なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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なにも世に事はなし(Ⅲ)

 その日の朝に、時を遡って。

 ユーノ・スクライアは相も変わらず、篠ノ之束の助手として西へ東へと飛び回っていた。

 彼の仕事の一つにフェイト・テスタロッサ宅の監視があるが、最近はその頻度も少なくなっている。その代わり、もう一つの任務として、各地からのパーツ集め、というものを命じられていた。

 なんでも、束の今度の発明には、どうしても世界各地から『超一流』の部品を集めないといけないらしい。束の地下研究所にも工作機械は存在するが、それでも賄えないほどの貴重品だったり、あるいは世間一般で価値の認められない風変わりで独特な部品がどうしても必要である、とのことだった。

 束に命じられ、ユーノが赴いた場所はまさに多種多様だった。国立の研究所や大会社、昔ながらの町工場、果てには個人で発明をやっている同類、もとい風変わりの住処まで。自分みたいな子供が入り込んで大丈夫なのか、と聞くと、

 

『人間はね、これさえあれば白を黒と見間違えることもできるんだよ?』

 

 なんて言われながら小切手を渡された。帳面に書かれていた目を白黒させるほどの金額は、果たして何処から出ているのだろうか。

 自分の精神衛生を鑑みて、ユーノは敢えて触れずに終わった。

 

『そりゃあね、弘法筆を選ばずとは良く言うけどさ』

 

 ある日、ゼロが7個ほど書かれた小切手を手に持たされ、北アフリカの砂漠のど真ん中あるという研究所までお使いに行って来いと言われた時。流石に呆れ顔のユーノを見て、束は珍しく愚痴を零すように呟いた。

 

『今回のはそれじゃあいけない。全てが最高級品で、調整に調整を重ねてようやく実現するのさ』

『教授がそう言うからには、さぞ凄いんだね……』

『凄い? そんなんじゃないよ? 君も完成したこれを見れば、感謝感激雨あられだろうね。偉大なる束さんの深慮遠謀に恐れおののき、その助手を務めたことが後代までの誉れとなるね!』

 

 今のところ、誉れというか苦労談なんだけど。とはおくびにも出さず、ユーノは転送魔法を起動した。魔力のある限り、一瞬で地球の裏側にも行けるこれがなければ、ひょっとすると部品が集まらずに、束の発明も流石に途中で頓挫したかも知れない。

 

 さて、そんなユーノは本日、朝の七時からロシアの某機密研究所に転移しトランクに入れられた電子部品を受け取った後、束のラボで支給されたウサギ柄のコートを脱ぎ、地下の奥の奥で作業に取り掛かっていた束へ篠ノ之家本宅で出来上がった朝食を持っていった。

 

「教授ー、朝ごはんだよ」

 

 こうして階段の上から束を呼ぶのにもすっかり慣れてきたな、とユーノは思う。事件が始まってから、ずっとここで寝泊まりさせてもらっているので、勝手知ったる、という感じで階段を降りていく。本人の応答がないが、どうせ持っていった所で大して邪魔にはなるまい。

 むしろ、自分が来たことにも気が付かないはずだ。という、予測通りであった。ライトが眩く照らす中、束はコンソールに向かい合って、何やら難解なプログラムを作り上げているようだ。

 

「教授!、ご飯あるよ、食べないの?」

 

 口元に手を合わせて大声を出しても、束は何ら反応しない。ユーノのどんな失言も逃さずいじめまくるご自慢のウサミミも、今はすっかり麻痺してしまっているようだ。

 いっその事、肩でも叩いて知らせてやろうか。いや、こんなに集中しているのだから、服に手を入れて色々弄っても気づかないかもしれない。ユーノの心の中の悪魔がそう呟いたが、それを粛清したのは天使ではなくユーノ本人であった。

 そうしたところでどうなる。確かに束はなのはや千冬に比べて少し若干ながら大人っぽいスタイルをしているけれど、中身は悪魔なんてものではない、漆黒そのものだ。またぞろ被験体になるつもりはない。

 それに、もっと嫌な空想がある。

 巫山戯た口調で、責任とってね★ なんて言われながら一生助手を続けさせられることだ。ユーノにとっては正しく悪夢である。今朝のように裏取引の片棒を担がされたり、新発明の実験台にさせられてしまうのはもうまっぴら御免だった。

 

「……もう、教授ったら……」

 

 だが。一心不乱にキーボードを叩き、目の前にある物言わぬ機械へと、命を吹き込もうとしている束の姿を見ると、どうしても冷徹に、朝ごはんだけ置いて帰ることが出来ない。このまま去っても務めは果たしたのだし、本人も大して気にしないだろう。それでいいはずなのに、何故か放っておけないのだ。

 だってこの女の子、もう何日も、いや、何週間も徹夜しているのだ。ただの一つの発明品にかかりきりになって。最初は何回か止めようとしたが、勿論束は聞く耳持たず、段々濃くなる目の隈も気にせずに研究所の最深部から動かない。

 束が外にでるのは日に一度、風呂に入る時だけだ。学校も丸2週間休んでいる。一度、これ捨ててきて、と不透明なペットボトルを渡されたこともあった。ユーノは中に何が入っているのかという思考を徹底的に放棄して、それを処理した。

 そんな束であるから、せめてご飯だけは食べて貰いたい。

 散々こき使われた人間にそんなことを願う辺り、ユーノも中々にお人よしである。

 ふぅ、と1つため息を付いて、こういう時にピッタリのセリフを唱えた。

 

「束ちゃん、なのはだよ。私の手作りのご飯、食べないの?……ぐすん、悲しいなあ」

 

 精一杯の作り声と、ヘボい演技。しかし、元々声変わり前の高めの声だったため、鈍りきった束の聴覚を騙すには十分だったらしい。

 

「な、なのちゃぁぁん!? 手・づ・く・りぃ!?!?」

 

 その瞬間、飛び出してきた束にがっと掴みかかられ、押し倒される。

 女性に押し倒されるというのは中々ドキドキするシチュエーションだが、今回の場合相手が相手なので、興奮するどころかむしろ緊張する。

 いつ寝技をかけられてしまうのか。首筋を極められたらどうしよう。なんて考えていたが、束は暫く胸元を嗅いだ後、がっかりした顔で、

 

「なぁんだ、君かぁ」

 

 と、あっという間に興味を失ったようで立ち上がり、椅子へ戻ろうとした。

 

「待って待って、待って! ご飯あるよ!」

「ふえ? ……あ、ほんとだ」

 

 ユーノに言われて初めて、束は自分の空腹に思い当たったらしい。お盆の上にあるご飯、味噌汁、鮭の塩焼きという和食3点セットをじいっと見つめ、やがて箸を手に取り、がつがつと猛スピードで食べ始めた。その間に、ユーノも立ち上がり、改めて、束が取り掛かっていた発明品を見る。

 それは、人型の装甲と、一本の大型剣。それなりに考古学を修めてきたユーノから見れば、全体的に白く誂えられている塗装はまるで白磁器のように美麗だ。何かしらの武器と言うよりは、それ自体が一個の芸術品のようにも思える。

 なるほど最高級というだけはある。それに、まだ内装が剥き出しのフレームを見ても、調達を担当したはずのユーノですら記憶のない部品が取り付けられている。恐らく、前々から計画を立て、密かに組み上げていたのだろう。それが今回の事件で、完成を急ぐ必要に迫られたということか。

 

「ごちそうさまっ……あ、ユーノ君、見学時間ここまでね」

 

 と、ここまで推測した所で、5分も経たずに食べ終わった束に視界を遮られた。

 

「秘密にしたいってこと?」

「ま、ね。特になのちゃんちーちゃんにはナイショだよっ。私とユーノ君だけのヒ・ミ・ツ★」

 

 うっかり漏らした後の仕打ちを考えると、出来れば知りたくない秘密である。

 その一言を最後に再び作業に没頭し始めた束に、ユーノはもうひとつだけ質問を投げかけた。

 

「でさ、教授。ご入用のものって、まだあるかい? まだあるんだよね? この前は窓のない部屋で怖そうな黒スーツの人と取引したからね、もうなんでも来いって感じだよ」

 

 皮肉めいた口調ではあるが、ある意味自分から仕事を求めているようにも聞こえる。嫌々ながら働いてきた毎日でも、長く続けば助手としての根性が染み付いてしまうかもしれない。

 

「ん……あ、じゃあね。お昼ご飯を持ってきたら、その時私に転移魔法を掛けて。座標はその時言うから」

「転移魔法? 君自身が行くの?」

「私だってね、あんまり出不精じゃいられないかなって思うんだ。それにこれ、ユーノ君には任せられないことだから」

 

 その言葉を聞いたユーノは自分に任せられないほど大事なパーツなのだろうかと考えた。

 だが、束が脳内で想起した転移座標は、地球上のものではない、全くの異次元に繋がるものであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑色の魔法陣。その真ん中から、半球体の光が広がり、縦へ伸びて一本の柱となる。そして、再び収縮した後、一つの人形を後に残して完全に消え去った。

 

「ふぅん……まーこんなものかな? 小規模の結界で転移用の空間を確保して、私の周りの空間ごと転移、と。私の身体を一度分解するとか、そんなんじゃないんだねー。流石魔法」

 

 束にとって、生涯初の転移魔法である。どのようなシステムになっているか、改めて身体で把握した事実を口先で反芻し、確認した。

 彼女が転移したのは、広い広い廊下だ。丁度真後ろに門があれば、巨大な館の入り口だとも解釈できる。だが、振り返ったそこには高く厚い壁しか存在せず、ドアがあるのは廊下の向こう。まるで紐で縛った袋の先端みたいだ。

 束意外には誰も居らず、しんと静まり返った通路。その静けさと、どこか空虚で質素ではあるが、例えば貴族の館を思い出させるくらい、それなりに華美な外装が、外部の者を近寄らせない威圧感を醸し出している。

 だが篠ノ之束、慌てず騒がず。こつこつ、と陽気な靴音を立てて歩き出し、自分の四倍ほど大きく、二倍くらい重さの有りそうな木製の大扉を、片手であっさり押して開いた。

 

「じゃーんじゃじゃーん、束さんですよー!」

 

 そこはまた、がらんどうの大広間である。

 上や下へと通じる階段、広間全体を灯すシャンデリア。そのどれにも大分ホコリが被っており、掃除されなくなってから何ヶ月も経っているようだ。

 この館に人が住んでいるとはとても思えない。だが、束は既に知っている。掃除の出来る人間が居なくなっただけだということを。

 だから館の奥には、自分が会わなければいけない人が居る。

 天才である束だからこそ、会って確かめたい人間が。

 

「……ん?」

 

 ガシャリ、と金属の音。鎧の摺り合う音と、機械の駆動音が混じりあった、耳障りな効果音が大広間全体に反響し、束の耳にも入った。

 ふと右上に目が向くと、そこには銀色の鈍い光沢を放ち、片手にハルバードを持った鎧騎士の姿。しかし、その大きさは人間と同一ではなく、何倍にも拡大したように大きい。だからそれが近づいていく度、束は段々と首の角度を上げなければならなかった。

 

「ねー、君ぃ。この家の執事さん?」

 

 自分よりはるかに巨大な鉄巨人へ、恐れること無くのんきな声で問いかける束。だが、巨人は応答せずに只々歩く。足が地面を踏む度に響く衝撃は、その重さと力強さを感じさせるように、束の全身へと響いていた。

 

「ちょっと、この素敵なお館の主人さんに会いたいんだけど。え、招待状持ってない? やだぁ、ちゃんとここにありますよぉ」

 

 などとふざけながら取り出した便箋は、折り目が曲がって不格好で、蓋を止めるシールもちょっとずれている。不格好で、いかにも子供が作った感満載だ。

 束はそんな封筒をこれ見よがしに取り出し、中にある手紙を、オバサンのような嗄声を作って、時たまクスクス声を交えて読み始めた。

 

「えー、『拝啓束様。新緑の候、束様にはますますご健勝のこととお慶び――』」

 

 ブオン、と空気が切られる。束の目の前まで迫っていた鎧騎士が、ハルバードを真上に構え、一直線に振り下ろしたのだ。巨人が持つ常識はずれなサイズの斧は地面に当たり、大質量の鉄塊が当たった廊下の一部は砕け散った。もちろん地面と斧の中間点にいたウサミミ娘など、呆気無くぷちりと押しつぶされて肉塊へと変わっている。

 そのはずだった。

 

「『――申し上げます』っと」

 

 斧を振り下ろし、持ち上げようとした巨人の頭の真横。鎧騎士の肩の上に、潰された筈の少女は悠然と座っていた。

 もし、この鎧の中に人間が入っていたとすれば、当然慌てふためき、肩に居る断ち切った筈の少女を振り落としていたことだろう。だが、それは予想外の状況に何も動かず、まるで意識を失ったかのように停止している。

 

「あーあ、君ぃ、館壊しちゃったねぇ。いけないなぁそういうの。このままだときっと、こわーい魔女に首をちょん切られちゃうよ?」

 

 何も言わずに静止する鎧の肩で、束はケラケラ笑いながら、その首筋へと近寄って。

 

「だから、私が先にちょん切ってあげよう」

 

 十本の指が冷えた鋼鉄をなぞり、重金属の落下音。

 鎧騎士から首なし鎧になった巨人は、この後片付けられるまで、永遠に動くことはなかった。その断面から見えるのは、無数の部品。機械で作られ魔力によって動く巨人の名前を傀儡兵と言う。

 束は自らが『分解した』首の結合部、その一つ一つを改めて見聞し、それからヒョイッと飛び降りて、今襲ってきた魔法のロボットに対し評価を下した。

 

「んー、駄目だ、ダメダメ。まーた詰まらぬものをバラしてしまったよ。悪い子悪い子、この指悪い子!」

 

 余りにつまらなさ過ぎて、意味のない戯言を呟いていた束の全身を、今度は光線が襲った。魔力砲だ。上の大扉から打ち込んだのは、先ほどの傀儡兵とはまたサイズと色の違う、二体の巨人。

 だが、束は遥か上空に飛び上がっていた。砲撃は無効だと気づいた二体は、それぞれ蝙蝠のような翼を広げ、追撃に掛かった。相手は宙に浮いていて、飛行魔法もなく、後は只重力のままに落ちるだけ。翼を持ち、空中で自由に動ける二体に取っては格好の獲物だ。

 篭手にある鋭い爪を剥き出しにして、衣服と柔らかい人肌と切り裂こうとする二体は、束を取り囲んで左右から同時に攻めかかり。

 

 これまた、見事なまでに『解体』された。

 

 今度は首だけではなく、全身が細かくネジ一本に至るまでバラバラに散らばって、屋敷の床に落ちてチャラチャラと、様々に小うるさい音を立てる。解体した当の本人はすたっと着地し、ぱんぱん、と両手を払った。

 

「センスが無い。もうサイテーだよ、非効率の極み。ふぁぁ」

 

 などと口々に罵りながら、開いた大扉に向かって進むのにもれっきとした理由がある。

 最初の傀儡兵の首を『解体』した時、彼女はその感触、そして断面から、傀儡兵の構造そのものから設計思想まで、全てを見切っていた。簡単にいえば、魔力で駆動する室内防衛装置。基本的に主が命令しないと動かないが、極単純な人工知能も備え、共同で敵に当たるなどという原始的な戦術行動も取ることが出来る。

 

「でも、欠点のお陰でまるでダメ。とてもじゃないけど量産できないのに、どうしてこんなにあるんだろうね。採算度外視してロマンに走ったのかな?」

 

 階段を登りながら束は喋り続ける。確かに、このロボットが世間に出回るには欠点が大きすぎた。

 まず、魔力やエネルギーを非常に多く消費する。だから、動かすには最低でも、次元世界の中でもかなりの高レベルに分類されるAAランク以上の魔導師、もしくはそれに値する出力を発せられる動力炉が必要になり、大勢を動かすには更に高ランクの魔導師を専門で配属する必要があった。

 そして、何よりその大きさ。小型サイズは比較的融通が利くものの、今利用されているような大型は、広い場所でないとその能力を十全に発揮できない。かと言って、屋外で使うにも難があった。エネルギー供給の可能な範囲が、著しく狭くなってしまったのだ。

 

「結局、こぉんなに広いお屋敷で、高ランク魔導師と動力炉の合わせ技じゃないとまともな運用は不可能。他の所じゃ絶対お役御免だ。うん、欠陥兵器だね」

 

 理論的な面からバッサリ切り捨てた束は、今度は個人的な美意識から叩き始めた。 我慢ならない、と言うよりは手慰みにからかうという感じでボロクソにけなしていく。

 

「だいたいこいつら、外見にこだわり過ぎで中身が伴ってないよ。単純で単調。でも剛健ってわけじゃなくて、殺した相手が肩に乗ったぐらいですぐにエラーを起こしちゃう。大勢で攻めかかることでデメリットを補えるってのは分かるんだけど、仕様上、ほぼ不可能だからねー」

 

 そこまで語った所で、束は上の階層まで上り詰め、恐らく館の主まで通じているであろう廊下の扉を開き、一歩進み出た。

 

「……へぇ」

 

 今度束を迎えたのは、紫色の拘束魔法。

――この時丁度、外では高町なのはが青い縄に縛られている。奇しくも、友と互いに誓った二人、全く同時に行動の自由を抑えられていた。そのまま、バインドに引っ張られて宙に浮き、連れられていく先には、紫色の魔法陣があった。

 

「面白い手を使うね。流石は大魔導師さま」

 

 その中心へと引き寄せられていった束の見たものは、傀儡兵の群れ。そのどれもが、手持ちの武器の切っ先や砲身を、束ただ一人に向けている。打てば何個かは相打ちになってしまうだろうに、しかしその犠牲を甘受してまで、この少女を抹消したいのだ。

 ここは、元々誰かが入ってこれるような場所ではなかったから。

 しかし、誰も侵入できないように次元空間を彷徨い、小さな手駒のみを使って、陰に計画を進めていたというのに。侵入者が入ってきた。

 

 今、束は絶体絶命の状況へ追いやられていたが、本当に追い詰められているのは、むしろこのもてなしを企画した、館の主であるのかもしれない。

 

「ま、いくら罠を張っても、いくら策を弄しても」

 

 パキン、と気味の悪い音を立てて、バインドが割れる。解かれるのではなく、ひび割れ、そして砕け散る。バインドを解く方法は、何も対抗する術式だけではない。力。そう、バインドの耐久力を上回る圧倒的な力があればそれは物理的に崩壊してしまう。

 ただし、それは一般的な常識で言えば、机上の空論というべきものだ。その論旨を、束は軽々と達成させてしまった。

 傀儡兵たちの銃口にエネルギーが貯まり、剣や斧が振り上げられ、槍が突き立てられる。未だそのど真ん中に居る筈の束は、今度もまた音もなく姿を消して。

 

「この束さんを倒すには程遠いんだよねぇ」

 

 自分に迫ってくる武器、狙うライフル、キャノン、その全て。

 バラバラに『分解』しつくした。

 たちまち無力化した傀儡兵を尻目に、束は軽々と魔法陣から脱出。

 ふぅ、と溜息を吐きながら、その思考は先程起こった舞踏劇の感想戦に移った。

 

「いやまぁ、でもちょっとだけ、危なかったかな?」

 

 大廊下を埋め尽くす程の傀儡兵。その武装全ての解体に、流石の束もまるっと15秒は掛けていた。しかし、粗末なAIの予想を遥かに上回る事象は、その機能を全て停止させ、だからこそ束は15秒で終わらせることが出来たのだ。これで各個に迎撃をされていたら、巨体の八艘飛びだけではなく、銃弾避けまでしなければならない。

 

「そしたら、持って1分位は足止めできたのにね。いやぁ、勝負はああ無情。残念無念また来てねん」

 

 1分。その時間さえあれば、大魔導師である館の主は余裕を持って大魔法を放てただろう。、事実、相手もそれを狙って、傀儡兵の殆どを囮にする気でいた。

 しかし、それは束の脱出と傀儡兵の無力化という、考えられる中でも最悪の方向へと裏切られてしまったのだ。

 もはや何者にも縛られない束は、館の深奥、主人の執務室へと通じる最後の扉をちょっとだけ開き、大声で呼びかけた。

 

「もしもーし、ここまで来たんだから、いい加減顔くらい見せたらどうかな? 館の主さん? ううん、プレシア・テスタロッサ」

 

 その言葉が通じたのかは分からないが。

 ドアが全開に開かれた時、その先の台座には、紫髪で目元に浅く皺の刻まれている険しい顔の女性が座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歓迎、お気に召していないようね」

「当たり前だよ。私を罠にはめるならもうちょい高等な兵器を使って欲しいなぁ。もしそうならバラすのも楽しくなるし、気合が入るってもんだよ」

「それはごめんなさいね」

 

 全く心の篭もらぬ謝罪をした彼女こそ、プレシア・テスタロッサ。かつては大魔導師として名声を手に入れたこともある、フェイト・テスタロッサと『同じ性を持つ』女性である。

 そして、束はこの次元空間移動式住居「時の庭園」へ、ただ一人、プレシアと会って話をするためだけに乗り込んできたのだった。

 

「でもああいう兵器の方が、仕入れ値も安いし、足がつかないのよ。こちらも騙し騙し使っているのだから、余り文句を言われても困るわね」

「苦労してるんだなぁ。いや、分かるよ分かる。あんなもの、こんな特異な環境じゃないとランクはテツクズ以下だもん」

 

 しかしながら、二度、壮絶な戦闘をくぐり抜けてきた割には、二人の会話は張り詰めているものの何処か馴れ馴れしく、互いに対し手加減がない。

 プレシアは気兼ねなく自分の窮状を話、束はそれにうんうんと頷きっぱなしだ。

 

「で? 貴方のような『天才』が……こんな辺鄙な場所へ、何をしに来たのかしら」

 

 プレシアは束を天才と呼ぶ。それは憧憬や尊重から来るものでは勿論無く、しかし侮蔑や皮肉すらも含まれていない。

 彼女は事実として、束を天才と呼んで、認めていた。

 または、全く同格の相手として、天才という言葉を使っていた。

 今までの行動から、この庭園を見つけて直接乗り込んできたこととそして、直接会った彼女と自分の、雰囲気、佇まいから感じる、どうしようもないほどの同類さに。

 真理を、大切なもの、自分のほしいものをを求め、その為には何もかも犠牲にして、それに何ら罪悪感を抱かない。プレシアはそういう人種だ。

 だから、目の前で笑う自分より遥かに年下の少女が、自分と同じくらい傲慢で、それでいて純粋な欲求を持っていることに気づけた。

 

 対する束も、そのことに対して否定をせず、むしろそう扱われることを光栄だと思っているような素振りを見せる。

 そして、真っ直ぐその瞳を見つめながら、返答した。

 

「それはね……あの良く出来たクローンを作る『天才』が、一体どんな顔をしているのか、確かめたかったからだよ」

「ッ!……」

 

 束が初めて他人を『天才』と呼んだ。その言葉に、プレシアはまるで謎かけを掛けられたような顔をして、数秒考え、答えを出した。

 

「なるほど。人形の記憶を読んだのね。確かに、あの転写は不完全だったわ」

「あったりぃ、流石は『天才』」

 

 ふふ、ふふふ。

 二人、唇だけを吊り上げて笑う。

 

 フェイトの記憶を分析した時に束が感じたのは、その奇妙な違和感。三歳から五歳までの思い出が、まるで取ってつけたような非現実さを孕んでいるということだ。

 それ以降の思い出はリアルだ。リニスという使い魔との生活。アルフとの出会い。リニスの消滅から、ジュエルシードの収集まで。どれも、フェイトが現実で体験したことであった。

 だが、その根底にあるプレシアとの親子関係。そこを徹底的に突き詰めてみると、それだけが偽りの、アリシア・テスタロッサという少女からの借り物だったのである。

 

 それを突き止めたプレシアに、束は何かを認めるような笑みを送った。それを見て、プレシアも微笑する。

 科学者という人種。それが二人の共通点だ。年も、性格も違う二人は、その一点においてのみ、完璧に意気投合していた。

 

「貴方こそ。人の記憶を読み取るなんて、まるきりレアスキルよ」

「貴方だって。記憶はともかく、こうも成熟したクローン技術は、私もまだ発明出来ていなかった。凄いよ。同じ一人の科学者として、純粋に尊敬させてもらうね!」

 

 束は褒める。

 彼女が今まで生きてきて、数少ない友人にしかやって来なかった行為を、プレシアという初対面の女性に対して平然と行う。

 それだけ、彼女にとってのプレシア・テスタロッサは特別ということだ。

 

「光栄ね。で、貴方。まさかこの私の顔だけ見て、帰るのではないのでしょう?」

「うん、でもね、ホントは色々お話とかもしたいんだけど、一応こっちも新開発の真っ最中なんだ。手短に行かせてもらうよ!」

「なんなりと」

 

 プレシアは余裕を持って答えを待つ。同じ科学者として、彼女は自分の願望を分かってくれている。これから束が自分に対してすること全てが、少なくとも、自分の損にならないだろうと心から確信していた。

 

「貴方が何をしたいのか知りたいな。ジュエルシードを手に入れて、それから一体何をするつもりなのか。ただ願いを叶えるなんて、つまらない使い方はしないでしょ? 大丈夫、守秘義務は守るよ。ユーノ君にも、管理局にも言わないから……ね、お話、聞かせて?」

 

 

 

 

 

 そして十数分後、時の庭園のメモリーに残された音声の一部がこれだ。

 

 

『ジュエルシードに願うわけではない。その熱量のみを利用して、私は行くわ、禁断の地へ。アルハザードへ』

『アルハザード!? なにそれ、すごいすごい! 面白そう! 私も行きたいな! こんな世界から抜けだして、なのちゃんと、ちーちゃんと一緒に!』

 

『共に行きましょう。こんなはずじゃなかった世界に、別れを告げて』

 

 

 

 

 

 

 

 




今度こそ土日はお休みします。月曜日の夜6~8時に更新です。
さてさて、どうなるどうする束さん!

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