ミレニアムタワーとサンクトゥムタワー。
屹立する二つの塔。間を遮る壁は絶対のものではなく、破壊可能な障害であった。
黒服が見誤った異常事態。そこに現れた勇者たち。相対するはミレニアムを滅ぼさんとする大人たち――
ユウカたちゲーム開発部の前に姿を現したのは白いジャケットに身を包んだ先生と、黒いスーツに身を纏った黒服だった。
「黒服……あなたが奪った全てを返して貰うわ!」
その言葉でモモイたちは自らの敵を知る。しかし、その言葉に反応したのはモモイ達だけではなかった。
「……黒服。ユウカに何をしたの?」
黒服の隣に立つ先生は、静かな怒りを以て黒服を見つめる。
対する黒服は肩を竦めて言葉を発した。
「申し訳ございません。緊急時だったため、あなたが想像しているようなことを」
「……そう」
その姿を見てユウカの心に疑念が生じる。
黒服と先生は仲間ではない? いや、一枚岩ではないと言うべきか。少なくとも目的のみを共有する者ではないかと。
そんな想像が伝播するように、モモイ達は黒服へ向けて銃を構える――その時だった。
「ごめん、みんな」
「……え?」
一歩前へ出た先生が、ユウカ達に向けて頭を下げた。思いもしない言葉に驚くモモイ達。
仮に黒服と仲間でないとしても、行動を共にしている以上ミレニアムの敵であるはず――
「油断させようってつもりなら容赦しな――」
「違う……。違うんだ。いや、違うわけじゃないね……」
「……て、敵、なのよね?」
「そうだよ。私はミレニアムを消そうとしている。だから、君たちの敵だ」
「じゃあ……なんで……」
顔を上げた先生の表情は、先ほどまでの私に似た苦悶が浮かんでいた。
あれが敵の姿なのかと迷いが生じた。目の前にいるのは、ただ苦しそうな大人の姿。けど、その理由が分からない。
「じゃあ、どうしてそんな顔をしてるの?
「……っ!」
追い詰められているのは
「あの……」
不意に聞こえた声。それはユズの声だった。
「な、何か事情があるんですか……?」
「アリス、分かりました! これはラスボスを操る真のラスボスがいるパターンです! アリス知ってます!」
「…………」
先生の表情が凍り付いた。罪科に蝕まれる囚人のように、先生は自身の胸元を握りしめる。
それもそのはずだった。先生にとっては例え生徒ではないとしても、目の前に居るのは生徒と同じ姿をしているのだから。
(彼女たちは
言い聞かせるように呟く。
そんなか細い声すら掻き消すように、ミドリが銃を納めて口を開いた。
「ねえお姉ちゃん。何とかならないかな?」
「えぇ? でも、うーん。悪い人には見えないんだよねぇ……」
「トゥルーエンド分岐ですね!」
「え、ちょ、ちょっとみんな?」
わたわたと慌てふためくユウカ。いつも通りのゲーム開発部。いつも通りの――それは
生徒だと思えないのは何かの気のせいで――私がおかしくなっただけで、本当は彼女たちも普段と同じようにこの世界を生きているのではないか。そんな言い訳が一瞬脳裏を過ぎった。
「先生、彼女たちは……」
叱責するような黒服の声。そうだ、違う。そうじゃない。
例え同じ顔をしていても、同じ声で同じ言葉をかけてきても、どこまで行っても偽物なのだ。
(モモイ達に協力を――助けを求める?)
(駄目だ。その先に道はない)
モモイも、ミドリも、ユズも、アリスも、ユウカも――全員生徒たちを再現しただけの贋作物。切り取られた在りし日の影法師。この事実だけは変わらない。
仮にノアのような例外があったとしても、例外になってしまった生徒にとってこの世界は牢獄なのだ。
だからこそ、例外を除けばここに居るのは再現時点の状態と思考をただ繰り返すだけの存在でしかない。この先どれだけの時間を積み重ねようと決して変化も成長もしない、ネヴァーランドの住人たちなのだ。
そんな夢の国に囚われた何処かのホシノを救う為に、この世界で動き続ける偽物を学校ごと消し去る必要がある。
彼女たちごと、学校を消す必要がある――
不変の存在。それは彷徨い歩く亡霊と何ひとつ変わらない。
それを肯定して、まだ生きている生徒を諦めることだけは決して認められるものではない。
敵対する他に道は無い。しかし、彼女たちに見つかった以上、何も負わずに逃げ切ることも出来ない。アリスの持つ光の剣はミレニアム最大の砲身。アロナたちを以てしてもどこまで防げるか予測が付かない――
そして、私の前には二つの選択肢があった。
刻一刻と変わりゆく状況の中、選択を違えれば取り返しのつかない事態に陥る。
時間でさえも掛けられない。迷えば迷うほど、階下で戦い続けるホシノが傷つく。
「――だから、ごめん」
そして、私は選択した。
ジャケットの内側へと手を差し入れる。代償を伴う災禍の奇蹟を
「っ!!」
同時、モモイ達は目の前の先生が得体の知れない化け物に変わったかのように錯覚した。
"ここは楽園じゃない。真実なんてここには無い"
先生の口から溢れた言葉は、世界を否定する逆説の
シッテムの箱の起動パスとは違う、もうひとつのキーワード。崩落を意味する詩の一節。
"……我々は望む。ジェ――"
続く言葉を止めるように、黒服は先生の腕を掴んだ。
「先生、間に合いましたよ」
直後、セミナーのガラス窓を破壊して巨大な何かが現れた。
「何なの!?」
ユウカが悲鳴混じりに闖入者の方を見やると、そこに現れたのは珍妙な機械と二人の生徒だった。
数多の銃火器を備え、ドリルが狂ったように唸りを上げる。そんな機体にしがみ付くのはエイミとマキの姿。
タワーの外で暴れていたはずのアバンギャルド君は、輸送機に運ばれてミレニアムタワー最上層のセミナー会議室へとその姿を現して、思わずモモイは叫びを上げた。
「な、何なのこれぇ!?」
「モモミド! 倒すの手伝って!」
マキが叫ぶと同時にセミナーを蹂躙するアバンギャルド君。その光景を背に黒服が私を先導する。
「最上階までもう少しです。行きましょう先生」
「……そうだね」
「あ、逃げた!」
モモイの声。塔の奥へと消えゆく先生たちを追いかけようとするが、アバンギャルド君がそれを防ぐ。
勇者たちと壊れたエレベーターに背を向けて、階段へと足をかける。ミレニアムを滅ぼすそのために。