なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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凄惨!女子小学生に魔の手迫る!昼過ぎの神社で起こった悲劇!

 その日、織斑千冬は苛立っていた。

 どうしたのだろうか、彼女をいつも悩ますあの束が、珍しく学校をサボっているからだ。

 そのせいで、元々ある他人を寄せ付けない刺々しさが、更に磨きを増していた。

 

「た、たまにはそういう日もあるんじゃないかな? 束ちゃんだし」

 

 それを見かねたアリサとすずかは、昼休みに昼食がてら、彼女を屋上へ呼び出した。

 教室から離した、という方が正しいかもしれない。凛々しく何処か張り詰めていて、余り子供らしくない性格千冬は、孤高、という言葉が似合うほどにクラスの中で際立っている。悪く言えば浮いている。

 それがあの有り様では、クラスの空気が淀んでしまうのだ。現に、彼女の隣に座っていた不幸な生徒など、黒いオーラに当てられてしまって始終びくびくしっぱなしだった。

 

「そうよ、大体あいつみたいな変な奴って、学校を休んで当たり前のタイプなんじゃないの?」

「それがな……」

 

 違うのだ、と千冬は忌々しげに首を振る。

 そして、ぶすっとした顔つきのまま、手だけを動かしてある座席を指さした。

 

「考えても見ろ。なのはが学校に来ているというのに、あいつが学校に来ないはずがあるまい」

「あー……」

「そういう……」

 

 言われた途端見当がつき、二人はなんとも言えない顔で宙を見上げる。

 束の偏執的な迄のアプローチと、それを平然と受け入れてしまうなのは。アリサにもすずかにも、もはや日常風景の一つになっていた。

 

「確かに、おかしいよね……なのはちゃんと束ちゃんが一緒じゃないなんて。私達がなのはちゃんと知り合った時も一緒だったし」

「ちょっとすずか、思い出させないでよ……悪いことするんじゃないな、って身にしみたもん、あの時は……」

 

 

 すずかのりボンを取ったことをめぐってなのはと喧嘩し、仲直りしたその瞬間に、割り込んできた束の顔は今でもはっきりと思い出せる。

 別にアリサが悪いわけではないが、その時の束はとてつもなく怒っていたのだ。

 

――ちょっと君、金だけ持ってる凡百の分際でどうしてなのちゃんの隣にいるの? ふざけないでよ。なのちゃんの隣に凡人は要らないんだよ? なのちゃんの隣にいるのは、私みたいな天才じゃないと。でも、私以上の天才はこの世界にいないんだから、私だけでいいんだよ。ぶつかることで分かり合う友情、育むのは何人もいらないよ。大体あんた何様のつもりなの? なのちゃんの大事な大事なありがたーいお説教聞いたくせに逆上するなんて――

 

 凄まじい形相で瞬き一つせずにアリサを睨みつけながら、束は怒鳴り散らしていた。

 それはアリサにとって、地獄の釜が開いたのではないかと思いたくなるほど恐ろしい光景であった。

 

 

「……どうせ、嫉妬してたんだろう? なのはと友達になったお前に」

「ご名答。だけど、あの時はそんなこと全然分かんなくてさ。藪をつついて出てきた蛇と仲良くなったら、いきなりライオンが出てきたみたいで、とにかく怖かったのよ」

 

 鋭い直感、というか諦観で真実を言い当てた千冬に、アリサは苦い表情のまま首を振って肯定する。

 束がああまで不機嫌だった理由、それは、なのはを傷つけた怒りなどではなく、単純な嫉妬、それに尽きていた。

 自分が知り合った時の大喧嘩を棚に上げ、しかし同じようなシチュエーションでなのはと知り合ったアリサに嫉妬する。そんな幼稚さなんて、あの時のアリサに分かるはずもない。

 昔のアリサは、良く勉強ができてお父様に褒められてばかりの自分は天才なんじゃないのかな、と子供らしい自信さえ持っているほど我儘だったのだが。この一件で、本当の天才は自分なんか比較にならないほど、とてつもなく傍若無人で凶悪な存在なのだと理解したのだ。

 

「だから、高慢ちきな自分の鼻をへし折ってくれた、というか、ああいう奴にはならない、むしろなりたくない! って反面教師になってくれた……んだけど、正直、私今でもあいつ怖い。あいつには悪いけど、顔合わせなくてホッとしてる自分がいるわ」

「でも、束ちゃんが暴れ過ぎたら、なのちゃんが必ず止めてくれてるよね? それこそ、あの時みたいに、『いけないよ』って」

 

 

 あの場にはすずかも居合わせていたが、仲直りの場が一瞬にして天災吹きすさぶ鉄火場になってしまい、すっかり怯えきってしまっていた。

 そこでなのはが進み出て、終いにはアリサを正座させて大演説を続けていた束の目の前にすっくと立ってくれなければ、最後には怖くて逃げ出していただろう。

 

『こらっ、人を馬鹿にしちゃだめだよっ、束ちゃん!』

『えー、でもこいつはなのちゃんを』

『だめなものは、だめ! アリサちゃんも仲直りしたから、もう私の友達なんだよ! 分かってくれないなら、もう束ちゃんのお話聞いてあげないっ』

『あぐぅっ……!』

 

 その瞬間、怒髪天を突く状態だった束が、みぞおちにアッパーを食らったような潰れた呻きを出した後、あっという間に鎮まる。そして暫くしてから、一転して切ない表情を浮かべつつ、なのはに抱きついて許しを請うた。

 

『うぅぅ、それだけはご勘弁をぉ、神様仏様なのはさまぁ!』

『ふんだ、束ちゃんなんか知らないもんね。ぷいっ! アリサちゃん、すずかちゃん、行こっ』

『やぁぁぁん……』

 

 そっぽを向くなのはに、本物のうさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねて気を引こうとする束。

 呆然とするアリサとすずかは、何だかとてつもない乱入者の恐怖を心に深く刻み込み、同時にその手綱を完璧に握りきっているなのはの凄さを感じたのであった。

 

 

「そうよねぇ……なのはってば、どうやってあんな奴の手綱握ってるのかしら」

「本人にその気は全くないと思うぞ。向こうが勝手に首輪をつけて、手綱を握らせて、適当に引っ張られているだけだ。何の酔狂だが知らないが、とにかく、なのはが奴の外付け安全装置になってくれているのはいいことだろう」

「そうすると……千冬ちゃんが心配なのは、なのはから離れた束ちゃんが今何をやってるかってこと?」

 

 すずかの言葉に、自分の不安はまさしくそれだ、と言いながら千冬は拳を握り締めた。

 

「あんな奴がノーリミットで野に放たれてみろ! 次の瞬間頭上に隕石が降ってくるかもしれないというのに、おちおちのんびりしていられるか!」

「だからって、そんなに焦って食べる必要ないでしょ……あーあ言わんこっちゃない」

 

 焦りを食べっぷりに反映し、サンドイッチを喉に詰まらせてむぐむぐ苦しむ千冬。すずかはその肩を、ぽんぽんと叩きながら微笑んだ。

 

「千冬ちゃん、そんなに束ちゃんのことが気になるんだね」

「知るか。私はな、ただあいつが……良からぬことを始めやしないかと、そう思ってだな……そうすると、なのははともかくとして、外に止められるのは私しかいないというだけだ」

「はいはい、二重の意味でごちそーさま。千冬、あんたも変なのに惚れ込むよね。なのはのこと言えないじゃん」

「なんだとっ!」

 

 ちょうど自分の分を食べ終えて弁当箱を仕舞ったアリサは、千冬の噛み付きなどどこ吹く風である。

 

「そんなに気になるなら探せばいいのに。早退の言い訳考えてあげるから」

「するか、そんなこと。生徒として、学業はきちんと修めるべきだろうが。私事はその後だ」

 

 また不機嫌な顔になった千冬だが、その周囲にもう陰鬱な雰囲気は漂っていない。貴重な友達との会話が、一種の清涼剤になったみたいだ。

 その様子を見たアリサとすずかは、二人揃って千冬に気付かれないようにくすくす笑った。

 

 

 

 

 

 しかし放課後、織斑千冬の苛つきはまたぞろぶり返しつつあった。

 「見つからん」とぼやきつつ、竹刀袋をぶら下げながらほうぼうを走り回っている。

 何が見つからないかというと、当然あの天災怪人ウサギ女である。

 最初は当然篠ノ之家のラボにいるはずだ、とガサ入れするかのように突入したものの、そこはもぬけの殻だった。ついさっきまでいただろう痕跡があるのに、束自身は何処かへと消え失せている。しかも、一枚の張り紙を残して。

 

『はろはろ千冬ちゃん! 残念ですがこの部屋は密室です、またのご来場をお待ちしております☆』

 

 プチンときた。腹いせに『あひゞき ~くたばってぇしめぇ!~』と書かれたラボの看板を真っ二つに折ってやったが、そんなことで収まる怒りではない。

 剣道場で動きやすいジャージ姿に着替え、竹刀を携え猛然と走りだした。

 しかし、こんな時に限って神出鬼没の本領を発揮し、その影どころか気配すら見えてこないのだ。

 ひょっとすると、何処か別次元にでも出かけているんじゃないのか、と疑ってしまう程だった。

 

 そうして、苛立ちを紛らわすように石段を駆け上り、町外れの小高い丘の上にある神社へ辿り着いた、その時――

 

「……ッ!!」

 

 感覚が張り詰める。嗅覚には、微かな獣の匂い。

 脳内で、自分の首筋に鋭い牙が刺さる、というビジョンが見えた。

 だが、来ると分かっていればどうとでもなる。千冬は一瞬で竹刀袋から竹刀を抜き取り、襲い掛かってくる奴の鼻面にぶつけて受け流すように構えた。

 

 思惑通り、大口を開けながら飛び込んでくる獣の鼻を、強かに打ち、その衝撃で怯んだ隙に体勢を整えることが出来た。

 千冬は改めて、不貞にも自分の背後を取って襲ってきた肉食獣の姿を見る。黒い体毛に険しい顔、ギラついた目と紫色の舌。どう考えても平和な町には相応しくないモンスターだ。

 

 だが、千冬はうろたえない。

 

「ほう、こいつは中々……面白い」

 

 むしろ格好の獲物を見つけた、という様子で、口の端を吊り上げた。その表情は攻撃的で、しかし何処か年に似合わぬ妖艶さすら感じさせるくらいに美しい。

 

 千冬は竹刀袋から、もう二つ、中身を取り出す。それは、先程出した得物より短いが、脇差ほどではない。

 さっきの迎撃に面食らったのか、警戒している獣を尻目に、長い竹刀を捨て、短い竹刀を両手で持ち、構えた。

 

 それは、剣について、裏の世界について『分かる』者が見れば、ほう、と息をついてしまう程に実戦的で、しかも独特な構え。

 

「師範の鍛錬を盗み見たものだが、人前で使うと叱られる。まあ所詮付け焼き刃にしかならんだろうが……お前のようなのが相手なら、十分だろう?」

 

 永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術。通称、御神流。

 高町士郎の旧姓、不破に代々伝えられていた古流剣術であり、当然不破と関係のない千冬が習うのは禁じられていた。しかし、千冬は早朝の稽古などでこっそりと行われている修行や鍛錬を覗き見し、不完全ながら構えや技を習得していたのだ。

 かつては暗殺剣として伝授されていたその剣法を、千冬は対篠ノ之束用の切り札にしようと目論んでいる。正統派な篠ノ之流では、それこそ外道の最北端を走っている束には敵うまい。外道には外道を、という思考法だ。それには勿論たゆまぬ修練が必要なのだが、一人こっそりトレーニングしているだけではなんとも手応えがない。

 

「練習用のよく動くターゲットが必要でな……お前、良いところに来たぞ。褒めてやる」

 

 言葉とは裏腹にますます歓喜に歪む千冬の表情。あまりにも凶悪な笑顔で、とても少女が浮かべていいものではない。

 逆に獣の方がその気迫に呑まれ、慌てて獰猛さを引っ込めていくようにも見える。

 

 

「さて、もっと言えば、今の私はかなり機嫌が悪い。とっとと終わらせるから、それまで精々良い的になってくれよ」 

 

 9歳の少女対、血に飢えたモンスター。絶望的で凄惨な殺戮劇が始まった。

 




リハビリなんで何も考えず書いてます。
書くことの面白さを身体に覚えさせるまで続ける予定です。
千冬ちゃんがなんでこんなにキャラ違うくらいはっちゃけてるかというと、高町家の皆さんが優しくしてくれたお陰です。

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