あの事件から一ヶ月くらい経って、小学生はそろそろ夏休みシーズン、という日。篠ノ之家の軒先にあるバラック建ての小屋の中に集まっているのは、例のごとくいつもの五人組だった。
「うりっ、うりっうりっ」
「ぐぬぬ……!」
雑多なガラクタにも似た、しかし中身は全て時代の先端を行く愉快な発明品に囲まれつつ、何故かそのど真ん中に鎮座している42型の大きなブラウン管テレビの前で悪戦苦闘している少女が一人。それから、鼻息混じりにのんびり手を動かす少女がもう一人。
それぞれテレビから伸びている、6ボタンスティック式のコントローラーを目まぐるしいほどに動かしているのだが、外野として画面内をどう見ても、さらに直接見える二人を見ても状況はウサミミのついた少女に有利なようだった。
「あぁぁ、ちょ、そこでなんでどうしてっ」
金髪の少女、アリサ・バニングスの顔面が青白くなったのは、ただの凡ミスという訳ではないだろう。彼女自身そんなヘマをせず、むしろ完璧に近い動きをしているはずなのだ。しかし、すぐ横で戦っている少女の入力動作がそれを凌駕し、アリサの操作キャラを叩きのめしていく。
「ほいほいほい、壁だねーどうするのー後6.73秒後に差し込むよー?」
まるで、今週のおかずを告げるような気軽さで語るアリサの対戦相手。しかしそれは、確固たる計算と予測の元に述べられた『必然』である。少なくともアリサという少女の力量では、彼女――篠ノ之束の行動予測から一歩も逃れられない。
「くぬっ……!」
泰然自若と構える余裕ヅラは、まるで孫悟空を手の平の上で散々弄ぶ釈迦如来のような、壮大さと残酷さを内包している。例えアリサが勝利を放棄し、自棄鉢でスティックとボタンを暴れさせ、せめて一撃すら叩き込めていない状況から一矢報いてやろうと考えるにしても。
「はーい刺さってーかーらーのー壁コン行ったねー? これでダウンだよ?」
その結果できた隙へ見事に差し込まれ、その時間が宣言した通りきっかり宣言の6.73秒後なのだ。自分とはものが違う、と認めるしか無い。というか認めなければ敗北に納得出来ないのが、アリサの幼い悔しさだった。
「そのままぁーループしてーループして―超必打ってはい、しゅうりょー」
一旦刺されば、何も抵抗できずに残り体力バーを全て削られ、そこで試合終了。時間にして一分足らず。束の操作キャラには傷の一つもついていない、完全勝利だった。
「うぅ……また負けたぁ」
「最後いっつも焼け鉢になるよね君は。読みやすいったらありゃしないよ」
「も、もっかい! もっかいやるわよ束!」
「ええぇー? まぁこのゲームならいいけどさ。いい加減諦めたら? 今まで全戦全敗だよ? 逆転の目も無いのに戦って意味があるのかい?」
こうして負け続けるのは今に始まったことではない。束が手慰みにこのゲームを開発してから、対戦ゲーム得意を自負しているアリサは毎回のように束へ挑み、何度も何度も負け続けている。
束の価値観からしてみると、どれだけアリサが腕を上げようが熟練しようが、開発者にして天才な自分に敵うはずもない。というのにめげずに戦おうとしているのは、学習能力のない間抜けだと思えてならないのだが、その上更に
「うっさい! 戦い続けることに意義があるのよ! 特に、アンタみたいな理不尽にはね!」
と譲らず、もう一回コントローラーを構え出すのだから間抜けも間抜け、底なしの大間抜けだ。
「はぁ……ま、いいか。次もパーフェクトしてあげよう」
「いつまで減らず口を叩けるかしらね!」
だがまぁ、そういう間抜けだけど、集中しすぎて疲れて倒れこむのは後三試合後のことだろうし、それまでなら付き合ってあげてもいい。今の篠ノ之束は、アリサ・バニングスという小金持ちの一人娘にそれっぽっちの評価しか与えず、だがそれっぽっちだけ、評価してもいた。
「にゃはは、アリサちゃんも束ちゃんも、楽しそうだね!」
そんな日常風景へ、慣れ親しんでいるようでうんうんと頷きながら、篠ノ之家の母親から配られた饅頭に舌鼓を打つのが高町なのは。
「……そうなのかな?」
アリサの必死な姿と血走っている目に少しだけ怯えながら、その死に物狂いの勢いを完全にあしらい切る束にも尊敬と畏怖を抱いているのが月村すずか。
「私としては、アリサのやつに特訓の一つもしてやりたいが……ゲームは苦手だ」
反応速度抜群の自分ならもう少し善戦できると確信しながらも、いざやると力を込め過ぎて超合金製のコントローラをも破損させてしまうので、アリサに一縷の望みをかけているのが織斑千冬。
以上の五人が、海鳴市の中でもちょっとは名の知れている少女たち。一人が暴走し、一人がそれを追い掛け回しもう一人がそれを応援するので、二人がとばっちりで振り回される。そんなことを繰り返しながら、町中で小さい事件を何度も起こしたり解決していたりする、いつもの五人だ。
だが、最近はそこにもう一人、少年が加わったりもしている。
「教授、みんな! 母屋の方からお茶持ってきたよ」
数分後、瞬く間に3回決着を付けられて、疲労と虚無感でバタリと倒れたアリサの元へすずかがダウンしたボクサーを助けるセコンドのように駆け寄ったのと同時に。ラボのドアを開いて現れたのが件の少年、ユーノ・スクライアであった。
「あ、ユーノくん! アリサちゃんが、ほら、大変なのっ」
「ん? って、あぁ……また教授に挑んだのかい? ほら、倒れてないで、立って歩いて、向こうで休もう」
アリサがやったのはただのゲームでなく、篠ノ之束特製の対戦格闘ゲームである。その操作とシステムの煩雑さを考えれば、五、六試合やった時点で小学生の集中力など摩耗しきってしまって当たり前だ。涼しい顔で、手加減なしのCPU戦もこなす束の方がおかしいと言える。
「つかれたぁ……」
「はい、お疲れ様。結局今回も駄目だったのかい?」
「悔しいけどね……。大体何よあのゲーム。確かにゲームとしては凄い完成度高いけどさ」
何度かの完全敗北に心を削られて、脱力しきったアリサが見るのはブラウン管の画面だ。様々なコンボを繰り出して時折はぁ、はぁ、と悶えながら、CPUをいじめ抜く束。しかし、彼女の操作キャラクターも、ボコボコにされているキャラクターも同じ顔で、同じ姿だ。
ただの同キャラ戦という訳ではない。他に選べる数十にも及ぶキャラクターも、姿こそある程度違うが全部同じ顔で、同じ体躯、同じ声。
そう、それは。
「友達使って友達と戦うゲームって、何よぉ……!」
プレイヤーキャラクター、全員、高町なのは。
魔法少女のなのはや、変身ヒーローのなのは。さらには格闘家、剣術家、槍兵、ニンジャ、カウボーイななのはが存在する。ただの喫茶店員のなのはもいるし、水着系なのははなんと驚きの8種類、清楚なワンピースから危ないビキニ、旧スク水まで。そのドットの作り込みは出色の一言。
そんな、高町なのはづくしのゲームだった。作り込みは凄いが、ここまで徹底しているともはや気味の悪さすら感じられてしまう。
「あはは、教授らしいけどね、あは、は……」
深く深く溜息をついたアリサに、ユーノは同じくらい深く同情していた。第一ユーノ自身、ロケテストと称するテストプレイで何時間も付き合わされている。その苛酷さは、次の日なのはと会った時、その声と姿に一種の拒否反応まで覚えてしまったほどだ。もちろん、本物のなのはの天使のような優しさで、一時間もせずに治ってしまったが。
「……確かにな。おいなのは、お前は何も思わんのか」
「へ?」
「そうだよなのはちゃん! 勝手に作られちゃったんでしょ? 迷惑じゃないの?」
千冬もすずかも見ていて同じことを思っていたのか、ここぞとばかりに傍観しているなのはを焚きつけようとしたが。
「んー……別にいいと思うけどな」
この反応である。二人は揃って首をかくん、と俯かせた。なのはの良識も常識も普通の少女と何ら変わらず、それどころか一般の平均よりしっかりしている。しかし束に対しては、いつもいつも激甘なのであった。
「それに……こんなゲーム作っちゃうくらい、私のことを大切に思ってくれてるんだったら……それはとっても嬉しいな、って!」
しかも、この言葉が表すように、最近その傾向がより一層勢いを増していた。
例えば束は朝、なのはの胸元に飛び込んで必ずセクハラじみたボディタッチを行うのだが。前までは笑いながら止めず、しかしそろそろと束の手から距離を離していたのに、今はそうしない。
ただ触られるままに、そのまま服を脱がされ、押し倒されてもそれはそれで嬉しいかな、というほどの受け入れぶりだ。
このままでは、いくら自分たちが引き留めようと、いつか公序良俗に大きく反した行動を取るかもしれない。一度、なんとか釘を刺さなければ。この場にいる中で、なのはと束以外の全員がそう思っていた。
「はぁぁ……やれやれ、ごちそうさまね」
「うむ、もうお腹一杯だ」
「私も」
「僕も……」
とはいえ、自分たちに何が出来るわけでもないと、見切りもつけている。束となのはのことなのだ。誰にも心を開かなかった天才と、初めて友達になった少女との間にある絆はどれほどのものか、分かっていないはずもない。
だから、ユーノもアリサもすずかも、そして千冬も、なのはのノロケにも似た言葉を止めることはすっかり諦めていた。
「にゃ? 皆、お菓子まだ残ってるよ?」
「ちがわいっ、あんたらにごちそうさまなのっ」
「……??」
他意もなしに聞き返してくるなのは。何の邪気もないその顔が可愛らしくて、しかし今更言われたくない勘違いである。
だからアリサは、なのはの顔からぷいっ、とそっぽを向けたのだが。
その表情にはそれとは他に、仲良さに対するムカツキだって、入っているのかもしれなかった。
アリサさんやすずかさんだって、束さんとはそこそこ良く付き合ってるのです。
と、そんな短編。