なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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篠ノ之束の空飛ぶサーカス(Ⅳ)

 自分の方へ飛んで行く白い姿を見て、プレシア・テスタロッサが思ったのは煩わしさだけだった。

 白い魔導師。偶然にもフェイトと同じくらいの少女が、ジュエルシードの確保を邪魔し、計画を大幅に乱した。本当なら管理局に気づかれる前に全てが終わるはずだったものを、不甲斐ないフェイトも相まってずるずる引き伸ばされ、終いには管理局、それも地方警防どころか「海」の巡航艦に介入されてしまっている。

 プレシアは時の庭園という拠点を持ちある程度の武力を確保しているが、あくまで犯罪組織や反管理局組織に与していない個人での行動だ。財力、権力など確かなバックボーンを持たない彼女の犯行は、管理局に目を付けられた時点で既に破綻していた。

 いや、破綻していたはずだった。

 

「でも、もう貴方が何をしようが、遅いわ」

 

 彼女のその一言は、この場の状況を絶対的な自信で纏める言葉だった。

 プレシアはまず、海に落ちていた残りのジュエルシードを把握した後即座にフェイトを呼び出し、自ら命令を下した。なんとしても、ジュエルシードを管理局に渡す訳にはいかない、だから魔力流を流して一気に捕獲しなさい、と。フェイトの無茶は、プレシアの入れ知恵だったのである。

 しかし、それは表側に過ぎない。本当の目的は、その無茶に対して命令を無視して飛び出してくるなのはと、その仲間たち。ジュエルシードを保有する彼らを、アースラから離脱させるように仕向けることであった。

 

 彼ら、特に高町なのははフェイトに対して友好的な関係を結びたがっている。プレシアからすれば笑いたくもなる事実だが、この場合はそこに付け入る隙があった。フェイトが無茶をすれば、高町なのはは必ず出張ってくる。命令無視すら厭わないだろう。幼い少女の情緒というのは激烈で、理性や理屈を無視するものだ。

 そして、なのはとフェイトに協力させ、暴走しかけたジュエルシードをまとめて封印させ。互いに魔力を消費したその時。

 時の庭園で直接転移する。広範囲かつ硬い結界で閉じ込め、アースラも次元跳躍魔法とハッキングの合わせ技で行動不能にすれば、残るのは傷ついた少女二人と、少年一人。彼らを組み伏せることなど、大魔導師にとっては赤子の手をひねるようなものだ。

 

 なのに、まだ向かってくる。絶望的な状況は子供の頭でも容易に想像し得るだろうに、それでもなお、真っ直ぐこちらへ迫り来る。

 

 聞いた通り、馬鹿な子だ。

 

 ならば、盛大に迎えてやろう。全力を賭したちっぽけな抵抗が、この自分の前でいかに無力か教えてやる。

 

「それくらい、構わないわよね?」

 

 そう言うと、モニタの中から笑顔のまま頷く頭が見えたので、プレシアは自分の手駒を動かす準備を始めた。

 

 なのはが、庭園の外壁からおおよそ100mの所まで接近した時。レイジングハートが光り、転送魔法陣の展開を警告した。前方に小型が8つ。大型が4つ。転送完了までに急いで通り抜けるのは不可能だし、仮に出来ても来るだろう第二陣と挟み撃ちになってしまう。

 迎え撃つしか無い、そう決まっているなら。迷いのないなのはの意志は魔杖に伝わり、魔法弾のチャージが開始される。転送が完了した瞬間に射出し、何もさせずに撃破する。言わば抜き打ちの構えであった。

 浮遊しながら杖を持つ左手を振りかぶって腰を捻り、テニスのサーブを打ち込む寸前の体勢で待機する。自らの身体を投石機のように使って、少しでも早く攻撃を放たなければ先制は失敗してしまうのだ。数秒経って、大小10個を超える魔法陣から一斉に光の束が上がったその瞬間。

 

「ディバインシューター・フルパワー!」

 

 なのはは貯めていた体の力と魔力を一斉に開放し、合計6つのピンク色の光弾を放った。

 本来この魔法は誘導弾であるが、今回はそれを切り捨て、威力と弾速のみに特化させている。何しろ狙う的が静止した魔法陣なのだから、誘導しなくても明後日の方向に飛んで行くことはない。

 ひゅぅ、と空を切りながら奔っていく魔法、その全てが、実体化したての固まった傀儡兵へまとめて直撃した。当たった瞬間、球体状に固まった魔力が散り、鋼鉄の装甲はいともたやすく貫かれる。魔力弾は、徹甲弾のように敵の外壁を貫き、榴弾のように魔力を拡散させて内部構造を傷つけていく。たちまち耐久の限界を迎えた傀儡兵は爆散し、その爆風に連鎖して他の個体も爆発したり、吹き飛ばされて無力化されたりしていった。

 しかし、運良く当たらず、爆発にも巻き込まれなかった小型が4つ、プレシアから定められた命令をプログラム通りに実行すべくなのはの元へと飛んで行く。大型の撃墜を優先したからか、予想よりも撃ち漏らしが多い。

 

 もう少し、頑張らなきゃ。なのははそう心の中で独りごちながら、今度は此方からも接近し、庭園との距離を詰めるがてら残りを能動的に排除しようと決意した。

 もう一回弾頭を形成。今度は誘導性を重視して、小さく比較的素早い小型傀儡兵に当てるための調整だ。戦闘中に僅か短時間で術式の構成を変換するというのは、インテリジェントデバイスの高性能さも去ることながら、なのはの思考とマルチタスクの柔軟さを示している。

 

 こちらは向かい、向こうは迫る。だから、互いの距離は瞬く間に詰まっていく。傀儡兵四体、小型といえども、なのはからすれば自分より遥かに大きな巨体だ。しかし今更この程度の敵に恐れたりはしない。それくらいなら、最初からそっぽを向いて逃げ出している。

 それに今、自分に宿る魔法の力は託されたものだ。ユーノ・スクライアという優しい男の子に。自分のやりたいことをやってと、だから、余計に負けられない。

 

 一直線に飛ぶなのはの正面に二体、壁になって立ち塞がり、もう二体が左右から挟み込む。

 なのははレイジングハートを片手から両手に持ち直し、両足に流す魔力を増して、更にスピードを上げる。いくら機動力が低いといえども、ただ一直線に突っ込むだけなら、中々の速度が出るものだ。

 最終的には弾丸のような早さに達し、傀儡兵の壁にぶち当たったなのはは――

 

 左右の傀儡兵をすれ違い様の射撃で片付けつつ、目をつむって顔面前に展開したプロテクションで、鉄の兵士をひしゃげさせ、吹き飛ばした。

 

 高町なのはが、今までに行ってきた練習の質はともかく、量から見るとたかが知れている。たった一ヶ月。それは、この場にいるどの魔導師よりも少なく浅い。

 しかしなのはは、その分射撃と防御に練習のリソースを殆ど割いている。天性の素質を十分に活かせる射撃魔法と飛行魔法、そして、ユーノ・スクライア直伝の防御魔法。この三者が合わさってこその荒技だった。

 

「やったね、レイジングハート」

 

 術式のサポートに腐心してくれた相棒に感謝の言葉を送ったら、また前を見据える。しかし、その瞳に映る光景は、なのはにとって予想外のものだった。

 

「これって……入り口? ここから、入れるのかな?」

 

 なのはの前にそびえ立つ庭園、その壁の一箇所から、穴が開いていた。それは奇妙に歪み、紫色の魔力の波動も感じられる。恐らく、庭園そのものについていた突入口ではなく、転送魔法の応用に寄って無理矢理開かれたものだろう。

 こうもあからさまに目の前へ出されたら、流石のなのはも少し躊躇する。罠だというのは分かりきったことだ。きっとこの中には、さっきの倍どころではない無数の傀儡兵が自分を待ち構えていて、下手に入ればたちまち袋小路の中で追い詰められてしまう。

 向こうは、無鉄砲に歯向かうか弱い女の子が、どれくらい馬鹿な子なのか試しているのだろう。ここまで無茶をやって、それでまだやり通すつもりなのかと問うているのだ。そう思うとなのはは思わずおかしくなって、口だけを吊り上げくすりと笑った。

 わざわざテストなんてされなくたって、答えは決まっているからだ。

 

「いくよ、レイジングハート。入った途端奇襲されるかもしれないから、プロテクション。それと、シュートバレットもすぐに打てるようにしておこう」

 

 とにかく敵の本陣に突入するのだから、無防備のままというのはいけない。事前に用意できる術式は思い切り使うことだ。

 空中に数十秒踏みとどまって、全ての準備を整えたなのはは、いざ、といった顔で突入口を睨み――後ろには消して振り向かず――庭園の内部へ潜り込んだ。

 そうして飛び出たのは、がらんどうな大広間である。長い眠りについていた古代遺跡のようで、見るものを威圧する外見に比べ、内部の構造は以外にも豪奢にして華美だった。ただし、その広さの割には人っ子一人存在せず、待ち伏せているかと警戒した傀儡兵すら見当たらない。

 なのははひとまず展開した射撃や防御を解除した。ただし、魔力を格納するのではなく雲のように散らす。

 そのまま予断なく続け、小走りで進みゆく。その途中、眼に入るものがいくつかあった。

 

「これって……なんだろう。損傷……もしかして、戦闘の後? まだ直ってないってことは、誰かがこの中で戦ったってこと?」

 

 壁のそこかしこにある黒い煤、そして破片。ヒビが入っていたり、酷い所には穿ったような穴が空いている。念のため、レイジングハートに探知させる。もし傷跡に魔力の残滓が残っているとすれば、魔法を使う人間が近くで戦闘している事になるからだ。フェイトとの競争で先を越された時も、現場には戦闘の跡と魔力が残っていた。そんな経験則に基づく行動である。

 結果は白。何らの痕跡も見いだせない。となると、目の前にある戦闘痕はかなり前に付けられたことになる。しかし、戦闘が起こってから暫く経っているというのに、ここの人間はそれを一つも直さずにいるのだろうか? そこがなのはにはおかしく思えた。普通、こういった大きな屋敷、例えばすずかやアリサの屋敷内では、もし汚れや傷がついたとしても、次に来る時には必ず掃除されているはずだ。

 襲いかかってきた機械の兵隊は完全な戦闘用だし、掃除ができるとは思えない。フェイトもアルフも、ずっとこの世界へ出ずっぱりだった。と言うことは、もしかして、この広い館の中には、フェイトとアルフ、そしてフェイトの母親しかいなかったのではないか?

 だとしたら、なんて寂しい所なんだろう。空洞のように広い廊下を、アルフと二人ぼっちで歩くフェイトの姿を、レイジングハートと共に歩む自分に重ね合わせて想像し、なのはは暗鬱な気持ちになった。

 とはいえ、重要なのはそこではない。今までずっと影に伏せてきて、管理局ですらその位置を掴めなかった敵の本拠地に誰かが入り込んでいる。しかも明確な戦闘の跡を残して。

 ジュエルシードを狙う人物がまた一人存在するというのだろうか。それは考えられない。もしそうならこんな奥まった所ではなく直接地球へ来て争うだろう。

 では、一体誰が?

 そこまで考えた所で、なのはの思考は中断を余儀なくされた。

 

「壁の向こうにいる? ……ほんとだ、熱源が一杯」

 

 エリアサーチを担当していたレイジングハートが、チカチカと発光しながら警告を発してくれたのだ。自分が進もうとする扉の向こうに、大量の敵が手ぐすね引いて待ち構えているという。

 なのはも予想はしていたが、それでも敵の数は多い。さっき軽々と突破したのは小手調べで、数で押し潰すこちらが本命なのだ。

 

「でも!」

 

 なのはのデバイスの先端が、丸くていかにも魔法の杖然とした形状から、鋭利かつ砲口のようにも見える攻撃的な形へと変わっていく。杖の柄からは魔力がオーバーフローして噴き出し始め、ピンク色の翼を形取った。

 ドアの前でデバイスを構える。前面に出す防御の形では無く、浅く握って叩きつける近接攻撃の形でもない。なのはが得意な、腰だめの砲撃体勢だ。

 術式を展開すると同時に、反動から身体と足場を守る魔法陣を展開。デバイスにありったけの魔力がチャージされ、砲口には帯状の魔法陣を纏わせ、魔力の収束を行わせる。

 待ち構えているというのが分かれば、突撃する前に少しでも数を減らすべきだった。

 だからなのはは直接ドアを開かない。

 乱暴に、砲撃魔法による壁抜きで押し入るのだ。

 

「ディバイン・バスター! フルパワー!」

 

 桃色の閃光。そして魔力の奔流があっけなくドアを破壊し、奥で待ち構えていた傀儡兵をも巻き込んで直進した。

 数秒間に渡る照射で、なのはの魔力もそこそこ削られている。ふぅ、と一息ついて光の収まったドアの先を見れば、床まで抉られた破壊の跡でしかなかった。

 しかし、状況はなのはに予断を許さない。

 新たな傀儡兵が、廊下のさらに奥から続々と湧き出してきたのである。

 これではきりがない。しかし、先に進んで、自分の目的を達するためには、やるしか無い。

 

 なのはは第二射の準備を始めた。

 




次回は来週の木曜日、18:00になります。
色々あって書き溜め出来なかった……

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