なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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篠ノ之束の空飛ぶサーカス(Ⅲ)

「妙なる響き、光となれ、癒しの円のその内に、鋼の守りを与えたまえ……よし、なのは、こっちに! この中なら、魔力を回復できるから」

 

 ユーノが、護岸された水際のコンクリートの上に展開したのは、ラウンドガーダー・エクステンド。手馴れている彼ですら詠唱を必要とする高位結界魔法だが、なのはが来るまでにどうにか唱え終えた。傷つききったフェイトと、魔力消費の激しいなのはがその中へと逃げこむ。

 急展開した状況に、理解が追いつかない千冬が叫ぶ。

 

「こんな時に……アースラはどうしているんだ!?」

「多分、向こうも向こうで身動きが取れていない。何らかの手段で妨害されてるんだ。そうでなきゃ、敵の本体がここで正体を表すなんて考えない。それに……」

 

 自分たちの周りに展開された結界を見る。空をいびつな色に染めているそれは、ユーノの目で見て一分の隙もない。異なる構成の結界が何層にも展開され、そのどれもが強固極まりない。結界を解くためには、その構成を読み取り術式そのものを破壊するか、あるいは力尽くでぶち抜くかしかないのだが、この結界相手ではそのどちらも困難だろう。

 故に、この場でユーノたちに出来る最善の手段は、アースラがどうにかして復帰し、結界を外側から破壊してくれるのを待つことだけだった。

 

 最もその頼みの綱も、システムを完全に掌握されてしまい身動きが取れなくなっているのだが。

結界の中で外部からの通信を断たれているのではそれすら知りようがなかった。

 

「こんな状況じゃ、向こうも僕らを逃してくれるはずがない。大体、ジュエルシードが目当てなんだから、まだレイジングハートの中にある残り9つ、全部手に入れるまで追撃してくるよ」

「逆にジュエルシードを渡せば、見逃してくれるかもしれんということか?」

「確かにそうだろうね。向こうに用があるのはジュエルシードだけで、僕達じゃないから。でも、ここで逃げたって状況はあんまり変わらない。全てのジュエルシードを使って、向こうがどういう儀式を行うかは分からないけど、確実に次元断層が起こる。そうしたらこの世界は」

「終わる、か。駄目だな、それこそ洒落にならん」

 

 21個の青い宝石、全てを使って何が起きるかは安易に想像がつく。大規模な次元震どころの話ではない。次元断層が起これば、いくつもの世界が崩壊してしまう。その中には、起爆点となるこの世界、この街だって含まれるのだ。

 こうなったら、元々の目的はどうだっていい。なんとしても、せめてなのはが今持つジュエルシードだけは、あの要塞じみた移動庭園の中で笑う張本人に渡してはならない。

 

「千冬、なのはと一緒に、フェイトとアルフを連れて逃げるんだ。できるだけ遠くに」

「だがユーノ、お前は」

「僕はここに残るよ。向こうがタダで返すとも思えない。まだ消耗してない僕なら、あの雷撃も一度二度くらいなら防げるしさ」

 

 決意を決めて立ち上がったユーノだが、内心では、正直カッコつけすぎだなとも思っている。

 あの早さで二撃を打ち込めるのだ。恐らく相当な使い手であろう。結界魔法に習熟しているとはいえ、いまだ未熟で攻撃手段の殆ど無いユーノが、まともに受け止められるような敵ではない。

 怖い。今まで遺跡の中で迷ったりトラップにはまったり、命の危機を感じた場面は幾つもある。しかし、孤立無援でたった一人、あんなに大きな敵へ立ち向かうと言うのは、それとは比べ物にならないくらい肝が縮み上がるものだ。

 けど、そんなことは関係ない。自分のせいでジュエルシードに巻き込まれ、今、その最終局面でピンチに陥った女の子。自分が助けないで、誰が助けるのか。

 

「それに、この程度。教授……でいっか。うん、教授からの無茶ぶりに比べればなんともないって。はは……」

 

 その冗談は、半分は真っ赤なウソで、でも残り半分は本当だった。

 

「ユーノ……」

 

 何か吹っ切ったような微笑みすら見せて、庭園と少女たちの間に立ち塞がるただ一人の男の子。それに比べて、千冬は表情も内心も苦く、悔しさに溢れていた。

 自分だって、ユーノの隣に立ちたい。なのはが逃げるのを、出来ることなら最前線で守り抜きたい。だが、千冬は海の上を歩くことは出来ないし、真上から撃たれて来る雷を、見てから避けられる程器用でもない。暴走体相手か、せめてフェイトのような魔導師単体が相手なら、どうにか隙を突けないこともないのだが。巨大な庭園の奥に潜む大魔導師相手では、いささかアウトレンジの度が過ぎている。

 

「そんなに暗い顔しないでよ。千冬には、なのはの側にいて欲しいんだ。向こうもこっちが逃げられると不味いから、負担の大きい跳躍攻撃じゃない、直接叩ける戦力くらいは用意してるはずだ。だから、なのはの側には千冬が居てくれないと」

 

 そんな千冬の気遣うようにユーノは述べたが、敵が直接なのはとレイジングハートを捕らえようとする可能性は高かったし、事実庭園内部では、起動済みの傀儡兵が出番を今か今かと待ちわびていた。膨大な数の巨体を庭園内に納め、転送魔法によって将棋の持ち駒宜しく随所に配備される手はずだ。

 それが予測できていたから、ユーノは千冬に後を託したのだ。千冬もその理屈は理解できたので、今一度木刀を強く握り直し、勇んで目の前の優男な少年の硬い決意に同意した。

 

「……分かった。すまない、ユーノ」

「気にしないでよ。お互いさ、守りたいじゃないか」

 

 その言葉に、千冬は大きく首肯した。

 二人の気持ちは一つ。ジュエルシードを、そして高町なのはと、彼女が友達にしたかった少女。この、たった3つの、しかし大事なものをを守ることだけだった。

 ユーノとなのはは出会ってたった一ヶ月。千冬となのはだって、そんなに長い間友達だったわけではない。それでも、彼や彼女が見た高町なのはの姿は、ひたむきに真っ直ぐで、豪速球で迷いない。だから、守りたくなる。振り向かない背中にひっつく、危なっかしさを支えてあげたかった。

 

 しかし。

 

「千冬ちゃん、ユーノ君……いいよ」

 

 疲労に耐えられず荒い息を出しつつ、全身の魔力が肉体の回復に割かれ余剰を減らしていくことを感じながら、それでもなのはは首を横に振った。

 言葉自体は遠慮しているようだったが、彼女の目にはそういう後ろめたさを感じさせる光は一切ない。ユーノの決意も、千冬の想いも受け取って、しかしあるのは固い決意と、強固な意志。

 

「いいよって、なのは! そんな身体じゃ何も出来ない! 悔しいのは分かるけど、今は一旦逃げることだけに集中して」

「ううん。私、まだやり残したこと、あるから。まだ、飛んでいたいから」

「無茶だなのは、よせ!」

 

 二人が制止しても、なのはは構わず立ち上がる。

 

「お願い、レイジングハート」

 

 手に持つ魔導師の杖は、逆らわずに自らの全機能を開放した。損傷したバリアジャケットや杖が瞬く間に修復されていく。が、それは同時に、なのはの魔力を限界ギリギリまで消費するということだ。

 身体には全力疾走した時に似た倦怠感が重くのしかかり、釣られて思考も鈍りそうになる。しかしそれを押し退け、きっと目を上げたなのはは、目の前の海に浮かぶ巨大な構造物を視界に入れる。

 なぜ、どうして。禍々しい魔力の波動と、来るものを拒むようなその威容を見る度、心の中から疑問が湧き上がってくる。あの中にいるのがフェイトの母親だとして、何故撃つのか、何故傷つけるのか。何かを傷つける度に悲しい顔と寂しい目をするフェイトが、その気持を押し殺してまで母親のために頑張っているのに、ものだけを受け取って、その気持ちは受け取らない。

 不思議と怒りは感じなかった。なのはの心にあるのはただ、分からない、だから確かめたいという思いだけだ。

 

「ユーノ君。千冬ちゃんと、それからフェイトちゃんも、よろしくね。あとこれも。元々ユーノ君に渡すものだったから」

 

 レイジングハートの宝玉から、9つのジュエルシード全てが外へ出され、ユーノの手元に戻る。今からやるのが無茶に無理を重ねた自分の我儘だということが、なのはにはよく分かっている。だから、今の内に心残りはできるだけ無くしておきたかった。

 

「……なのは」

 

 ユーノはバインドを使ってでも止めようと思ったが、飛び立つなのはの後ろ姿にデジャビュを感じ、出そうとした手を出し切れなかった。

 それは、篠ノ之束に、不可解な行動を繰り返す真意を聞いた時。あの時見た後ろ姿に、どうしようもなくそっくりだ。

 

 そう。なのはと束は全然違うように見えて、実は鏡写しのようにそっくりだ。

 どちらも自分の信じるものを貫いて、周りには理解できないような無理を、無茶を、そして理不尽を繰り返す。その目の前にどんな壁があっても、何度も挑んだ末に、撃ちぬいたりぶち壊したりして飛び越えて、そのまま飛んでいってしまう。

 ただ、なのはが目指す物とそこに至る方法はとても分かりやすくて、束のそれは殆どの人に理解されない。束は他人の意見を聞かずに自分を貫くけど、なのははそれに耳を通して、でも、心の奥の奥までは真っ直ぐなまま変わらない。それだけが二人を分ける差だった。

 

 要は、色合いが致命的に異なるだけで、二人の心象の中には全く同じ模様が描かれている、ということだ。だから、ユーノが見た二人の背中は、どこか似通っているのだ。

 

 ユーノには、あの時、篠ノ之束を止めることが出来なかったのと同じように、高町なのはを止めることは出来ない。

 本音を言うなら止めたかった。自分がこの世界に持ち込んだ魔法の技術で無茶をやられるのは嫌だし、その結果、無残に撃墜されるのを見るのも堪えられない。

 でも、ああいうしゃんとした背中や、決意に満ちた目を見ると、その一言がどうしても、口から出てこなくなる。

 ちらと横を見れば、千冬も何も言わず、引き止めようとした手をそっと下に戻している。言っても無駄だということが分かったのだろう。

 だけど。

 あの時教授の後ろで助手としてついていったのと同じように、去っていく背中へ、何かを贈りたかった。

 

「なのは、これを」

 

 目を瞑り、念じる。体内の隅から隅まで絞り切り、自分の持つ魔力をありったけかき集めて一つにし、緑色の光球に変換する。そこから複数の光の線が飛び出して、なのはのもつ、レイジングハートの杖頭に集う。本来魔力を供出される対象の杖から、なのはの体内へ逆流するように魔力が溜まり、鈍った身体は元の溌剌さを取り戻す。

 

「ユーノくん! これって……ユーノくんの魔力だよね? 嬉しいけど、でもこんなに……そんなことしたら、ユーノくんの方がっ!」

「いや、大丈夫だよ。何も死ぬまで供給する訳じゃないんだ。それにほら、僕にはこれがあるから……」

 

 ユーノの身体が光に覆われ、再構成されていく。人の形は瞬く間に崩れ、不定形から更に縮み、構築され終わったその姿は、全高30cmの小動物。

 

「あ……」

「ね? 別にどうともなかったでしょ? ただまぁ、殆どの魔力を分けちゃったから、今日一日どころか、暫くはこうしてないといけないけど……とにかく、僕は大丈夫だから」

 

 獣の顔で笑顔を作る。これでもう、結界魔法は維持できない。緑色の魔法陣と、その上の膜が溶けるように消えていく。逃げ場が無くなったということだが、どうせあった所であの強力な雷撃に対してはそこまでの効果はないだろう。

 だったら、なのはに賭けてみる。二人は無言の内に決断した。なのはが敵の本陣を叩いてくれれば、それで全てが終わるのだから。確率は天文学的だが、どうせ分のない勝負だ。捨て鉢になっても、あの世で閻魔の台帳に書かれて、責められることはないはずだ。

 

「ほんとにありがとう、ユーノくん……じゃあ、私行くね。千冬ちゃんも、ユーノくんも、無事で、居て」

 

 決戦場へ赴く自分を見送る決意を固めた二人に、なのはも何がしか感じるものがあったのだろう。震える声で、それでも前を見たまま振り返らず、魔法陣を展開。

 消えかけていた翼、フライヤーフィンを再び光らせて、嵐の中へ猛然と舞い上がっていった。




次回は木曜日の18:00投稿です。
そして、次の次は多分ストックがなくなるので、日曜日かそれ以降になると思いまする。

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