なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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平和の朝日がまた昇る(Ⅲ)

 ふと足元を見れば、桜の花びらが土に塗れながら散っていた。そろそろ春も終わりだ。

 ここの空気は暖かく、だから桜も結構遅くまで残っていたりするのだが、それもついこの前の雨で殆ど流れ落ちたようだった。

 流れる夜風からも、寒さは感じない。何もかもその暖かさで包み込んで、流していってくれる。

 多分、その風の流れ道に立っている自分が、春先から今までで経験したとてつもない大事件だって、いつかは流れ行き、大事な、だけど珍しくはない、記憶の一つになるんだろう。

 

「なのは」

 

 でも、流れないものだって、きっとある。

 呼ばれる声に振り向き名残惜しげに歩きながら、なのははそう感じていた。

 

「お待たせ、千冬ちゃん」

「うむ」

 

 呼びかけた千冬の顔には、若干の申し訳なさが含まれている。本当なら、呼ぶこともなくずっと向こう側へいてくれても構わなかった。でも、これはそういう時間じゃない。別れの時だ。

 

「リボン、交換したんだな」

「うん。思い出を作らないとって。だけど、こんなのしか思いつかなくって」

 

 なのはが差し出して見せたのは、黒いリボン。フェイト・テスタロッサがいつも付けていたものだ。千冬が向こう側へ目を向けると、さっきまでなのはと話をしていたフェイトも、なのはが付けていたピンク色のリボンを手に握っている。

 

「こんなのじゃなくて、もっとちゃんとしたもの、持ってくればよかった」

 

そう言って、なのはは自分に呆れたように笑う。だけど、千冬にはそうとも思えず、ゆっくりと頭を振って、優しく訂正してやった。

 

「そんなことはない。ほら、向こうを見てみろ」

 

 言われてなのはが振り向くと、フェイトが両手を祈るように重ねて、胸に押し当てているのがはっきり見えた。多分その手の中には、もらったばかりのリボンが握り締められているだろう。

 相手側にこれだけ感謝されているのだから、こんなもの、と卑下する必要はないということだ。

 

「……嬉しい」

 

 その姿に心を動かされ、なのはも手の中のリボンをぎゅっと握りしめた。白い制服姿が小刻みに震える。今日フェイトと会ってから、何度も沸き上がってくる熱い気持ちを抑えきれないようで、また、目を潤ませてしまっていた。

 

「どうしたなのは。今日のお前は、少し涙もろいな」

 

 千冬は苦笑するようにそう指摘するが、本当は、無理もないと納得していた。

 ジュエルシードという、譲れないものを賭けて何度も戦い。時には一人でどうにもならない脅威に対して協力し。気持ちを伝えようとしても何度も邪魔されて。結局自分の気持を伝えられたのは、全ての決着がついた後だった。

 フェイトの全身全霊の一撃を受け取り。見事に耐え切った後、逆転の秘策である集束砲撃魔法『スターライトブレイカー』でフェイトを撃ち抜いたなのはは、勝った。勝った後、ボロボロになりながらも自分の気持ちを言葉に乗せて必死に伝えた。

 友達になりたい。悲しい顔じゃなくて、笑顔が見たい。笑っていて、欲しい。そのひたむきさに心を打たれたのか、それとも物理的に撃たれたからか。互いに倒れたビルの上、フェイトは顔を上げて――なのはのことを抱きしめ、涙ぐみながら、初めて笑ったのだった。

 

 げに美しきは友情なり。その有り様は千冬の心にもじいんと響き、思い出せば今でも、胸を熱くしてしまうくらいだった。

 

「うん……なんでだろう、ね。また、会えるのに、ね」

 

 やっと心を通い合わせた嬉しさに、心から笑いながら。しかし、すぐに離れ離れにならなければならない悲しさに、瞳の中で涙が溢れる。どちらも心からの気持ちで、だから相反していても、両立する。

 

「あぁ。またすぐに会える。半年なんてあっという間だ。だから、笑おう」

「うん……!」

 

 なのはは俯きながら浮かべた涙を指で拭い、顔を上げる。折角のお別れだ。涙は笑顔のスパイスになるけど、今はとにかく、笑っていたい。笑顔を見せることが、別れるフェイトへの一番の贈り物なのだから。

 見ると、向こうではもう魔法陣が光っていた。元々、フェイトはあの事件――首謀者の名前を取ってPT事件と呼ばれている――の重要参考人だ。本来ならこうしてお別れを言う間もなく、駆け足でこの世界から出立し、護送されていかなければならない。

 それが、こうして今、なのはという一個人との別れのためだけに逗留しているのだ。千冬にも、勿論なのはにも、それがかなりの無理と強引さによるものだと分かった。そして、そういう機会を作り出してくれたクロノに、そしてリンディに、それぞれ感謝していた。

 

「お待たせ、なのは、千冬」

 

 彼らを見送るのは、そんな2人だけではない。さっきまでクロノと話し続けていたユーノは、向こう側で去るのではなく、こちら側に留まってくれるのだった。

 

「ユーノ……本当に地球に残るのか? ジュエルシードはどうするんだ」

「アースラが管理してくれるし大丈夫。それに、ウチの部族は遺跡から遺跡へ流浪するのが当たり前、な感じだし。僕がどこにいても、死んでないならそれでよし、って感じでアバウトだから」

「そ、そうなのか……」

 

 さらっと明かされたドライな事実。少し引き気味の千冬に代わって、なのはが話しかける。

 

「でも、ほんとにいいの? 続けて魔法を教えてくれるなんて」

「いいさ。大体なのはって、監督者がいないとなんか無茶ばかりしそうだから」

「に、にゃはは……」

「クロノともよく話し合って、訓練メニューを建てたからちゃんと守るように。くれぐれも、庭園の時みたいなオーバーワークはもう、二度と、しないでね」

 

 ユーノの厳格な言葉になのはは、返す言葉もありません、とばかりにしゅんと落ち込んだ。

 そんな2人を見て、ユーノは明るく微笑む。ひょんなことから迷い込んだこの世界には、暖かくて優しい人が大勢いて、だから住み良く、暮らしやすい。流浪の身にもそれなりの楽しさはあったし、遺跡を掘り返して古代の遺物を見つけるのはスリルとロマンチックに溢れている。

 でも、両親の顔を覚えていない男の子が、もし故郷というものを自分で決められるとしたら。

 海鳴がそうだと凄く、いい。なんて思ってしまうのだ。

 

「さ、そろそろ転移するだろうから」

 

 なのはと千冬、それぞれに気を散らしていた所を、呼びかけられてはっと目を向こう側へ移す。見れば魔法陣の光はもう眩しくなっていて。目に映るフェイト、アルフ、それからクロノの像も、なんだかぼんやりと空に滲んで消えていくように見えた。

 フェイトが小さく手を振るのが見える。それに応じて、なのはは腕全体で大きく、千冬は肘から先を使って程々に、手を振り返した。

 その微笑ましい光景を見た後、ユーノは千冬のはるか右にいるもう一人へ目を向けて。

 

「――教授も、ほら」

 

 さっきからずっと体育座りでうずくまり、暗いオーラを辺りへ垂れ流している女の子へ、気遣うように声をかけた。

 

「やだ」

 

 しかし、これだ。

 徹底的にへそを曲げている。なのはも千冬も、家を出た後すぐは一生懸命に励まそうとしたが、この場に連れてくるだけで精一杯だった。

 

「放っておけ。まだあのことがショックなんだろう」

 

 辛気臭いその姿を視線から外す千冬の言葉は酷薄だったが、大事な日に寝坊するのはそいつが悪い、と考えればそれも当然である。大体、あの戦いからはもう何日も経っているのに、まだ割りきっていないのか。いつものポジティブシンキングはどうした、と呆れ帰る気持ちだった。

 

「うぅぅぅ……それだけじゃないもん」

「じゃあ、一体なんなのさ」

 

 ユーノがめげずに問いかけるが、千冬としては、よくもあのバカにああまで付き合っていられるな、と思う。どうせ一過性のことなのだから、放っておけばいいのに。

 それに、束の返答なんて、この状況から見れば千冬にも推測できる。算数よりも簡単だ。

 

「なのちゃんが、なのちゃんのりボンがあんなのに取られてるのが許せない……」

「あ、そう……」

 

 幼い嫉妬心駄々漏れの返答を聞いて、ユーノも頭が痛くなってきた。

 

「あそう、じゃないやい! そりゃあなのちゃんはああいう娘、ほっとけないって分かってたけどさ……なんで涙ぐんでたのさ……なんで向こうも向こうでヅカっぽく抱きしめてたのさぁ」

 

 と、恨みつらみの戯言を紡いでいるものの、実際なのはとフェイトが友達になった事自体、束の采配によるところが大きい。特に最終決戦の時、フェイトに真実を告げて完全に心を折ってやろう、と提案したのは、他ならぬ束本人なのだから。

 束としてはなのはと『白式』の活躍の場に余計な要素が入ってこないようにするための措置だったが、そうした後、傷ついたフェイトの心が何処に救いを求めるか、なんてことは――予想の範疇外、という訳でもなかった。

 なのはは、きっとフェイトを助けようとする。友達になろうとする。

 長い間なのはと付き合ってきた束からすれば逆に予想するまでもない規定事項。しかし、現実として目の前で見せられると、それはそれで、沸き立つ感情を抑えきれないというのが、束の、大人顔負けの天才にしては青臭い精神の限界だった。割り切れないのだ。

 

「全く、どこまでもへそ曲がりな奴め」

「あははは……」

 

 その矛盾に千冬は呆れ、ユーノは、ただただ笑う。

 けれど、もし束がそうでなかったら。親愛の情も何もかも、全てを科学と、自分の娯楽の前に捧げるような性格であったなら。

 きっと、今よりずっと酷い結末が待っていただろう。

 二人とも、そう考えて、だから、今の束を認めている。側にいても恐怖は感じない。

 

「なのは。お前からも何か言ってやれ」

「ふぇ、えっ!?」

 

 いつまでも塞ぎこむ束を見て、しょうがない、という表情をした千冬は、振り返ってなのはの肩を叩いた。

 周りに意識を巡らさずただ目の前のフェイトにだけ集中していたなのはは、驚きながら振り返った。そして、まるで捨てられたペットのように、うるうるした目でなのはを見つめる視線に気づくと、困ったように笑って。

 

「えーと……ふふ、そうだ! たーばーねーちゃんっ」

「にゃ、な、なのちゃん!?」

 

 千冬仕込みの素早い動きで、すっ、と束の背後に回りこみ、その背中を強引に押し始めた。

 

「な、ななな、なのちゃん!? 何、するのかな?」

「えへへ」

 

 戸惑う束だが、折角なのはの手が自分の背中にくっついているのを、無碍に振り払うことなんて出来るわけがない。そのままどんどん押されて、行き着くのは今にも転移してしまいそうな魔法陣のすぐ側だ。

 意味ありげに微笑むなのはが、フェイトに目で合図を送る。

 その意図を概ね察したフェイトは顔を和らげ二人へ近づくが、束の脅威を知っているクロノ、そしてアルフは顔を強張らせていた。特にアルフなど、フェイトに危害を加えたらということで、半分臨戦態勢である。

 

「えと……タバネ、だっけ」

 

 フェイトの紅玉色の瞳が、束をしっかと見つめる。束はぷい、とそっぽを向いた。

 何を言われるのだろう。

 優しいプレシアを唆した張本人だと解釈も出来るのだから、悪い印象を抱いて当然のはずなのに、フェイトの顔は何故だか優しい。それこそ、なのはと同じくらいに。

 どうせお情けなんだろう。なのはの友達だからって、無理をして、そんな顔を見せるんだろう。

 そう思ったから、束はこれ以上ないほど憎たらしい笑みを浮かべて言った。

 

「……ふんだ。この期に及んで何を言っても、もう遅いよ?」

 

 未だ誰にも明かしていないが、束はプレシアにやらかした所業は、それこそフェイトに殺されたって文句を言えないほどのものだ。それも含めて、束はフェイトに憎まれるならまだしも親しみなど感じられているはずがない、と思っていた。

 しかし、フェイトはその予想をあっさり覆す。

 

「え、そっか、遅いんだ……」

「にゃああ、フェイトちゃん違う違う! 大丈夫だから、言ってあげて!」

 

 束の言葉を真に受けて意気消沈するフェイト。しかし、慌てて止めたなのはに背中を押され、どきどきする心を抑え意を決して言葉を放った。

 

「……タバネ。私はまだ、あなたに向かってどういう顔をしたらいいのか、分からない」

「当然だね。私は君の友達の友達だけど、君の母親を騙して、利用して、ボロ雑巾のように使い捨てたんだから」

 

 目を合わせずに厳然たる事実を述べる束。フェイトは気圧されたが、しかし続ける。

 

「……で、でもっ」

「でも、なに?」

「あなたにも、ごめんなさい。あなたの友達を、なのはを、それからチフユも、沢山傷つけてしまったこと……一度謝りたかったんだ」

「……え?」

 

 なんだそれは。そんなの『予想外』じゃないか。

 束は一瞬、自分の耳を信じられなくなった。

 

「チフユには、ちょっと前会った時に謝れたんだけど……でも、あなたには会えなかったから。今、謝りたくって」

「どうして? 理解できないよ。私は君にとって憎むべき、謝りたくなんてない存在なんだよ?」

「そうかもしれないけど……でも、それとこれとは別の話だから」

「……」

 

 束は神妙な顔をして、口ごもる。恨みを水に流して、そんなことが言えるなんて。別に仕方なく協力するわけでも、利害が一致した訳でもないのに。

 この娘は、優しすぎる。こんなに優しい娘なんて、束が会った中ではただ一人しか――

 

「それ、だけ……」

 

 言い終わると、フェイトは俯いて束から目線を外した。流石にそれ以上言うこともなく、なにか言えるほどに、割り切っている訳でもないようだ。

 しかしこの対面を実現させたなのはは、むしろそれだけで十分というふうにうんうんと頷いた。

 まずは、これで一歩前進だ。

 流石のなのはも、今の束とフェイトがわだかまりを解いて仲良くなってくれるとは思っていない。しかし、何の関係も産まないのでは余りに寂しすぎる。

 だから、せめてこうして少しでも言葉を交してくれたら、それが何かのきっかけになるかもしれないと考え、二人を近づけさせたのだ。

 その、効果の程は。

 

「……ぅぅ~~~~!」

 

 何故か悔しそうな表情を浮かべる束、それだけだった。

 しかしなのはは、それでもこの触れ合いを無価値だと思いはしなかった。

 

「じゃあ、フェイトちゃん。元気でね!」

「うん、なのはも元気で」

 

 その後、魔法陣を境にして、二人手を握ったり、暫く笑い合ったりした後。

 いつの間にか近寄っていた千冬とユーノも含めて四人、いい加減に転移しなければならず、引き伸ばされて少し怒っていたクロノとアルフ、フェイトの三人は。

 それぞれに手を振り合って、別れた。

 

「……ぅぅぅ……」

 

 しかし束だけは、転移魔法の発動でフェイトが消えたその後も、なにやら納得の行かないような表情をしてむすー、と突っ立ってばかりいた。

 

「どうしたんだ、束」

「……うがあぁぁぁっ!」

 

 千冬が尋ねても、束は堰を切ったように苛立ちの叫びを上げるだけだった。

 言葉に出してなど、とても言えるものか。

 本来恨み言を言われるはずの少女に、ごめんなさいと言われた。そのことで、自分の立てた想定が僅かだけれど、確かに覆されていたなんて。

 たかがクローン、なんて慢心極まりない侮り方はしていない。フェイト・テスタロッサの辿ってきた数奇な運命、母親への思い。全てインプットして、自分の脳内で何回も行動予測をしてきた。それが今まで正しかったからこそ、あの状況だって創り出せたのだというのに。

 最後の最後で、見事に予測を外してしまった。

 普通なら面白い、と束をこれ以上ないほどに興奮するはずの『予想外』。しかし束にとってそれは今、何故か、とても悔しく、苛立たしく思えるのだ。

 なんだか、負けた気がしたから。高町なのはの友達として。

 友達でいた年季は束の方が上なのに、束の友情が下であると、断言されたみたいで。

 

「……ふっ。哀れだな、束。結局なのはは奪い返せず、か」

「なにをぅ、ちーちゃんのくせにっ!」

 

 だから、千冬の安っぽい挑発にも乗ってしまい、野生のうさぎのように飛び上がって襲いかかる、なんて滑稽なことをしてしまうのあった。

 

「お、やるか?」

「だ、だめだよ千冬ちゃんっ!」

「教授も、抑えて抑えて!」

 

 等と言いながら千冬はすぐに木刀を取り出し、今ではすっかり堂に入っている我道御神流の構えで立ち向かう。

 骨肉互いに削ぎ取られる、歯列な争いが始まろうとしたが、千冬をなのはが、束をユーノが抑えてどうにか未然に防がれた。

 

「じ、じゃあね、なのは、千冬!僕と教授は、篠ノ之の家に帰るから! さ、教授、行こう」

 

 目をぎらりと光らせて千冬を睨みながら、ふしゅるるるる、なんて凶暴な肉食獣のような声を出している束。ユーノはその右手を引っ掴んで、無理矢理連れて行く。

 ユーノも随分、束の取り扱い方を覚えてきたな。なんて感心していた千冬だが、ふと気になった事があり、なのはに尋ねた。

 

「なのは、ユーノのことなんだが」

「え、なに? 千冬ちゃん」

 

 まるで凶暴な野生動物と、それを苦労して確保した猟師のような二人に臆面もなく手を振っていたなのはだが、

 

「ユーノのやつ、お前の所に居候するんじゃないのか……?」

 

 と言われると、とても意外そうな顔をしてこう答えた。

 

「え? 束ちゃんと一緒にいるんじゃないの?」

「なっ! だ、だがなぁ、四六時中束と一緒だぞ!? そんなことこの世の誰が承知するものか」

「そうかなぁ……ユーノくんの方から言い出したんだけど」

「なにぃっ!?」

 

 さっきの束と同じくらい、千冬も自分の耳を信用できなくなっていた。

 自分から? 自分から、束の庇護下に入っていくというのか? 明らかに正気の沙汰ではない。確かにユーノはここ一ヶ月半、束の助手にされても何とか生き残っていたが。だからこそ、もうこれ以上は勘弁ならないと思っていて当然だし、本人だってそう言っていたはずだ。

 だのに、どうして。千冬の疑問は、しかしすぐに氷解した。

 

(そういえば、クロノが言っていたな。『篠ノ之束に何かおかしいことがあれば、逐一報告してくれ』と)

 

 その忠告と、転移前、ユーノとクロノにより長い話し合いが行われていたことを合算すれば自然と答えは明らかになる。

 要するに、ユーノは束の監視を頼まれたのだ。確かに、年が近くしかも勝手に助手という扱いをされているユーノは、束の意思や行動を監視する上で最も理想的なポジションにあるといえる。しかもミッドチルダ出身であるから、その報告の信頼性も俄然高くなるだろう。

 アースラもうまい手を考えつくものだと関心した千冬だが、同時に、もう暫くあの天災の近くで無茶ぶりだの抑え役だのをやらなければならないユーノに対して、不憫だなと瞑目し、手を合わせた。

 

「あいつも可哀想なことだ……」

「違うと思うな」

 

 千冬の口から漏れでた、ごく当たり前の同情。しかし、なのははそれに異論を呈す。

 

「なんだかさ、ユーノくんも束ちゃんも、二人でいるととっても楽しそうだもの」

「そうか……そう、見えるのか」

「うん。ちょっと、羨ましいくらいだよ」

 

 いつの間にか、束はターゲットを変え、ユーノへ噛み付いて鬱憤を晴らそうとする。ユーノは慌てて防ぐものの魔法は使えず、馬乗りの状態で繰り出される常人離れした攻撃を必死に交わす。終いには耐え切れずフェレットになって逃げ出し、逃すものかと追いすがる束と追いかけっこを始める始末だ。

 こんな光景が、なのはには楽しいじゃれあいに見えるらしい。全く肝が太いのか、間が抜けているのか。だが実際、ユーノもこちらへ助けを求めていないということは、きっと、そうなんだろう。

 尚も続く賑やかな追いかけっこを見続ければ、千冬はすっかり安心して、帰り道のある方角へと振り向いた。

 

「行こう、なのは」

 

 そう呼ばれてからも、なのははただじっと、束とユーノを見つめていたが。

 

「……うん!」

 

 やがて、振り向き、千冬と手をつなぎながら、家路を急ぐことにした。

 




次回、最終回になります。

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