なのたばねちふゆ   作:凍結する人

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いつか宙に届いて(Ⅱ)

 こうしてなのはと千冬が、共にジュエルシードを集めよう、という決心を強く固めていた時。

 少し遠くの草むらで、這いつくばりながらカメラを回している一人の少女が居た。

 篠ノ之束である。

 そしてその隣には、最近束の助手として三食おやつ付きで無理矢理雇われたユーノもいた。

 

「……ねえ、束」

「なんだいユーノ君、君は今は貝になったように黙っているべきなんだよ。こんなに熱い友情シーンめったに無いんだから。あと私のことは『教授』って言ったよね、助手なんだし」

「……」

 

 君は、こんな所でどうして、二人の盗撮なんてしているんだい?

 その言葉を呑み込むのに、ユーノは自分の忍耐を大半使い果たしたような気持ちだった。

 そして、束の機嫌を損ねぬように、柔らかい口調で言い直すことにした。

 

「ええと……教授? その、なのはも千冬も怪我しているのに、僕達はどうして仲間である二人を助けず、こんな所で隠し撮りみたいな真似をしている……のかな?」

 

 聞こえるか聞こえないかの小声で伝えられた今度の問いは、一応束のウサミミまで届いたようだった。機械じかけの長耳を消音モードでピコピコと動かしながら答えていく。

 

「だって、撮って後で二人に見せたら、なのちゃんは喜んでくれて、ちーちゃんはとっても恥ずかしがってくれるじゃん。そんな二人の顔、良いと思わない?」

「そ、そ、そういうことじゃ、ないんだって……!!」

 

 ユーノとしては、ボロボロではないにしろダメージを受けた二人に今すぐでも駆け寄って治療魔法を行使したかった。

 

「まぁまぁ、焦らない、一休み一休み」

 

 そして、予想外の事態が起きたというのに、いつも変わらぬ顔のこの天才が、二人や自分に比べて何処かのんき過ぎる、と、怒りに似た感情すら抱き始めていた。現に傷ついている二人は束の友達だというのに。そんなんで本当に、友達だといえるのだろうか。

 ユーノがこうした義憤めいた感情を抱き始めたのは、この盗撮だけが原因ではなかった。

 

「それに……教授、さっきの戦いだけど」

「んー? あの黒い子と、もう一人、使い魔っぽい赤犬が現れたからすたこらさっさーした、アレがどうしたの?」

 

 そう。ユーノと束は、なのはと千冬が黒い魔導師と戦うほんの少し前に、別の場所で彼女に遭遇していたのだ。しかも、彼女が連れている、犬型の使い魔の存在も掴んでいた。月村亭とは別の場所で発生した動物型の暴走体を、束の発明品「学芸会のソーラン節用電磁ネットワイヤーin上海」で捕獲し、ユーノが封印魔法を掛けようとした時。最初は赤い狼が襲撃してきた。

 牙でしつこく噛み付こうとするのに対し、ある時はラウンドシールド、ある時は煙幕で右へ左へと逃げ回っていた二人であったが、金髪の少女が割り込んできたら、束は即座に、

 

『こりゃ言われなくてもスタコラサッサだね! いくよーユーノ君、ラボへ引き返すのだ!』

 

 と言って、あっという間に逃げ出してしまったのだ。一人きりになればユーノに勝ち目はない。だから、ユーノも仕方なくついていくように撤退したのだが。

 

「あの時、もし逃げ出さなかったら……そしたら、時間を稼げてた! なのはたちがジュエルシードを回収する時間を!」

 

 その時、なのはと千冬がジュエルシードを見つけていた、ということが分かっていれば。ユーノはたとえ一人でも戦い続けていただろう。

 

「何を言ってるのかなー、ユーノ君? そんなのは後出しジャンケンじゃん。私達は私達の仕事に集中してたんだからさ」

 

 束が言ったことは正論だ。ぐうの根も出ないほどに。

 しかし、いやだからこそ、納得出来ないこともある。

 

「じゃあ、どうして……あの時、すぐに退却したんだい? 教授らしくないじゃないか」

 

 そう、ユーノの知る篠ノ之束は、予定外の敵が二人現れた程度で引腰になるような女性ではない。むしろ予定外を面白がって、ひと当たりして確かめてみよう、くらい言ってのけるはずだ。

 ユーノのこの発言を聞いて、束はカメラを固定したまま振り返り。

 

「らしくないー、だなんて言われたくないね。大体私と君はたった一週間の仲だよ? そんなんでさ、私を理解しようとしないでよ」

「う……」

 

 発言の内容そのものよりも、むしろらしくない、と言われたことに対して怒り、鉄のように冷たい口調で言い放った。

 普段の口調とはおおよそ違いすぎるその冷酷さは、ユーノが初めて垣間見る、天才の心の裏側。それは、ユーノの言葉の短慮さの証明でもある。だから、固まって何も言い返すことが出来ないまま、束の言葉の続きを待つしかなかった。

 

「それにねユーノ君? 私が退いたのも、単に怖かった、とかじゃないんだよ? だって、私達、今の所は、アイツには絶対敵わないんだもん。10分持たずにばたんきゅー」

 

 それは、黒い魔導師の挙動と攻撃を見た束が、一瞬で組み上げた未来予測だった。

 

「私は対暴走体用の装備しか持ってこなかったし、ユーノ君も回復したけど未だ本調子じゃない。確か、この星の魔力素が悪さしてるんだっけ? 時差ボケみたいな感じで段々慣らしていかないといけないんだよねー。それがまだ途中なのに、ちゃんと訓練を受けたデバイス持ちの魔導師――しかも、魔力はAAAランク。敵うと思う?」

 

 それは、敵わない、絶対に。ユーノは心の中で納得した。

 魔導師の戦闘において、デバイスを持っているか持っていないかはかなりの差になって現れる。しかもそれだけでなく、魔導師の中でも5%しかいないという、AAAランク。さらに向こうは斧という戦闘向けのデバイスを持っていて、此方の適正は補助専門。出来る攻撃魔法は初歩的なものでしかない。

 

「悔しいけど……ちょっと無理だね」

「無理があるよねー。私もね、今の所、あれを倒すのはほんのちょっっっとだけ……ちょっとだけだよ? でも、きついかも。いやぁ、まさか他の魔導師が来るだなんて。ってかさ、ユーノ君。ジュエルシードの情報って、本当に君たちのスクライア族と、管理局しか知らないの? 見たところ、アレはそのどちらにも当てはまらないと思うんだけど」

 

 ユーノは、自分の大体の事情について既に束へ話していた。スクライア族の一員であること、ジュエルシードは彼らが掘り出して管理局へ譲渡する途中、輸送船の事故によってばら撒かれたこと。だから、束が疑うのも最もであると納得できた。確かにあれは、管理局でもスクライア族でもない。

 

「恐らく、ジュエルシードが発掘された当初、いや、もっと前から、狙いをつけていたんじゃないかな? 僕らだって無意味に発掘ばかりする訳じゃない。昔の文献から遺跡を見つけることもあるし……今回も、そのパターンだった。恐らく向こうもそうして情報を得たんだろう」

「ふーん、つまりあの子は、下手すれば次元が割れちゃう宝物計21個をほしがって、わざわざ管理外世界、こっちで言えばド田舎の農村みたいなとこまでわざわざ来たのかな~? いやぁ、えらいねぇ、私なら思わず飴をあげちゃうよ」

 

 他人事のようなその言葉で、ユーノは気づいた。

 あの子は、あの魔導師は、自分の意志でここまで来たのではない。自分のように事件の関与者ならまだしも、只の子供魔導師が何の理由もなしに地球への渡航を認められるほど、次元港の税関はザルではないはずだ。

 

「じゃあ……あの子は、自分の意志ではなくて、誰かの命令を聞いてここに来てるんだ!」

「その通り! あんなに上等そうなデバイスを用意して、しかも維持出来るってことは、組織であれ個人であれわりかし強力なバックアップを得ているってことにもなるよね」

 

 地面に伏せながら、まるで先生のような口調で答える束。その推論は確かに腑に落ちるものではあったが、それだけにユーノにとっては悪い予感を覚えずに居られなかった。

 

「じゃあ、仮にあの子を倒したとして……それで、解決はしないって、こと?」

 

 声を震わせながら出されたユーノの問いに、束は顔色一つ変えず答えた。

 

「そうだよ~? ひょっとするとあの子は尖兵で、倒したらすぐに『ふふふ、金髪ロリでちょっと危ない衣装の女の子など我ら四天王の中では最弱』なんて、残り三人が一斉に襲ってくるかも!」

「あんまり楽しくない想像だね、それは……」

 

 AAAランクの少女が尖兵なら、それ以上の刺客はどれほどのものになるか。もし四人が一斉に集結出来たとしても、オーバーSランク魔導師の相手なんて状況はどうあがいても苦しくなる。もしかすると、今隣で再びカメラを覗き始めながら顔を紅潮させている天才なら、それでも何とか出来るかもしれないが。それはそれでまたなんとかした以上の厄介事が起こるのだろう、という危険を、今は肌ではっきり感じられるのだ。

 しかしまぁ、自分も半ば強制的とはいえ、よくまぁこんな厄介事の種に付き合っていられるものだな。とユーノが自分の数奇な状況を慨嘆した時。

 

「そうだよねっ……だからさ、ユーノ君」

 

 その歩くトラブル発生器は、心ここにあらず、といった趣でカメラを覗き込み続けながら、事も無げにのたまった。

 

「ちょっとあいつら、つけてきてくれない?」

「え……えええっ、あいつらって、あの、黒い服の魔導師!?」

「それ以外の何があるのかな? ほらこれ」

 

 今さっきここを去って、探知範囲外まであっという間に飛び去っていた人間相手に何をどうやって後をつけろというのか。そんなユーノの反論を封じるように、束は黒くてとても小さなチップのようなものを、をエプロンのポケットから取り出し、ユーノへと放り投げた。慌てて手を伸ばし受け取ると、それは大きめのガラス玉くらいの小ささだが、モニタと、簡易的なコンソールがくっついている。

 

「フェレットモード用の端末だよ。こっそり隠れて様子を探るのにはそっちの方がいいでしょ?」

 

 ユーノは戦慄した。

 果たしてどんな工作機械を使って、こんなに微小で精密な端末を作ったのだろうか。それに、こんな物を設計する手間と製作する時間が一体何処から捻出されたのか、てんで分からない。束はここ2週間魔法の研究に、文字通り寝食を惜しんで没頭していた。録画したなのはの戦闘データを解析したり、ユーノが教えた魔法の術式のエミュレートなどをしてばっかりの彼女を、毎朝学校に間に合うよう起こす。それがユーノの日課にすらなっていた。

 そんな日常の中の一体何処でこんな機械を作ったのだろう。指先で弄びながら怪訝な顔をしていると、それを察したのか束がありがたくも解説してくれた。

 

「こんなものはね、ちょちょいっと片手間でやれば簡単に出来上がっちゃうの。技術としては既にあるものを小さくするだけだからだから、ちょっとつまんないくらいだよ」

「コンパクトにするのが一番大変なのに……ところで、これって一体何の役に立つの?」

「ああ、起動させてみて?」

 

、言われたとおりに起動すると、あっという間にOSが立ち上がり、そうして映し出されたのは、海鳴市全域の地図と、その一点に光る紅い光点。ビルに重なり表示されているこれが、一体何を意味するのか。話の流れから、ユーノは完璧に当てることが出来た。

 

「ね、これ……あの子のいる所?」

「だいせいかーい、流石は我が助手! まあ正確に言えば、あの子にくっついてた使い魔の居場所何だけどね。でも、これで大丈夫でしょ?」

「そうだけど、探知機なんていつ付けたの、教授」

「もちろん、あの時戦い合っていた間に、こっそりとね。煙幕で視界を奪ってると案外バレないものなんだよ? 大丈夫、鼻から入って体内に潜り込ませて固定する、微小なワームタイプの発信機だから、下剤でも使われない限り外れる心配はなし!」

「えええっ、それっ、て……」

 

 体内に潜り込む、虫のような発信機。考えてみて、ユーノは胃がひっくり返るようなゾッとする思いでいっぱいだった。もしかすると、寝ている間に自分の中へも入り込んでいるかもしれない、そして自分を監視しているのかもしれない。そう思えてしまうだけに尚更恐怖だった。

 一回戦っただけで名前も知らない狼の使い魔へ、ユーノは深く同情した。

 

「まさか向こうも監視されてるとは思ってないはずだけど、くれぐれも気をつけてね? それじゃあ、行ってらっしゃーい」

「あ、はい、行ってきます……って、今から!?」

「当たり前じゃん、出来る限り多くの情報を掴んでおかなきゃ。敵を知り己を知れば百鬼夜行だよー。さ、ここは私に任せて早く行け!」

「ええぇ……」

 

 一体何を任せればいいんだろう。

 ユーノにはツッコミたいことは山ほどあったが、それら全部を気にしていては耐えられやしない。逆らいでもしたらどうなるか。先程束の仄暗い一面を垣間見たが、あれは多分氷山の一角なんだろう。とても考えたくなかった。

 少し遠くにいるなのはと千冬は一休みして元気になったのか、立ち上がって月村亭に向かって歩き出す。所々にある擦り傷は木から登って落ちた時のことにするようだ。つまり、それほど大きな怪我ではなかったということだから、とりあえずは一安心である。

 

「分かったよ……じゃ、夜になったら帰ってくるから」

「おっけー! あ、お母さん今日は肉じゃがだってさ、多分美味しいと思うから期待しててよ」

 

 それは、夜になったら帰ってきていいよ、という命令だった。

 ユーノは変身魔法でフェレットになってから、レイジングハートのように首に下げられる端末を装備し、草むらにその小さい姿を紛れさせて、その場から去っていった。

 

「あははー……さて、と」

 

 なのはと千冬も庭から去っていき、残ったのは束ただ一人。

 鬱蒼と茂る森の中で、彼女もまた立ち上がり、録画に使ったビデオカメラを愛おしそうに持ちながら、自分のラボへ向かおうとしていた。

 

「いい拾い物したよねー、私」

 

 拾い物、とは勿論先程カメラの前で繰り広げられた熱い友情――ではなく、ユーノ・スクライアのことだった。

 第一に、彼は頭がいい。束と較べたら圧倒的な差があるが、それでも彼女の論理に辛うじてついていける程度には理解力がある。もう一つ、根気があって、無茶ぶりに屈しない。

 そして最後に、彼はとても『要領』がいい。

 一度、束が今まで無秩序に纏めた研究メモの整理を半ば無茶ぶりで頼んだ時、一分の隙もなく纏めて提出されたのには流石の束も少し驚いた。本人に聞いてみると、

 

『こういう作業はスクライアでも散々やらされてたからね。とりあえずこの端末から研究年・分野でソートできるようにしておいたから。後、もう一つ重要度って項目があるけど、それは自分で分類しておいて。なんというか……良く分かんない発明ばっかりで僕じゃ決められないからさ』

 

 束が作った数百の発明に関する膨大な資料。それも作りっぱなしで後は放置しておいたものが、一つ残らず参照できるデータベース。ぶっちゃけて言うと、束の頭の中にはその何もかもが入っているから全く必要ないのだが、これを見た時束は確信した。

 

 あ、こいつ使える。とてつもなく。

 

「ま、天才じゃあ無いけど」

 

 束が見たところ、ユーノに発明の才能はない。だが、こと整理や纏めといった処理能力においては、余人を遥かに上回っている。

 今までの研究のデータベース化、というのは束にだってやってやれないことはなかった。只、とてつもなく面倒で、それに気を取られていては魔法という新しい分野にも進めない。第一、一度発明してしまった物、解明してしまった原理には何らの興味も持てないのである。

 だから、今の束にとってユーノは、あって嬉しい腕利きの助手なのだ。これから先、その需要がどうなるかはわかったものではないが。

 

「……それに、今の私には、敵情視察よりももっと面白そうなことがあるからね」

 

 月村亭の警備をゆうゆう掻い潜りながらそう呟いた束は、先程録画した映像を見なおし、その中のある部分をリピートし続けていた。

 

――ううん、千冬ちゃんだって飛べるよ? いつかきっと。

 

「あはは、あははははは……」

 

 笑みが漏れる。こんなにあからさまで、しかも挑戦的な言葉。

 

 しかもその時、高町なのはの目線は、束の真正面――カメラの方を向いていた。よもや気づかれたか、とは思わない。自分のスニーキングは完璧だ。

 どうせ単なる、神がかった偶然なんだろう。そう、なのはと関わりあう度に、何度も何度も起こる素敵な偶然。数学なんてちゃちなものでは絶対に計算出来ない。誰にも何にも縛られない、なのはだからこそ言える、奇跡に等しい言葉の欠片。

 だけど。

 

「なのちゃん。あんまり私を甘く見ないでね?」

 

 友達の夢一つ、奇跡一つ、叶えられないで何が天才か。飛ばしてやろう、千冬を。遥か空高く、なのはと同じ場所まで。それが、自分のもう一人の友達、千冬の為にもなるから。

 自分を本気にさせたな、と、束は心の中で呟いた。なのははどうせ何も考えずに言ったんだろうが、自分の言葉に対しては責任をもつ必要があるはずだ。

 明るい笑顔のまま、ウサミミを揺らしてぴょんぴょんと歩く。

 その瞬間にも、束の脳内は束を飛ばすためのアイデアを全力で構築していた。温存されていた雑多なアイデア、理論。その一つ一つが、なのはの言葉を軸にして重なりあい、集まり、混じり。

 そして、単一の結論へと行き着いた。

 

「……あはっ」

 

 なんだ。簡単じゃないか。

 『あれ』を使えばいい。

 

 束は一瞬立ち止まり、それからダッシュで町中を走りだした。月村亭は海鳴とは大分離れた隆宮市にあり、海鳴にある篠ノ之神社からも結構な距離がある。しかし、そんなことはお構いなしだ。どうせ数十キロ走っても、汗一つ流れないのだから。

 三年前に原理を考案したあれを実現させるためには、かなりの技術的ブレイクスルーが必要だった。しかし、次元世界の進んだ科学技術さえあれば、そして、魔法というテクノロジーを応用することさえ出来れば、その過程を一気に省略できる。

 

 ああ、まさかこんな形で実現できるとは。魔法さまさま、そしてなのちゃんさまさまだ。流石の束さんだって、あれを開発するためには後五年間ぐらい必要だと予測していたのに。

 あらゆる問題は解決され、活躍するための舞台も晴れて整った。後はそれに間に合わせるだけ。

 むしろ、一番難しいのがそれかもしれない。ジュエルシードは全部で21。なのはと千冬の今までのペース、そして割り込んできた魔導師の少女の戦闘力と、将来必ず関わってくるだろう管理局の勢力も含めて計算すれば、季節が変わるまでには決着がついてしまうに違いない。

 

 短い。余りにも短すぎる。これから束が作ろうとする物を思えば、絶望的とも言える猶予だ。

 

 だが、それでこそ。

 だからこそ燃える。自分は天才だ、という巨大なプライドが煮えたぎる。

 

「待っててねなのちゃん、待っててねちーちゃん、そして、首を洗って待っていろ、この世界の常識! この束さんが何から何まで、ぜぇーんぶ! 初めてラボを作った時のお父さんが激怒の余りひっくり返したちゃぶ台の如くに! 逆転させてあげよう! 楽しみに待っててねー、あははははははー!!」

 

 国道沿いの歩道を車と同じスピードで爆走しながら叫び捲るウサミミドレスな女の子。

 その写真が複数の人物に映され、その夜多数のSNSのトレンドになった。

 

 世界を変える偉業の始まりは往々にして些細で、かつ滑稽なものである。

 




タイトルの宙という文字は、そらと読みます。

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