こうして、全ては終わりへと集束していく。
リオ会長およびアビドス生徒会長の到着まで残り五分。
94階に到達する先生と黒服。セミナー会議室での行われるゲーム開発部たちとアバンギャルド君との戦い。
そして、未だ39階で戦い続ける暁のホルスと戦うC&Cのメンバーたちは今――
「はは……めちゃくちゃだな、おい」
欄干側を嫌って壁側まで追いやった。左腕はズタボロだ。盾すら握れず掠める銃撃。着実にダメージを与え続けている。
スピードは落ち始め、最初に地上一階で戦ったときと比べて暁のホルスの動きは遥かに遅くなっている。
――それなのに、
力なく左腕を垂らしながら拳銃を咥えて、ショットガンを奮っていた。
右目の奥が煌々と燃えている。感情を捨てて機械的に、合理的に、ただ
「何なんだよてめぇはよォ!!」
切り裂くように放つサブマシンガンの銃撃。一直線へと飛び立つホルス。密集した弾幕の隙間を通すように、その小さな体躯を捻じ込んだ。
眼前に着地。舌打ちしながら蹴り飛ばそうとするが、直後に跳躍――各階層を仕切る天井に
(化け物かこいつ――ッ!!)
暁のホルスは言葉のひとつも発せずに、自由落下の始まる直前で咥えた拳銃をリロードする。サブマシンガンの銃口を向ける。だが、天井を蹴り飛んで落下速度を上げたその身体には追い付かない。
「くそッ――!」
天井から飛び出て身体を捻り、這いつくばるようにあたしの眼前に着地した。瞬間、後ろへ飛びずさりながらサブマシンガンによる銃撃で応戦。それすら左肩をかすめるに留まり、ショットガンを構えたままあたし目掛けて突進。止まらず。サブマシンガンの射程よりずっと深く踏み込まれ、肘すら当てられる距離でセミオートマチックピストルから数多の弾撃が浴びせかけられる――
「うおぉぉぉおおお!!」
銃弾を避けずに肘で顎を叩く。前蹴りで腹に一発食らわせる。距離が開いてチェーンを振るう。ショットガンで鎖を撃たれて威力は減退。右肩を打ち据えるも効果は無し。盾の落ちている場所へと逃げられる。
「逃がすかッ!!」
そのまま両手のサブマシンガンで流れるように狙いをつけようとしたが僅かに遅い。欄干沿いから投げつけられた盾が、あたしの首に目掛けて飛んで来る。
即座にしゃがむ。頭の天辺を盾が掠める。そのまま盾ごと踏みつけにホルスが飛び上がる。
「終わり――」
「――ッ!!」
頭上から凍り付くほどにぞっとするような声が聞こえた。マズい。これだけは避けないと本気でマズい――!
逆立つ産毛。盾を真上に蹴り飛ばすと、跳ね上がった盾が飛び上がったヤツへとぶち当たり、暁のホルスが欄干際へと弾かれる。
「やれ! カリン!」
もはやコールサインを呼ぶ余裕すら無かった。示し合わせたかのようなカリンの狙撃。だが、それすら素早く上体を起こして躱される。
外れた銃弾が跳弾し壁に向かって突き進む。奇しくもそれは壁際にいるあたしの元へと届きかける。跳弾の射線。それを見切った暁のホルスが、あたしの回避方向を絞るように反対側へと拳銃を撃つ。被弾せずに進むべき道はあたしと敵との真正面。
コンマ一秒ですらも遅い刹那の攻防。回避を捨てて、あたしは真正面へと走り出す――
飛び上がりながら行うサブマシンガンの掃射。スライディングで躱される。跳弾が壁を抉った瞬間、両者の位置は反転する。
――それはもはや、常軌を逸した戦いだった。
怪我の具合で行けばネルの方が遥かに酷い有様だが、ホシノもホシノで既に限界一歩手前、辛うじて立っているような状態。その様子を見て、ネルは息も絶え絶えに欄干へと背を預けた。
「はぁ……はぁ……。よォ、暁のホルス。ここが河原だったらアレか? あたしらはクロスカウンターで共倒れて、なんかこう、友情でも育むってヤツか?」
「けど……ここは河原じゃないし私はミレニアムを消す。だから、育む友情なんてないよ」
「はっ、そうだな。だから相打ちなんざ起こり得ねぇ。倒れるのはてめぇだけだ」
欄干にもたれかかるネルと壁にもたれかかるホシノ。互いに視線は決して外さず、張り詰めた空気の中で行われる幾何のインターバルがそこにはあった。
爆発寸前の静寂を破れる者は誰も居ない。この奇妙な均衡を崩して至る決着を誰も分からず、故に誰も動けない。
――その中で、最初に口火を切ったのはネルだった。
「あたしはC&Cリーダー。コールサイン『ダブルオー』、美甘ネルだ」
「……知ってるよ。急に何さ」
「認めてやるよ。てめぇは強い。あたしが直接戦った誰よりも。だから教えてやる。それでもあんたに勝つあたしの名前をさ」
「……そうだね。正直、どうすれば勝てるかなんて全く分かんないよ」
それはまさしく敗北宣言だった。
当然だろう。どれだけ銃弾を撃ち込んでも、効いているはずなのに倒れない。それどころか動きは徐々に精密に、確実に、感情と同期するように最適化され続ける。
コールサイン『ダブルオー』。約束された勝利。
故に敗北は無く、ホシノは自分がC&Cに勝てないことを知っていた。
きっとこのまま戦えば、いずれ私は負けるだろう――けれど、この場の勝者が私である必要はない。
「……小鳥遊ホシノ」
「あぁ?」
眉を上げるネルを、ホシノは正面から見据えた。
「私は……アビドス生徒会、小鳥遊ホシノ」
「……はっ」
それはネルにとって奇妙な感覚だった。
その名はネルにとって、アビドス生徒会の生徒会長の名前である。
普通であれば生徒会長の名を騙る偽物だと思うだろう。誰だってそうだ。同じ名前のヤツは
けれども、ここまで戦ったからこそ嘘を言っているとは思えない。
そんなことよりも、こいつは名乗った。あたしの名乗りを軽んじることも無く。それだけが重要だった。
「
ネルは確かめるようにもう一度呟いた。
「
欄干から背を離すC&Cリーダー、美甘ネル。同じく壁から背を離すアビドス生徒会書記、小鳥遊ホシノ。
両雄の対峙に邪魔するものは何も無く、ただ互いの存在を
「――――あ」
ホシノの瞳に映ったのは色鮮やかな光彩を放つタワーの全景。
耳朶を打つのはこの世界に刻まれたルールのひとつ――
【承認――アビドス生徒会、小鳥遊ホシノ】
それは、他者から認められて初めて成り得るこの世界の法則。
アビドス生徒会所属、小鳥遊ホシノが
世界に同じ名を持つ存在は居てはならないという大原則に亀裂が走った。
異物の存在はこの世界にとってのマルウェアに等しく、故に発生したのはサンクトゥムタワーに対する一部権限の簒奪。
その目に映るは六色の燐光。赤・橙・黄・緑・青・紫。
虹色に輝くその色が、夜をも映す左目を通して今ここに知覚された。
「……っ!」
ネルの背後に映った光を見つめて理解する。最も近いエレベーター、その色は夕暮れの青。
そして見つけた。絶対勝利の『ダブルオー』を攻略する、たったひとつの道筋を――
「行くぞ――小鳥遊ホシノぉ!!」
ネルのサブマシンガンがホシノを崩さんと
けれどもホシノは何かに導かれるように前へ、前へ。回避はしない。欄干目掛けてひたすら前へ。撃たれる胴体。削られる両足。それでもまだ
「なっ――」
回避か迎撃か、それらを予測していたネルは予想が外れたことに驚愕の声を上げた。
それはこれまでの戦いを否定するような理外の行動。直前までのゼロ距離射撃を警戒したホシノに対するネルのバトルセンスは、ここで裏切りを始めた。
全ての戦いに作法があるように、全ての戦術には合理的な理由がある。それに徹してきた敵が突然全てを捨てるだなんて、それこそ想像の埒外であったのだ。
その一切合切を無視して欄干に足をかけるホシノ。すれ違いざま、呟いたのは別れの言葉。
「『ダブルオー』だっけ」
「てめっ……!」
「降参するよ。
欄干を飛び降りた直後、正確無比で無慈悲な弾丸がホシノ目掛けて飛んでくる。
――これだけは耐え切る。
一発耐え切る。それだけがミレニアム最強の秘密エージェント、C&Cを相手に勝負で勝つための第一条件。
空を飛ぶ者を撃ち落とす最速の弾丸がホシノの腹部を抉る。
その衝撃で4階層下の35階へと叩きこまれ、胃液が口から漏れて意識を一瞬失いかける。
だから、ここから勝つ――!
「……ぁあああああ!!」
点滅する視界の中でひた走る。向かうは目の前のエレベーター。
39階から迫るのは美甘ネル。怒りを露わに走って来るが、大事なのはそれじゃない。
一番必要だったのは、ネルがエレベーター階から離れたこと――
「青を全開放! 35階に!」
私の叫びに呼応するかの如く、六基存在するエレベーターの一本、
凄まじい勢いで35階へと降りる箱。降りてきた箱の中へ滑り込むように飛び乗る。数秒して閉まりゆく扉を挟んで見えたのはネルの姿。決着を望んだ冥府の番人。
「逃げてんじゃねぇ!!」
もはや沈痛とも言える叫びと共に放たれた最後の弾丸が無慈悲にも扉に阻まれた。その姿を見てホシノは思う。
――まともに戦っていたら負けていた。私がアスナちゃんを倒せたように、ネルちゃんと私は相性が悪い。
だって相手は
――だからこそ、
「全速力で一番上まで! 誰にも追いつけないぐらいに!!」
エレベーターに向かって叫んだ瞬間、もはや射出と言っても良いほどの速さでエレベーターが動き出す。
終わりの場所――ミレニアムのサンクトゥムタワー最上階へと向かって……。