消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第1章:闇夜を切り裂く命題反証
第1話:月下の悪夢


いつの日かの夢は物語る。かつて見た幻影。あの日に交わした呪いの全てを。

 

それは、身も凍るほどに冷たい夜だった。

私は独り、果てしなく続く砂漠の中を歩き続けている。理由は分からない。ただ、何かを探していることは確かだった。

 

――ここじゃない。

 

そう呟いた声が、砂嵐の向こう側へと消えていく。

コンパスの針は狂ったように回り続け、示されるべき方角はとうの昔に失われていた。

立ち止まって空を見上げるも、舞い上がった砂の層に遮られて、天辺に浮かんでいるはずの星々ですら私の目には映らない。

 

砂嵐は次第に強さを増していく。もう目の前だってまともに見えなかった。

 

――早く見つけないと……。

 

恐怖から逃れるように、私は再び歩き出そうと足を一歩踏み出して――その瞬間、何かが私を引き倒した。

 

「ぁ……っ!」

 

仰向けに倒れる。馬乗りになって私を抑え込んだのは何か(・・)ではない。誰か(・・)であった。

影に隠れて見えない相貌。向けられた瞳に宿る殺意の前に、私は抵抗すら出来なかった。

直後、顔面に強い衝撃が走った。

 

「あぐッ――ッ!!」

 

激痛。それも一度ではない。何度も、何度も。

繰り返される殴打はとどまることを知らず、慌てて両腕で顔を覆っても、片腕を取られて再び殴られる。

何故殴られているのか分からない。どうして、こんな……。

 

『分からない、だと?』

 

不意に聞こえたのは怒気を孕んだ誰か(・・)の声だった。

狂おしいほどの憎悪。確実に殺すという憤怒。そして再び顔面へと叩き落とされる拳。

 

『私はお前を赦さない。』

 

殴られて、頬骨から嫌な音がした。

 

『お前が笑うことを許さない』

『お前が抱えた全てを壊す』

『お前が赦しを乞うことも許さない』

 

歯が折れる。片眼が潰れる。

 

『絶対に逃がしたりなんてしない』

『どこまでも追いかけ続ける』

『お前を一生苦しませ続ける』

『お前に安寧なんて訪れない』

 

終わることなき暴虐の嵐。私を呪い続ける誰か(・・)の言葉。

怨嗟の声は鳴り止むことなく、吹き荒れる砂嵐のように耳の奥で残響する。

私を殴り続ける誰かの手から血が飛んだ。私だけの血ではない。私を殴る誰か(・・)の血。

既にその手からは肉が割け、骨が露出し、それでも止まらない衝動に身を任せ続けて壊れかけていた。

 

――ああ。

 

顔を潰されて声すら出ないけど、やっと思い出した。

いま受けているこの痛みも、私を殴り続ける相手の正体も、私は元より知っていた。

 

――私のせいだ。それだけのことをしたのだから。

 

もはや痛みすら分からなくなっていた。ただ、諦めないといけないことだけは分かっている。

ゆっくりと沈む意識の最中、じきに目覚める私の絶叫が砂の世界に木霊して――

 

「……シノさん! ホシノさん!」

「……うぇ?」

 

目を開けると、そこはアビドス生徒会本部の中だった。

心配そうに私を覗き込むヒフミちゃんは、起きた私を見て安心したように溜め息を漏らした。

 

「大丈夫ですか? 随分うなされていたので心配しましたよ……」

「あ、あぁ………ありがと、ヒフミちゃん」

「ホシノさん、もしかしてまた夜更かしですか?」

「……うへ、バレた?」

 

ヒフミちゃんは腰に手を当てながら、怒っていることをアピールするように頬を膨らます。

 

「最後にちゃんと寝たのはいつですか?」

「え~と……、き、昨日はぐっすり寝たよ! ただ、ちょっと夢見が悪くてさ……」

「本当ですか? この前も同じこと言って徹夜していたような気が……」

「ほ、ほんとだよ!」

 

慌てて言うけど、ヒフミちゃんは依然として疑いの眼差しを向けたままである。

信用無いなぁ、とは思えども、これまで何度かその手を嘘を吐いている身としては何とも言えない。

頬を掻く私を問い詰めるようにヒフミちゃんは顔を近づけた。

 

「じゃあ、どんな夢を見たんですか?」

「ゆ、夢? え、え~と、砂漠を歩き続ける夢だよ」

「砂漠?」

 

ヒフミちゃんは首を傾げる。

 

「もしかしてアビドス砂丘ですか?」

「ううん、砂丘じゃなくて本当の砂漠。見回す限りどこまでも砂が続いてるんだ。砂嵐も凄くってさ、まいっちゃうよね」

 

肩を竦めて見せると、ヒフミちゃんも納得したのか、膨らんだ頬が萎んでいった。

その隙にと、私はこれ以上言及される前に話題を切り替える。

 

「そういえば、総会の資料ってもう配ってあるんだっけ?」

「はい! 各校代表の皆さんも揃ってますし、全てのサンクトゥムタワーの稼働もばっちりです!」

「いつもありがとね、ヒフミちゃん」

 

そう笑って労うと、ヒフミちゃんも胸を張って応えてくれる。

何度目かも分からない総会の準備と確認。それはすっかり手慣れたもので、私の準備も出来ていた。

 

私はショットガンを背負って立ち上がり、アビドスの公会議室へと歩き始める。

すぐ後ろにはヒフミちゃん。アビドス校舎の廊下には、私たち以外の誰も居ない。

 

しばらくして、公会議室の前へと辿り着く。

私は扉にそっと手を当てて、緊張をほぐすように深呼吸。

 

――大丈夫。どうせ何も変わらないのだから、変わらないことを確かめるだけなのだから。

 

息を整えてから、背後のヒフミちゃんへと視線を向けた。

 

「それじゃあ行こっか。ヒフミちゃん」

「はい! ホシノ生徒会長!」

 

そして私は扉を開ける。

その先で待っているのはキヴォトス三大校、即ちミレニアム、ゲヘナ、トリニティの生徒会代表者たち。

幾度となく繰り返した会議の議題はこれまで通り、この世界(・・・・)に異常が無いかの定例会であった。

 


 

「待ってたわ、アビドス生徒会長」

「キキッ、流石はアビドス生徒会長。最後に登場とは結構な身分だな?」

「実際そうじゃん☆ アビドスが一番大きいんだし権力もあるんだから。ゲヘナ生ってそんなことも分からないのかな~?」

「そうすぐに喧嘩を売るものじゃないよ。自らの価値を貶めてどうする?」

「アハッ! セイアちゃんはちょっと黙っててよ?」

「ミカさん……! 失礼しました、ホシノさん」

「うへ……せめて仲良くとは言わないけどさ……」

「あはは……今回もすごいですね……」

 

毎度のことながら、会議室では一触即発の空気が流れていた。

この公会議は各校のサンクトゥムタワーの稼働状況について共有する大事なもので、現状四か月に一回のペースで開かれている。

 

そのホストを引き受けることもアビドス生徒会長としての大事な責務のひとつであった。

 

アビドス高等学校。

私の在籍するこの学校はキヴォトス最大の学校組織としてその名を轟かせている。

多くの分校に巨大な自治区を保有するこの学校は、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムの各生徒たちにも開かれており、その他利権も加味したうえでこのキヴォトスの全権を担っていた。

 

その最たる理由こそが、各学園に存在するサンクトゥムタワーと、そこに納められた世界基底(せかいきてい)に対する最上位権限である。

各自治区内のサンクトゥムタワーによって全ての学校はその存在を確立し、生徒の存在は学校と同じく保障される。

そのタワーを制御するコンソールこそが世界基底。いわば世界の中心であり、世界基底を操作すれば対応するサンクトゥムタワーごと学校や生徒を消すことだって可能だ。

 

これが私たちの命綱。

まさに、崩れゆく世界の崩壊を留めるための楔そのものである。

 

ともなれば、世界基底に不備や不具合なんてものは決してあってはならない。例え犬猿の仲であろうと、報告義務を怠ることだけは許されない。

サンクトゥムタワーの状況を監督し、何か異常が起これば全校を以てタワーの保護および問題の排除を実行する。

 

それが私たちに課せられた使命。この公会議の意義そのものであった。

 

「資料を見たが、ミレニアムもトリニティも問題なく稼働しているそうじゃないか」

 

最初に口を開いたのはゲヘナ学園代表、羽沼(はぬま)マコト。

自由と混沌を校風とするゲヘナにおいて、選挙制にて議長の座を勝ち取っている万魔殿の議長だ。

およそ統率という言葉が存在しない学園にも関わらず、地盤を着実に固め続けられるのは優秀な人物の証とも言えるだろう。

また、戦争(・・)というものに極めて強い執着があるようで、キヴォトスの脅威に対して誰よりも早く動いたほどに並々ならぬ警戒心を持っている。

そんな議長も、平和だったときはユメ先輩と一緒に頓珍漢な計略を行っていたらしい。

 

「ええ、こちらも特に変わりなく」

 

マコトの言葉に続いたのはトリニティの校章が掲げられた席からだった。

その人物はティーカップを手に取って口をつける。

 

「一度襲撃はありましたが、正義実現委員会の皆さんが頑張ってくれましたので」

「それにこっちにはセイアちゃんがいるからね☆ 何ならゲヘナに代わってトリニティが防衛隊派遣をやってもいいんだよ?」

「ミカ、私たちは私たちの学校を守るべきだ。外に出せる余剰戦力は無いのだから」

 

トリニティ総合学園の代表は三人存在する。

 

紅茶を片手に報告を済ます桐藤(きりふじ)ナギサ。

感情的に振る舞いながらも冷静に会議室全体を見ている聖園(みその)ミカ。

そして、未来をも見通すとまで言われる賢者、百合園(ゆりぞの)セイア。

 

ティーパーティーと呼ばれるトリニティの生徒会は三頭政治によって運営されており、そのため代表者として三人も選出されているのだ。

その理由については、トリニティ総合学園が元々三つの学園がひとつになって作られた学校であることを念頭に置く必要がある。

前身となる三つの学園――即ちパテル、フィリウス、サンクトゥスの各派閥をまとめるトップ三名によって運営される生徒会組織ティーパーティー。

現在は各派閥が持つ確執を払拭するかの如く良い友人関係を結べているらしい。

 

故に三位一体。よほどのことが無い限り、ティーパーティーが崩れることは無いだろう。

ユメ先輩は、そんなティーパーティーの面々に対して中立的な友人関係を築けていたらしい。

 

「ミレニアムとしてはタワーの調査以外に割けるリソースは無いわ。まだ解明できていないものが多すぎるもの」

 

最後に口を開いたのはミレニアムサイエンススクールの調停者、調月(つかつき)リオ。

合理と効率の怪物とも言えるセミナーのビッグシスターであり、ミレニアムの絶対権力者として君臨している夜の女王だ。

 

各校のサンクトゥムタワーの管理、調整は彼女率いるミレニアムに一任しており、例え理解できない構造物でも解析して動かすその様はまさしくミレニアムという学校がどういうものかを示すところであるだろう。

そんな会長も昔、ユメ先輩に遊園地へ連れて行ってもらったことがあるらしい。

……正直ユメ先輩と会長が遊園地で遊んでいる光景はあまり想像できなかったが、そういう時もあったのだろう。

 

ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム。そしてアビドス。

四つの学校に打ち立てられたサンクトゥムタワーこそが最後の希望。

この四大校こそがキヴォトスに残った唯一の学校であり、この世界の最終戦線である。

 

外から来る侵略者たちはタワーの破壊を目論んでおり、私たちはそれを阻止しなくてはいけない。それが世界に敷かれたルールだった。

 

「とりあえずさ」と口火を切ると、一同の目が私に向く。話を進めなくては。

 

「ナギサちゃん。襲撃者(・・・)って言ってたけど、詳しい話、教えてくれるかな?」

「はい。こちらに」

 

出された資料に書かれていたのはカイザーPMCが保有する傭兵部隊だった。

最近までは機械的にアビドスのタワーを狙って侵攻して来ていたが、トリニティにも矛先を向ける時期が来たようだった。

 

「トリニティなら問題ないと思うけど、これからしばらくは狙われ続けるだろうから要注意だよ」

「その点はご安心ください。トリニティでは用心せずに済むものの方が少ないのですから」

「うん、お願いね」

 

内憂外患の備えであれば、その程度の忠告はまさしく馬の耳に何とやらだろう。

そう思っているところでマコト議長が吐き捨てるように声を上げた。

 

「いつも通りの風景だな。このように用意された資料に一体何の意味がある?」

 

マコト議長は手に取った資料を投げ放つ。落ちた紙が床を舐める。一同の目がマコト議長へと向く。

そのパフォーマンスに思わず顔を(しか)めたが、わざわざ耳目を引いたのだ。語る言葉を私は待った。

 

「今朝、ゲヘナのタワーが異常値を示した。一時的とはいえ二、三人分ほどの揺らぎが観測された」

騒めく一同。けれどそれ以上に、私はマコト議長が何を言っているのか分からなくて、言葉を失った。

一瞬、聞き間違いかと思ったほどに。理解が出来ずに喉が渇きを訴える。

 

「いや、だって。何? 異常値? そんなわけ無いでしょ?」

「どうした生徒会長よ。今まで備えてきたのはこういった時のためでは無いか」

「そ、そんな……だって……!」

 

――そんなこと、有り得るはずが無いのだ(・・・・・・・・・・・)

 

「キキキッ……動揺しているのはお前だけでは無い。見るがいい、皆の顔を」

 

いつしか公会議室には静寂が戻っていた。

サンクトゥムタワーの解析を行っていたリオ会長は思案するように目を閉じていた。タワーの調整、検査、管理。その全てを一手に担っていたが故に、タワーが揺らぐとは思ってもいなかっただろう。

二、三人分ほどの揺らぎ。それは言ってしまえば注いでいないグラスから突然水が溢れ出したかのような異常現象。

ゲヘナの地に何らかの手段で誰かがやって来た。もし観測された情報が真実であるならば。

 

「それで、だ。私はミレニアムのビッグシスターに調査を要請する。これがただのエラーであるならば、それは管理責任を怠ったミレニアムの過失なのだろうからなぁ?」

「……分かったわ。このまま向かいましょう」

「だったら、私も同行するよ」

 

私はすぐさま声を上げた。

マコト議長の言うそれは確かにアビドス生徒会として看過できない出来事だ。

何かあってからでは遅すぎる。その原因を知らなくては。

 

私の判断に異論を呈する者は誰も居なかった。

アビドスなら。アビドスの生徒会長なら。ホシノ生徒会長なら――

無音の重圧が再び圧し掛かる。私にはこの世界を守る責務がある。守れなければ死んだも同然なのだから。

 

公会議は解散し、マコト議長、リオ会長、そして私の三名は、異常のあったゲヘナ自治区へと向かったのであった。




――次回 第2話:来訪者
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