「ホシノさん……顔色悪そうですけど大丈夫ですか?」
「…………うへ、バレた?」
アビドスの生徒会室で仮眠を取っていた
私は誤魔化すように笑うけど、ああ、ダメだ。――本当にダメだ。
「まったくもう! 無理しないでくださいって言ったじゃないですか!」
「……そうだね」
「それで、今度は何の仕事を抱え込んでるんですか?」
「ヒフミちゃん」
「はい?」
「ミレニアム、なくなっちゃった」
「そうなんですか?」
ヒフミちゃんは驚いたように目を丸めた。そして――
「
「…………うん」
ヒフミちゃんは大して動揺することもなく私を励ます。
その言葉には何の意味を持っていなかった。
何故ならヒフミちゃんにとって、他校が消滅するなんて出来事は常識の外にあるものだから。
知らないものは再現できない。反応できるのは最初からその思考を持っている人だけ。
――だから、ヒフミちゃんは反応できない。
「……私だってこれでも心配してるんですから」
「そうだね……うん。ごめんね」
目を逸らすように窓ガラスの方を見やると、そこには陽の光に照らされた私が――限界まで目を見開いたまま凍った表情をした私が映っていた。
この夢を見始めてから、ずっとこんな表情のままだった。上手く顔が動かない。もうずっと前から。
「そうだ、ヒフミちゃん。マコト議長とティーパーティー……いや、ナギサちゃんを呼んでもらえるかな?」
「ええ!? 今日集まってもらったばかりじゃないですか! それにもうこんな時間ですし、明日の方がいいんじゃ……」
「……そうだった。ありがとう、ちょっと混乱してたかも」
そうだ、と時計を見ると今は16時30分を過ぎたところだった。
砂嵐に巻き込まれた直後。太陽が未だ頭上にある真昼の18時。時計なしでは時間も分からないのに、
「本当に大丈夫ですか……?」
「大丈夫だよ……ちょっとぼんやりしてるみたい」
肩を竦めて見せてもヒフミちゃんは納得の行かない様子だったが、ひとまず引き下がってくれた。
私は変化を恐れ続けている。
時の歩みが恐ろしかった。未来に進んでしまう可能性を恐れ続けている。
そして、
紛れ込んでしまった。どうしてか、理解の及ばぬ方法で、世界を壊そうとやって来てしまった。
――探さなきゃ。
――見つけなきゃ。
――追い出さなきゃ。
――そして
昨日と同じ今日が来る。去年と同じ今年が来る。
時計の針が一周して、また同じ時刻を指し示すようにぐるぐる、ぐるぐると、何度だって私は世界を回し続ける。
「ヒフミちゃん。セイアちゃんに連絡してくれる? ミレニアムを壊した何かについて聞いてみたくって」
「セイア様ですね。任せてください!」
そう言って生徒会室を出ていくヒフミちゃんには目すらも向けず、ただじっと窓に映る自分を見続ける。
「辛そうね」
「……ヒナちゃん?」
ヒフミちゃんと入れ替わるように入って来たのはアビドス防衛部隊長のヒナちゃんだった。
定期的な巡回報告。けれども、成果は無いように見える。
「巡回してるけど、まだ見つかっていないわ」
「そっか。引き続きお願いね」
「ええ」
そしてヒナちゃんはいつも通り立ち去っていく。――そのはずだった。
「ねぇ、何にそこまで追い詰められているの?」
今までヒナちゃんが私を慮ることは無かった。ミレニアムの消滅により変化が訪れたのだ。
だが、それが何だと言うのだ。
「……どうせ分かんないよ」
「そうね。あなた、何も言わないもの」
「…………」
少しだけ苛ついた。
何が分かると言うのだ。
私は自嘲気味に頬を歪めて、ヒナちゃんへ向かって吐き捨てた。
「世界を滅ぼす敵が来ている。このままじゃ世界が終わる」
「世界の敵……。そう、
「……え?」
通じないはずの言葉が通じた気がして、私はもう一度繰り返した。
「世界の敵だよ? 意味分かってる? このキヴォトスを滅ぼそうとしているんだよ?」
「……? だから、世界を滅ぼす敵の話でしょう? あなたは敵の存在に気付いた。それもカイザーなんて比にならない、本当の災厄を」
「――っ」
話が通じた。
にも関わらず、ヒナちゃんは「世界の敵が世界を滅ぼす」という思考を持っている。それはつまり――
「…………もしかして、キヴォトスが滅びかけたことがあるの?」
「昔、ちょっとね」
だとしたら――
いま世界に襲い掛かる脅威に本当の意味で足並みを揃えて戦えるのではないだろうか?
絶望しか無かったこの世界で初めて見た救いの糸。
それに触れてしまっても良いのだろうか?
「生徒会長。あまり言いたくないけど……」
「……何?」
「あなたが握っている情報、知っていること。その全てをマコトに相談してみてもいいんじゃない?」
「マコト議長に?」
この世界のマコト議長は大胆不敵な戦争屋。執拗に何かを見据えて軍備拡張を進めている狂気のリーダー。
無軌道な二面性。それが羽沼マコトに抱いている印象だったからこそ、マコト議長に全てを打ち明けるというのは正直ピンと来なかった。
そんな疑問を晴らすように、ヒナちゃんは小さく呟いた。
「羽沼マコトは、
「…………っ!?」
「きっともう準備を進めている。けれど、もしあなたがまだ何か隠しているなら、絶対マコトに話した方がいい。マコトは本当に
「……ヒナちゃんさ、マコト議長と仲悪かったんじゃなかったっけ?」
「ただの腐れ縁よ。それに、本当の危機が迫った時は命を預けても良い」
「本当に何があったの?」
「秘密」
ヒナちゃんは何処か懐かしむような表情を一瞬見せて、それから私に背を向けた。言いたいことは言い終えたとでも言うように。
(マコト議長、ねぇ……)
少しだけ期待しても良いのだろうか。
駆られる不安に導かれるように、私は万魔殿直通のホットラインへと手を伸ばした。
洗濯機が止まって、ホシノは乾燥機へ入れるために席を外した。
残された私と黒服は窓から空を覗いて溜め息を吐く。沈まぬ太陽。考えていることは同じだった。
「夜襲が出来ない、というのは厳しい状況ですね」
「そうだね……。何なら
夜が来ないこの世界において、私たちは一方的に不利を押し付けられ続けていた。
何せこちらは疲労や睡眠欲が存在するにも関わらず、相手は休むことなく動き続けることが出来るのだ。
既にこの世界に来てから11時間が過ぎていた。
戦い続けるのにも限界がある。物資も体力も精神も、人である以上無限じゃない。
そんな中で戦えるのはホシノひとり。
仮に私が大人のカードを使おうとしても、相手が生徒と同じ姿をしている以上今までのような使い方は出来ない。彼女たちを駒として使うことになってしまう。そうなればシッテムの箱すら私に応えてくれなくなるだろう。
武器だ。武器が足りない。
大人のカードの強制行使以外で使える武器が必要だった。
「……黒服。用意して欲しいものがあるんだ」
床に座って何処かへ目を向けていた黒服が顔を上げた。
「情報ならば確認中ですが、物資でしょうか? ホシノさんの弾薬ならば少々取引できる生徒を……」
「違うよ。
「……なんですって?」
黒服は珍しく、本当に珍しく感情を露わにして驚きの声を上げた。
ぎょっとしたように固まる黒服へ見せるのは、私の持つ大人のカード。
「ゲマトリアが兵器を保有していることは知っているよ。ミサイルでも爆弾でも、とにかく派手に爆発するものが欲しい。遠目でもその威力を一目見ただけで釘付けになるような、そんな武器を」
「……先生。自分が仰っている意味を理解されておりますか? この世界に無いものを取り寄せるということが何を意味するのか」
「それでもシッテムの箱に使うより安いよ。ああ、無茶だと分かっているけど、代金は使用まで待ってもらえると嬉しいな。取り置きって出来る?」
坦々と話す私を、黒服はただじっと見ていた。
その視線を受け流しながら、私は言葉を紡ぐ。
「……私はね、ゲーム開発部の皆が来たときに思ったんだ。アバンギャルド君が居なかったら、本当に使ってはいけないものを使うしかなかったって」
もしもあそこで私たちがやられていたら?
二人のホシノはこの世界に囚われ続ける。悪夢は覚めることなく、無限に続く今の中へと閉じ込められる。
応急手当をするためにホシノの服を脱がせたときだって、私は思わずぞっとした。
無数の傷。変色した左腕。全て私の選択によってもたらされた結果なのだ。私がホシノを戦わせて、ホシノだけが傷を負う。
それを避ける為なら代価を支払うことに躊躇はしない。けれど、出口が見つかる前に私が燃え尽きてしまったら意味が無い。
「黒服、あなたなら出来るはずだ。あなたが保有しているものを売買契約に則って取引を行う。それ以上もそれ以下も無い。そうでしょ?」
「…………承知いたしました。納品時に代価を頂く。それが私の結べる限界です」
「ありがとう、黒服」
礼を言うと黒服は無言で立ち上がり、家屋から出ていった。
それを見送って、私は深く息を吐く。
この先どんな戦いが待っていたとしても、
(ホシノだけは必ず返す。在るべき場所へ)
例え
乾燥機が止まって私は制服を取り出した。鏡に映るのは左腕に巻かれた包帯と私の姿。
(肘と肩は動くけど……)
左手を握ろうとしても、僅かに指が動くだけでボタンを掛けることだって出来そうになかった。
服を脱ぐと、湿布が左脇腹や右肋骨に貼られている。先生が貼ってくれたのだろう。きっと剥がしたら痣になっているかも知れない。
「いや~、なかなかにやられちゃったね~」
C&Cとの戦いを思い出しながら、私は制服のボタンを留めていった。
あの戦いはまさしく死闘だった。前にヒナちゃんと戦ったとき、戦う前に受けた疲労や怪我なんかと比べ物にならないほどに、私の受けた傷は大きい。
何より、片腕が使えない状態でヒナちゃんに遭遇したら必ず負ける。片腕のヒナちゃんなら私が必ず勝つぐらい、それは当たり前のことだった。
だからこそ、次のゲヘナ戦では絶対にヒナちゃんが来る前にケリを付けないと行けない。逃げ切ることすら出来ずに負ける。
「残弾確認よし、シールド接合部異常なし」
プレートキャリアを身に着ける。マガジンを確認して収納。各種武装に異常なし。
「弾倉よし、チャンバーよし、シールドは……」
盾が問題だった。左腕が動かない以上盾を構えられない。展開できない今となっては背負っていてもただのデッドウェイト。合理的に考えればここに置いて行くのが最善――
そんな考えが巡りながらも私は盾を背負った。私が私で在る為に必要な
胸元のストックホルダーに拳銃を差し込む。腰のベルトにスモークグレネードを三つ取り付ける。
「あとは……」
そう呟いてショットガンを取り出した。
左腕が使えないのなら、全ての動作を右腕だけで行う必要がある。
私はその辺りにあった布地を切り裂いて簡易的なショルダーストラップを作った。それからショットガンを肩に掛けられるよう結んで身に着ける。
――これでよし。
――これでまだ、戦える。
もうひとりの私も先生も、
――帰るんだ。皆のところへ。
扉を開けて先生の元に戻ると、黒服の姿はそこに無く、先生だけが出迎えてくれた。
「黒服は?」
「調達に出てもらっているよ。後で合流する予定だから、大丈夫」
「うん、分かった。それじゃあ、そろそろ?」
「……行こうか」
この場に留まり続けるのはマズいと判断した結果だった。
そして私たちはゲヘナへと向かって歩き始める。時刻は19時を回ったところだった。