『それ』は蠢いていた。質量保存の法則を無視するかのように伸びたり縮んだりして、こちらを見つめていた。
「うぇっ、やっぱり死体ってのは慣れないもんだね」
『早く慣れてください』
「そう言われても、ねぇ」
これからもっと多くの死体を見る羽目になるから、だから早く慣れろと言う気持ちはわかる。それでもキツいものはキツい。難しい相談だ。
そうして死体の山を歩く。
どんよりと曇った空の下、漂う腐臭に顔を顰める。
人類は、過ちを何度繰り返せば気が済むのか。
キャロりんの気持ちがわかってしまうような気がして、少し怖くなった。
一つの死体が目に留まる。それは頭が吹き飛んでいて、今にも全身が崩れてしまいそうなほどボロボロの推定男の死体だった。それの腕が動いている。
好奇心で近づいてしまったのが間違いだったのだ。
死体まであと数歩、そこまで近づくと死体の頭から虫が出てきた。蛆や蝿とは違う。それは質量保存の法則を無視するかのように、チャプチャプと伸びたり縮んだりして、蠢きながらこちらに近づいてきた。足元まで来ると、気持ち悪くて何度も踏んづけて殺した。混乱した頭で下を見ると、虫の中身がびちゃびちゃと飛び出して死んでいた。ピクリとも動かない。靴裏にもべちょりと黄色い液体がへばりついていた。汚れを取るために地面を蹴る。時折り裏を確認しては重点的に蹴り続け、「もういいだろう」と言える程度には汚れは落ちた。
「さっきの虫、名前知ってる?」
『さあ…少なくとも私のデータベース上には存在しておりません』
「珍しいね」
『突然変異による新種だと思われます』
「汚染されまくってるからねえ。アリよりのアリ」
『………やはりじ「おっと、それ以上はNGだって決めたでしょ」
『すみません』
「いいよいいよ。私も思っちゃったし」
『誤って損しました』
「そんなぁ」
そうして戯れるようにキャロりんと話しているうちに、あの気持ち悪い虫のことは記憶の彼方へ吹き飛ばされた。
それが大体1年前くらいの出来事。目の前にある光景を目にして、今になって思い出すとは。
いつものように死体の山と山の間を歩いていると、見たのだ。あの虫を。
「ねえ、あれって」
『突然変異の虫でしょうか』
「そ、そうだと思うんだけど…でも、おかしくない?」
『何がです』
「だって、突然変異種だから次の代には見た目が変わってるはずなんだ。それにあの見た目は殺したはずなんだよ。じゃあ、どうしてあの虫は」
あの日と同じ見た目をしているの。
そんなことがあるはずがないと、動悸が止まらない。あの日殺したはずの虫が、今目の前に。その気持ち悪い虫がこちらに向かって近づいてくる。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げても足が動かない。どうして、どういう。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
『落ち着いてください。私の声と息を合わせて』
たまになる過呼吸を治す処置にも慣れたものだ。いつもありがとう、キャロりん。
『……落ち着きましたか』
「うん。ありがとう」
『いえ、私自身のためなので感謝される筋合いはありません』
「ううん。それでも、だよ」
私がそう言うと、キャロりんは黙ってしまった。かわいいね。
もう一度深呼吸をすると、虫は忽然と姿を消していた。過呼吸を治している間にどこかへ行ってしまったのだろう。
「あの虫に二度と会いたくないな」
『貴方が過呼吸になりますからね』
嫌味風に言われてしまった。照れ隠しかな〜〜〜〜??????
ニヤニヤしていたが、ギリギリ見えなかったので怒られはしなかった。でめたしでめたし。
2024/1/12
タイトル: 胎虫譚『二頭虫』 作者: usubaorigeki ソース: http://scp-jp.wikidot.com/shuangtouchong ライセンス: CC BY-SA 4.0