なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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天災の外付け良心回路

 高町なのはと織斑千冬。コンビを組んだ二人のジュエルシード回収はそれなりに順調であった。

 

 

 最初、ジュエルシード・モンスターの前で出会った時、千冬はなのはを思いっきり問い詰めた。どうしてすぐに話してくれなかったのかと。さっきまで叩きのめしていた黒い獣モンスターも、なのはの仮装じみたドレスや機械的な杖も、全て束が仕込んだことだと思ったからだ。

 

「何が正夢じゃないだ。あいつめ、またなのはをダシにして大掛かりなことをしようとしているな。なのはもなのはだ。何の疑いもなしにそんな奇妙な格好で町中を……」

「ち、違うよ、違うってば!」

 

 奇妙じゃなくて可愛いのにな、と内心で反論しつつも、慌ててなのははバリアジャケットを解き、それから杖のままのレイジングハートを差し出した。

 だが、先端の紅い宝石がチカチカ光り言葉を発しても、千冬はどうせ束の発明品だろうと決めつけ取り付く島もない。

 

「考えて見ればおかしい。鉄のような皮膚を持つ凶暴なモンスター。束め、ついに遺伝子改造に手を出したか。いや、あいつにしては案外遅いというべきか?」

「な……うー、どうしよう、レイジングハート……」

 

 話題にしている本人が盗撮していることも知らず、千冬は決めつけて譲らなかった。

 困ったなのはが、賢い杖の助言通りに実際にモンスターからジュエルシードを取り出す場面を見て、ようやく納得したが、今度はその魔法すら束が作ったものだと疑ってかかる。

 

「えと、いくら束ちゃんでも、そこまでは……」

「いいや、やる。束のやつはそういう人種だ。自分が愉快なら物理法則の一つや二つは簡単に無視するタイプだろうが」

 

 そんなんじゃないってば、となのはが何回言っても千冬は頑として信用しなかった。この辺り、いつも束を過剰に擁護するなのはと、過剰に敵視する千冬は何処までも平行線を通る。事態を収集したのは、レイジングハートが記録していた映像データだった。そこには昨日起こった高町なのはと魔法との出会い“のみ”が映され、その後に起こった束の狂乱は完全にカットされていた。ここまで疑心暗鬼に陥っている人間にあの狂態を見せれば、ますます疑ってかかるだろうという配慮であろう。

 なのはは自分の持つ無機質な杖に心底感謝し、それと同時に、

 

(こんなに気遣いの出来る子を束ちゃんは作らない、というより作れないよね……)

 

 なんて確信したりもした。実のところ、なのはも全てが束の仕込みであるという可能性を、完全には否定できないでいたのだ。

 

「納得した……だが、それでも見捨てて置く訳にはいかないな。良ければ協力したいのだが、構わないか?」

「もちろん! 千冬ちゃんが一緒なら百人力だよ!」

 

 千冬のこの提案に、なのはは呆気無く即答した。少しぐらい悩むと思っていた千冬は、少々意外に感じながら付け加えた。

 

「珍しいな。こういうことには巻き込みたくない、とか言って断るとも思ったんだが」

「だって、千冬ちゃんだったら大丈夫だもん。ジュエルシード集めは危ないけれど、千冬ちゃんは強いし、おとーさんは、千冬は自分の力をよく弁えている、って言ってたし」

「む、そうか……」

 

 師範の褒め言葉を伝えられ、照れくさいように横を向く千冬。なのはから見れば、自然とにっこりしてしまう光景である。

 少し前まで刺々しかった彼女は、高町家の面々のお陰で随分と丸くなった。いや、丸くなって、いいようになった。それが、なのはには嬉しい。

 

「それにね、私もなんだか不安なんだ。レイジングハートが居てくれて、魔法も教えてもらえたけど、でも、やっぱり、隣に束ちゃんか、千冬ちゃんが居て欲しいかなって思ってた。」

「えっ……あ、いや、それは……」

「迷惑かな?」

「そ、そんなことはないぞ? 師範からは、なのはのもう一人の姉になってくれとも頼まれているからな」

 

 だから、頼ってくれるのは素直に嬉しい。けれど、束と同一視されたのには、ちょっとだけ困惑してしまう千冬であった。

 

 とにかく誤解が解ければ後はすんなり進むものである。千冬は友達であるなのはのため、そしてこっそり御神流を鍛え抜くため、ジュエルシード集めに加わることにした。

 

 

 

 それから一週間。二人が集めたジュエルシードはゆうに五個を超えた。これは千冬の強さとなのはの行動力が、上手い具合に噛み合った結果である。コンビネーションも理にかなっていた。攻撃は千冬。防御と封印はなのはが担当。運動が苦手で鈍臭いなのはを待機させ、千冬が獲物を追い回してなのはの所まで連れて行く。これが行動の単純な暴走体には滅法効いた。

 レイジングハートの補佐のおかげか、それまで埋もれていたなのはの才能故か。最初は千冬の足を引っ張りっぱなしだったなのはも、数度の戦闘を経験した現在、大分さまになってきている。彼女にも高町の、引いては不破の血筋が流れているからだ、と千冬は直感した。封印する直前にきりっと引き締まる顔。それが、道場で向かいあう面の隙間から見えた師範や兄弟子、姉弟子の顔に重なるのも、きっと空目ではないだろう。

 

「束ちゃん? 抱きついてくるのはいいけど、どうしてかな?」

「んー、それはねそれはね、なのちゃん分の補給だよ!こーやってべったりくっついてるとね、なんとも言えない甘ったるいオーラが私の鼻孔へ……はぁぅっ、き、きくぅぅっ!」

「にゃはは、束ちゃんお外でそんなお顔したらいけないよ、なんとかしようね?」

 

 唯一の問題は、今千冬の隣でなのはにべったりくっついている束が、表立っては何のアクションも起こしていないということだった。

 

「くあぁ、これ麻薬だよ発禁だよ。ダメダメこんなフェロモンのすぐ近くに居させるなんてダメだようん。やっぱり私が引き取って正解だったね」

「え、何のこと?」

「おぉーっと束さんお口をチャック! これ以上は聞かねぇでおくんなせぇ! それはともかく、ユーノくんのことなんだけどねっ」

 

 話題がそれに移った途端、千冬の顔は一瞬で緊張した面持ちに変わった。

 

「ユーノ? なのは、それはあの映像に出ていたフェレットの名前か?」

「うん、レイジングハートから聞いたの。大怪我してて、動物病院に送ったんだけど、でもあんな風になっちゃって……どうしようって思ったら、束ちゃんが来て、怪我を治すって言って預かってもらったんだ」

「なにっ!?」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえたので、即座に束を睨む。

 

「やだなぁちーちゃん。なのちゃんからの預かり物だよ。ちーちゃんが考えているみたいに、実験台扱いとか絶対しないよ?」

「しているに決まっているだろう! 今まで私たちに干渉しなかったのもそれが理由か!」

 

 ユーノは少なくとも現在、実験台扱いはされていない。束のラボの地下室にて保護され、衣食住もきっちり整えられていた。今の所は。

 過去にどうだったか、また未来にどうなるかは、また別の話である。

 

「だーかーら、してないって。この束さんの純真な瞳を見てもそんな残酷なこと言えるの? ねぇー……」

「余裕で言えるぞ。お前のことだからな。いくら外身を取り繕っても内側は何を考えているか」

「がびーん、束さんの信用度ゼロ!? このままだとちーちゃんルートはバッドエンド確定じゃん! よし、乗り換えよう。セーブアンドロードでなかったことにするのだ」

 

 そう言って、今まで媚びるように千冬へ迫っていた態度を一変させ、今度はなのはを口説き落とそうとする。

 

「ねーなのちゃん! なのちゃんは私を信じてくれるよね、ね!」

 

 コンマ数秒もかからない、見事な変わり身だった。額に青筋を何本も立て、竹刀二本を取り出そうとしている少女が真後ろに居なければ完璧だったろう。

 

「うん、束ちゃんは私の友達だもん。信じてるよ?」

「ね、そうだよね♪ 私もなのちゃんの友達でよかった☆」

 

 これで何もかも問題ない。当の本人であるなのちゃんさえ納得させれば、ちーちゃんが何を言っても他人事。なのはの微笑みに釣られてにっこりしながら、腹の中ではそういう計算を立てるのが篠ノ之束であった。

 だが彼女は、すっかり失念していた。

 高町なのはという存在は、天才の頭脳の予測、その一歩先を行く人間だと。

 

「だからね、束ちゃん……?」

 

 突然、束の手が取られる。それをぎゅっと握ったなのはは、いつもと変わらぬ笑顔で。

 

「束ちゃんもジュエルシード集め、頑張ってね!」

「え」

 

 その言葉に、束の笑顔は辛うじて変わらなかったが、内心は大きく揺らいだ。

 

「え、な、なんで私がジュエルシードを集めるのかな? 私、魔法使えないよ?」

「でもだって、束ちゃんそれでも集めたいんでしょ、ジュエルシード。ご近所の平和のために!」

「え、う……」

 

 なのはの言葉は完璧に図星を突いていた。単なる高エネルギー体であるだけでなく、太古に生まれた魔法技術の結晶であるジュエルシード。束が集めたくなるのも当然のことだ。

 だが、それはあくまで研究するため、しかも秘密裏に、である。そうしなければ、いくら集めてもユーノの手元に戻り、あえなく別世界へと持ち運ばれてしまうから。

 世界を滅ぼせるほどのロストロギアなんて破滅的ロマンに溢れる産物は、1つでもいいから手元に置いておきたい。魔法を分析する者としてだけでなく、一人の科学者として。

 

 だからそんな、後で必ずユーノに渡さなきゃいけないような理由をくっつけないで! 私そんなに正義じゃないよ! むしろ世間一般で言えば悪の科学者だって!

 

 だが、なのははそんな束の願望を突き崩すように立て続けた。

 

「モンスターと戦うのは危ないけれど、束ちゃんなら絶対に大丈夫だし……それに、束ちゃん、こういうことは放っておけないと思うんだ。アリサちゃんとすずかちゃんを助けてくれた時みたいに。だから、ユーノ君を預かってくれたんでしょ?」

「あー、えーと、そのね、うん……」

 

 なのちゃんちがうよ。放っておけないのはあくまで知的好奇心と探究心からだよ。

 そういいたくとも言い出せない。

 

「まさか……ユーノ君を手伝わない、なんて、言わないよね?」

 

 そして、ここでNO、ときっぱり断ったらどうなるだろう。

 なのちゃんはそれでも納得してくれる。そして、束のことを一切責めることはないだろう。

 

 でも、それが束には何故かきつい。理由なんて無いはずなの、物凄く心苦しい。ひょっとすると失敗作を作ることより、後悔するのかも、しれない。

 

「う、ううん、そ、そ、そんなこと無いって! やだなぁなのちゃん私は天才束様だよ、この程度のトラブルには引かない媚びない省みないよふっふっふ!」

 

 結局、集めるとはっきり宣言してしまった。

 くすみも不純物も無い、純真な瞳で見つめられているから。束にそんな瞳を向けてくれるのは高町なのはただ一人だけだから。こうまで期待されているのに、それを裏切りたくはなかった――のだと、自分の心を無理に解釈しながら。

 

「そうだぞ……ふっ、束は倫理感はゼロだが実は、その裏にある正義感は誰よりも強い、そうだろう? ……くく、くくっ」

 

 千冬の冗談のような援護射撃が、なのはの勘違いを更に煽る。

 ちーちゃんのバカ。今度なのちゃんの父親と兄に御神流のことバラしてやる。精々こっぴどく叱られるがいいさ。

 

「だよねー、やっぱり! そういえば知ってた? この前の大木事件。あれもジュエルシードのせいなんだよ。街があんな酷いことになるなんて、やっぱり束ちゃん、放っておけないでしょ!」

 

 ごめん、それ、知ってたよなのちゃん。最初から最後まで全部監視してた。あの魔法を撃つなのちゃんかっこ良すぎてモニタ越しだけど一瞬くらってきちゃったよ。

 

「うん。あれは厄介だったな! 大木相手では私の剣術もどうにもならん! なのはが砲撃魔法を覚えていなかったらどうなったことやら!!」

「うんうん、危なかったよね!」

「だがまあ束、お前なら何とか出来ただろう? 枯葉剤を撒くとかな!」

「そっかぁ、流石束ちゃん!」

 

 あああ、ちーちゃんの大バカ、魔法で出来た植物に化学物質なんて効果が無いと分かってて、適当に大げさに言っちゃうんだから! ますますなのちゃんが納得しちゃう!

 

「あは、あは、あはははは……」

 

 と、このように追い詰められても束はいぜん笑顔のまま、しかしそれは段々と引きつり始めていた。それを知らずに天然で追い込むなのはと、それを知っていて、しかし引きつる理由は分からぬまま、本能で束の窮地を察しここぞとばかりになのはを援護する千冬。

 二人の数少ない友人に、意図的ではないにしろ牙を剥かれた束の心はまさしく四面楚歌だ。

 

「危ないけど、とにかくそっちも、ユーノ君と一緒に頑張って! 私達も私達で、一生懸命頑張るから!」

「二組のほうが探索の効率も上がるというものだ。後でメールを使って、街の区域分けでもしたらどうだ?」

「それいいね。じゃあ、私はこれから塾だから」

「私は高町家に帰って、道場で素振りだ。荒事に関わっている以上、訓練は欠かせないからな」

 

 納得して、二人それぞれに去ろうとするのを止めることは出来ない。

 束に出来るのは、

 

「あ、うん、行って、らっしゃい?」

 

 と、黙って敗北を認めることだけだった。

 こうなったら帰った後に助手をいじめてスッキリしてやろうと考えたが、

 

「じゃあ、また夜にメールするから! そうそう、ユーノ君の写真とか欲しいな! 元気にしてるかなって、家族もみんな言ってたから」

 

 最後の最後、見事にその逃げ道すら塞がれてしまったのは極めつけと言えよう。

 

「あは、は、はぁ……」

 

 アリサとすずかに合流するため少し走り気味で去っていったなのはと、何だか分からないが束を負かすことができて上機嫌な千冬。二人を見送った後、束はどっと疲れて近くの壁に体重を預け、へたり込んだ。

 

「あうぁ、どーしよ、どーしよ……」

 

 これで、ジュエルシードのサンプルを手に入れるという計画はおしゃかだ。

 ユーノ一人ならいくらでもだまくらかせる。形のそっくりな偽物程度なら、この事件が終わるまででも簡単に作れるはずだ。

 だが、事の次第が多少なりともなのはに知れた今では、それを騙してまで偽物を紛れ込ませるというのは論外だ。自分が影に隠れれば誰のせいにも出来るが、表立っていてはそれも出来ない。どっちみち騙すのは同じだが、なのはにその事実がバレるのとバレないのでは雲泥の差なのだ。

 

 そう考えてしまう点では、天才の束もその感性は案外俗っぽいかもしれなかった。

 

「うぐぐ……いや、ちょっと待て私。く、ふふふ」

 

 だが。束は、問題をいい方向へと考え直すことにした。

 これで自分が魔法に関わることも、またそれを研究することも秘密にしなくて済む。そうしなければジュエルシードの暴走体には勝てない、という正当な理由があるからだ。

 

「そうすれば……なのちゃんの砲撃魔法を生でじっくり見られる!」

 

 以前、監視カメラでこっそりと見た光の軌跡、ピンク色の閃光は、まるで高町なのはそのものを表すかのようにまっすぐで、美しかった。

 生で見たい。魔法としての分析、解析、それ以上に一個の芸術として。

 なのはだって魔法の練習はするだろうから、その時にじっくり見せてもらおう。ユーノも連れて行ってあげよう。なのはは喜ぶはずだ。ユーノも喜ぶだろうがそんなことはどうだっていい。

 

「サポートだって全面的にしてあげられる! 色々作ってあげちゃおう! まぁ、今の所必要無さそうだけど、タフすぎて そんはないのですから!」

 

 本当は強敵が現れた時に、謎のウサミミ仮面とでも名乗ってプレゼントしようと考えていたが、直接届けられるならそちらの方がよっぽど都合がいいし、ありがとう、という声を聞けるから嬉しい。

 

「とりあえずはジュエルシード用のレーダーでも作ってあげよう、助手くんをこき使ってあげながら♪」

 

 などと考えながら、束は今やすっかり元気になって立ち上がり、スキップなどもしながら研究所へと走り始めた。

 

 篠ノ之束。彼女を小さいながらマッドサイエンティストたらしめているのはその才能だけではなく、転んでもただでは起きぬポジティブさも含まれる。のかもしれない。


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