー、でもね。今はそれが、必要かなって。フェイトちゃんと、戦うために」

 

 戦うために。猛々しい単語を口にしたなのはは、シャワーノズルを握り、自分の口元で戦う、という言葉を反芻した。

 それしか方法はない。あの悲しい目をした女の子と、まともに向き合うには。もし、今からでも街中を探せば、戦っていない、海鳴の街で日常を過ごす彼女に会えるかもしれない。ひょっとすると、束ならその在処を知っているのだろうか。何でも知っている彼女のことだ。きっと、喜んでなのはに協力し、全力で案内してくれるだろう。でも、それではいけない。

 そうしたところで、彼女からは静かな拒絶を受けるだけだ。人見知りなのか、それとも何か辛いことでもあったのか。彼女は口数を少なくして、自分に何も話そうとしてはくれない。

 だから、なのはは戦わねばならない。

 フェイトと空の上で戦っている時、互いに知恵を絞って手を読み合い、戦術の優劣を競うこの方法だけが、二人の間で辛うじて生まれていたコミュニケーションだった。

 

「そんなに戦いたいのか……いや、違うな。あの敵のことが、そんなに気になるのか?」

「敵じゃないよ。話し合えたら、分かり合えると思う」

「しかし、向こうも譲れない理由があるようだ。どうやって止める?」

 

 千冬はなのはの戦う理由を正確に承知していた。

 その上で敢えて、なのはの気持ちの向く対象である女の子に『敵』という単語を使った。そして、なのはの気持ちを試すように、挑戦的な問いも投げかける。それは仲の良い友達が他の人間を見つめて離さない、そのことへの嫉妬の発露なのかもしれない。

 なのははそんな千冬の少し意地悪な問いに、さっきまでやっていた稽古と同じように、真正面から向き合った。

 

「止めるとか止めないとか、そんなんじゃないよ。あの子のこと、知りたいの。あの子がどんな子で、何を思って戦っているのか。気になるんだ」

 

 止まらないなら止まらないで、それでもいい。自分のものでないジュエルシードを奪うように集めるのは、フェイトの勝手だし、止めたいとは思っていない。勿論、それを貫くならなのはも全力で戦い合って勝利して、ユーノへとジュエルシード全てを渡してきっちりと終わらせるつもりだ。

 なのはが気にしているのは、フェイトという人間そのものについて。人のものを奪うのは犯罪、それは多分この世界と一緒で、次元世界でも変わらない。でも、なのははそれを善悪の二元論で終わらせるつもりはなくて、どうして、と問いかけていきたかった。

 ぶつかって、そして『どうして』を理解して――

 

『なのは!』

 

 それから何をしようか、というなのはの思考は、一言の念話によって打ち破られた。

 焦りに震えるその声は、束の助手として資材集めや潜入捜査などにこき使われつつ、最近はなのはと千冬の援軍にも駆けつけてくれるユーノだった。

 最近はむしろ、束がある新研究に取り憑かれたように励んでいるらしく、此方の方に集中できて嬉しい、とも二人は聞いたことがある。

 

「ユーノ君!?」

「ん、なのは? ユーノからか?」

「あ、うん、千冬ちゃん、ちょっと待ってて」

 

 魔力のない千冬に念話は届かない。だから、千冬はなのはとユーノの会話を待って、行動を起こさなければならなかった。とにかく何が起こってもいいように、シャワーを止め、なのはの手を引っ張って脱衣所へ行き、自分と会話に集中するなのはの身体、両方をタオルで拭いて準備を整える。

 

『ごめんね、遅くなって! どうしたの? まさか、ジュエルシード!?』

『そのまさか。しかも、ほら、レーダーを見てよ。最大倍率で』

 

 なのはは慌てて、学生鞄から丸いコンパクトのような機械を取り出す。これぞ束特製の「掴もうぜジュエルレーダー」。ジュエルシードに限定されるが、最大倍率で街一つの範囲をあっという間に探知できる優れものである。

 ちなみに、その余りの効率の良さに、サポート魔法のプロフェッショナルな少年が仰天したという逸話もあるのだが、それはまた別の話である。

 

『うそ……もう光が赤くなってる! 異相体になっちゃってるの!?』

『見つけて数分も経たないのにこれだ。恐らく……あの子だね。あの子が強制的に魔力流を流して発現させてる。そんなことをしたら、下手すれば暴走するのなんて分かりきってるのに!』

 

 震えるユーノの声。ジュエルシードが暴走すればどうなるか、彼が一番よく知っているのだから当然だった。なのはもその声で、本能的に危険を理解する。そして、今すぐ飛んでいかなければならないというのも。

 

「千冬ちゃん!」

「ジュエルシードか」

「うん、それも結構危ない感じだって! 行こう、千冬ちゃん!」

 

 訓練終わりの疲れなど何処へ行ったのか、急いで服を着終わったなのははそのまま、レイジングハートを起動させようとする。

 慌てて止める千冬だが、なのはも魔力は今日1日、1分足りとも使っていない、だから大丈夫、と譲らず止まらなかった。

 

「もしかすると、フェイトちゃんだって危ないかもしれない。だったら、助けなきゃ!」

 

 自分には、誰かを助ける力があって、それで助けたい人が近くにいるなら止まってはならない。なのはの精神の根底にある、父親の教えだ。

 それは、助けた後に敵になるかもしれないけど。今度もまた、分かり合えないかもしれないけれど。進まなきゃ、やらなきゃ何も始まらない。

 

「……わかった。よし、行こう。こんな所でぬるま湯を浴びるのは終わりだ」

 

 そのなのはの気持ちを汲んだのか、苦笑しながら千冬は頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……! こいつっ、ひょろっちいくせに中々しぶとい!」

 

 アルフは毒づいた。中々見つからないので、魔力流を直接流してジュエルシードを活性化させる。森を焼いて燻り出すように強引なその方法も、途中までは計算通りだった。しかし、その周りに偶然いた蜘蛛を依代に選び、異相体として巨大化してしまったのだ。

 当然、放っておく訳にはいかない。フェイトとアルフ、二人は即座に結界を構築し戦闘態勢へ入ったのだが。これが只の暴走体にしては、中々に手強い。六本の足を器用に使い、そこかしこへ跳んで攻撃をかわす。バインドで押さえつけようとすれば、その時一瞬、足が止まるのを知っているのか、口から白い糸を吐き出し、逆に此方を捉えようとする。

 特に、空を飛ぶ対象には、滅法強いタイプのようだった。二人が戦っている場所には、異相体の糸によってネットのようなものが作られ、下手に飛び回ればそれに引っかかってしまう。

 一度攻撃を当てれば倒せるだろうが、そこに至るまでがかなり遠い。厄介な敵だ。

 

「……このままだと……!」

 

 特に高速機動戦を得意とするフェイトにとって、この敵はとてつもなく相性が悪かった。

 まず、得意の機動が糸の膜によって遮られてしまう。ならば射撃で仕留めようとしても、向こうの機動性の高さに翻弄され、中々決定打を与えることが出来ない。

 このままジリジリと消耗戦に持ち込まれたら。そう考えると焦りが生まれる。フェイトもアルフも魔力は有限。しかし、ジュエルシードから異相体に供給されるそれは無尽蔵と言っていい。

 只の異相体とはいえ、油断できない理由はそこにあるのだ。

 

「アルフ、離れてて。ちょっと消費がきついけど、アレで……」

「フェイト、無茶はダメだよ! あたしがなんとか一撃出来れば!」

「ううん、なるべく早めに終わらせないと」

 

 バルディッシュか掲げられ、その形態が金色の魔法刃の鎌から、漆黒の鉄の穂先を持つ槍へと変わる。そして、刃と柄の接続部分から伸びるのは、三本の羽根のように見える、余剰魔力の噴射。主の魔力を全て受け取り、大魔法を放つために全機能を開放させるバルディッシュ・グレイブフォームだ。

 この状況を打開するためにフェイトが放つ大魔法、サンダーレイジ。周囲一帯に雷撃による大ダメージを与え、異相体が何処へ逃げようとも逃さず、即座に封印できるという計算だ。

 しかしこの攻撃、魔力の消費が著しく高い。恐らくフェイトに余力は残らないだろう。そんな時に、邪魔をする白い魔導師に巡りあってしまったら。

 フェイトの頭脳は十分にその事態を仮定出来たが、しかし敢えて短期決戦に踏み切った。

 

「っ……フェイトっ!」

 

 アルフには、その気持が痛いほど理解できる。

 この暴走体が結界を抜けだして、もし街を襲ったらどうなるか。フェイトはそこまで考えて、自分の消費を度外視して決着をつけようとしているのだ。

 それが、何とももどかしい。どうでもいいじゃないか、そんなこと、と訴えたくなる。

 ジュエルシードを集められなかったら、またプレシアから叱責され責め苦を浴びせられるというのに。母親のようにどうしても非情に徹しきれないその優しさが、今のアルフには歯痒かった。

 でも。

 

「詠唱の隙は私が守る! フェイトは術に集中して!」

「アルフ……!」

 

 だからこそ、優しいからこそ、アルフはフェイト・テスタロッサが好きなのだ。その甘さは私が救う。私だけが守らなきゃいけない。フェイトには、他に誰も居ないんだから。

 蜘蛛型異相体の複眼が、近づきあった二人へ向けられる。攻撃が来る。

 アルフが防壁を構築し、フェイトが術式を組みつづけていたその時。

 

「よし、二人で投げるから、思いっきり突っ込んで!」

「いくよ、せぇー、のっ!」

 

 狼の聴覚が、デバイスのセンサーが遠くから感知する声。そして。

 

「とぉうっ!」

 

 はるか遠くから投擲された黒い人間弾丸が、片足を突き出し、冗談のような早さで蜘蛛の横っ腹へと突っ込んだ。

 その勢いで、メンコがメンコをひっくり返すように、巨体はあっさりと裏返る。六本足が宙に浮き、あるはずの地面をジタバタとかき回す醜態を見せていた。

 

「なのは、いいぞ!」

「うん、大きいの行くよ、離れて!」

 

 最早何度も戦い合い、聞き慣れた凛々しい声と、張り詰めた声。

 

「ディバイン・バスター!」

 

 そして、何度か喰らい掛けたピンク色の光の渦は自分たちではなく、ひっくり返った大蜘蛛に直撃した。情けなく蠢いていた足はしなしなと力を失い、そして萎んでいく。後に残ったのは、封印されたジュエルシードとちっちゃな蜘蛛。見慣れない場所に突然現れた蜘蛛は驚き、地を張って逃げ去っていった。

 

「良かった、間に合った! えと、大丈夫……?」

「……」

 

 それでも臨戦態勢を解かない二人。封印したジュエルシードに近づこうとするなのはも千冬も、そしてユーノも、その険しい目線に押され、浮かぶ青い宝石越しに向かい合う。

 無言で、斧に戻したバルディッシュを構えるフェイトを見て、なのはも対抗するように杖を両手で持ち、先程救った敵手へと向ける。

 ここでフェイトかアルフのどちらかが「ありがとう」の一言も言ってくれれば、それなりに話し合いの道も生まれるだろう。だが彼女たちには、そう出来ない理由がある。だから、喉の先まで出かけた言葉を抑え、戦闘態勢を取るのだ。

 

「フェイトちゃん……」

 

 しばし俯いたなのはは、きっと顔を上げ、決然とした表情でその無言の返答に答えた。

 

「譲れないんだね。うん、私も譲れない。ジュエルシードを、それからフェイトちゃん、貴方のことも」

「……」

「知りたいんだ。どんなに拒絶されても傷ついても、分からないのは嫌だから。分かり合えないのも嫌だから。だから、私が勝ったら……お話を、聞かせてもらうよ」

「……っ!」

 

 二人の魔導師の隣で、此方も互いに向かい合う、使い魔と剣士。

 

「アタシの相手はアンタかい……いいね、クロスレンジは望むところだ」

「こちらも。躾の悪い犬に、なのはの背中は渡せないからな」

「アンタ……なるほど、そういうことかい」

 

 アルフは理解する。こいつは自分と同じだ。こちらは使い魔と主人、向こうは友人同士。立場こそ違えど、守りたいという気持ちは違わない。だから、魔力も持たない只の少女が、二本の刀を持って戦場へと赴いている。

 

「そういうことさ。奇遇だな。お前とは気が合いそうだ」

「気に喰わないけどね。ま、容赦しないよ。隙あらばアンタの守り掻い潜って、アイツの喉笛に噛み付いてやる」

「それはこちらも同じだ。気がついたら可愛いマスターの頭が潰れていても、不思議じゃないぞ。私はなのはと違って、手加減というのが苦手だからな」

「言ったな!」

 

 千冬の左肩には、フェレットに変身したユーノが居る。そして魔法陣を展開し、次々と空中へ浮かばせていった。足場にして、これで相手が空を飛んでもどうにか追撃出来るといったところか。苦肉の策だが、アルフも飛行は正直言うと苦手だし、これで条件は五分になったと考えるべきだ。

 

 2組の間の緊張はもはや限界に達し、誰が言うでもなく、互いに駆け寄って攻撃をぶつけ合おうとした。

 その時である。

 

「っ、千冬、下がって!」

 

 それをまず探知したのはユーノであった。五人の中で唯一戦闘以外の事柄へ集中していたので、上空から奇襲のように振ってくる魔力弾の雨を迷わず察知できたのだ。

 千冬は殺気には人一倍鋭敏でも、魔力の反応に対してはそうではない。ユーノの言葉によって急いで後方へ下がらなければ、一人青い針を全身に受け、気絶していたかもしれない。

 

「え、ええっ!?」

「っ!」

「なにっ、まさか……!」

 

 その他の三者も、ある者はデバイスの進言、またある者は持ち前の探知能力で攻撃を予測し、下がっていた。

 だが、それは介入者の作戦の内である。なのはとフェイト、二人が足を踏み入れた床から青い魔法陣が現れ出て、二人の両手両足を同色の太い輪っかが拘束した。

 

「え、うそっ!」

「バインド!? アルフっ!」

 

 一人は突然の拘束にあたふたともがいていたが、もう一人は即座に、未だ縛られていない自分の使い魔へと助けを求める。経験の差が完全には埋まっていないことの現れである。

 

「フェイトーッ!」

 

 この非常事態に対しアルフの反応もまた素早かった。

 先ほどまで殺気を向けていた相手に無防備な背を向け、フェイトにかかったバインドを砕こうと、身動きできない彼女へ近づく。当然、その行動に追撃が被さった。

 再び、群青色の雨。アルフの背中には幾つもの直撃弾が突き刺さり、その跡からはうっすら血がにじみ出る。しかし構わずフェイトの場所まで辿り着き。バインド破壊に長けた己が拳で、硬い術式を無理矢理打ち消した。

 

「逃げるよフェイト!」

「アルフ! でも、ジュエルシードが、まだ!」

「こうなっちまったら、どうしようもないよっ!」

 

 そのままフェイトを抱きかかえて、ダンっと地を蹴り飛び去っていく。

 三回目の追撃は来なかった。これ以上追っても魔力の無駄だと気づいたのか、それとも、傷ついた使い魔と消耗した魔導師一人、後でどうとでもなると判断したのか。

 どちらとも決めさせない無表情の少年が、自分のかき乱した。決闘の場に降り立った。現れた第三勢力。その正体を、ユーノは消去法と、少し前にかけられたある言葉から思い出した。

 

――時空管理局。ユーノ君から聞いた通りの規模だったら、そろそろやってくるかもねー。事故の報告を聞き取って、その辺りを調査して。それから次元航行部って、地方のドサ回りもやってるんでしょ? だったら、わざわざ本局から出向かなくても近場の艦船が向かえるよね? 事件発生から一ヶ月の経った今、そろそろ来てくれないと流石に無能ってことだよ――

 

「僕は時空管理局本局次元航行部所属、クロノ・ハラオウン執務官だ。手荒いやり方ですまないが、君たちの事情を聞かせてもらおう」

 

 


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