消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第15話:遍く光に瞳を開けて

――72階。

階下で起こる銃撃戦は苛烈さを増していく。

私にホシノを助ける力は無い。出来ることはただ階段を登り続けることのみ。

 

――73階。

回り続ける螺旋を進み、向かうは決着。

戦闘部隊たるC&Cが足止めされている限り、ゴールテープを切ってミレニアムを消せばいい。

 

――74階。

肺から鳴る喘鳴。走り続けた両足は痛みすら半ば感じなくつつある。

それでも、少しでも早くとひたすらに塔を登る。

 

――そして75階。

残り1/4に差し掛かり、私はじっとりと垂れた汗を拭う。

あともう少し……。こんなところで立ち止まっては居られない――その時、止まっていたはずのエレベーターの扉が開いた。

 

「く、黒服……!」

「お待たせいたしました、先生」

 

エレベーターの中にはシッテムの箱を持つ黒服が立っていた。

どうやってエレベーターを? そんな疑問が一瞬湧いたが聞くだけ無駄だろうと思い直す。

黒服は私の心中を察するように頷いた。

 

「エレベーターを動かすまでに少々手間取りまして。肩をお貸しいたしましょうか?」

「いや……、遠慮しておくよ。それより、登らずに黒服の到着を待ってた方が良かったかな」

「まさか。C&Cの皆さんが先生とホシノさんに注視頂けたからこそ得られた時間です」

「ふふ、お気遣いどうも」

「いえいえ」

 

エレベーターの中は鏡面のように磨き上げられた黒い石のようなもので構成されていた。

もちろんボタンも何もなし。中へ入ると扉が閉まり、周囲の壁は幾何学的な紋様を残して透明になる。

そしてゆっくりとエレベーターは上へと向かって動き出した。

 

「古代の技術でして、権限を持つ者以外には操作できないのですよ。とはいえ、エレベーターだけなら生徒会長代行権で動かせたのは幸いでしたが」

 

「それとこれを」と、黒服はシッテムの箱を私に渡す。

手に取った瞬間、脳裏に浮かぶのは果て無き海が続く砕かれた廃墟の教室。そして二人の生徒、シッテムの箱のOSであるアロナとプラナであった。

 

【先生! 無事だったんですね!】

 

アロナが飛びつくように私へと抱き着いた。受け止めて頭を撫でると嬉しそうに目を細める。

 

「お疲れ様アロナ。それにプラナも」

 

【……はい】

 

手を差し出すと、プラナは少しだけ恥ずかしそうにしながら私の手をぎゅっと握る。

二人も無事のようで、私もほっと胸を撫で下ろした。

それから二人には現状を共有した。黒服と合流したこと、ホシノが階下で戦い続けていることを。

 

「ホシノが耐えてくれている間にミレニアムのタワーを消す……んだけど、消したらタワーから落下なんてことは無いよね……」

【その可能性は低いと思います、先生。タワーを登ったという事実ごと消えるはずですので】

【それにもしそうなっても私たちがサポートします! 私とプラナちゃんで力を合わせれば、このぐらいの高さちょちょいのちょいですよ!】

「頼もしいね。ありがとう」

 

そして意識は現実へと表出する。黒服へ向き合って労いの言葉をかけた。

 

「とりあえず無事で良かったよ黒服。それで、生徒会長代行権?」

「ええ、会長不在時に一部権限を私が臨時特別顧問として代行する、という特権ですね」

「……それで、どこまで使えそう?」

「巡行ミサイルとアバンギャルド君の管理権限。それからアビ・エシュフの活動領域あたりでしょうか」

「ありがとう。巡航ミサイルは……辞めておく」

「クク、何かトラウマでも?」

「ちょっと、ね」

 

それから黒服に言って、追加で操作を行ってもらう。

アビ・エシュフの活動領域変更。()()()ゴリ押しが出来るよう、ミレニアム内でアビ・エシュフが動かないようセーフティを掛けておいた。

 

「アバンギャルド君についてはタワー付近で待機させようとしたのですが、何者かに妨害されているようでして……。現在輸送艇を向かわせているところです」

「妨害……となると、チヒロかエイミ辺りかな。とりあえず、分かった」

 

アバンギャルド君をタワー内部へ差し込めればホシノの負担も軽減できるのだろうが、流石にアバンギャルド君が入れるほどの入口は存在しない。せいぜいが地上の入口に配置して増援を防ぐことぐらいしか出来ないだろう。

 

「まあ、それだけでも充分なんだけどね。やたら強いで評判だったし……」

 

そんなことを言いながらエレベーターが90階へ差し掛かる――その時だった。

 

【伏せてください先生!!】

「ッ!!」

 

アロナの悲鳴。黒服の襟首を掴んで引き倒してから床へと伏せる。直後、確かに聞こえたのは勇者の砲声。

 

――光よ!

 

瞬間、世界を切り裂く爆音が鳴り響き、強烈な閃光が瞼越しに瞳を焼いた。

頭上を撃ち抜く光の奔流。ミレニアムタワーからサンクトゥムタワーへ続く壁を破壊して、減衰してなおエレベーターの1/4に風穴が開けたそれは何だったのか。

 

「……そうか」

 

目を見開いて思わず呟く。

 

「ここで君たちが来るんだね」

 

開けた瞳に映ったのは巨大な穴。その先に見えるのはセミナーの会議室。

 

「いくよ! みんな!」

「はい! アリス、魔王を倒します!」

「ユウカの仇は私たちが取るから」

「ちょっと! 勝手に殺さないでよ!」

「こ、怖いけど頑張る……!」

 

そこにいたのは、光の剣を携えた勇者たちの姿であった。

 


 

時は少々遡る。

黒服にセミナーの保有する特権の数々を簒奪されたユウカはひとり、部屋の中で蹲っていた。

 

(私が、私が間違えたんだ……)

 

刻一刻と変わりゆく状況。ミレニアムの危機。リオ会長の不在。そして黒服から伝えられたノアの裏切り。

何処までが真実で何処までが嘘か、それすら分からないまま大人に踊らされて、ミレニアムを守るはずの力すらも蹂躙されてしまった。

 

間違いを取り返そうと躍起になって、机に積み上げられる数々の契約書。

言葉を尽くした先にあったのは、そもそも言葉を交わしてはいけない存在がいるという残酷な現実。

 

(何がセミナーの会計よ……。私ひとりじゃ結局何もできないじゃない……!!)

 

もはやセミナーはセミナーたり得る全てを失っていた。何もかも、学校全てを悪い大人に乗っ取られてしまった。

自分は所詮ただの子供でしかない。何ひとつ守れない、ただの無力な子供――

 

「ごめん、ノア……。私だけは信じなくちゃいけなかったはずなのに……」

 

そんな時だった。勢いよくセミナーの扉が開かれたのは。

 

「たのもーー!!」

「殴りに来ました!」

「ユウカぁ!! なんで早く来な……い、の?」

 

入って来たのはゲーム開発部の才羽(さいば)モモイと天童(てんどう)アリスの二人。その姿を見て、ユウカは思わず声を漏らした。

 

「…………ぁ」

 

――そういえば遊びに行くって言ってたんだっけ。色々あってすっかり忘れてたんだった。

 

「連絡忘れててごめ――」

 

忘れてたことを謝ろうとして、喉がつっかえた。

罪悪感が胸を締め付ける。私のミス(・・・・)で、完璧でも何でもない私のミス(・・・・)で皆を危機に晒してしまった。私のせいで……!

 

謝りたかった。けれど、それを言ってみんなの不安を煽って、そこにいったい何の意味があるだろうか。

少なくともあの子たちは関係ない。巻き込んじゃいけない。だって私が守るべき子たちなのだから。

 

ない交ぜになった感情はもはや自分でも分からず、混濁した想いのみが口から零れる。

歪んだ笑みで落涙しながら、何でもないように首を振る。二人の顔だって見られない――

 

「ごめ……っ、ごめんなさい……。私っ……、だ、大丈夫。何でもないから――」

「大丈夫じゃないよッ!!」

 

モモイの声に驚いて顔を上げた。

滅多に見ない、本気で怒ったモモイの顔が私を見ていた。

 

「アリス、みんなを呼んできて」

「っ!! 分かりました!」

 

パタパタと駆け出すアリス。途方にくれてその背中を見ていると、ぎゅっと頭を抱きしめられる感触。

 

「ユウカ。大丈夫じゃないでしょ?」

「な、なに? モモ……」

「辛そうじゃん。ね?」

「……っ」

 

恥ずかしくなって引き剥がそうして、モモイの腕に手をかけて。それでもモモイは離さず私を抱きしめ続けて、優しく私の頭を撫でた。

 

「ミドリもね。辛いとき誤魔化そうとするんだ。だからね、分かるんだよ」

「……そう、ね」

「だから教えて。何があったの? 誰にやられたの?」

「それは……その」

「言わなかったらみんなと一緒に暴れまわってやる。ユウカをこんなにした犯人をとっちめるまで、ずぅっとだよ」

 

モモイの腕をぎゅっと掴む。普段なら絶対見せない顔を隠すように。せめて今だけは。

しばらく抱きしめられて、何度か深呼吸して大きく息を吐く。情けない。でも、もう大丈夫。ちょっと取り乱していただけ。

 

抱きしめられているせいでモモイの顔は見えない。

けれど、モモイだったら本当に暴れまわるんだろうなということだけはよく分かった。それぐらいモモイは怒ってくれているということも。

 

――それは、困るわね。

 

「モモイ、もう大丈夫だから」

「ん」

 

体温を残してモモイが離れる。

顔を上げてモモイを見ると、「よし!」と腰に手を当てて頷いていた。

そして扉の方にはゲーム開発部のみんなの姿。息を切らせてユズとミドリがやってきた。

 

「早く来てください! ユウカが泣いてますから!」

「な、泣いてない! ただちょっと相談に乗ってもらっただけ!」

「嘘です! アリス見ました!」

「ちょっと……!」

 

頭を抱えるように言うとモモイが笑った。いつものように、快活に。

 

「みんな! 魔王ユウカをいじめた大魔王を倒しに行くよ!」

「誰が魔王よ、誰が!」

 

そうして、大魔王を討ち取るための作戦会議が始まる。

黒服がセミナーを出てからの時間。エレベーターを使ったとして大体いまサンクトゥムタワーのどのあたりに居るか――計算なら得意だった。

導き出されたのは、今から走っても絶対に追いつかないという解答。けれど、ゲーム開発部に不可能は無い。

 

「この壁、壊れないのかな?」

 

ミドリの言葉に一同が振り返る。セミナーの会議室にめり込んだサンクトゥムタワーの外壁。ここを破ればかなりのショートカットになるはずだった。

 

「なんで思いつかなかったんだろう……」とユズが首を傾げる。

誰も試したことが無いのに、誰もが壊れないものだと思い込んでいた。

 

「では、アリスに任せてください!」

「え、ちょっと……!?」

 

思わず叫ぶが、アリスは既に光の剣たるレールガンを構えていた。

 

「最大出力で行きます! ユウカ、職業を選択してください」

「しょ、職業?」

 

虚を突かれて口ごもると、私の後輩たちは真剣な顔をして輪を作り始めた。

 

「魔王のままで良いじゃんか」 モモイがあっけらかんに言う。

「確かに、魔王が仲間になるのも熱いよね」 ミドリが頷く。

「それはそうだけど、プレイアブルになって職業が判明するのも良いと思うよ?」 ユズが私を横目で見ながら口にする。

「魔力充填80パーセント……もし生き方を変えたいのなら祈りを捧げ、そなたの心に問うてみるが良い」 アリスが笑う。

 

「あぁもう……! しょうがないんだから――」

 

瞳は前へ。破れないと思っていた壁へと顔を上げる。そして私は叫んだ。

 

「生き方なんて今更変えない! 私はセミナー会計の早瀬ユウカ! それが私!」

「パンパカパーン! 魔王ユウカが仲間になりました!」

「誰が魔王よ!? もう……」

 

例えセミナーの機能が停止しても、大人の奸計に全てを絡めとられたとしても。

それでもそれが、私の在り方を変える理由にはならない――

 

「魔力充填100パーセント……行きます!」

 

遍く光を束ねて重ね、貫き通すは災禍を止める最後の道。

ラストダンジョンへの入口は今ここに切り開かれる。

 

「――光よ!」

 

そして、時は現在へと帰結する――




――次回 第16話:選んだ道、手放したもの
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