ジュエルシードを探すために地球へやってきた、フェイト・テスタロッサの住む場所は、海鳴の都市区にある高級マンションだ。
彼女にとって、ここは言わば、仮の住まい。だから、元の部屋から持ってきて、座り慣れているソファ以外は、新品の家具ばかりで奇妙に生活感がない。未だ、9歳の少女である。そういう引っ込み思案というか、ホームシック的な一面はあって当たり前と言うべきだろう。
しかし、いつも彼女の隣に佇んでいる、狼型の使い魔アルフとしては、この小さなご主人様にもう少し行動的になってもらいたかった。いや、物理的な行動範囲という点で見ると、フェイトは実に良く動いていると言えよう。夜は飛行魔法を駆使して街中を飛び回り、雑多な人混みや街並みの中から、あるかどうかも分からない青色の小さな宝石を探す。
しかし、探索の時間が終わると。その疲れも溜まっているのだろうが、すぐにこの拠点へと引っ込んで、口数の少ないまま眠りにつく。起きたら起きたで、食事を取る以外は殆どソファに座りっぱなしで、やることといえばデバイスのバルディッシュと仮装訓練をこなすだけだ。
別にぐうたらしている訳ではないだろう。マルチタスクを利用しての訓練というのは頭を使うし長時間続けるのは確かにきつい。だがしかし、フェイトは別の意味で行動的になるべきだ、とアルフは考えていた。
例えば、何の目的もなしに街をぶらついたり。リニスが折角フェイトに似合う可愛い服をたくさん残してくれたのだから、それを毎日着替えて、デパートとか、ゲームセンターとか、とにかく、そういう所で遊んだり。不真面目ではあるだろうが、もう少し気を抜いた、というか、気楽な感じでこの世界を歩く時間を取って欲しかった。
「ねえ、フェイト」
人間形態で食事をとった後、思い切って話しかける。おかしかった。自分は使い魔でフェイトは主人。話しかけるのに、肩の力を入れる必要はないけど、自然とそうなってしまう。
「なに、アルフ? ご飯、量が足りなかったかな?」
デバイスを右手に握りながら目を閉じ、終わりのないトレーニングに没頭していたフェイトだが、アルフの一言にはすぐに気づいて中断する。これもよくあることだ。けえど今は心の中で、折角フェイトが集中していたのに、と罪悪感がこびりつく。
「いや、そうじゃなくてさ」
「何?」
「その、あの、さ」
二人、数秒間の静止時間。
考え過ぎだ、というのは分かっている。フェイトは何も変わっていない。今まで通りの優しいご主人様なんだということは、理屈でない、精神リンクから伝わってくる。
それでも、悩みに悩んで漸く発せられたアルフの言葉は、この閉塞的な状況を壊し得ない、ごくごく当たり前の話題だった。
「あいつらってさ。一体、何なんだろうね」
「あいつら?」
「アタシたちのこと、邪魔するガキの魔導師と、そいつのへんちくりんな仲間たちさ」
彼らが一体何者なのか。考えこんでしまうというのは単なる出任せではなかった。
「あぁ……あの子の、こと?」
「そ、この前名前聞かれたよね。あいつ、魔力量だけは大したもんさ。そりゃあ、空戦技術についてはフェイトの足元にも及ばないけどさ。でも……」
どうして、こんな管理外世界の、しかも辺境に居るのだろう。素人だとしても、ミッドの魔法学院なんかに居るべきで、こんな辺鄙な地で、しかも独学で魔法を学ぶような身ではないはずだ。
そう言ったアルフに、フェイトもゆっくり首肯して同意した。彼女の存在は二人にとって全くのイレギュラーである。だからこそ、本来すぐに手に入るはずのジュエルシード集めも、休みなしで毎日探索しなければいけないほどに難航しているのだから。
「だいたい、あのデバイスはなんだい。所有者のヘボな所をカバー出来るような高度なデバイス、どうやってあんな世界で……」
「分からない。けど、あの一人と一体は、かなり手強いと思う。今はまだ有利に戦えるけど、色々戦ってる度に、段々成長していってるし」
「そうであってもさ。フェイトには敵わないって!」
ぽんぽん、と励ますようにアルフが肩を叩いたら、フェイトはくすり、と微笑んだ。それはアルフが久しぶりに見たフェイトの笑いだ。嬉しい事は嬉しいのだが、少しだけ、無理に笑っているようにも見えてしまう。
だから、アルフは話題を変えることにした。
「それより変なのがさ、ガキのお付きだよ。ほら、木で出来た刀を持ってるの」
「あの子? 魔力は持っていないみたいだけど……でもアルフ、押されてたよね。近接戦闘で」
「んー……悔しいけど、アイツの剣術、結構強いよ。動きは早いし間合いを離してもすぐ詰めてくる。魔力弾なんかも使ったのに、それでも食らいついてきちまうなんて」
苦々しげに語るアルフ。主の魔力を分け与えられる使い魔として、魔力も持たない人間に苦戦してしまうのには、何かプライドを傷つけられてしまうような悔しさがあった。
「まあ、飛んじまえば、なんてことはないけどさ」
「でもノーマークだとあの時みたいに、封印したばかりのジュエルシードを無理矢理掠め取られたりもしちゃうから……」
フェイトの心配は最もである。事実、いつかの戦いでなのはに二人がかりで襲いかかり、飛べない、魔力も持たない少女を完璧に無視した結果、なのはが囮となってジュエルシードから二人を離し、その隙に千冬が奪取する、という作戦に負けてしまったこともある。
千冬本人はそこまで自分を評価してはいなかったが、魔力がないにしろ純粋に戦闘力が高く、かつ放っておくと何をしでかすか分からない戦力というのは、フェイトとアルフの悩みの種になるのには十分すぎる程に厄介だった。
「それに、あの緑の方の魔導師も。あの防御を貫くのは、結構難しいと思う」
更にもう一人、厄介なのが緑色の魔力を持つ少年だ。攻撃能力は皆無に近いが、その分結界だったり防御魔法だったりが物凄く上手い。
前は二人とはまた別の場所で戦うことが多かったが、最近は合流したのか、共闘して此方に向かってくることが多い。まず間違いなく二人の仲間だと思っていいだろう。
――実は、自分に対する評価を聞きながら嬉しがるべきか複雑な気分になっているフェレットが家具と家具の隙間に忍び込んでいたのだが、この時二人はまるで気づいていなかった――
「アイツかぁ。白いのと組まれるともっとキツイよ。向こうが防御を捨てて砲撃に集中できるんだから、どうしても近づけない」
「それで接近戦は、あの剣を持った子が居るんだしね。地面すれすれから搦手で攻めることもできない。向こうの知恵と戦術、そのどっちも、試行錯誤から段々固まりつつある」
打開しない状況を再確認させられ、陰鬱になる空気。この話題を選んだのは失敗だったかと、今更のようにアルフは後悔した。自分がリニスのように器用で気遣いも出来るのなら、もう少しフェイトの心を癒やすことができたのだろうに、と思うとイライラも募ってきて、思わず床を拳で叩きたくなってくる。
無論そんな事をしてはますますフェイトを心配させてしまうので、その代わりにアルフは自分たちの家の主を叩くことにした。
「大体、プレシアもプレシアだよ! あの糞ババア、こっちが苦労してるのは分かってるはずなのに、増援一つ送ってきやしない! 倉庫で埃かぶってる傀儡兵の一つも出してくれりゃいいんだ!」
「アルフ、それは」
フェイトが止めるように、それは無意味な仮定であった。こんなに平和な街で、傀儡兵なんかを動かしてみればたちまち大騒ぎになってしまう。仮に結界の中で運用するにしても、転送して運用し、傀儡兵の乱暴さに耐えうる強装結界を貼るまでの魔力を考えたら、フェイト一人では無茶にすぎる。
だけど、無茶な理由だとしても、文句の一つも言ってやりたくなるのがアルフの心情だ。
「でもさ……」
だから、例え言葉に詰まっても、何かを訴えるように犬歯を噛みしめる。
嫌味ばかり言うアイツの事だ。どうせ、この会話もモニターしているんだろう。だったら聞け。こっちの苛つきと恨みを思う存分ぶつけてやる。
「アイツは、フェイトのお母さんなんだよ!? それがっ、どうして! 娘がどうにもならなくて困ってるってのに、こんな、こんな……!」
「……」
あぐらをかいてしゃがみ込み、それから俯いて黙りこんだアルフ。
その姿を見て、そして、隠しているけど悲痛に歪んでいるだろうその顔を幻視して。フェイトはゆっくり、座り込んでいたソファから離れて、アルフの頭を優しく撫で始めた。この使い魔がもっと小さく、自分と同じ背丈だった時と同じように。
「ごめんね」
だが、フェイトが掛ける言葉はあの時とは全く違い、暗く、そして切ない。
「私が、もっとちゃんとしなきゃ。アルフにも、苦労をかけちゃうね」
「……そんなこと、ないっ……」
「ううん……私のせいだよ」
ああ、どうして。
私のご主人様は、こんなことを言う女の子じゃなかった。少なくとも、教育係を受け持っていたリニスが、まだ生きていた時は。
我儘を言って困らせたり、おっちょこちょいな所もいっぱいあって。でも、いつもいつでも笑顔でいる。そんな女の子が、今はなぜだか背伸びしたように寡黙で、無理して笑っている。
彼女の名前は“Fate”。運命という意味だけれど。彼女自身の運命は何処までも彼女に辛く、厳しい。
「く、そぉっ……」
そしてそれは、勿論使い魔である自分が不甲斐ないせいだ。
なんて考えたアルフが、自責の念にこらえ切れず、潤んだ目から涙を零そうとした正にその時。
キリキリ、と摘まれるような痛みが、唐突に彼女の腹部を襲った。
「っ!? あ、アルフ、どうしたの!?」
「う、あ、ぅっ……いた、いっ」
「い、痛いって、お腹が? だ、大丈夫……じゃ、無いんだね? たいへんっ」
別にそれは、アルフの心が悲しみきった果ての幻痛ではなく、単なる腹痛だ。
しかし、状況が状況なので、フェイトは驚き、精神リンクから流れてくるアルフの苦しみも相まって焦り、慌てて外へ出る支度をし始めた。
「フェ、フェイト……? どこ、行くんだい?」
「何処って、この世界の薬局だよ。お薬なんて用意して来なかったし、その様子だと、治療魔法も集中出来なくて使えないでしょ? だったら急いで買いに行かなきゃ」
「そ、そんな……いいよフェイトは、疲れてる、から。アタシが」
「ダメだよ、お腹痛いんでしょ! リンクしてるから分かるよ、アルフが苦しんでるの」
はっと気付き、アルフは精神リンクを打ち切る。だが、フェイトはそれでも納得せず、財布を持って出かけようとしていた。
情けない。私はリニスに託されたのに。フェイトがきっと幸せになれるようにって。それでも、何も出来ない、何もしてやれない。それどころか、今なんてこうして、世話を焼かれてしまっているじゃないか。
「フェイト……ごめんね。本当はフェイトを守らなきゃいけないのに、こんなざま見せちゃって……アタシ、使い魔失格だ」
「ううん、そんなことない、そんなことないよ。私との契約、思い出してごらん?」
「……『生涯を、ともに過ごすこと』」
「そう。だからね、アルフ? 色々気を使ってくれているみたいだけど、そういうのじゃなくてもいいんだ。アルフが隣にいるだけで、私は凄く助かってる。居なくなったら……困るんだ。だから、楽にして、ちゃんと休んで? 主命を果たすために。これ、ご主人様からの命令だよ?」
「……あ」
自分を責めるアルフに対して、フェイトの言葉はどこまでも暖かく、そしてその顔は、ほんの少しだけ、あの時に戻ったような自然な笑顔だった。
だから、冗談めいて締めくくったフェイトの言葉に、アルフは素直に従うことが出来た。
「うん、分かった。じっとしてるよ……ありがとう、フェイト」
ごめんね、と言おうとしたが、ありがとうと言い直す。そっちの方がちょっとだけ明るいから。
「じゃあ、行ってくるね!」
勢いきって部屋から飛び出すフェイト。どっちみちこれが初めて、戦闘以外での外出にもなる。その点ではアルフの献身も、無駄ではないのかもしれない。安心して、アルフは目を閉じ、フェイトに代わってソファの上で横になった。
――この時、もしアルフがもう少し気を張っていたなら、フェイトがもう少し焦っていなかったなら、気づいていたはずだ。余りに焦ったフェイトが、いつのまにやら手に握っていたバルディッシュを取り落とし、そのまま家を出てしまったことに。
フェイトはマンションの廊下を走る。幼いころ、アイスを一度に10個食べても頭痛も腹痛も起こさなかった、そんな使い魔の一大事だ。自分がどうにかしなければ。
そうして、エレベーターに乗った所で――ぷつり、と真上の電灯が消え、下る動きも停止し、僅かに浮き上がるような感覚が止まった。停電か、と目を見張るフェイト。しかし、密閉されているエレベーターは真っ暗闇で、視界が効かない。
本来ちょっといけないことだが、仕方が無い。と魔法を使って明かりを灯そうとしたその矢先。
「はろー」
ぞくり、と背筋に緊張が走る。後ろへと振り返れば、そこには暗くてぼやけた、しかし、自分と同じくらいだとはっきり分かる、女の子の姿が。
そしてこの声、フェイトには聞き覚えが合った。何度か戦い、競いあった白い魔導師――とは良く似ているが、それではなく。一度だけ、ジュエルシードを回収し始めた時遭遇し、拍子抜けするくらいにあっさり撤退していった、ウサミミの付いた女の子。
「あな、たは……」
「私? 私はね、天才だよ!」
その一言と同時に、ウサミミに取り付けたライトを使ってフェイトの瞳を照らす。怪しげな光が密室内に乱舞し、それを見つめたフェイトは、アルフとの精神リンクで助けを求める前に、意識を失いバタリと倒れた。
「うむうむ、流石は束さんの発明品。『ねんねころりよ催眠生物ライト』のこうかは ばつぐんだ!」
篠ノ之束。
全ては彼女の仕込んだことだ。
アルフの体内に仕込んでいたハリガネムシ型発信機ロボットを使い腹痛を起こさせ、フェイトをたった一人で外出させるように仕向けていたのだ。
「後は……っと、デバイスは持ってないみたいだね。これで完璧、おやすみなさーい」
まあ、もし持っていても、EMPでシステムダウンさせればいいのだが。
束は元々、フェイトとアルフの動向について把握し、ユーノに監視を行わせていた。モニタした記録をもとに、自分たちの敵である二人について知り、その行動原理を理解しようとした。それも、最初はなのはの為になるかもしれないという浅い理由で行っていたのだが、記録を続ける度に、束はこの卑怯な覗き見へと興味を示すようになっていた。
記録だけでは見えてこないのだ、フェイトの人格が。フェイト・テスタロッサという人間の深層心理が。二人だけの部屋だと認識しているはずなのに、フェイトとアルフの会話は少なく、フェイトの行動も僅かなもので、このままでは彼らが何者か全然分かりやしない。
辛うじて、彼らの上にプレシアなる女性が居ることだけは分かったが、それだけでは束の欲求など到底満たされず、だからこうして、止まったエレベーターという密室の中で彼女を眠らせるという強行措置に出た。
「私が直接出張ってきたんだから、眠ってなかったら有り難がって泣き出してもらわなきゃ許せない所なんだよ? だって、最初はユーノ君に任せようかなとも思ったんだもん」
エレベーターのセキュリティは既に切断している。だから束は密室で誰も聞いてくれない独り言を紡ぐ。
「でもね、ユーノ君の性格的にこういう仕事は無理だろうし。それにね、私は君に興味が……ううん、君の『記憶』に興味があるんだ」
フェイトの『記憶』。一見意味のないようなアルフとのやりとり、日々の行動の中で、束が唯一掴めた手がかり。束にとっては珍しく、理屈ではなく直感によって得た発想だ。
「だから」
普段と全く同じ、なのはに甘える時、千冬をからかう時、発明に狂喜乱舞する時と同じく目を細め、心から笑っている――
「君の頭、ちょ~っと、覗かせてもらうね?」
それをフェイトに――ではなく、髪の毛と肌と頭蓋骨に隠れた彼女の脳味噌へ向けながら、銀の光沢がかったヘルメットのような機械を、フェイトの頭へセットした。
アルフが横になって、ざっと20分くらい経っただろうか。かちゃり、とドアが開き、薬局のポリ袋を持ったフェイトが駆けつけてきた。
「ただいま、アルフ。大丈夫?」
「ん?……あぁ、おかえり、フェイト。いや、寝てたら結構楽になってきたよ。でも、一応飲んどこうかな」
「そっか。それがいいよ。じゃあ、今お水持ってくるから」
フェイトがテーブルに置いた袋の中には、腹痛に役立つだろう薬が何個も入っている。別にそこまで買ってくることないのに、とアルフは心の中で苦笑しつつ、多分店頭で必死に選んだんだろうな、と想起されて何だか心が暖かくなって来た。
この分なら、腹痛も夜には治りそうだ。そうしたら、ジュエルシード探しを手伝える。
アルフはホッとして、起こした身体をまたソファへとうずめた。たまには子供の頃のように、こうして甘えるのだっていいかもしれない。
「ね、フェイト。所で、どの薬局で買ってきたんだい?」
「え? ……えと、えーと……」
いきなりの問にフェイトは戸惑い、思い出せずにポリ袋に描いてあったロゴを見て答えた。だが、そこもフェイトのおっちょこちょいな、所謂素が出てきてるんだと思えば、さほどおかしいことではない。アルフは、小さな声でくすくす笑った。
「フェイトってば……」
「あー、アルフ? 今おっちょこちょいだなって思ったでしょ!」
「思ってない、思ってない」
「思ってた! リンクなんて無くても、ちゃんと分かるんだからね! はい、嫌がらないで飲むこと」
「なんだよぉ、フェイト。アタシもう子供じゃないってば、嫌がらないって」
ちょっとムスッとしたフェイトの顔は、ある意味笑顔より貴重かもしれない。
そう思いながら、アルフは錠剤二つを水と一緒に飲み干した。
劇場版1stの如く、テンポよく進めることを意識してるので、これから何処かしら抜かしすぎて、説明不足な所があるやもしれませぬ。
何か歯抜けだなぁと思ったらご指摘くださいな。