消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第2話:来訪者

アビドス高校付近を、一台のワゴン車が走っていた。

中に乗っているのは三人。だが、皆一様に姿を隠すようカーテンのようなもので身体を覆っていた。

湿気った空気を入れ替えるように開け放たれた窓際で、カーテンを押さえるその内のひとり、小柄な少女が口を開いた。

 

「こんなので大丈夫なの?」

「無いよりかは良いでしょう。どのみち車での移動は人目に付きやすいのですから」

「そういうものなのかなぁ……」

 

少女が呟くとハンドルを握る人物は「クックックッ」と喉を鳴らす。

その様子を見ていた後部座席のもうひとりが、ふと疑問を投げかけた。

 

「アビドス高校まではどのぐらい?」

「ここでは分校(・・)ですよ。あと大体三十分ぐらいですとも。それまでもう少しお休みください。ああ、もちろん。一蓮托生の身ではありますから私に警戒する必要はございません」

「まあ、私は貴方が口約束でも契約を反故にするとは思わないけど……」

「クックックッ……そう言ってもらえるとは嬉しい限り」

「…………」

 

小柄な少女は、きゅっと銃を抱きしめた。

外に見えるのは有り得ざるアビドス自治区の風景。そこでは緑が生い茂り、荒れ果てた砂漠なんて何処にも存在しなかった。

きっと生徒会長(・・・・)が夢見たアビドスの景色なのだろう。

 

「実はさ」

 

ぽつりと零した少女の言葉に、隣から気遣うような視線が注がれる。言葉は続いた。

 

「ちょっとだけ、辛いかも」

「……うん」

「でも、こんな夢は悲しすぎるから」

「…………大丈夫だよ」

「……そうだね」

 

少女の相貌に映るのは怒りでも悲しみでも無く、哀れみと決別であった。故に――

 

「先生。私はこの世界を滅ぼすよ。生徒会長(わたし)が前へ進めるように」

 

少女は銃を握り締める。

一陣の風に隠れた顔が露わとなった。

 

「私も協力するよ、ホシノ」

 

めくれた布の向こうにあったのは、この世界に迷い込んだもうひとり(・・・・・)の小鳥遊ホシノの姿であった。

 


 

「次は中隊編成での突破訓練ですね。イオリさんたちに突破されたら交代してください」

「ま、待ってくれ戦車長! さっき休憩って言ってたじゃないか! それに何で中隊編成に増えてるんだ!?」

「こうも突破されると面白くな……いえ、何でもありません。砲撃用意」

「ただの私怨じゃないかーーーっ!!」

 

ゲヘナ学園に到着すると、そこでは風紀委員たちと万魔殿の戦車隊たちが戦闘訓練を行っていた。

 

「やってるね~。イオリ副委員長も動き良くなってるし」

「キキキッ! それでもまだ脅威ではないがな!」

 

マコト議長は不敵に笑う。その瞳にはやがて訪れるであろう戦地の光景が映っているのだろう。

些か過剰とも言える戦いへの備えも、こんな世界じゃ心強いものではあった。

 

そして、戦車中隊の指揮官の監督についているのは万魔殿の保有する戦車大隊を率いる大隊長の(なつめ)イロハ。

丁度いま戦車に取り囲まれて雨のように砲弾を撃たれ続けているのが風紀委員の副委員長、銀鏡(しろみ)イオリ。

風紀委員長だった空崎(そらさき)ヒナは、現在は風紀委員から離れてアビドスの防衛部隊隊長として活躍してもらっている。

 

「我々に空崎ヒナは不要なのだ! 何せこのマコト様直下の戦車大隊がいるからなぁ!」

「おかげで助かったよ。アビドス高校はよく狙われるからね」

「礼は要らんぞ生徒会長よ。ただ、もし先に死ぬときは私にアビドスの権限を譲渡してもらえばそれで良い」

「……そうだね。その時は任せたよ」

 

そんな時は来ない、などとは流石に口には出さなかった。

すると、立ち止まった私たちの間を抜くようにリオ会長が先を歩いた。

 

「そんなことよりタワーに行きましょう。世界基底が何を観測したのか調べないと」

「む……そうだな。着いてくるが良い」

 

そうしてしばらく歩いてゲヘナ学園の校庭中央。天高く伸びるタワーの根本まで辿り着いた。

 

サンクトゥムタワー。世界の中心たる世界基底を内部に備える謎の塔。

それは地面から伸びているのではなく、まるで空から地面へ向けて打ち付けられた釘のような印象を受ける。

 

その内部構造はミサイルサイロのような円環状であり、通路と階段、それから制御盤のような謎の装置が中央に空いた穴を囲むように並んでいる。

中央の穴からは淡い光が見えるぐらいで、その奥に何があるのか見ることは未だに観測できていない。

 

フロアは全部で百階まで存在し、階段もしくは六基のエレベーターによって移動が可能だ。

そして百階部分にあるのがサンクトゥムタワーを観測し続ける世界基底。私たちはこれを守らなくてはならない。

 

それから特に会話も無いままエレベーターに乗り込んでしばらくのこと。不意にリオ会長が口を開いた。

 

「このエレベーターも謎だわ」

「んぇ?」

 

あまりに唐突で思わず困惑したが、すぐにそれが間に流れる沈黙を破るためのものなのだろうと理解する。

 

(気を使ってくれたのかな?)

 

リオ会長の表情は相変わらずの無表情だが、自他ともに人付き合いが苦手だと言っていた会長だ。

それでも雑談をしようと気遣ってくれることに少しだけ頬が緩んだ。

 

「たった一基でこの高さまで昇るのもそうだけれど、そもそもトランクション式でも油圧式でも無い。何でこれが上り下りできているのかまだ分からないのよ」

「……サンクトゥムタワー、か」

 

マコト議長がぽそりと言った。

 

「正体不明の何かに支配されるなど、気味が悪いがな」

「そう? 正体不明を前にした時こそ自分の在り方を知るものだと思うけれど」

 

リオ会長がそれに答える。が、会話は続かず。

エレベーター内に再び静寂が満ちる。

 

そんな静けさを破ったのは、議長の携帯から発せられた通知音だった。

マコト議長は自分の携帯を取り出して画面を確認する。そして、にやりと笑みを浮かべた。

 

「クク……異常値の件だが、エラーでは無かったようだな」

「二、三人の揺らぎ……。間違いじゃなかったんだ……」

「そうだ。ヘイロー持ちの生徒が一人と大人が二人、アビドス高校の方へと向かっていったようだぞ」

「っ!?」

 

手段は分からずともゲヘナに突如出現した何者かが、真っ先にアビドスへの向かって行った……?

どう考えてもアビドスのタワーを狙っている。しかし……三人? たった三人でアビドスを攻略するつもり……?

 

「キキッ! アビドスの兵力を知らないのか、それこそたまたまなのか……。いや、分からんものだな!」

「……で、マコト議長はどうするつもり?」

「そう怖い顔をするな小鳥遊ホシノ。仮にアビドスで戦闘が始まっても、このマコト様ですら手を焼いた空崎ヒナがそう簡単にやられるわけもないだろう?」

「それは……」

 

それはその通りだった。

仮にヒナ隊長率いるアビドス防衛部隊がたった三人に突破できるわけがない。

最悪で考えられるのは陽動。突破できずとも、あのヒナ隊長に肉薄できる最強の少数精鋭を送り込んだということなら、恐らく敵の本隊がやってくる。そうなればアビドスの防衛力とは純粋な質と数の比べ合いになる。

もしそうであるならば、今は敵の本隊が来るか否かの予兆を知るためにも、あの三人が来た経路を調べることが先決である。

 

「それに案ずるな。このマコト様が何も手を打っていないわけが無いだろう?」

「うん?」

 

私が焦っていたように見えたのか、マコト議長はその瞳を怪しく光らせる。

上がる口角に宿る邪悪。そして携帯をしまうと私――ではなくリオ会長へと向き直った。

 

「情報部を通じて得た奴らの居場所だがな、うっかりC&Cに漏らしてしまったようなのだよ。よほどの手練れが紛れ込んだらしいとな」

「……なんですって?」

 

リオ会長が眉を(ひそ)めた。

マコト議長のやったことは、結果的に未知の戦力に対する威力偵察の強要とも言えるだろう。

何故ならC&Cには彼女(・・)がいる。手練れがキヴォトスに来たと聞いて彼女(・・)がどう動くかなんてそんなこと、中等部だって分かること――

 

「悪気は無かったんだ調月リオ。ただ、情報とはいったいどんな経路で漏れるものか分からんなぁ?」

 

だが確かに、C&Cなら威力偵察には持ってこいの人材だろう。

ミレニアム最強の遊撃部隊。任務を与えれば臨機応変な破壊活動になりがちだが、それでも未知の敵であろうと捕縛し得る可能性が最も高いのもやはり彼女たちだった。

 

「……そうね」

 

リオ会長は溜め息を吐いて携帯を取り出す。

同じくしてエレベーターが止まり、扉が開く。エレベーターから降りて、リオ会長は静かに宣言した。

 

「セミナーより正式にC&Cを動かすわ。合理的に行きましょう」




――次回 第3話:プレモーテム(1)
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