消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第3話:悲愁の川の渡し守(1)

『済まないが、君の力にはなれない』

「……そう」

 

アビドス生徒会室。

生徒会長(ホシノ)は通話の切れたトリニティとの受話器(ホットライン)を溜め息交じりに置いたところであった。

 

ヒフミに頼んでセイアに繋いでもらったは良いものの、今日行った公会議から即座にトリニティは全部隊をトリニティへと引き上げてしまっていた。

本来ならばすぐに気づいたはずの異常。しかし、ミレニアムへ向かっていたホシノが気付くことは無く、こうしてアビドスに戻ってようやく状況を掴めたのがついさっきのことである。

 

――今までだったら積極的に協力してくれていたのに、どうして……。

 

それは明確な変化(・・)であった。ミレニアム消滅、これが世界に与えた影響は決して無視できないものという証左。

 

(もしかして、セイヤちゃんも世界の滅びを知っている……?)

 

今この世界に起こっている異常を認識できるのは、滅びを知る者か、その思考を常日頃から持っていた者のみ。

 

ミレニアムの調月リオ。ゲヘナの羽沼マコト。トリニティの百合園セイア。

何故彼女たちがサンクトゥムタワーの権限を持つ者として選ばれたのかは私でさえも分からない。

けれども、私でさえ制御できない何かがそう在れかし(・・・・・・)と定めたのであれば理解は出来る。

 

いずれにせよ、私はマコト議長に言われた通りに事を為す必要がある。

 

「はぁ…………」

 

長くゆっくりと息を吐く。呟いたのは世界を保持する大原則のひとつ。

 

「この世界に奇跡は決して起こらない……」

 

この世界には、世界を成立させる上で絶対に変えてはいけない大原則が存在する。

大原則に抵触することは私であっても許されてはいない。制限付きの現実改変。その代価は私の時間――

 

「…………嫌になる」

 

それは『どこに行っても良いよ』と言われて本当にそうしたら罰を受けるような理不尽。

何でもできるが何でもして良いとは言われていない――そんな類いのものだ。

何か変更を加えるのなら、この世界を管理する責任者(・・・)として責任を負って(・・・・・・)変えなくてはならない。

 

「……怖いよ。実際にやってみて、それが間違いだったなんて言われるのは」

 

――間違っているのなら教えてよ。

やる前にちゃんと言葉にして言うから教えて欲しい。

 

でも誰に言えばいいの? 誰が良いか悪いか決めてくれるの?

そんな人はいない。だって責任者は私だから。良いとか悪いなんて教えてくれる人なんていない。

経験則で学ぶしかない。その罰がどれだけ苦しいものであろうとも、それが私の責任(・・)なんだ。

 

ミレニアムの一件で私は思い知った。

守るために必要なのは痛みに耐えること(・・・・・・・・)であり、責任(・・)とは辛く重たいものであるのだと。

なればこそ、ミレニアムのような学校をこれ以上増やさないためにも、真の外敵から守れるだけのルールとなるよう変えなくてはならない。

 

――怖いよ。

 

決して間違えてはいけない。

抵触したと認識されないよう、息が詰まるほどに考え続ける。

 

――夜は嫌い。

 

見落としは無い。大丈夫。絶対に間違っていない。

このルールは変えてもきっと大丈夫だと、顔を覆って微かに呟く。

 

そして私は――瞳を閉じた(・・・・・)

 

急速に墜ち行く太陽。天を崩すは己の切望。

真昼の陽光は失墜し、無慈悲な女王が面を上げた。

 

砂嵐が吹き荒んで、アビドス自治区に夜が来る。

 


 

「っ!?」

 

ホシノが空を見た。

アビドス自治区を移動する私も釣られて空を見ると、気付けばそこは月が昇る夜の街。

 

「先生!!」

 

ホシノが叫んで警戒対背を取る。

攻撃されているのかすら分からない。けれど確かなのは、もうひとりのホシノが何かをしたという予感のみ――

 

【アロナ! 周囲の警戒を!】

 

周辺に異常が発生しても気付けるよう、シッテムの箱へと呼び掛ける。

 

――10秒、20秒。

ホシノが拳銃を構えて周囲を警戒。

 

――30秒、40秒。

音は無く、周囲は続いて異常なし。

 

――50秒、60秒。

けれど、恐れていた何かが到来することはなく――気付けば空には再び歪な太陽が昇っていた。

 

今のが何だったのかは分からない。けれど、恐れすぎて歩みを止めるのは間違いだろう。

 

「……行こう、ホシ――」

「待って、先生。太陽が……」

「え……?」

 

空に再び視線を向ける。

違和感にはすぐに気が付いた。真昼の太陽、その位置が違和感を覚える程度には西へと傾いていたのだ。

 

――時間が進んだ?

そこに一体何の意味を持つのか。今の私たちでは検討も付かない。ただ、気に留めておく必要はあるのかも知れなかった。

 

「先生、車の音が聞こえる。車両は一台、どうする?」

「隠れようか」

 

私はホシノに頷いて物陰へと身を潜めると、続いて向かいの路地から一台の四輪駆動がやって来た。車は私たちの隠れた場所から少し離れて停車して、それからドアが開く。

 

中から現れた姿を見て、私は思わず声を漏らした。

 

肩に羽織ったワインレッドのコート。スナイパーライフルを携えて現れたのはキヴォトス全域で活動するアウトロー。

便利屋68社長、陸八魔(りくはちま)アルであった。

 

「先生ー! 迎えに来たわよー!」

 

周囲に向かって声を上げるアルの瞳に敵意は見受けられない。

ホシノは私に目を向けて「どうする?」と首を傾げるが、まだ判断が付かないと様子を伺うことにした。すると――

 

「社長。それじゃあ出てこないんじゃない? 追われてるんでしょ? 先生たち」

「そ、そうね。武装解除すれば出てくるかしら?」

「それよりも……。先生! 聞こえていたら出てきて。出て来なかったらこの場所を防衛部隊に通報するよ」

「くふふ、カヨコちゃんあったま良い~!」

「あら……もし先生が捕まったら依頼料は……」

「当然もらえないだろうね」

「先生! お願いだから今すぐ出てきて! 先生!」

 

アルがわたわたと手を振り始めて、それを見る私たちも思わず毒気を抜かれ始めた。

ホシノは苦笑いしながら私に肩を竦めて見せる。

 

「なんだか賑やかになって来たね~、先生」

「会ってみようか。何となくだけど、大丈夫な気がする」

 

そうして、私たちは便利屋の前へと姿を現した。

 


 

私たちを見つけたアルは顔を輝かせてから、それからコホンと咳払いをした。

 

「ふふ、初めまして……かしらね、先生。まったく、ここまで来るのも大変だったのよ」

 

腰に手をやりながらアルは呆れたように私たちを見る。

その視線に敵意はなく、戦いに来たという様子でもなかった。

 

「どうしてここに?」

 

そう聞かれたアルが口を開こうとしたとき、車の運転席からカヨコが顔を出した。

 

「あまり時間も無いから乗っ……一緒に来て。アビドスの防衛部隊が巡回に来るから」

「話は車の中で、ってことかな」

 

私の言葉に頷くアル。ホシノは「信用していいの?」と一応懐疑的な視線を向けては来るが、そもそも騙し討ちが出来るような子たちでは無いことはホシノだって理解はしている。そしてホシノは念押しするようにアルを見てから銃を仕舞った。

 

「流石に武装解除は出来ないよ」

「話が早くて助かるわね。行きましょう」

 

アルに先導されて車に近づくと、後部座席にはショットガンを握りしめているハルカ、その隣にムツキが座っていた。

そして空いている席はアルが乗っていた助手席だけで――

 

「ねぇアルちゃん……乗る場所無くない?」

「…………あっ!!」

「あぁ……四人乗りなのに四人で来ちゃったんだね……」

「――――」

 

カヨコも、ハルカも、アルとは頑なに目を合わせようとしなかった。ムツキは笑い声を押さえるように口に手を当てている。

 

「アル……その、誰にだってこういうことはあるよ」

「やめて! 違うのよ!! ねぇ? どうして誰も目を合わせてくれないのよ!!」

「ま、まぁまぁアルちゃん。おじさんも分かるよ? 大変だよね~。元気出して」

「励まさないでくれるかしら!? ち、違うわ! これには理由があるのよ!」

 

と、そんなところで慌てふためくアルを堪能したムツキが口を出した。

 

「お互い戦えないようにするためだよね~? ほら、ハルカちゃんが助手席に行って、アルちゃんと先生が後ろに乗るでしょ~。それから二人の膝の上に私とその子が乗ったら暴れられない。そういうことだったもんね~?」

「そ、そう! それよ! ふふ、先生。これなら問題ないでしょう?」

「そうかなぁ!?」

 

思わず叫ぶが、アルは急かすように私の腕を掴む。

その様子を見ていたホシノは呆れたように声を漏らした。

 

そうして運転席には変わらずカヨコ。助手席にはハルカ。後部座席にはアルと、その膝の上にムツキ。もう片方の席には私が座って、その上にホシノが座る。抱くようにホシノの腹部へ腕を回すと、ホシノから「うへ~」と音が鳴る。

 

カヨコが車を走らせる。空には相も変わらず異様な太陽。

だが、そのことに誰も違和感を覚えていないようなのは確かであった。

 

「それで、アル。話を戻すけど、戦うつもりじゃないんだよね」

「ええ、私たちはクライアントに頼まれてあなたたちを護送しに来たのよ」

「護送?」

「そう、アビドスの生徒会長から見つからないよう安全にクライアントのところまで連れていく。それが私たちへの依頼よ。探すのに随分時間がかかっちゃったけど」

「クライアントって?」

 

そう訊くと、アルは少し考えるようにして上を向く。

 

「そうね、どうせこの後会うのだし。クライアントは――ちょっとムツキ、やめなさい」

 

ムツキが首を振って、髪留めをアルの顔にぺしぺしと当てていた。

 

「せっかくだし言わないでおこうよ~。その方が面白そうじゃん? 守秘義務だよ、しゅ・ひ・ぎ・む!」

「まあ……それもそうね。直接会って話してちょうだい」

「……分かったよ」

 

そう答えて、私は目を閉じる。

今のうちに少しだけでも寝ておこう。戦いはまだ終わっていないのだから。




――次回 第4話:悲愁の川の渡し守(2)
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