なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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境界線を飛び越して(Ⅰ)

 時空管理局所属のL級巡航艦船「アースラ」。その艦長室で、なのはとユーノ、そして千冬はこの事件に関する管理局側の代表、リンディ・ハラオウンとクロノ・ハラオウンに対面していた。

 

「そういうことで、今後この件――ロストロギア『ジュエルシード』の回収については時空管理局が、そして我々『アースラ』スタッフが担当します」

「君たちには、今後この事は忘れて、元の世界でいつも通りに過ごして欲しい」

 

 誠実な口調で、二人はこの件の重大さとロストロギアの危険性を説明した。

 そして、ことはたった三人の少年少女だけで解決できるものではないし、だから、危険なことは専門家である自分たちに任せて、民間人には安全に暮らして欲しい。それが二人の、ある種突き放すような発現の真意だった。

 

「でもっ!」

 

 当然ながら、反発は来た。先に口を切ったのは当然、この件に対して並ならぬ思いと拘りを持っているなのはだ。正座しながら、身を二人へと近づけて精一杯訴える。

 

「事は次元干渉に影響する。軽犯罪ならとにかく、民間人に介入してもらうレベルを飛び越えてる。それに、君も今まで関わったのなら分かるだろう。暴走したジュエルシードの危険性を」

「っ……それは」

 

 言葉に詰まって、俯いた。今までずっと最前線でジュエルシードに関わってきたのだから、その危険性も十分に承知している。

 例えば、街全体を覆い尽くす大樹。もし砲撃という手段がなければ、何時間も居座る木に街は大混乱していたことだろう。そして、フェイトとジュエルシードを争った何度目かの戦いで、互いがジュエルシードに干渉しあって始まった暴走。どうにか停めることは出来たものの、あの魔力の奔流を生身生肌で感じたなのはにとって、クロノのいうことは痛いほど理解できてしまった。

 

「でも、でもっ! 私、魔導師です。そちらのお役に立てると思うん……ですけど……」

「その理屈は分かるわ。でも、確かに貴方は魔力で言うと中々のものだけれど、訓練が足りていません。フェイト・テスタロッサ……でしたっけ。彼女と、そして恐らくはその裏にいる敵。我々「アースラ」のみで対応可能だと、判断しています」

 

 リンディがそうまで言い切るのには、確固とした理由があった。

 フェイト・テスタロッサ。恐らくはなのはより高度な訓練を受けている彼女も、時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンの実力には及ばない。十回戦って、一回チャンスがあるかどうかだろう。

 そして、テスタロッサという家名から、アースラのデータベースが導き出した、プレシア・テスタロッサという女性も。例えオーバーSランクの大魔導師とはいえ、個人で管理局の巡航艦船の人員と装備に対抗するのは、不可能と言わざるをえない。

 

「でもっ、それでも……!」

「そうだ! ここまで関わってきて、今更やめろと言われてはいそうですかとは言えない!」

 

 なのはを援護するように言い張る千冬。だが、彼女はある意味なのは以上に、事態に介入する必要性を欠いていた。

 

「だが、君は魔法を持っていないだろう。確かに接近戦の実力は相当なものなんだろうが……これからの戦いを考えると、魔法無しでは必ず限界が来る」

「っ……」

 

 クロノの言葉は冷徹だが、それでも真実だった。使い魔相手に互角と言っても、これからはそれよりももっと強い存在が居るかもしれない。

 千冬も、頭の中ではとっくに理解していた。自分は無理をしているだけで、それを続ければ、必ず何処かで綻びが生まれる。自分の意地が原因で、取り返しの付かない事になるかもしれない。

 しかし、心の中で、まだ諦めたくないと叫ぶ。どんな形でも、戦うなのはの背中を守りたいと願い、しかしそう言えない悔しさに、歯を食いしばった。

 余り正直過ぎるクロノの言い分を、リンディは宥めるように言った。

 

「まあ、三人共色々思うこともあるでしょう。まだ時間はあるから、ゆっくり話し合ってから、結論を聞かせて欲しいわ」

 

 リンディとしては、なのはやユーノのような魔導師が、危険だと覚悟してあえて協力を申し出るなら、それを断るつもりは無い。千冬だって現地の地理や環境には詳しいのだから、協力してもらう利点は十分にある。敢えてクロノの言葉に乗って厳しいことを言ったのは、彼女たちの思いの程を確かめるためだ。

 最も、クロノの生真面目で白黒はっきりさせる性格の悪い面が出てしまい、全体として考えていたより若干きつい言い方になってしまったが。

 

 SFチックな艦船内にある、和のテイストをごちゃ混ぜにした風変わりな茶室で、問われた二人は暫く互いを見つめ、考え込んでいたが。

 

「……ユーノ君?」

「……おいユーノ。お前はどうなんだ」

 

 同じく正座をして腕を組みながらも、心ここにあらずといった表情で、小さいデバイスのような機械を掴みながら渋い顔をして唸っていたユーノに気づき、その無関心さに苛立つように声をかけた。

 

「え、えっ!? あー、いや、その……」

「おいおい、今の話、真面目に聞いていなかったのか、君は」

「全く、弛んでいる」

 

 千冬とクロノ、声を揃えて責める。先程は突っかかっていた二人だが、どうも性格の一部分、真面目で自分にも他人にも厳しいという所だけは、似たもの同士のようだった。

 だが、ユーノもユーノで、今の話に構っていられる暇が無いほど忙しかった。いや、今の話などどうでも良くなってしまうような事態に陥っていたのだ。

 

「うぇぇっ!? それでもいい!? というか都合がいいの!? で、でもさ……」

 

 愕然として立ち上がった後、意味ありげに、チラチラとリンディ、クロノの方を見て、それから助けを求めるようになのは、それから千冬の方を向いた。

 なのははきょとんとしているままだが、千冬はいち早く気づく。これは「あれ」絡みだ。何だかんだでこの歳にしては冷静な方のユーノが冷や汗をかくほど慌てているのだから。

 

「……おい、ユーノ、まさか……アイツか?」

 

 自らも若干焦り気味になって問う千冬に、首をかくかくっ、と短く素早く縦に振ったユーノ。

 脇から見ているクロノには訳の分からぬ光景で、怪訝な顔をした所で、気を回したユーノが焦燥した顔のまま説明しだした。

 

「えーと、実はもう一人、僕らには仲間がいまして……」

「仲間……と、いうと?」

「え、えと、こういうのも作ってて、とにかく、凄い技術者なんです」

 

 そう言ってクロノに渡したのは、ジュエルレーダー。その機能も同時に解説する。

 すると管理局側の二人共、手元にある懐中時計大の精密機械をしげしげと眺め、魔法のない世界で良くも作れたものだな、と関心した顔をしていたのでそのまま一気に畳み掛けることにした。

 

「そう! 魔法を知ってからとんでもないスピードでこういう便利なガジェットを作り続けてて……性格には多少、あー、いや、言っちゃおう。かなり、問題があるんですけど……」

 

 ユーノが口を濁しながら必死に束の印象を良くしようとしている理由は、要らぬ先入観を持った二人が色々問い詰めて暴走させるのを防ぐのもさることながら、助手としてそれくらいはやってあげないといけないんじゃないか、という使命感でもあった。

 

「で、その協力者さんがどうした?」

「あ、いえ! ちょっと遠くに居たんですけど、僕の方に送還させて欲しいってことです。あの、僕が管理局の船にいるって言っても、どうせ面会するんだからそっちの方が都合いいって聞かなくて……いいですか、提督?」

 

 聞き返したクロノを無視して、直接訴えられたリンディは、ほんの少し考え込んだだけで結論を出してしまった。

 

「ええ、分かりました。転送魔法の使用を認めます」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 ユーノは相当急かされていたようで、言われた途端に術式を組み始めてあっという間に完成させる。現役の管理局執務官と提督二人が、思わず舌を巻くほどの速度だった。

 和室の一角に小さめの魔法陣が現れ、光の柱が伸びて――天才は、初めて、次元の海を航行する船へと足を踏み下ろした。

 彼女が目をぱちくりとつむっている間に、ユーノは口を開こうとする。 あの子のことだ、このままにしておけば、出会い頭にとんでもない爆弾を放つに違いない。そうしたら向こうの心象を著しく悪くするし、もしかしたらちょっとは残されている共同戦線の可能性すら潰えてしまう。

 しかし。

 

「え、ええと、この人! この人がっ」

「どうもー、篠ノ之束です。よろしくお願いします☆」

 

 出始めに言葉を遮られたユーノと、それから脇で臨戦態勢だった千冬は目を疑った。

 

 

 篠ノ之束が、まともに挨拶をしている。

 

 

「束さん? なのはさんから聞いたけど、同級生なんですってね」

「はい! なのちゃんとは大の仲良しで、今回の事件にもその縁で関わったんです!」

「そう。千冬さんもそうだけど、友達思いなのね」

 

 

 しかも、まともに会話をキャッチボールしている。人当たりの良さそうな笑顔で。

 

 

「見たところ地球の民間人のようだが……この探知機械、どうやって作ったんだ?」

「ああ、それですか? 魔力というのも不思議パワーじゃなくて、一種のエネルギーじゃないですか。ですから、その発生パターンと出力を分析すれば、魔導技術無しでもそれを探知することが出来るんです」

 

 

 そして、親切。見ず知らずの、しかも男性に笑顔を向けて、懇切丁寧に解説している。

 

 

「なるほど。流石、ユーノさんが凄い、というだけの事はあるわね。ウチで雇っちゃいたいくらい」

「なっ、母さんっ」

「やぁですよー!そんな冗談♪ 私なんてちょっと機械いじりが上手いだけの、ごくごく普通の女の子ですってば♪」

 

 

 極めつけに、謙遜までこなした。照れた。頭を掻いて苦笑した。

 

 

 一体何が起こったのか。

 二人共、必死に彼女の凶行を止めようとしていた。特に千冬などは、束が口を開く前に御神流の打撃法“徹”を使って、強制的に減らず口を叩けないようにしようとまで考えていたのに。

 

「……ユーノ」

「なんだ千冬」

「目の前にいるの。あれはなんだ?」

「何って、篠ノ之束――」

 

 がしっ、とユーノの肩が掴まれる。千冬の険しいながら整った顔が間近まで来ると、苦労していようと男の子であるユーノは少々ドキドキするが、目の前で髪の毛が揺れるほど首をブンブン横に振られると、その必死さに引いてしまう。

 

「あれが束であるものか」

 

 断言した。言い切った。真顔で。

 むしろそうあって欲しくないという願望すら込められた、かすれた声がユーノの耳朶へと響く。

 

「いや、僕もそう思うよ? 思いたいよ? でもさ、どういう理屈か知らないけど、次元空間内まで通じる通信を放ってこられるのはどう考えたって」

「違う。絶対に違う! 変装した偽物か、それとも、良く出来たクローンかもしれん。どっちみち、アレを完璧に真似することなど不可能だったようだがな!」

 

 はっはっは、と笑いながら、千冬はどこから取り出したのか、木の小太刀二本を手に持ち今度こそ技を繰り出そうとする。管理局の船のど真ん中で殺傷沙汰など起こしたくないユーノは、チェーンバインドまで使って千冬を捕縛。背中に回りこんで暴れまわる彼女を必死に押さえ込んだ。

 

「わああっ、落ち着いて千冬っ、殿中、殿中だから!」

「問答無用だっ! 離せ!」

 

 すっかり現実から逃避して、今度こそ不埒な偽物へ一撃を叩き込もうと、腰を入れて必殺の構えを取った千冬。それを必死に抑えようとしながら、ふと気になったのはなのはのことだ。

 

 三年来の親友である彼女は、唐突過ぎる束の変化に同反応したのか。

 

「ううん、束ちゃんは天才ですよ! 私もこのレーダーには随分助けられたし、ユーノ君の怪我を治したのも束ちゃんなんです」

「あははは、そんなに言われると束さん照れちゃう☆」

 

 何も変わらない。

 

 いつもと明らかに違う社交的で、何より全く常識的な雰囲気を醸し出す友人に眉一つ動かさず、それが今まで当然であったかのように和気あいあいと会話に加わった。

 ユーノにとっては、この対応が一番意外な事実だ。友達を大事にする人間なら、それが急に変わったとすれば驚きの反応を一つくらい返すはずなのに。

 高町なのはは、疑うという行為を知らないのだろうか。それとも、何もかも全て見切っていて、只適応力が高すぎるだけなのか。

 どっちにしろ、暴れる女の子とそれを抑える男の子が居なくなった会話は、始終穏やかな雰囲気で進んでいった。

 

「それでですね。管理局の皆さんがこの件を引き受けてくれるというのは此方としても有難いんですよ。ですけど、私達も一度は当事者となった身ですし、それに何より、この街にあの危険な宝石が後6つも残ってると思えば、夜も眠れない日々が続くんです」

 

 ほんの数日前まで、「ジュエルシードが151個あればもっと面白いよね!」なんてのたまっていた人間の言う台詞ではない。だが、初対面での印象の良さと、いかにももっともらしい言い分に、リンディもクロノもすっかり信じこまされてしまった。

 

「なるほど。只単にジュエルシードを集めたいのではなくて、この街の平和のため、もっと言えば、自衛のために集めたい、と言うのね?」

「はい。この街にはなのちゃんもちーちゃんも居ますし。あなた方を信頼出来ない訳ではなくて、私達も自分で出来る事をしたい。街の平和に協力したいんです!」

 

 次元市民の平和を守るために活動している、管理局員の二人にとって、その言葉は何か共感めいた感情を覚えさせたらしい。ちらり、と互いに目線を向けあい、しばし無言のまま静止する。表には出せない言葉を念話として伝え合っていた。恐らく作戦内容や命令系統といった、『まだ』無関係の子供には余り聞かせたくないシビアな話なのだろう。

 

 その間にも、束は言葉を続け、二人の心をさらに揺らがす。説得としては非常に効果的だ。

 

「なのちゃんの魔力は、皆さんにとって多少なりとも有用なはず。ちーちゃんも海鳴の地理には詳しいですし、私も……ええと、機械関連とかで、皆さんのお役に立てるかと思います。ですから……」

 

 他の二人のことを持ち上げ、自分は一歩引き下がって、それでもなんとかして状況に加わりたいと請い願う。それは二人からするとまるで、魔力も腕っ節も無いけれど、友達のために必死でついていこうとする、健気な少女そのものに見える。

 ここまで言われて、まだ断る理由は考えられない。

 

「そうね、そこまで言うのなら……協力してもらいましょうか」

 

 リンディの決断に、クロノも渋々頷いたがまだ納得出来ないような顔をしている。その強引さの理由も分からないではない。けれど、ここで善意を無視するなら、それこそ悪役ではないか。局員として、時にはシビアな決断が求められるにしても、必要以上に厳しくあるのは逆効果だ。

 

「本当ですか!? うわっ、やった、やったねなのちゃん!」

 

 認められたのがとても嬉しいという風に、隣に居たなのはへ抱きつき、くっつく束。なのはも嬉しいのか抱き返し、自分や千冬だけだと一旦断られる所を、弁舌でもってひっくり返してくれたことに強く感謝した。

 

「束ちゃんのおかげだよ! 私達がうまく言えなかったことを、言ってくれたみたいで、かっこ良かった!」

「か、かっこいい!? ……えへ、すっごく嬉しい♪」

 

 珍しい褒め言葉を使われて、更になのはへ密着する姿。一見するとそれはいつもの束と同じようだが、しかしどこかマイルドである。

 普通なら、抱かれた腕の中で悶絶するように震えたあげく、もしかしたら人目を気にせずに押し倒したりもするかもしれない。

 

「ただし! こちらの命令には従うこと。それと、有事の時はちゃんとこのアースラへ集合すること。いいか?」

「はーい! 束ちゃんも、いいよね」

「うん! 分かりました!」

 

 クロノの若干きつい念押しにも、仲良く頷く。そして、いつの間にか平常に戻っていながら呆然として事を見守っている千冬と、疑り深い目線を向けるユーノへ揃って向き合った。

 

「で、ユーノ君も、ちーちゃんも、それでいいよね? 私となのちゃんの二人で勝手に決めちゃったけど」

「えっ、あ、いや……構わないが……」

 

 千冬の躊躇いがちな同意に、ユーノも頷く。二人共、それでいいのか篠ノ之束、と聞き返すことは出来なかった。それほどまでに、束の変節は見事なものだ。まるで生まれた頃から善良な一科学者であったかのように振る舞うその姿。それはある意味、余りにも異常だったので――

 

 

 その裏に、何かがあるのではないかと思えてしまう。

 

 

 管理局に対して表側は善良を装うことで、何かとんでもない秘密を、本性とともに隠しているのではないか。

 そう考えてしまい、薄気味悪くなって何も言えなかったのである。

 

「じゃあなのちゃん、もう夜だし、帰ってご飯を食べよう! 子供は食べないと大きくなれないもんね!」

「そうだね、束ちゃん。私もそろそろ帰らないとだし」

「うんうん! それじゃあこれからもー、ジュエルシード探し頑張ろう! えいえいおー!」

「おー! ほら、千冬ちゃんも、ユーノ君も」

「お、おー……」

 

 

 なのはと束、二人元気に両手を上げながら、転送ポートまでエスコートしようとするクロノについていく。千冬もユーノは、その非常に常識的でしかしある意味異常な光景についていきながら、心の奥底に何とも言えない嫌な予感を感じていた。




次回は水曜日の18:00です。
どうしたどうする束さん。

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