消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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最終話:ミレニアムサイエンススクール

サンクトゥムタワー、最上階。

ミレニアムサイエンススクールを再現し続ける異形の塔の中心部。

そこに最初の一歩を踏み出したのは、シッテムの箱を持った先生と黒服だった。

 

最上階は、いつか見たナラム・シンの玉座を再起させる円盤状のフロアであり、ここまで上がってくるときに見たエレベーターの終点が六基分、フロアの外周に設置されている。

 

そして、フロアの中心にあるのは円柱のような見た目をした謎の機械だった。

様々なモニターと計測装置が並んでおり、画面には既に失われた太古の言葉が流れ続けている。

 

「これが……世界基底……」

「お待ちください、先生」

 

近付こうと一歩踏み出すと、世界基底の影から人影がひとつ。

現れたのは、無表情で白いアタッシュケースを持つバニーガール姿の少女だった。

 

「ぴょん」

「君は……」

 

最後に立ちはだかったのは、C&C最後のエージェント。コールサイン『ゼロフォー』。古代技術の武装を手繰る飛鳥馬(あすま)トキ。その姿を見て、黒服はそっと後ろへ下がった。私の邪魔をしないように。

 

一息入れて、私はトキへと話しかける。

 

「やあ、トキ」

「こんにちは。先生、でよろしかったでしょうか?」

「合ってるよトキ。バニー服なんだね」

「はい。特に意味は無いですが、気分は重要ですので」

「そうだね」

 

素直に同意するとトキはアタッシュケースに腕を入れる。そこから引き抜かれたのはアームギアだ。

 

「見たところ、お二人に戦いの心得は無いようですね。アビ・エシュフが動かなくなったときはどうなることかと思いましたが」

「ああ、やっぱり。良かったよ、あれを使われるのは避けたかったから」

「関係ないのでは? いずれにせよ、あなた方は倒されるのですから」

「いいや、そうでもないよ」

「……?」

 

首を傾げるトキ。だが、ここまで来れば後は耐久戦だ。

アロナたちに防御してもらいながら世界基底にアクセス。先に操作が完了すればその時点で決着がつく。そんな賭けを行うつもりだった。

 

その予定、だった。

 

「……一瞬だったけど、見えたんだ」

 

不意に話題が変わり、トキは怪訝な表情をする。

 

「何がですか?」

「エレベーターで上がる途中、たった一基だけ、下へ向かって降り始めたんだ」

「…………まさか」

 

――直後、周囲を取り囲むエレベーターのひとつが爆発した。

いや違う。下から最大出力で上昇するエレベーターが激突して破壊されたのだ。

トキが一瞬で反応し、爆発した場所へ向けてアームギアから小型ミサイルを全弾叩き込む。

 

煙る黒煙。爆風と共に視界が覆われる。

瞬間、トキの眼前に突き付けられるショットガン。

 

「くっ――ッ!?」

 

炸裂する銃撃を受けながらも、トキは後ろへ飛び退りながら叫んだ。

 

「まさか、ネル先輩がやられるとは……」

「いや、逃げてきただけだよ。だから、ここで勝ちに来た」

 

ショットガンだけを握ったホシノは傷だらけだった。

 

服には血が滲み、息は荒く、肩を震わせて息を吐く。

痣だらけの左腕はもはやまともに動いていない。指先から垂れる血が床を汚す。

それでも、右目に陽光を宿しながらショットガンだけは固く握りしめていた。

 

「先生、時間は私が稼ぐよ。だから、お願い」

「……分かった」

 

そして、先生が走り出すと同時にホシノも走り出した。

先生の後ろで爆発音が続く。振り返らない。これ以上ホシノが負う傷を減らすために、前へ――

 

伸ばしたその手が、サンクトゥムタワーの心臓部――ミレニアムの世界基底へと触れる。

 

「アロナ! 世界基底にアクセスして!」

【内部プログラムを検索します!】

 

シッテムの箱がサンクトゥムタワーの中枢へと干渉を果たす。

その最奥に見つけたのは、狂った世界を無に帰す手段のひとつ。ミレニアムのアンインストーラー。

プログラムに触れたシッテムの箱のメインOSは、先生に対して最終確認を告げる。

 

 

【ミレニアムサイエンススクールをアンインストールしますか?】

 

 

「――実行して、アロナ!」

 

そして、世界の心臓その一つが握り潰される――

 


 

ミレニアムサイエンススクール。

それは『千年難題』に立ち向かうセミナーに人が集まって生まれた最新の学校である。

検証・実験・再検証。幾度となく繰り返される実験。未知なる星へと手を伸ばすために積み上げられたバベルの塔。

 

そこには、多くの子供たちの声で溢れていた。

 

――やった! 後は追いかけてゲームクリアだよ!

小さな勇者とその仲間たちは、光の剣の一撃を以て魔王の尖兵を遂に討ち倒した。

 

――このまま逃げられてたまるか! ぜってぇ倒す!!

約束された勝利を冠するその名と使命を果たすべく、塔の上へと駆けあがる。

 

――明日で待ってます、先生。

聖域たる記憶領域を持つ箱舟は、意識の改竄なく終わりを待つ。

 

――アバンギャルド君を倒したって!

最強の電子使いたちは自らを見張る者たちと共に歓声を上げた。

 

――あははっ、また今度ねホルスちゃん!

空を見上げる神出鬼没のエージェントの鼻先に、一羽の蝶が止まって飛び立つ。

 

――とりあえず、帰りにカラオケでも寄ろうか。

楽し気に笑う技術士たちは来ない明日を知らずに歩く。

 

ミレニアムの上空に留まる太陽は、その全てを見つめていた。

決して変わることの無い人々の営み。同じ今日が終わって同じ明日が始まる全ての日々を。

しかし、それも今は叶わない。止まった時を動かすように、時計の針を回すように、上空に浮かび続けた太陽は急速に地平線の彼方へと落ちていく。

 

その落陽に抗おうと、少女は車を走らせ続ける。

 

――まだだ、まだ終わってない!!

 

「きっとまだ、何か――!」

 

心臓を掴まれたように絞り上げられた声を上げる生徒会長。感情を顔に出すその様子に対し、リオは素直に驚いた。

それはまるで、決して追い付けないものに追い縋ろうとして脇目も見ずに走り続ける誰かを思い出させる。

今にも泣き出しそうな瞳を――泣き出すことすら赦さないその魂を、哀れと呼ぶにはあまりに残酷すぎた。

 

だからこそ、リオの口をついて出た言葉は決して哀れみから来るものなどではない。

 

「これで良かったのよ」

「……え?」

 

ホシノからの視線を感じながらも、窓越しに流れるミレニアムの景色へ目を移す。

思えばずっと真昼の太陽が浮かんでいた気がする。そのことに違和感を覚えることすら無かった。

 

けれども、沈む夕陽が私の推論を証明した。

サンクトゥムタワーの正体という未知の闇夜。その先でようやく見つけた私の星(しんじつ)

 

「ずっと考えていたわ。どうしてサンクトゥムタワーを狙う大人が現れ続けるのか。何をどう考えてもずっとその答えに辿り着けなかった。けれど、そもそも最初から間違っていたんだわ」

 

サンクトゥムタワーによって存在が支えられるという命題。反証不可能だと思っていたがそうではない。

反証可能性を有する命題なのだ。即ち、サンクトゥムタワー自体が世界を支えているのではないということ。

 

「あの塔はあくまで補強。この世界を作っているのは貴女なのでしょう、ホシノさん」

「な……なんで……」

「ずっと、長い夢を見ていたようだったわ。先に進めない止まった世界。それが貴女(せかい)の本質」

「…………っ」

 

怯えたように肩を竦ませるホシノ。けれども、リオは静かに微笑んだ。

 

「ユウカが……息抜きにって私を誘ったのよ。ゲーム開発部の子たちのところに。それでセミナーの皆と一緒に遊んだのよ。ビッグシスターなんて呼ばれている、この私が」

「な、何を言ってるの……? なにを、急に……」

「だから、貴女には感謝してるわ」

 

夕陽が沈み切る直前の黄昏がミレニアムを覆っていく。その風景に、リオは感嘆の溜め息を吐いた。

 

「立ち止まることに価値が無いとは言わないわ。私がゲームで遊んだなんて……そんな暇をくれたのは貴女でしょう?」

「待って……待ってって、ねぇ!」

「けれど、立ち止まり続けてはいけない。貴女だって気付いているはずよ。ここにいる限り、貴女は誰にも出会えない」

「違う!!」

 

ホシノは悲鳴を上げて、だだをこねる子供のようにハンドルを叩いた。

目を逸らすように前へ視線を向けてアクセルを踏み続ける。

 

「終わりなんかいらない! 今がずっと続けば良い! 楽しかったのならいっぱい遊べばいい! それの何が悪いのさ!!」

「悪いわ。私たちはミレニアムなのだから」

「――ッ!!」

 

歩みを止める探究者なんて居ない。一時の夢は許容できても退廃の眠りに就くことは出来ない。

 

「人は幼年期のままではいられないのよ。けれど、そうね。こんな夢も――存外、悪くは無かったわ」

「嫌だ! 私をひとりにしな――」

 

言葉は続かなかった。

助手席にリオの姿は無く、誰も乗っていなかった。

 

――消えてしまった。何もかも。

 

「――ぁ」

 

月が太陽を追いやって夜が来る。

先ほどまであったはずの賑やかな街並みはどこにもない。

残ったのはゲヘナの車両。あとは冷たい夜の砂漠が続くだけ。それ以外には、何一つ残っていなかった。

 

 

【ミレニアムサイエンススクールをアンインストールしました】

 

 


 

シッテムの箱から告げられた音声と共に、合理と技術の学校、そして数千人のミレニアム生たちはこの世界から失われた。

 

そしてふと気が付くと、私たちは月明かりに照らされた砂漠の上にいることを知る。

最初に口を開いたのはホシノだった。

 

「終わった、の……?」

「うん。終わったよ」

「そっか――」

 

そのままぐらつくホシノを支える。

あまりに軽く、小さな身体。その身に余る負傷を負って尚も保ち続けた緊張の糸がほどけたのだ。

ここまでの戦いはいずれも極限の綱渡りの連続だった。何かひとつ違えていたら……そう思うだけで背筋が凍る。

 

――C&Cに捕まった時、ホシノに単独行動をさせなかったら?

――シッテムの箱に攻撃させるようなことをせず、私がそのまま持っていたら?

――あの時、ゲーム開発部のみんなに全てを打ち明けて協力体制を取ることが出来たら?

 

そうしたら、もっと傷は浅かったんじゃないのか?

 

全てを解決する最強の切り札を持っているからこそ、自分の判断がどこまで正しかったか振り返ることを辞められない。

 

「先生、あなたがいくら過程を気にかけたところで意義のあるものではございませんよ。最終的に、あなたは得るべき結果を手に入れました。それだけが重要なのです。その過程にどれだけの苦しみが生まれたとしても、あなたにとって重要なのは小鳥遊ホシノが元の世界に戻ること。そうでしょう?」

 

そうだ。私が守るべきは生徒であって、生徒たちと同じ声で語り掛けてくる複製ではない――

だがそれは、主観で認識する価値を一切の至上と捉え、それ以外を切り捨てることも意味した。

 

目的のために顧みない。その姿勢は生徒を導く先生たり得るのか。

 

「……そういう、ことだったんだね」

 

そして、ここに至って理解してしまった。理解できないものだと突っぱねたものの片鱗に触れてしまった。

 

「私は、この世界では先生で在り続けられない……」

 

黒服と初めて出会ったあの時の嫌悪感は、私の信念に抵触したからという理由だけでは無かったのだろう。

彼らは自らの在り方を自ら定義してそう在ろうとし続けていた。嫌悪感を抱くとすればそれは、同族嫌悪に他ならない。

 

一体その彼我にどれだけの差があるというのだ。

彼らが価値(・・)を通して世界を観測するように、私は生徒(・・)を通して世界を見る。

 

――ホシノが受ける傷を何としてでも減らす。そのためなら私は悪い大人(ゲマトリア)で構わない。

 

月明かりに照らされた砂礫の上で、私の目から鱗が落ちた。

腕の中で眠る傷だらけのホシノの身体を、しっかりと抱きかかえる。

 

必要なのは最初から選択だったのだ。

選ぶという行為により、選ばれなかった道――その最果ての未来を握り潰し、選んだ方の未来へと手を伸ばす。

 

それ故に、私は選択した。

 

"――黒服"

"私は世界を滅ぼすよ"

 

冷酷なる月の光を受け止めて、私は黒服に宣告する。

風がシャーレのジャケットを揺らして(なび)かせる。

 

「おぉ…………」

 

黒服は感激したように身を震わせながら、恭しく頭を下げた。

 

「ずっとあなたをお待ちしておりました。ようこそ、ゲマトリアへ」

 

やがて、遠くから誰かの絶叫が聞こえた。

そして砂嵐がやってきて、残った全てを覆い隠していった――

 


 

 

 

-----To Be Continued in Chapter 2

次回更新日:10月1日

 

 




■次回予告
"どこかにあるはずなんだ。救いが、希望が"
"そうでなくては、この苦しみに一体何の意味があるのか"

ミレニアムを消滅させた私たちは、先生と共に次なる舞台――ゲヘナ学園へと歩み始める。
自らをゲマトリアであると定義づけた先生の前に立ちはだかったのは、救世の魔王が鎮座する悪魔の王都。
悪辣たる奸計に翻弄される先生。崩れゆくサンクトゥムタワー。残された時間はあと僅か。

例え帰り道が分からなくなっても、私たちは絶対に諦めない。

第2章:暁に刻んだ永劫軍備

だから私は、未来に希望を託すんだ。

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