なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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お茶会へようこそ、フェレットさん

 篠ノ之束秘密ラボ。表のラボの地下に増設したそれを知るのは、製作者本人以外には高町なのはしか存在しない。

 彼女にしてみれば、地上にあるボロ屋はダミーも良いところだ。あの中には特許を取得した数々の発明品が並んでこそいるが、一度発明してしまったものにもはや価値など存在しない。本命はあくまで、地下にあるこの研究所。どこから仕入れてきたのか、もしかしたら自分で作ったのか。世界全体で見ても最新鋭の機器、工作機械、コンピューターがずらりと並ぶ豪華な場所だった。

 

「はーい、次はこれ!」

 

 その中から、嬉々満面の笑みを浮かべる束が持ってきたのは円柱形のガラスケース。台座にしっかり固定され、左右に電極のようなものがくっついている。

 一方の小さな『実験台』は、テーブルの隅っこで息も絶え絶えだ。

 

「ね……も……勘弁、して……」

 

 この薄暗いラボに入れられてから、ユーノ・スクライアに降り注いだのは質問の嵐だった。

 まず、なのはが持っていったレイジングハートや、魔法のシステム、魔法世界について問われる。それはいちいち的確なので、細緻に渡って答えなければならなかったが、魔法学院卒のユーノにとって少なくともそれはまだ単なる質問にしか過ぎなかった。

 問題はそれからである。三時間という長丁場な質問攻めを乗り切ったユーノが、夜も更けていたのでうとうとしながら眠ろうとすると、ナチュラルハイな束は目を爛々と光らせたまま、

 

『なぜベストを尽くさないのかなユーノきゅん? 私はぴんぴんだよ? ワクワクしすぎて質問の度にきゅんきゅんじゅんじゅんびっくんびくんしてるよ?』

 

 などと言われた意味も分からず動転し、眠気が吹き飛んでしまったユーノは、その隙に両手でがっしりと掴まれてしまう。いくら身動きしても、万力のように抑えてくる力から逃れられない。

 

『人語を喋るフェレットなんてこの世界で初だからね。なんだかシステマチックな魔法の基礎理論程度じゃ、束さんの旺盛な知識欲は満たされないのだ~』

 

 ユーノにとっての地獄はここからだった。

 回し車に乗せられて1時間ほど走らされたその次は休む暇なく知能のテスト。それも機械でがっちりと頭部を抑えられて拒否権なし。その後は四肢を固定されて全身をCTスキャン。ちなみに睡眠薬ではなく筋弛緩剤を注射された。この他にもおぞましいほどに粘着質かつサディスティックな実験が続く。古代遺跡で遭難し、3日間飲まず食わずで生き延びた時よりも長く、苦しい戦いだった。

 

「いい加減にしてよ……も……モルモットじゃないんだよ、僕……」

「フェレットでしょ?」

 

 精一杯反駁しようとしても取り付く船はない。

 ユーノはもはや抵抗すら出来ず、細長いガラスケースの中にポトリと落とされた。

 

「大丈夫、これは実験じゃなくて検証だよ。うまーく行っても行かなくてもこれで終わり。成功の確率としてはまあ、20%位だけど」

「とても安心できる情報をありがとう……で、何するつもり? 身体に電流流して、僕が帯電体質の電気フェレットかどうか、調べるっていうの?」

 

 長いこと監禁されて実験漬けなので、いつもは大人しいユーノもすっかりいじけて、思わず愚痴を吐いてしまう。

 しかし束はどこ吹く風だ。

 

「んふふ、それはねそれはねー……おおっと せつめい しようと おもった けど てが すべった !」

 

 被験体に何も語る事無く、台座にあるスイッチをぽちっと押した。

 その瞬間、ガラスケースの内部がユーノの身体と共に青白く光り始める。

 

「うわーっ、ちょちょちょ、なにこれどうして僕光ってるの!? 何!? 何か凄い不吉な青白さなんだけど!?」

「大丈夫大丈夫、チェレンコフ光ほど危なくはないし」

「程ってなに!? 比較対象がやばすぎて対して安心できないって!」

 

 ユーノの意識はそのままだが、青白い光はますます広がり、ケースを覗きこむ束の顔を下から不気味に照らした。

 

「さあもっともーっと出力あげていこうね? ポチポチポチッと十六連射」

「え、調整ツマミとかじゃなくてボタン連打!? ってうわ、僕ってば綺麗過ぎ……青白くて! 怖いよどうなっちゃうのこの身体!」

「さあ、そのまま時計職人のごとく全身を再構成していくのだっ! 油圧ボタンを押し込めば~♪ 出るのは三種の神器なり~♪

 

 ぐりぐりぐり、と指先一つでボタンが押し込まれる。そのままの状態で数秒間が経つと、ユーノの身体から溢れ出る青白い光が、段々と彼の魔力色である緑へと変わっていった。

 驚いたのはユーノ本人である。光が溢れるにつれて、自分のリンカーコアが強制的に活性化されていくのだ。それも、フェレット形態の身体では受け止めきれないくらいに。

 

「わわわ、出して!」

「はいはいただいまー」

 

 段々と膨張していく緑色のシルエット、束はそれを分かっていたかのように手袋を付け、ケースからユーノをポイ、っと放り出した。

 宙に浮いた身体は、小動物特有の反射力で、地面に対し逆さな姿勢から一気にひっくり返る。しかし四足で着地はせず、地面に接したのは二本の足だった。

 拡散していく緑色が収まり、不安定だった輪郭がしっかりと形を結んだ時。それはフェレットではなくて、落ち着いた民族衣装を着た少年になっていた。

 

「は……はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」

「おぉ、君はやっぱりフェレットと偽り、実は愉快なショタっ子きゅんだったんだね!」

「バカ言わないでよ! あのままだとホントに死ぬところだったんだよ!?」

「リンカーコアの暴走に、省エネな身体が耐え切れず内部崩壊しちゃって?」

「そうそう、フェレットモードは消費量が低いけど許容量も……ってなんで分かったの!?」

 

 変身の様子を凝視していた束だったが、今は興奮も収まったようで、涼しい顔でちっちっち、と指を振った。

 

「大体分かるよ。君の反応と変身現象を見てたらね。大体、アレは君の中の生体器官を活性化させる機械で、デンキウナギなんか入れたらもうビリビリ来てますー、なんだけど、やっぱりリンカーコアもそういうのと同じ体内器官なんだね!」

「……そういう切もあるけど、あれは、魔法の中でもまだ謎だらけで……って僕、そんな危ない事されてたんだ。でも、もう驚けなくなっちゃった。君って、何というか凄いから」

「当たり前だよ? 束さんは天才だもん。凄いに決まってるんだ」

 

 そう言った束はキーボードを取り出し、指先が見えなくなるほどの速度で何やら打ち込み始めた。

 覗いてみると、半日前にユーノから聞いた魔法理論が、驚くべきことにそっくりそのまま、しかもユーノが説明していなかった事象まで、推測ではあるがこうではないか、と打ち込んでいた。恐るべきなのは、それが殆ど正しい解釈である、ということだ。

 天才というより変態じゃないか、とユーノは思う。管理外世界の、魔導のまの字すら世に出ていない世界で、この少女は唯一その原理を解析し始めている。自分というイレギュラーを拾ったことがきっかけだとしても、ゼロからたった一日で、自分の変身魔法を見抜いてしまうほど理解するのは、大変に非常識で、異常なことだった。

 

「さて」

 

 束の指がタンッ、とエンターキーが打ち込まれたら、キーボードはすぐに横へ退けられる。記録終了まで僅か五分。数時間掛けて聴取した内容を打ち込むのにこの時間。打鍵速度は勿論、それに耐えられるキーボードも凄いものだ。

 

「ねえ君、結構頭いいよね。とても9歳とは思えないくらいに。魔法の理論なんか、こっちだと高等数学みたいなものだし……もしかして君や、向こうの子供はみんなそんな感じなの?」

「き、君にだけは言われたくないなぁ」

 

 あ、言ってしまった。ユーノは答えながら、思いっきり顔をひきつらせていた。女の子に褒められるのは悪くないけれど、こんな女の子に褒められるのは何やら底知れぬ闇を感じて、むしろ恐ろしい。

 だから、つい口に出してしまった言葉。普通に考えれば悪口になってしまう。ああいうプライドが高そうなのは、馬鹿にされると何をするか分からない。

 ひやひやしながら返答を待ったが、帰ってきたのはより斜め上の解釈だった。

 

「そうだよね! 束さんが人を褒めることなんてめったに無いんだから、畏れ多くて困っちゃうよね! 返上しちゃいたくなるよね! いやー、分かってるじゃないかぁチミィ、このこの!」

 

 何故か気に入られてしまったようで、うりうり、という効果音が出そうなくらいに頭を撫でられた。ユーノは妙ちきりんな理屈に呆れながら、人間のままでも小動物のように扱われていることに気づき、なんだか憤然としてしまう。

 

「で、さ……そろそろ、あの娘の所に戻して欲しいんだけど?」

「あの娘って、なのちゃん?」

「そう。ジュエルシード回収なんて、危険なこと頼んじゃったから。出来る限り助けたいんだ。あの娘まだ魔法は初心者だし、僕が教えてあげないと」

「んー、その必要、今の所は無いと思うよ?」

「ええっ!?」

 

 なんで、と迫るユーノに対し、束が差し出したのはタブレット型の端末だった。

 そこには、ジュエルシードに取り込まれて巨大化した四足の怪物が写っており――束と同じくらいの年の少女にしこたま打ちのめされ、メタメタになって倒れていた。

 

「な、何これ……!? え、あれ、ジュエルシードの暴走体だよね! しかも野生動物取り込んで凶暴化してる!」

「ピンポン大当たり! 映像だけなのに良く分かったね。まあ私は天才だから、昨日の夜起こったエネルギーの波長と同一なものを探知するというスマートな方法で探したんだけど。あの宝石、魔力を発してるみたいだけど、余りに強いから家のレーダーでもキャッチできるんだよ」

「そんな方法が……って、そうじゃなくて! あそこでトドメ刺そうとしてる女の子って誰!? 暴走体だよ! 魔法を持ってないと歯が立たな……そうか、実体化したから物理攻撃も通じるのか、ってそれでもおかしいって!」

 

 驚き喚くユーノに対して、うん、おかしいね、と束は笑う。

 実際、束も笑うしかないのだ。あのモンスターの戦闘力は、ジュエルシードが取り付いてから今までの記録映像だけで概算してみても大人のクマを軽く上回る。それにその皮膚は、恐らく鉄板並みに厚く、硬い。物理攻撃が通じるとしても、銃弾くらいなら軽く跳ね返すだろう。

 それが、ただ竹刀の打撃のみでグロッキーになっているのだ。

 

「ちーちゃんてば、そこまでは強くなかったはずなんだけど。なのちゃん来るまであいつと互角くらいかな、と思って放置してたらこの有り様だよ! ね、おかしいよね!」

 

 あはははは、と笑いながら束は確信する。

 

 ああ、ちーちゃんもなのちゃんと同じだ。きっと、私に対抗するために必死で技を練り上げたんだ。一人で。こんなに危険な技をなのちゃんのパパが許すはずがない。だから夜更けに、一人で隠れて必死で自分をいじめ抜いているんだろう。

 面白い。やっぱりちーちゃんも素敵だ。なのちゃんと同じで、私の心を楽しませてくれる。更にいいのが、なのちゃんは私がやりすぎるとそっぽを向いちゃうけれど、ちーちゃんの場合はいくらやり過ぎても叩きのめしに来るということだ。

 そうしたら、更にそれを上回ってしまえばいい。そうすれば、向こうももっと私の予想を裏切ってくれるのだから。

 

 ああ、なんて素晴らしい永久機関だろう!

 

「うふふ、ふふ、ふふふふふ」

「……」

 

 そんな束の心を察することなんて、誰にもできない。何が楽しいのか分からず、狂い笑う束の前でただただ苦い顔をするユーノであった。

 

 そして、数分間ずっと笑い続けた後、束はようやく正気に戻り、ユーノに記録映像の続きを見せてくれた。

 

「でね、この後なのちゃんも来てね、正夢じゃないか、だの大丈夫だよ、だの。なんやかんや言い合いがあったみたいだけど……ちーちゃんが協力してくれることになったみたい」

 

 それは良かった、と思わず安心してしまうユーノ。何しろあの少女、モンスターをいたぶる動画を見れば、地上戦に限ってはDSAAの優勝者より強いかもしれない。

 巻き込む人間が増えてしまうのは心苦しかったが、あれなら暴走体なんて問題にならないだろう。

 そして、気づいてしまった。封印魔法だけなら、インテリジェントデバイスのレイジングハートだけがコーチ役になってもさほど問題はないということに。セットアップの場面からして、もう呪文の省略まで習得してしまっているようであることだし。

 

 

――え、じゃあこれ、僕の出番無いんじゃないの?

 

 

「お気づきに なられましたか」

 

 

 ぎくり、と背筋に悪寒が走る。ふと液晶から顔を上げると、何処からか出したトランプの扇で口元を隠しふっふっふ、と怪しく笑う束の姿。

 これから魔法の深奥へと迫っていく上で、彼女には一つの欲望があった。役に立つ道具がほしい。地球の学問を学ぶ上では全てを書物に頼ったが、魔導におけるそれは持ち合わせていないのだ。

 さて、ここに異世界から降って来たのが二つ。片方はなのちゃんに持って行かれた。だから、もう片方を半分こするのは、至極当たり前のことではないだろうか?

 

「ね、ねえ君、何を、言いたいの、かな……」

「君じゃなくて、教授、って呼ばせてあげる。復唱!」

「き、教授っ」

 

 学院での体育の鬼教官を思わせる鋭い叫びに、思わず背筋を伸ばして答えてしまう。この時点で、二人の立場関係はほぼ決まってしまったと言えるだろう。

 

「私ねー、ちょうど助手が欲しかったところなんだ~。魔法に関しては教科書も参考書も何も無いし、私にリンカーコアは無いから……君に……その代わりを、して欲しいんだ。 ね、お願い?」

 

 底抜けな笑顔で、上目遣い。そして首を傾げながら尋ねて来る束。何も知らなければ、可愛い女の子の心からのお願いだ。ユーノも男として、是非とも引き受けたくなってしまうくらいに魅力的な。

 

 しかし彼女のその笑みは、形のない悪魔との奴隷契約書である。きっと、今日みたいな実験体扱いや、そうでなければ無茶ぶりの限りを尽くされて、いつの日かぽいっと捨てられてしまうに違いない。

 

 だが、ユーノは断れない。無言で振り向こうとするユーノ。肩に優しく手をおいて抑える束。

 どんなにしても立ち去れない。ここは海鳴束ラボ、絶対に断れない。

 

「…………」

 

 苦悶の顔で、しかし逃げ出せず、ユーノは顔を正面に戻し、ゆっくりと首を縦に振った。

 こうして、篠ノ之束の助手(おもちゃ)は誕生したのである。




週末は更新できないかもしれません。

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