転生してから丁度1ヶ月。授業を受けながら他の高校に行ったりして、キヴォトスを堪能していた。
たまに吐瀉物を吐き、棒術を獲得するために不良どもをボッコボコにし、強くなるために最大限の努力をした。
その分、反動が来たけども。一つが龍、一つが竜、一つがキヴォトス人。そんな3分の2が人外でも、ここまで強くなる速度を上げれば、負債は必ず渡される。重すぎる負債がな。
急ぎ過ぎだって自覚はしてる。だけど、俺に残された時間は少ない。
本編開始まで時間がないんだ。そして、こっち側の技術を用いた禁忌を見かける機会も多くなってきた。
今は穏やかに済ませていれるけど、次第に限界がくる。そうなれば、先生が訪れる前にキヴォトスは終焉を迎えるだろう。
絶対にそれは阻止しなければならない。
「はっ、はぁ……。きっつ…」
「…大丈夫?」
またゲヘナに禁忌の反応が起きた。幸いにも放課後だったので、急いで来る事ができた。
けど、全力で移動した反動として、視界が揺らぐ。多分、今回だけの反動じゃないんだろうな。
急いで強くなろうとした代償。体を食い破ろうとする侵食に苦悶し、壁に頼っていた時、背後から声が鳴る。
どこか落ち着いており、凛々しく、そして愛らしいと思える声。
前々世界での推しであり、声がASMRとまで言われていた声。
顔がいい、声がいい、全てがいい。そんな言葉をオタク仲間に言ったことすらもある。
後ろを振り向いた。そんな推しがいた。
「鬼方、カヨコ…」
「…なんで知ってるの?セミナーじゃないでしょ」
「…はぁ、はぁ……ミレニアムが情報を制さなくて何を制す?」
「……」
「便利屋68だろ?知っている、さ……」
「は?」
体が前に倒れた。久しぶりだな、意識が朦朧とするこの感じ。
ははっ、まだやらなければならない事は沢山ある。なのに今、俺は倒れようとしているんだ。
大事な時に立ち上がらないなんて、前と全く変わらないじゃないか。
「目の前で倒れられたら寝覚め悪いんだけど…。……社長?ちょっと良い?」
「分かってる。ごめん。…ありがとう」
「ここ、は…」
最近倒れすぎだという意見は置いておきましょう。
どうやらソファで寝ているようだ。誰かが拾ってくれたのは間違いない。
……一日一悪が墨で書かれてありますね。これ便利屋68か?便利屋68だろ。あれぐらいしかコレ書かんて。
「起きたかしら?」
「便利屋68の社長さん、陸八魔アルだな。すまない、世話になった。俺はミレニアムサイエンススクール2年生の竜骨アオだ」
「ウチの課長に感謝しときなさいよ。カヨコが助けたいと言わなきゃ放りっぱなしだったんだから」
「あぁ、そうだな。鬼方カヨコ殿、すまない。世話になった!」
ソファから離れ、カヨコの目の前に立ち、頭を下げる。
英雄というのは、簡単に頭を下げてはならない。観測者は、簡単に頭を下げてはならない。
観測にならないし、守る上でこの上なく不利になるからだ。
だけど、今回ばかりは頭を下げなくてはならないと思う。
命の恩人に対して、頭を下げないという選択肢があるだろうか。いや、ない。
「…怖がらないの?便利屋68は、裏にも関係している組織。頼まれたら何でもやる危険な会社だ。それに、私は……」
「顔つきが怖い。俺は最初、それを聞いた時、バカみたいだと思った。顔が怖いと性格が恐ろしい。それはイコールにならない。タマにあるかもしれないが、それはあくまでも偶然に過ぎない。決してイコールの完全証明になり得ない。現にカヨコ、君は俺を助けてくれた。倒れた俺を助けてくれたじゃないか。君は優しい。間違いなくな」
「そして、何よりもだ……顔が美人過ぎて怖いという感情が湧かねえ!!」
「へぇ……」
「こ、告白ですかぁ!?」
「ふふ、中々見る目あるじゃない!」
いやマジで。カヨコ推しなら分かるんだよ。カヨコって怖がられるほど性格やばくないし、怖がられるほど顔が鋭くない。
普通に美人なんだよな。うん、それ以外の感想が出ないくらいには美人なんだよな。
「……初めて見た、私に美人とか言う人。便利屋の何かを狙っている訳じゃない……か」
「……?俺がどうやって狙うんだ?ただの言葉で」
____カヨコは思った。いや、便利屋全員が思った。こいつ、もしかして無自覚女たらしか?と。____
美人と言われてから結構経ってから、カヨコはジットリとした視線をこちらに向けてくる。
"無関係の女の子に言うもんじゃない"っていう言葉が現実に漏れ出てなくても聞こえてくる。
あの、はい、すみませんでした。
「いや、すまん。本当にすまん。だからちょっと機嫌を直してくれるとありがたいかなーって」
「いや、機嫌悪くなってないけど」
「そう言われるのが慣れてないだけじゃないかしら!」
「アルちゃん、ちょっと余計かも」
「えっ……」
便利屋って面白い……。さっきまで疲れていたはずが、投げ出さない現実に嘆いていたはずが、そんなのどうでも良いって思っちゃう。
使命とか、運命とか、そういう堅苦しいものなんてどうでも良い。
ヒナやユウカ、ノアにユズ。そして、便利屋のみんな。こういう何気ない日常を見てたら、守りたくなってしまう。
あぁ、そうだった。俺は、正義のために戦っているんじゃない。世界を守る運命を持って戦っている訳じゃない。他人を守らなければいけないという使命でもない。
ただ、こういう日常を守りたいと思うから戦うんだ。
「そういや、そうだったな。俺の原点も、そうだった。全く、ナッシングだぜ」
『?』
「何を言って……」
空気が痺れる。グラグラと揺らついた感覚が襲い掛かる。
禁忌が今も暴れていて、世界が悲鳴をあげている。日常を守るついでに世界も救ってやるか。
「便利屋68の社長、陸八魔アル。助けてもらった謝礼は後でする。今はちっと要件ができた」
便利屋の窓を開け、ゲヘナで暴れまくっている禁忌に目を向ける。
深呼吸をしながら強化を体に回し、いつでも戦闘に入れるよう、臨戦態勢を整える。
思いっきり空気を吸い込んだのち、駆け抜ける。今できる全速力で向かっている。空気を全身で感じる事数秒、俺の拳が迫った。
龍と竜の力で強化されたパンチ。多少威力を抑えられたが、それでも多少。受け切れるダメージ容量をオーバーし、勢いよく吹き飛んでいった。
禁忌が暴れた騒ぎで生徒がいなかったことが救いか?禁忌が背中から勢いよく倒れても被害がない。
街の被害は大きいが……まあ、万魔殿が何とかするだろ。うん。
さてさて。
さてさてさて!
「イラついてんだよ。こっちだってなァ……怒りが我慢の限界なんだよ。勝手に現れて、街荒らして。倒すのがキツくてキツくてヨー、腑が限界なんだよ!煮え繰り返りそうなんだよなァ!」
背負っている白棒を手に取り、二つの力をまとわせる。
その力は俺の怒りと連動するように熱く、数多く鼓動し、周囲に地獄のような熱度だと誤認させる。
禁忌もそれにビビるけど、遅い。俺をゲヘナに向かわせた時点で、俺の怒りメーターはぶち壊れてんだよ!!
「……!」
「…遅え」
焦燥、恐怖、憎悪。それら悪感情を力に変えるまでの時間、僅かコンマ1秒。あぁ、たったコンマ1秒だ。
ヒナと出会う前なら、とっくにやられてたな。そのぐらいの速さをコイツは持っている。
持っているが……今の俺にはぬりィ。ぬるま湯で、チンタラしてる。腕を引きちぎってから嘲笑の表情を浮かべても問題ないくらいにはな。
「禁忌ちゃァん、知ってる?俺ちゃんが吐瀉物を吐いた回数。あ、もちらんこの1ヶ月でさ!」
振り向く前に四肢を全て落とし、額あたりに座る。
肩に乗せていた棒を禁忌の首元の近くに配置し、いつでも殺せる態勢に入る。
「321回。こんだけ吐いてもさ、吐くのは辛い。喉が焼けるし、体力はどんどんすり減っていくし。ゲーム開発部のみんなからは心配されるし、セミナーからは怒られるし。ハッキング対決ヴェリタスに負けるし。本当、最悪なことばかりさ。……なあ、どうして俺が吐いてまで力を手に入れるのか知っているか?」
「……」ブルブル
「知らない?じゃあ教えてあげるよ!お前らを皆殺しにする為だよ」
棒を振り、首を刎ねる。
自分の顔をは見えないけれど、きっと大切な人には見せれない顔をしていたと思う。