なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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軽歌劇の終演(Ⅰ)

「バスターッ!」

 

 短縮された詠唱が響き、一秒後の砲撃音。再び、幾重にも連なる兵隊が、纏めて吹き飛び鉄くずへと変わる。相手は只の無機物だから、手加減はいらない。魔力ダメージの砲撃ではなく、物理破壊設定の砲撃の光を容赦なく降り注がせる事が出来る。

 しかし、なのはの前に現れる敵は、一向にして減らず、寧ろ台風の目に集う雲霞の如くに数を増やしている。敵の要塞じみた拠点に入ってからというもの、目の前には敵、敵、敵また敵。5体吹きとばせば10体、それを吹き飛ばせばまた20体という有り様だった。

 

「でも、まだっ!」

 

 そんな人海作戦に対して、なのははたった一人。消耗は少しずつ積み重なっていく。そうと分かっていながら、しかし彼女は尚杖を離さず、流し込む魔力を絶やさない。今更止まった所で、何の意味も無いからだ。何より彼女、ここへ突っ込んでから後退とか撤退とか、そういうものを考えないようにしている。

 

「…………!!」

 

 冷たい感覚が背中に走ったので、魔力を一瞬足から地面へ打ち放ち、ジャンプするように宙へ浮く。間髪入れず、刃を掲げた兵隊が跳んだ自分の真下をくぐり抜けた。真後ろからの奇襲を間一髪の回避だ。同じことを繰り返されないよう、魔力弾を生成して撃ち込み撃破する。だが、それまでなのはがいた地面はあっという間に別の兵隊で埋められ、これでなのはの前後左右、そして上下にも敵ばかりとなった。

 味方はおらず敵ばかり、自分の体力も魔力も残り少ない。

 そういう時、どうすればいいのか。答えは簡単だ。

 

「残存魔力、38%……バリアジャケット損傷、デバイス小破……分かってるよ、それでも!」

 

 それでも、前に進もう。道を、切り拓こう。

 無謀かつ無策だが、それでも進まなければ始まらないのだ。

 辿り着くまで。この事件の全てを裏から操り、今表舞台に立って幕を閉じようとしているプレシア・テスタロッサが導き出した答えを聞かなければ。

 直接、自分の目と耳、頭、心で聞いて。そうしないと、こんな結末、どうやったって納得出来ない。

 なのはは、再び魔力のチャージを始めた。その心臓近くにある魔法の核、リンカーコアが血液を送り出すポンプのように脈動し、発現器たるレイジングハートへと送られる。そうする度に魔力の通り道になる左腕がじいんと熱くなるのだが、その感触をなのはは気に入っていた。

 自分の中に滾る大事なもの、力のあるものを外に出す事ができる。誰かのために使えるという事を、その熱さが表している。

 だから、疲れていても、なのはの心、それから掛け声さえも、まだ熱い。

 

「行こう、レイジングハート!」

 

 その掛け声に、なのはの愛杖はキラリと光りながら答えた。

 知能を持ち、絶望的な状況を正確に把握しているはずの彼女ももはや、この行為が戦術的、戦略的にいかなる価値があるかという問いをメモリの中から削除していた。

 自分の主が行きたいと言っているのだ。プレシア・テスタロッサの眼前へ。ならばそれを支え、実現する事こそが杖の役割ではないか。

 

 そんな主従の目の前に、無機質なツインアイを光らせた傀儡兵が迫る。その数、ざっと50数体。

 大広間の廊下は既に足の踏み場も無くなって、高い天井も蝙蝠のような翼の蠢きに塗れてもはや見えない。

 AAAランクの魔導師にとって、一体一体はまるで木偶の坊だが、それでもこの数は脅威になる。正に、悪鬼群れなす、といった情景だ。

だが、この50体が一斉に狙うたった9歳の女の子には、彼らに対する恐怖も怯えも皆無だった。

彼女がたった今考えているのは、この分厚くて攻撃的な壁に、どうやって穴を開け広げ抜け出すかだけだ。

 

 それは、行動も目的も表情も違うけれど、少し前に同じ廊下で縛られ同じく凶悪な傀儡兵に囲まれ襲われかけた、同じく9歳の女の子の立ち姿に、それはよく似通っていた。

 

「レイジングハート? 砲撃魔法って、こう、バーって動かして薙ぎ払うこと出来るかな」

 

 少し思案した後、なのはは問う。だが発した言葉は極めて直感的かつ前例も根拠も乏しいことだ。それもそのはずだ。ちょっとばかり考え込んだ所で、目の前から後ろ、真上や真下の大軍勢を駆逐する方法なんて浮かぶ訳がない。ここまで来たら、頼れるのは自分の身体と魔力、それから直感だけになる。

 マスターの感覚的な問に、デバイスは機械的な論理でもって消極的な肯定を返した。砲撃中の魔導師の位置を、反動や衝撃を無視して無理やり転換させれば、砲撃魔法の掃射も可能だ、と。

 

「うん、じゃあそれ、やってみよっか」

 

 まるで日々の訓練の中、余裕があるから別のプログラムも挟んでみるような軽い口調。だが、即座にスフィアは展開される。杖の穂先、それからなのはの左右に1つずつ。

 狙いをつける必要はないから、杖に魔力が溜まっている今、引金を引くのに遠慮はない。その余裕もない。

 

 彼女が桃色の閃光を発したのは、前から後ろから、上から下から、展開を終えた傀儡兵が飛びかかる、正に直前であった。

 

「ディバイン・バスター! フルパワー!」

 

 まるで不格好な溶接のように『全力』と後ろにくっついているこのバリエーション魔法が、今のなのはの全力全開だ。鋭利な爪を少女の身体へ食い込ませようとした兵共は、全方位に放たれる魔力の余波であっけなく吹き飛ばされた。

 だが、なのはの魔法はそれだけでは終わらない。身体の左右に展開したスフィアから、魔力を放出する。砲撃でもなく射撃でもない短く小刻みな出力と放射は、まるで人工衛星が姿勢を変えるためのエンジンとスラスターだ。それによって、砲撃の軸が少しずつ周り、魔力の軌跡で前方の敵が薙ぎ払われていく。

しかし、本来砲撃魔法というのはその身を固定して放つものであり、その常識を無理矢理捻じ曲げ、旋回の軸になろうとするなのはの身体には、砲撃の反動や余波がまるで乱気流の如くに殴りかかってくる。

 

「ぐっ、う! ……うあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 魔力ダメージ設定の魔法もそうだが、物理破壊設定の魔法は更に強い反動を伴う。それを捻じ曲げるからには、幼いなのはの身体を苛め抜かねばならない。杖も、強引に方向転換されて軋みを上げる。主従は揃って、魔法力学の摂理に喧嘩を売っていた。

 だが、痛みに耐え切れず発した悲鳴は、むしろ凄まじい気合のように聞こえる。身を捩られ、全身の縊り殺される程の反動に苛まれながら、少女のたおやかな心には、一分のヒビも入らない。

 果たして、その暴挙の効果は――極めて大きかった。

 傀儡兵の壁に隙間が開き、一文字上にどんどん切開されていく。物言わぬそれらが互いに押し合いへし合いするくらい密集していたこともあり、1つが爆発すれば連鎖爆発で2つ、3つと後に続き。

 結果として、なのはの前に立ち塞がる敵の大半は、溶け落ちた破片か吹き飛ばされた鉄くずへ姿を変えていた。

 

「やっ、た……」

 

 掃射砲撃が終わり、魔力の奔流も底を尽いて止まった後。荒い息を吐き、流石に疲労困憊の極みであるなのはだが、まだ休む訳にはいかない。

 上下に展開していた傀儡兵の集団は、すぐさま開いた突破口を塞ぎに来るだろう。その前に、なんとしても突き進んで最深部まで辿り着かなければ、もう二度とチャンスはやって来ない。

 もう、まともに動かない身体へ鞭を打ち、尽きかけた魔力の核からむしり取るような乱暴さで魔力を供出し、消えかけたフライヤーフィンへ与える。

 蝶のようにふらふらと覚束ない飛び方で進んでいくなのはだが、全体の半分以上を失った傀儡兵の陣形は乱れ、再編成は遅々として進まない。結果的に、呆気無く大広間を突破することが出来た。

 そこからは、道なりに奥へ奥へと進んでいくだけである。奇妙なことに、増援も追手も、待ち伏せさえも現れない。大広間にあった大軍勢と、外の海上で襲いかかった個体で、敵の手持ちは尽きてしまったようだ。

 

 もう少し。後少しで行ける。この事件の全てを握る人の所へ。

 

 行ってどうするのか。疲れ果てた翼と、折れかけた杖でもって何が出来るものか。それらを関係ないと切り捨てながら、なのはは遂に、時の庭園の最深部まで辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく、ここまで来たわね」

 

 玉座のような椅子に座り、左腕の肘をついて、手首を折り曲げ手の甲の上に頬を載せたまま、気だるげな表情で客人を迎えたプレシア。だが、口から出た言葉は、彼女なりの大きな賞賛だった。

 ジュエルシード封印の疲労もつかの間、本隊であるアースラとの連絡は途絶え、硬い結界の中で傀儡兵に襲われ続ける。そんな中、無謀にも敵本拠地への特攻を決意し、行く手を阻む大量の傀儡兵を撃ち抜いて、満身創痍になりながらも遂に首魁である自分の元へとたどり着いた少女。

 プレシアはなのはを、同じ魔導の道へと進んだ者として、確かに賞賛していた――バインドで四肢を雁字搦めに捉え、自分の目の前へと引きずり出しながら。

 

「でも、もうお終いよ。その魔力じゃあ、ね」

 

 プレシアが空いている右腕の人差し指をくい、と動かせば、バインドの縛りがきつくなり、傷みきったなのはの身体へ更なる苦痛を与える。それは、なのはにとって薄れゆく意識を更に追い詰める鈍痛になるが、うめき声を上げながらも、薄い群青色の目は、プレシアの顔から離れず、強張った表情のまま、じっと見つめてくる。

 その不屈が、プレシアを更に苛立たせた。

 

「教えなさい。何故ここまで来たの? ここまで来た所で、私を倒せるはずがないというのに」

「聞きたいのは、こっち、です」

 

 研がれた鉄の鋏のように冷たく鋭くサディスティックなプレシアの問いに、なのはは真っ向から問い返した。

 

「どうして、フェイトちゃんを撃ったんですか」

「何かと思えば。説明したでしょう? フェイトは紛い物、私の本当の娘はアリシアだと」

「でも、それでも。フェイトちゃんを『作った』のはあなたです」

 

 きっぱりと、そう言い放つ。

 

「自分のお腹の中で生まれなくても。ジュエルシードを集めるためだけに作っていても。フェイトちゃんを作ったのはあなたで、フェイトちゃんはあなたを愛していました」

 

 いよいよ、プレシアの怒りは沸点を超えた。

 中指が動くと、なのはの首にも鎖のようなバインドがかかり、喋るな、と言わんばかりに気道を締める。殺さず、僅かに息が通るようにはしているが、その苦痛と息苦しさは、9歳の女の子が耐え切れるものではない。しかし、こひゅぅ、こひゅぅ、と必死に酸素を確保しながら、なのははまだ、言葉を紡ごうとしていた。

 

「あな、た、は……フェ、ト、ゃん、に……」

「黙りなさい。フェイトは道具よ。娘じゃないわ」

「……っ!!」

 

 どこまでも酷薄な言葉に、きっ、となのははプレシアを睨む。

 プレシアの中指にある、細い糸を引っ掛けるような手応えが消えた。見ると、首のバインドが解除されている。

 この短時間でバインドを解き放つ。恐らく、少女が左腕に握って離さないデバイスが、精一杯の献身でもって術式を構築したのだろう。でなければ、過負担で機能停止などするはずがない。

 

「レイジング、ハート……」

 

 なのはは一瞬だけ、物言わなくなった愛杖を見る。細いながらも繋がっていた魔力の線が、霞むように消えて、なくなった。 ユーノが残した魔力も全て使い果たし、もう、なのはは一人である。

 だが。いや、だから問いかけねばならない。

 一人で玉座に座り、人の形をした妄執しか見ていない、プレシア・テスタロッサに。

 

「一人でいたくないなら。誰かと一緒にいたいなら、こんなことじゃダメなんです」

 

 それは、高町なのはという人間が、二年前に出会った友人との触れ合い、そして彼女から伝え聞いた思い出話から、学んだこと。

 彼女は一人だった。それは、常人余人が彼女の思考についていけなかったからでも、独特な性格と感性を避けたからでもない。それらはあくまで副因であり、主因にはなり得ない。彼女は――篠ノ之束は、かつては誰も、何もかも愛していなかった。自分の父母も、クラスメートも先生も。彼女は自分の周りにあるもの全てから目を背けていた。そんな子が、誰かと一緒にいられる訳がない。誰も愛していないのだから、誰かに愛されることはないし、誰を愛することも出来ない。そんな、束よりずっと鈍いなのはにだって分かる、シンプルで純粋な理屈だ。

 だから、なのはは彼女に近づいた。その時まで何の関わりもなかった束へ、関わりを持とうと頑張った。今よりも幼いなのははあの時、何も考えないで、本能的に彼女の前に立っていたのだが、今考えてみれば、自分の心の中で無形のロジックが働いていたのだとも解釈出来るのだ。

 そうして、なのはは束の友達になった。そして束も、なのはを友達と思い、愛するようになる。するとどうだろう。彼女の周りに、少しずつ、僅かにだけれど、人が増えてきた。アリサ。すずか。それから千冬にユーノ。しかも、最後のユーノについては、余曲折あったが自分から近づいて『友達』になったのだ。

 最も、本人たちからすれば主人と従者のようなものだと言って否定するだろう。しかしなのはにとって、一緒に研究して、戦う二人の姿は紛うことなき友人同士。

 そんな二人を見るたびに、なのはは心底安心し、だからこそ、ユーノの身柄を未だ篠ノ之家に預けているのである。

 

 誰かと友達になるには、自分から、誰かに近づく姿勢を持たなければならない。

 

 なのはが今まで9年生きてきて学び得た事の中でも、最も尊いと思っているこの事実。これを、自分よりずっと長く生きてきた魔女へと伝えたくて、なのははボロボロになり、辿り着いたのだ。

 

「娘さんが居なくても、あなたの側にいてくれる人は、手伝ってくれる人は、見守ってくれる人は……あなたを好きでいて、愛してくれる人は、たくさん、たくさんいたはずです」

 

 なのはは知らなかった。だが、分かっていた。

 プレシア・テスタロッサは、一人でここまで来たようで、決してそうではない。

 彼女自身はひとりきりを恐れて、最も大切だった人を蘇らせ、愛しよう、愛されようとされているが。それを叶える道則の中で、誰かがきっと彼女を助けてくれたはずだ。

 彼女を愛する誰かが、命がけで彼女の道を作り出してきた。

 

 そうでなければ、死にかけたような顔色をした女性一人だけでは、ここまで辿り着けなかったはずだから。

 疲れ果てていた自分が、ユーノの魔力とレイジングハートの力で、漸く、この場所へ来れたように。

 

「そんな人たちに、あなたは何をしましたか。そんな人たちを、あなたは愛していましたか」

 

 プレシアは何も言い返せない。理屈でもって反論できない。

 彼女はフェイトを、そして、その前には己の使い魔も使い捨てていた。損得関係なく、ただ真心によって力を尽くしてくれた彼女らを、冷淡に、使えなくなったら何の惜しみも抱かず切って捨てていた。

 

「そうしていないのに、娘さんを一人蘇らせて、愛することが出来るって、私には思えません」

「…………」

「娘さんに、愛されることも出来ないって、思ってます。だって、あなたは多分、その時からずっと変わっているから。母親だったあなたと、今のあなたは違うから……」

 

「黙りなさい!」

 

 いつの間にか、プレシアは玉座から立ち上がっていた。目の前で戯言をつらつらと並べる小娘に対し、激情し、ストレージタイプの杖を痛いほどに握り締めながら一喝した。

 

「私は今でも、アリシアの母よ! そうでなければ何だというの!」

「それは、あなたの思い込みです。きっと、アリシアちゃんは、今のあなたを見たら悲しみます」

「何も知らない子供がぺちゃくちゃと……!」

「気づいてください。こんなことをしても、誰も喜びません。あなたを愛してくれた人たちも、フェイトちゃんも、アリシアちゃんだって、きっと!」

 

「……誰も?」

 

 しかし、なのはの言葉を聞いた途端に、プレシアの怒りはすっと収まった。

 勿論、納得したわけではない。

 言葉のぶつけあいに飽きたような顔の口からは、覚めたのを通り越して、底冷えした笑いが響く。

 

 なのはも、予想外の反応に言葉を詰まらせた。この人は、何がおかしいのだろう。

 

「誰も、喜ばない……? 本当にそうかしらね」

「え……?」

「協力者がいるのよ。私の理想に共感してくれる」

 

 プレシアの顔に、再び酷薄な微笑が戻った。しかも今度はまるで、舞台に上がって小賢しく動く操り人形を前に、嘲笑するような印象すら見える。

 び座りこむ彼女の視界に、もはやなのはは映っていないようだ。彼女の手足から伸びる糸、それを束ねる何者かを意識して話す。

 

「彼女は管理局の艦船をハッキングして動きを止め。この世界の地理を教えてくれた。ジュエルシードの状況についても詳しく、海に6つ残っていたのを調べ当てたのも彼女だった」

「……それって」

「あら、もう分かったの? 流石、一番の大親友だと言われただけはあるわね」

 

 くす、くすくす。

 感心するのではなく、あくまで上から押さえつけるような笑い。

 所詮、強情なだけで何も分からない小娘には理解出来ない物事なのだ、という侮蔑を込め、プレシアは言い放った。

 

「そう、篠ノ之束。私の企てに、あなたの大切なオトモダチが協力してくれているのよ」




実に久しぶりの更新であります。本当に申し訳ない。
次回更新は来週の18:00になります。

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