特別反省房室前に存在するサンクトゥムタワーへの入口。
黒服の放送によってその場所に辿り着いた時、私は膝から崩れ落ちそうになった。
「なんだ、これ……」
そこには銀行の金庫を思わせる扉が立ちふさがっており、十個の鍵穴によって完全に密閉されていた。
試しに扉に触れてみるが、当然ながらビクともしない。
鍵の種類もダイヤル式から何までと、その形状も閉じ方も全てが違う。一致するのは電子に依存しない物理錠であるということ。
(今から鍵を探すだなんて無理だ……)
鍵が何処にあるかも分からず、虱潰しどころかここから引き返すだけでも他のミレニアム生に見つかるだろう。
もう後戻りはできない。そんな状況でぶつかる袋小路。何が悪いという話ではない。ただ、運が悪かっただけなのだ。
黒服もここに入口があるところまでは見つけたのだろう。それでも、この扉の存在は想定外だったのだ。
誰にも見つからずに来れた奇跡をもう一度だなんて都合の良い話、祈り願うには都合が良すぎる。
シッテムの箱はない。撃たれたら致命傷は免れない。
もし言葉が通じるならば、ユスティナ聖徒会の
だからこそ、見つかったらそこで終わり。それでもまだ五体は満足。諦める理由にはならない。
(まだだ。まだ終わっていない――)
死の恐怖。それ以上にこの世界へホシノをひとり残してしまう恐怖が脳裏を過ぎって……そんな可能性を振り払うように首を振った――その時だった。
「やはり、ここにいらっしゃいましたか」
「……はは」
私の退路を塞ぐように現れた二人の姿を見て、乾いた笑いが零れ出た。
フラグと言うにはあまりに滑稽。偶然と呼ぶにはあまりに出来過ぎ――いや、ピンポイントで狙われたのだろう。
ここに居ないネルは地上一階を。そして特別反省房前は――
「こんな形で会いたくなかったよ、ノア。それにコユキ」
セミナーの書記、完全記憶を持つ
そしてその後ろからおっかなびっくりと言った様子で顔を覗かせるのは、暗号解読の天才、
ノアは寂しそうに私へと笑いかけた。
「ええ、私もですよ。先生」
「ノ、ノア先輩! 本当に大丈夫なんですか!?」
「大丈夫です、コユキちゃん」
ゆっくりとこちらへ歩み寄るノア。私は微動だにせず瞳で追った。
ノアが私と擦れ違う。そして――
「今そこを開けますね、
「……え?」
「私が先生のことを忘れると思ったんですか? まあ、
ノアはそのまま鍵を解除していく。
その度にコユキが「怒られませんか!? 本当に大丈夫なんですか!?」と叫ぶが、ノアは特に気にした様子もなく解錠を続けていった。
「コユキちゃん。金庫を開ける時あんなにワクワクしていたじゃないですか」
「それはそうですけど……! これ会長にバレたらミレニアムバックブリーカーですよね!? というかここまでやったら絶対バレますよね!?」
「その時は……一緒に仲良くミバブリですね」
「なんでえええ!」
泣くコユキに笑うノア。解錠を続けながら、ノアは私へと振り向いた。
「夢と言いますか、明晰夢と言いますか。不思議な感じですね。先生たちと戦わなきゃいけない記憶と、先生たちと一緒にいた記憶が混ざっているんです。だからいつか、こんな日が来るんだなって思ってました」
「ノア……」
私の目ではノアを生徒と認識できない。
けれども、生塩ノアは忘れない。目覚めて揮発する夢であっても絶対に忘れない。
その記憶が、世界の記録が――私が何者かを思い出させてくれる。
「別の時間、別の世界。そのどこかで私の見た夢がきっとこの世界なんです。私たちのホシノさんだって、私の記憶ではもっと違う顔をしてましたから」
「……こっちのホシノは、楽しそうだった?」
それは私にとって何よりも大事な質問だった。そして、その言葉にノアは首を振った。
「いいえ。何かから逃げるように働き続けるんです。辛そうで、見ていられません」
「そっか……」
最後の鍵が開く音がした。
ノアは扉のレバーを持ち上げて手前に引くと、そこにはタワー内部へ繋がる入口が現れた。
「この世界の私たちにとって先生は敵です。けど……」
ノアは一瞬だけ不安な表情を見せる。だから私は不安を払拭できるように笑って応えた。
「大丈夫だよノア。私がみんなを嫌いになることは絶対に無いから」
「……はい!」
この世界のホシノを救う。けれど、いまこの瞬間もうひとつ目標が増えた。
(ホシノを帰すだけじゃない。この世界に再現された生徒たちも解放する――)
そのためにこの世界を、擬色に塗りつぶされたこの地をあるべき姿へと戻さなければならない。
向かうは天高く聳えるサンクトゥムタワーの最上階、世界を歪めるタワーの心臓部。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね!」
「いってらっしゃい、先生……!」
やるべきことは変わらない。
それでも、進むべき道は分かった。
そうして私は、開かれた扉の先へと歩き始める。
ノアに送り出されて無事入ることが出来たタワーの内部は、極めて異常な空間だった。
中は円筒状になっており、巨大なミサイルサイロのようにも見える。
穴の周囲には欄干が設置されており、そこから壁側へ向かって幅20mを超える広い通路。壁際には螺旋状に階段が上へと伸びている。
そして目の前には扉がついた支柱。近付いて見るとエレベーターであろうことが分かる。
エレベーターは五階層ごとに設置されており、1フロアにつき六基がそれぞれ均等な間隔で並んでいた。
(あまり欄干に近づくのも危ないか……)
覗き込めば何階層かのフロアの様子も見えるが、スナイパーが居た場合撃たれかねない。
エレベーターが使えないか調べてみるも、扉の前に不可思議な紋様が刻まれた石柱らしきものがあるだけで触ってみても反応しない。大人しく階段を登るしかないようだ。
小走りに階段を駆け上がっていくと、他にもいくつか発見があった。
まず、各フロアにはそれぞれ観測室のような小部屋が設置されており、中を覗くと機械のようなものが置いてあった。
エレベーターを動かすヒントがあるかと軽く覗いてみたのだが、一目見てすぐに諦める。
どれも電源のついていないタブレットのような見た目だからだ。適当に触ってみることすら仕様がない始末。
最上階まではまだ遠く、今は大体50階ぐらいであろうか……。
しばらく階段を登っていると、階下の方から銃撃音が聞こえた。
『おらァ! 今そっちに行くからなぁ先生ぇ!!』
『こいつは私が止めるから――先生!』
階下から聞こえたネルとホシノの声。
戦火が近づく。ホシノにとっての防衛ラインが私である以上、私がやるべきことは全力で走ることだけ――
――そっちは任せたよ、ホシノ!