消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第11話:ネルvsホシノ

ネルちゃんの持つ二挺のサブマシンガンが火を噴いた。

胴を狙って横薙ぎに振られる高密度の銃撃はもはや斬撃と言っても良い。

その軌道と地面との僅かな隙間へ身体を捻じ込む様に滑り込んで何とか躱す。

 

(……これ、マッズいなぁ)

 

空を切る弾丸の音で私は確かに確信した。

先生から聞いていた通り、これは下手に受けてはいけないものだと。

 

『ネルについてなんだけど……その、相性の有利不利が勝敗を決めるわけじゃないってことは先に言っておくね』

『それで先生。どのぐらい悪い(・・)の?』

『……最悪、かな』

 

戦術評価において先生は、本来ならばネルちゃんと戦うのは極力避けたいとまで断言した。

相手の動きを見て最適化していく学習能力。私の射程距離はネルちゃんが一番真価を発揮するインファイト。何よりいくら倒れても必ず立ち上がるタフネス。

そこに付随するのが弾道を見切る脅威の反射神経と来れば、対個人における最強は美甘ネルであると先生は言った。

 

(聞いた話じゃトリニティのツルギちゃんとは互角だったらしいけど……)

 

噂じゃ三日三晩戦うのではないかと危惧されるぐらいの接戦が続いたらしく、そこまで粘ってくる相手であれば確かに私との相性は最悪だろう。

加えて勝利条件も枷となる。私が攻め手の防衛戦となれば、ネルちゃんを躱して目標に辿り着くことは可能だろう。

けれどいま行われているのは先生の元へ向かわせたくない私と、私をタワーの中へ入れたくない両者防衛の戦いなのだ。

 

(弾薬は節約。攻撃は受けずに回避。やることが多いねぇ……)

 

初手で盾受けしなかったのは我ながら褒めてあげたい。

銃撃に捕まったら最後、そのまま押し込まれて致命傷を受けかねないと直感で理解する。

最初から機動戦を行うつもりで盾を背負っていたけれど、その判断に間違いはなかった。

 

(背後に敵は無し。タワー内部は不明)

(距離を保っていれば避け続けることは出来る)

(あのサブマシンガン、なんで鎖で繋がってるんだろう?)

(ショットガンの射程まで近づくのはマズい?)

 

走る銃撃を避けながらも巡る思考。敵の動きを見ながら紙一重で躱し続ける。

盾を使って押し込むにはまだ早い。ネルちゃんが私の動きに合わせて最適化を図るように、私はネルちゃんに見切られる前に隙を見つけて一気に叩き込まなくてはいけない。

 

「避けてばっかでどうしたよ!! 退屈で欠伸が出ちまうなぁ!!」

「だったら寝てなよ。後で起こしてあげるからさ……っ!」

 

薙ぎ払われた銃撃をスライディングで躱して、左手を背中に回して盾を展開。

弾数は既に読めている。リロードモーションに入ったネルちゃん目掛けて、もはや抱きしめる勢いで正面まで踏み込んだ。

――直後、ネルちゃんが突き刺すように前蹴りを放ったところでネルちゃんの頭を飛び越えるように私は飛んだ。

 

「なっ……!?」

 

突然の跳躍。その高度に一瞬驚いたような顔をするネルちゃん。

重力に従うように下ろされるショットガンの銃口。たった一度だけの奇襲。私の瞳がネルちゃんの身体を捉えた――

 

「あっぶね――」

 

脳天目掛けて放たれた弾丸。それを脅威の反射神経で躱すネルちゃん。誰にも当たることなく地面を穿つ散弾。

けれども一発目が回避されることは想定外と言うほどではない。無理な体勢で回避をさせる。体幹を崩す。その目的は果たした。

着地した私は左手の盾で銃身を下から打ち上げる。右手から銃が離れたのを見て更に詰める。がら空きになった胴体目掛けてショットガンを即座に二発――全弾命中。吹き飛ばされるネルちゃんの身体。これならやれる――!

 

「――やるじゃねぇか」

「ッ!」

 

銃撃で吹き飛ばした瞬間、ネルちゃんは獰猛な笑みを浮かべた。

 

(何かマズい――!!)

 

もはや直感のみで全力で真横に飛び込むと、瞬間。鼓膜を破らんばかりの破裂音が真横で鳴った。

地面に着地し振り向くと、同じく地面に着地したネルちゃんが楽しそうに声を弾ませる。

 

「これも躱すかッ!! はっ、やるじゃねぇか」

 

――何をした?

攻撃をされたことは分かる。けれど何をされたのかが分からなかった。

 

(爆発? でも爆風は無かった)

(銃撃? いや、あんな音が鳴るわけない)

 

――違う、鎖だ。

左手のサブマシンガンに繋がったチェーンを使ってもう一方のサブマシンガンを叩きつけたんだ……!

 

鞭のようにしなったチェーン、その先端部分の最高速度は音速をも超える。まともに食らえばただでは済まない――

 

「銃ってそういう風に使うものじゃないと思うんだけどなぁ!?」

「あぁん? 武器なんか戦えればどんな風に使ったって構わねぇだろ?」

「無茶苦茶だね本当に!」

 

跳ねる心臓を押さえつけながら後ろに飛んで距離を取る。

 

C&Cリーダー、美甘ネル。近接戦においてはキヴォトス最強を自負するインファイター。

その名に偽りはなく、迂闊に近づけば天性のバトルセンスから繰り出される攻撃に対処するのは極めて困難。

 

(確かに、先生の言ってたとおりまともに戦っちゃいけない相手だ……)

 

チェーンを鞭のようにしならせながらタワーの入口に陣取るネルちゃんを見て、私は考えていた。

 

(非常に好戦的。けど、逃げても素直に追っかけてくれる気配は全くない)

(入口はもうひとつある。先生が無事にタワーの頂上に着きさえすればいい)

(――あくまでも、時間稼ぎが私の役目)

 

そう思った瞬間に妙な違和感を覚えた。

そもそも私はネルちゃんが居たから地上一階の入口に来ているのだ――

 

「はっ、何考えてんだ? こっちに集中しろっての!!」

「くっ……」

 

空気を食い破らんばかりに唸る銃声から逃れるように、右へ左へと必死に躱す。

そして二挺のサブマシンガンの片方を手放して振るわれるチェーン。先端についた銃が私を叩き潰そうと眼前に迫った。

身を捩じって何とか避けると、銃が地面に叩きつけられて爆発したように地面を抉る。

 

それはもはや銃としての使い方ではない。

普通そんなことをすれば銃身が壊れてもおかしくないはずなのに、鎖を手繰って引き戻された銃からは何の問題も無く銃弾が飛び出す。

 

違う、今考えるべきことはそれじゃない。何か大事なことを見落としている気が……。

 

――そうだ。

――なんでネルちゃんはここで待ってたの?

 

タワーへの入口は二つある。ここ、地上一階と特別反省房前だ。

もし私が外から入ることを選ばずに反省房前の入口から入ろうとしていたら、一体どうするつもりだったのか。

 

私の視線が一瞬だけタワーの上を向く。

だったらここで戦わずに先生を担いで登った方が早いんじゃ……。

 

「おいどうしたよ! まさか、反省房の方から入ろうとでも考えてんのか? だったら諦めな。あっちは現在封鎖中だからなぁ!!」

「封鎖――!?」

「物理錠で締めきってんだ、ハッキングされようが何だろうが最初から開かねぇんだよッ!!」

「…………!!」

 

もはや時間稼ぎなどしている場合では無かった。

先生がわざわざ外からタワーへ入ろうとするなんて考えづらい。真っ先に特別反省房前へ向かったはずだ。

 

開かない扉を前にして、そこから引き返して地上まで降りられるか。

 

――無理だ。その前にミレニアム生が戻ってくる。

 

先生ひとりじゃ確実にここまで降りられない。その前に見つかって生徒たちに撃たれる。

奇跡的にここまで来れても、それまでにネルちゃんを何とか倒さないとここで撃たれる。

選択肢なんて何処にも無かった。多少無理してでも先生が来る前に倒さないと――

 

「――ッ!」

 

その欲が災いしたのか。足元を薙いだチェーンを飛び越えようとしたとき、僅かに爪先が引っかかって体勢が崩れた。

ネルちゃんが持つもう一方のサブマシンガン。その銃口は私の隙を見逃してはくれない。

 

(避け切れない――!!)

 

直後、嵐のような銃撃が私の全身に襲い掛かって――

 


 

動きが変わったと、そうネルは感じた。

反省房の扉の話をしてからというもの、先ほどまでとは打って変わって攻撃的に詰めてくる。

 

「いいじゃねぇか、ようやくやる気になったかよ!!」

「急いで倒さなくちゃいけなくなったからね」

「言うじゃねぇかッ!!」

 

苛立つように叫んで返す。それもそのはずで、当たらないのだ。攻撃が。

さっきはたまたま足が引っかかったところを狙えたものの、それだって盾でほとんど受け切られた。

何とか右足を薙いだおかげで先ほどまでより速くはない。だが、まだ何か底が見えない――

 

構えられたショットガンの銃口から逃れるべく、あたしは一気に距離を詰めた。

弾丸が広がれば避け辛くなる。ショットガンを相手にするときは密着するぐらいのインファイトがあたしの基本。

 

ショットガンの引き金に指が掛かる。銃口を見切って掻い潜るようにダッキング。直後に鳴る銃声――いや、撃たずに距離を取って銃口があたしを追い続ける――!!

 

「な、て、てめぇ――!!」

 

横へ飛ぶ。銃口が向く。嫌って近付く。その分離れる。身を屈める。銃口が追いかける。

 

「くっそ、焦らしてんじゃ――がぁッ!?」

 

サブマシンガンを向けようとした瞬間、ショットガンが火を噴いた。

全身に突き刺さる散弾。飛びかける意識。畳みかけるように鳴る二発の銃声。

 

(ヤベェなこいつ……!)

 

暁のホルス。何処の所属か知らないが、ツルギやヒナと同格なのは分かる。

こちらの攻撃は確実に避け続け、一瞬より小さな刹那の間隙を突いて着実に差し込まれるショットガン。

とにかく、速い。その上攻撃は重たく、モロで一発食らう度に意識が一瞬飛びかける。

 

(外ってのも良くねぇなぁ)

 

タワー内部に引きずり込めば壁際まで追い詰められる。

回避の方向を絞るだけでもずっとマシになるのは明らかだ。

 

――いや駄目だ。そのまま全力で駆け上がられたら追い付ける気がしねぇ。

 

(そもそも何でコイツらはタワーを狙ってんだ?)

(最上階に行けないようにしろとは言われた。だが、着いたら何が起こるのか分かっている奴は誰も居ねぇ)

 

知らないことが多すぎる。分からないことが増えすぎた。

けれど、通したらミレニアムがヤベェってことなら分かってる。

――だったらそれだけで充分じゃねぇか!!

 

「うだうだ考えんのもめんどくせぇよなァ!!」

 

サブマシンガンを撃ち切る。その隙を突いて接近してきた敵に対してチェーンで迎撃。

盾で受けられたものの、一瞬動きが止まるのを見て即座に連射。鳴り響く金属音。直撃がしてないが、盾を持つ手に衝撃が伝わっていないわけじゃない……ッ!

 

「おらおらァ!!」

「くっ……!」

 

銃を撃ち切りチェーンを叩きつけながらリロード。再び乱射。盾越しに撃たれる銃撃。回避――いや、攻撃続行。

相手の攻撃を避ければ攻撃の手がどうやったって緩む。緩めば逃げられる。だからショットガンは根性(・・)で耐える。

真正面から固めて潰す。それが勝利の方程式。これで終わらなかったヤツはいねぇ。

 

けれども、それで終わらないのが目の前の敵だ。

 

「うおっ!?」

 

あたしに向かって凄まじい勢いで蹴り飛ばされた盾を避けた瞬間、目の前に居たはずの敵の姿が無いことに気が付く。

 

(逃げた? いや違う。上か!)

 

盾で視界を遮ってから壁面を蹴り上がっての強襲。陽光を背にして銃口を向けるその姿は、まさしく猛禽類の狩りを彷彿とさせた。

 

「いい加減――倒れろ!!」

「がっ――!!」

 

顔面に突き刺さる散弾。ぐらつく視界。落ちかける意識。だが――

 

「なんでまだ倒れないのさ!?」

「――根性だっつってんだろ!!」

 

微かに息を弾ませるホシノ。それを見てネルは笑みを浮かべた。

 

「そろそろ疲れて来たんじゃねぇかァ!? あたしはまだまだいけるけどなァ!!」

「ほんとに、もうさ」

 

と、その時だった。ネルの付けている通信機から声が聞こえた。

 

『リーダー、大変です』

「いま忙しいんだ! 簡潔に言え!」

『タワー内部に侵入者が。先生と呼ばれていた方のようです』

「ハァ!?」

 

思わず叫んですぐに後悔した。目の前の相手が一瞬反省房の方を見上げたからだ。

 

――クソッ! 気付かれた!

 

即座にサブマシンガンを撃つが、当然躱される。

面倒なことに考えなきゃいけないことが更に増える。

 

そもそも先生が特別反省房前からタワーに入れるはずがないのだ。

特別反省房前の入口に掛けられた物理錠の鍵は全部で十本。ミレニアム各所の金庫へそれぞれ保管している。

いずれも強固なセキュリティで守られており、ミレニアムがハッキングされてからの短い時間で物理的に集められるものではない。

 

――それを集めきったのか!? 何なんだよソイツは……!!

 

確保したときに見た先生とやらはどこからどう見ても弱そうだった。

外見の話ではない。戦うとかそういうことがとても出来そうになかったのだ。

そして物理錠の話をしてから時間稼ぎを辞めた暁のホルス。

どう考えても先生が来るまでにあたしを倒そうと躍起になっていたはずだった。

 

(こいつらの中で一番強いのは暁のホルスで、先生も黒服も弱いはず……)

 

だから気味が悪かった。あいつは何をした? このままコイツと戦ってていいのか?

 

(――違う。いま一番困るのは暁のホルスがあたしとの戦いを辞めることだ)

 

ここまで戦ってはっきりと分かった。

アカネやカリンがこいつと戦っても鎧袖一触に倒される。何としてでもあたしと戦い続けてもらわないと困る。

 

かと言って、ここで戦い続けてアカネたちを先生の元に向かわせるか?

駄目だ。情報が足りなさすぎる。下手に数人送るよりも予定通り(・・・・)暁のホルスを対処した方が良い。

先生が何をしてくるかなんて分からないが、少なくとも優先順位は後回しだ――

 

「わりぃな! タイマン張るのはまた今度だ!」

「……!」

 

即座に身を翻らせてタワー内部へ。あたしに続いて暁のホルスも追いかけてくる。

そして、戦場はタワー内部へと移行した。




――次回 第12話:バックドア
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