消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第14話:在りし日の喧騒

「少々、困ったものですね……」

 

ミレニアムの廊下を歩きながら黒服はひとり、ぽつりと呟いた。

手にした端末にはアバンギャルド君の稼働状況が映し出されている。セミナーから簒奪した権限のひとつだ。

 

アバンギャルド君――ビッグシスターの名で知られるミレニアムの最高権力者が手ずから作成したオートマキナ。

極めて高い戦闘力を持ち、特に盤面制圧に優れた特性を誇る稀代の戦闘兵器であったが、稼働させた直後から何者かとの交戦状態に入ってしまい操作不能となっていた。

 

「ネルさんはホシノさんと交戦中……ともなれば、何か見落としましたかね?」

 

サンクトゥムタワーへと繋がる特別反省房前の通路を歩きながら、はて、と首を傾げて見せる。

――当然その姿を見る者は誰も居ない。それどころか、エレベーターからここまで来るに当たってミレニアム生のひとりとも遭遇していない。

 

――まあ、分かっては居ましたが……。

 

幾ら何でも誰ともすれ違わないだなんて有り得ない。何者かによる干渉は明らか。それが如何なる動機で如何なる者が行っているか――想像の範疇であるが故に特に興味もそそられない。

 

そんなことよりも、とシッテムの箱の表面をなぞる。

脇に抱えたシッテムの箱は大人しく、ただ禍々しい雰囲気のみを漂わせていた。

 

「ご安心ください。私はあくまでただの運び手。在るべき場所へ送り届けるだけの矮小な存在。資格なき存在が御手に触れるその無礼を、今はただお見逃し頂ければ……」

 

通じているか否かは重要ではない。ただ、神性に対する畏敬だけが重要だった。

礼節を保ち丁重に扱う。神はいつだって理不尽なるものだからこそ、只人には扱い難き存在成り得る。

 

故に――金になる。

未知と既知は流れる水の如く。その高低で水車が回るように、子供が支配するキヴォトスでは子供の無知を利用すれば大抵のものは手に出来よう。

 

サンクトゥムタワーへと侵入し、エレベーター前にある石碑に触れた。

幾何学的な紋様が浮かび上がり、黒服は何かを操作する。そしてエレベーターは淡い燐光を放ちながらゆっくりと稼働を始めた。

 

「先生は上でしょうか。まあ、これで追いつけることでしょう」

 

階下から聞こえる戦闘音も、黒服の居る50階までは上がってくることなくその場で留まり続けている。

おおよそ理想的な膠着状態。ただ、フェイルセーフが全く無いのは流石に気になった。

 

手元の端末を見ると、エリドゥで生産していた機械兵たちがそれなりの数になっていた。

ストラテジーゲームのような画面を前に、ふと笑みを漏らす。

 

(こういう手合いのものは彼女(ベアトリーチェ)の領分とは思いますが、はてさて……)

 

黒服の操作によってミレニアムへと進軍を開始する機械兵たち。

その行く先は現在交戦中のアバンギャルド君の元。そこでは今、三人のミレニアム生がアバンギャルド君の足止めを行っていた。

 


 

「もう無理です! というか、そもそもアレどう考えてもピッチングマシーンじゃないですよ!?」

 

止めどなく放たれ続ける機関銃から逃げながら、野正(のまさ)レイが悲鳴を上げた。

並走するのは乙花(おとはな)スミレ。トレーニング部の部長である。

 

「先ほども言いましたが、仮にアレがピッチングマシーンでなくとも、ましてやトレーニング機器でないとしても、筋肉を育むのに利用しない手はありませんよ」

「く、狂ってる! ――うわぁっ!?」

 

珍妙なロボのアームが伸びたのを見てから滑り込みで何とか躱すと、先端のドリルがレイの頭を僅かに掠める。

その様子を少し離れた位置から観察し続けているのは露出の多いミレニアム生――特異現象捜査部の和泉元(いずみもと)エイミ。

 

「大体行動パターンも掴めてきたよ」

「本当!? も、もう足が限界……」

「何を言っているんですか。まだまだですよ」

「むしろスミレ先輩は何でまだ元気なんですか!?」

 

――なんて、アバンギャルド君がミレニアムに乗り込んできてからずっとこの調子であった。

エイミからすれば噂に聞いていた会長の防衛ロボ。そこにたまたま居合わせたスミレとレイを巻き込んで足止めに徹していたのだが、何せ会長が作った会心の一作だ。銃撃は通らず一方的に暴れまわり続けるため、エイミは早々に行動ルーチンの解析に回った。

 

過程としてレイとスミレがひたすら逃げ続ける地獄みたいなトレーニングが始まったりもしたが、パターンは掴んだ。

結果、編み出された対抗策は理論上可能な無謀極まる作戦。

 

「レイ、そろそろ擲弾(てきだん)来るよ」

「へっ?」

 

走りながら後ろを見るレイ。アバンギャルド君は動きを止めて、巨大なグレネードランチャーを取り出す。それに合わせてスミレが叫んだ。

 

「レイさん! 今です!」

「絶対無理ですってぇぇぇ!!」

 

そう叫びながらもレイは、肩に背負ったバットケースのジッパーを開く。

それはこちらの銃弾で傷つかないのなら、相手の弾で削れないかを試すための実験――もとい作戦のため。

 

擲弾を使ったピッチャー返し。

そんな無茶は、まさしくミレニアムの校内スポーツ掲示板を沸かせる野球部四番エースに相応しい役割だろう。

 

「大丈夫。打率8割のエースなら絶対打ち返せるよ」

「いや0割8分なんだけど!? 桁が! 桁が違う!!」

「あ、『へーい、バッタービビってる~』、だっけ?」

「めっちゃビビってるし逆だよそれ!?」

 

がしゃこん、とアバンギャルド君がグレネードランチャーに擲弾を装填する。

レイはびくりと震えながらもバッターボックスへ。向かい合う両者。そして、グレネードランチャーの引き金が引かれる――

 

(あ、死んだ――)

 

それでもボックスに立った以上は、バットを握った以上をもう振り切る以外に道はない。

諦観と矜持、それから恐怖。その三つが合わさった結果起こったのは奇跡的な脱力。レイは叫んだ。

 

「――何とかっ、なれぇえええ!!」

 

振るったバットは、時速250キロを超える速度で放たれた擲弾へと吸い寄せられるように直撃。

手に伝わるのは芯を捉えた確かな感触。その瞬間を捉えたスミレとエイミが驚嘆の声を上げた。

 

入った(・・・)――!!)

 

――そして、射出されたグレネードは当然の如くレイの手元で爆発した。

 

「うわぁーーーーっ!?」

 

爆発で何処かへ吹っ飛ぶレイ。それを見てエイミは「まあそうだよね」と溜め息を吐く。

これで分かったのは、ここでアバンギャルド君を倒すことは不可能だということ。そしてやはり、ここで誰かが持ちこたえる必要があるということ。

 

エイミはジャケットを脱ぎ捨てながら、アバンギャルド君の前へと姿を晒した。

 

「スミレ先輩、ここは私が持ちこたえるからヒマリ先輩たち呼んできて」

「一人で大丈夫ですか?」

「平気。危なくなったら普通に逃げるけど……」

 

眼部のカメラがエイミを捉えて、戦闘モードが再開されつつあるのを感じる。銃に触れれば確実に攻撃してくる、僅かな空白。

耐え切る。危なくなったら逃げる。ただそのことだけであれば、エイミは自身がミレニアムでも有数の実力を誇ることを自負していた。

 

いずれにしたってこの程度の騒ぎ(・・・・・・・)、ミレニアムでは日常なのだ。

 

「エリドゥやられてるっぽいし、多分増員が来る。そしたら会長かヴェリタスにしか止められない。スミレ先輩の足ならレイを救助してもすぐ戻って来られるでしょ?」

「分かりました。行って来ますので少しだけ待っててください」

「うん」

 

そしてスミレはヴェリタスの元へと走り出した。

エンジニア部が定期的に暴走させているロボが行う破壊活動と比べれば確かに規模は大きいかも知れないが、それでも普段のミレニアム。たまたま会長の作ったものが暴れているだけのこと。

 

ひとり残ったエイミはショットガンを構える。アバンギャルド君が再起動する。

 

「戦闘、開始」

 

そしてひとり静かに、アバンギャルド君との戦いに身を投じた。

 


 

そんなこととは露知らず、ミレニアム近郊の電波塔ではエンジニア部による補修工事が行われていた。

 

「説明しま――」

「うん、コトハ。説明は後で聞かせておくれ。ヒビキ、迫撃砲の調子はどうだい?」

「問題なし。自動迎撃機能も付けたからあとはテストするだけ」

「――よし! 休憩だ!」

 

電波塔にちょっとした(・・・・・・)自己防衛機能を取り付けたエンジニア部たちは、電波塔最後の仕上げとして緊急時用ソフトウェアをインストールさせる。

大規模なハッキングが起きた際、自動的に特定のデータベースへ保存していたデータを送るものだ。

今回のようにリオ会長が外出しているときに分断されても、迅速に直前までの情報を送るためのプログラム。

 

「ああ、そうだ。チヒロたちにも連絡しないと」

 

通信機復旧の報せを送って空を見る。

何てことの無い普段の空。電波塔の上に流れる風は心地よく、これでサンドイッチか何かでも持って来ていたらちょっとしたピクニックになっただろう。

 

「お弁当でも持ってくればよかったかな」

「あ、そう言えば……」

 

そういってヒビキが取り出したのは一口サイズの乳性飲料である。

新発売ということで、停電が起きる前に試用品としてもらっていたのが数本ポケットに入っていたのだ。

 

「そう言えば私も……」

 

コトハのポケットから出てきたのはカロリーバー。昼に食べようと何本か買ったものの、停電騒ぎですっかり忘れ去られていたものが一本だけ残っていたようだった。

こうなると、ウタハも何か出さなければと鞄をまさぐるのだが、出てきたのは一本のマイクだった。

 

「なんですかそれ?」

「これは……歌うと自動で採点してくれるマイク、だなぁ……」

「なんで?」

「いやなに、得点の高さに応じてマイク全体が光るんだよ」

「ま、まさか、停電だったから――」

「ああ、えらく光り輝いていたよ」

「ぶっ……くふっ、……あはははははっ!!」

「ど、どういう状況で……っ」

 

暗闇の中で光りながら演歌を歌って廊下を練り歩く姿を想像し、思わず笑う二人と何故か自慢げなウタハ。

ひとしきり笑ったところで、三人は小さな乳性飲料を飲み始める。

 

「あ、そうだ。帰ったらアバンギャルド君の整備しないと」

「何つけようかな……。Bluetooth機能はもうついてるし……」

「あの時の会長、説明しがたい表情をしてましたね……」

「喜んでいたんじゃないか。会長は不器用だからね」

「うーん?」

 

首を捻るヒビキだったが、すぐに「そうかも」と納得して眼下を見下ろす。

停電騒ぎで渋滞した道路。その車と車の間を凄まじい勢いで走るゲヘナ車両が目に留まった。

 

「ウタハ先輩、あれ……」

「リオ会長と……ホシノ生徒会長かな。あの様子じゃ5分ぐらいでミレニアムに着くだろう」

「結局、電波塔直しても直さなくても変わりなかったかも知れませんね……」

「それは違うぞコトハ。こういう状況でも無ければ着手する機会も無かったじゃないか」

「確かにそうですね! 百聞は一見に如かずとも言いますし!」

「そうさ! 我々も科学技術も日々進歩しているんだ」

 

高らかなる宣言は青く澄み渡った空の下でこそ相応しく、コトハとヒビキも笑って頷く。

 

「さあ、明日は何をしようか」

 

軽やかな笑いが空に響いた。

合理と技術の学園はまだ、その身に迫る斜陽の影を知ることも無く。




――次回 第15話:遍く光に瞳を開けて
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