消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第5話:審判

「この偉大なるマコト様の名を知っているとは、我が名声も随分と広まったものだ」

 

軍用トラックの周囲には、万魔殿の生徒たちがボルトアクションライフルを手に立っていた。

気付けば私たちの後ろからもトラックが計八台。合計十六台に囲まれたところでマコトは口を開く。

 

「我々は会話を行える。そうだろう? そのためには銃を下ろすところから始めなくてはなぁ?」

「……ホシノ」

 

ホシノの肩に手を置くと、彼女は「気を付けて」とだけ言って銃を下ろす。

その様子にマコトは満足そうに頷く。そして「そう立っていては疲れるだろう」と椅子へと促され、私たちは椅子に座った。

 

「ふむ、三人だと聞いていたのだが……もうひとりはどうした?」

「所用があってね。それより、わざわざ私たちをここまで連れてきた理由を教えてくれないかな」

「そう急くな、と言いたいところだが……そうだな」

 

マコトは私たちを値踏みするように見て、そしてにやりと笑みを浮かべた。

 

「単刀直入に聞こう、先生よ。我々ゲヘナと手を組まないか?」

 

「えっ……?」と声を上げたのはホシノだった。私はマコトの提案に対して口を紡ぐ。

私からすれば、元の世界(・・・・)での勧誘は少なくはなく、そういった提案の大抵はマコトの独断で発せられる。

そう思いマコトの隣に座るサツキとチアキを見るが、にこにこした様子でこちらを見るばかり。……どうやら今回は事前に伝えていたらしい。それが(・・・)不気味だった。

 

「ちなみになんだけど、どうして?」

「キキッ、目障りなのだよ。あのアビドスの生徒会長が。そしてかの生徒会長様は随分とお前たちを警戒していた。そしたらどうだ。お前たちは何とたった三人でミレニアムを蹂躙せしめたのだぞ? 敵に回すよりも味方に引き込んだほうが良かろう?」

 

合理を語るマコトの言葉は極めて分かり易い。にも関わらず、その言葉がどうにも私の知っているマコトの姿と一致しないのだ。

思い出すのは黒服の言っていた言葉――『どこかの世界で有り得た神秘の姿』。何故だか少しだけ胸騒ぎがした。

 

「それで手を組もう、と?」

「そうだ。互いに不要な出血は抑えるべきだろう? それに、見るが良い」

 

マコトが合図を出すと軍用トラックが動き出す。

目抜き通りからまっすぐに見えるのはゲヘナ学園とサンクトゥムタワー。

そしてゲヘナ学園の校門前にはずらりと戦車大隊が並んでいた。

 

「学園内部にも戦力は未だ在中。そこを突破するなど不可能であろうが……まあ仮に出来たとしても双方痛手を負うのは必至。いくら個々の戦力が高くとも、数の前ではいずれ磨り潰される」

「こうしてみると圧巻ですねぇ。イロハちゃんすっごい扱いていたからなぁ」

「そうだな。イロハもよく働いてくれた。だがチアキ、いま大事な話をしているところだから少し静かにしてくれ」

「はぁい……」

 

しょんぼりして静かになるチアキ。「んん!」とマコトは咳払いをした。

ん……? なんだか雲行きが……。

 

「それで……そうだったな。お前たちは所詮は単騎。物資も心もとないだろう? だが、我々ならば補給線を敷くことも出来る」

「……そうだね。けれど、それは私たちがゲヘナもトリニティも落とせない場合に限るよね」

 

そこでホシノが挑発的な目線を向けて口を挟んだ。対するマコトは瞳を細めて歯を見せる。

 

「ほう? ゲヘナを前にしてトリニティを落とせるかどうかまで考えているのか。随分舐められたものだなぁ?」

「そもそも、今のゲヘナってヒナちゃんいないんでしょ? だったら、おじさんの敵じゃないよねぇ?」

「ならば暁のホルスよ。美甘ネルとの傷は癒えたか? その足も左腕も、まだ痛むのだろう?」

「…………」

 

マコトの眼光がホシノの傷跡を正しくなぞる。

傷を負った――その損傷個所を確かめるように、蛇の如き瞳は嘲笑と共にその傷跡を追っていく。

 

「ならば無理はしないことだ。それに、我々と組む間はひとつの停戦協定にもなり得るのだぞ? なに、私はお前たちの裏切りも考慮した上で話しているのだ」

 

マコトの言葉はまさしく正鵠を射ていた。

私たちがゲヘナに付けばアビドスの攻略は楽になるどころではない。兵力を得た上でゲヘナとの戦いを飛ばすことが出来る。

後にゲヘナ、トリニティの双方を攻略するとしても、ゲヘナとトリニティ(・・・・・・・・・)なのだ。ミレニアムではない。各校同士の乱戦に持ち込むことは容易だろう。

相手の欲するものを知り、相手の利益を与えようとすることで己の利益を得ようとする。それはまさに交渉術と呼べるもの。

 

だからこそ分からなかった。

私たちが仲間になって得られるマコトの利益を――

 

「クク……悩む、か。存分に悩むが良い。そして気が付くだろう。最良の選択が一体何なのかをな」

「待って、マコトちゃん」

 

声を発したのはサツキだった。立ち上がり、胸元に手を入れて何かを取り出そうとして、それを見たホシノが拳銃に手をかけた。

 

「待てサツキ。それ(・・)はまだ使う必要は無い」

それ(・・)……?」

 

ホシノが呟く……が、正直私には分かってしまった。

 

「あの……もしかしてなんだけどそれってNK……」

「言うな先生!」

 

マコトが叫ぶ。「言うな……言わないでくれ」と続く言葉に覇気は無い。

これは……なんだ? 先ほどからして、マコトをどういう目で見たらいいのか分からない。

 

「とりあえず、先生。分かるだろう? もうそろそろ分かって来たのではないか? 我々と組もう。嫌だと言うならその理由を言ってくれないか?」

「いや……嫌というほどではないけれど……」

「おお、そうか! いや何、そう言うだろうと思っていたとも。このマコト様の慧眼は海山を越えるとも言われているからなぁ!」

 

マコトは立ち上がって手を差し出す。そこに一切の邪念も無いように見えて、私も釣られて立ち上がる。

それは裏切りを前提にした歪な和平。私はマコトの手を――

 

――いや、待て。

――何かがおかしい。

 

これが便利屋68だったのであれば疑いもしなかった。疑念のひとつも過ぎりはしなかった。

けれど相手は万魔殿の議長――ゲヘナの魔王。本当に手を取って良いのだろうか。普段であれば考えもしなかったであろう最悪の道筋が脳裏を過ぎる。

 

手を取って、そのままゲヘナに飲み込まれることだって有り得るのだ。

ホシノひとりならまだしも、私を全力で拘束しようとすれば容易く行えてしまう。

 

詐称も偽称も、その根幹にあるのは「自分は相手の知らない何かを持っている」ということから始まる。

疑い過ぎるぐらいが丁度良い。何故なら私たちは前提として弱者なのだから。

ホシノの方をちらりと見ると、ホシノは「うん」と頷いた。だから私は口にした。

 

「マコト。やっぱり辞めておくよ」

「……なに?」

「私たちは帰ると決めた。決めた以上ゲヘナもトリニティもアビドスも、その全てと戦う。いずれ戦うのなら、仲間のフリなんて出来ない」

「何故だ?」

 

マコトの問いかけに閉口して、それから改めて思考を巡らせる。

 

――私はホシノを元の世界に返さなくてはならない。

――そのために私は世界を滅ぼす。そう決めたのだ。それは私自身自覚していること。私が情で攻められてはならない。

 

行動を共にすれば理解が生まれる。妥協が生まれる。罪悪感が芽生える。

けれどもそれは、私のやるべきことにとって障害にしかなり得ない。

己が目的のために子供を苦しめる存在(・・・・・・・・・・・・・・・・・)を何と呼ぶか、私は知っている。何故なら――

 

「何故なら、私はゲマトリアの先生(・・・・・・・・)だからね」

「ッ!!」

 

ホシノの息を呑む音が聞こえた。

 

「だから私はマコトの提案には乗れない」

 

感情を切り離し、選択をする。

 

「この世界は、楽園ではないのだから」

 


 

「クク……キキキ……キヒャヒャヒャヒャ!」

 

その選択をマコトは嗤った。

 

「そうか、そうだな。そうだろうなぁゲマトリアの先生(・・・・・・・・)よ!」

 

そして私は見た。道化が自らヴェールを脱ぎ捨てる瞬間を――

 

「ならば交渉は決裂だ。私としては穏便に行きたかったのだよ。出血は少ない方が良い。そのためにも先生、お前は私に絆されて欲しかった(・・・・・・・・・・・・・・)――!!」

 

マコトが合図をするかのように手を上げた瞬間、遠くに見えるサンクトゥムタワーの外壁が爆発し、そこに大穴を開ける。

 

「――ッ!!」

 

そうだ、と黒服の言葉が再度蘇る。

 

『本来のサンクトゥムタワーは物理破壊が不可能なもの』

 

だが、この世界のサンクトゥムタワーは破壊できるのだ――

ならばタワーを、いや世界基底を破壊するとどうなる? ゲヘナは消えるのか? それとも消えずに残るのか?

 

分かっているのは世界基底に触れなければサンクトゥムタワーを消せない(・・・・)という事実。

消すためのコンソールにアクセスできなくなるということが何を意味するのか、断定できる情報を私は持っていない――

 

「な、何をしているのか分かっているの――!?」

「確か、ゲヘナが消える……だったか。だがゲヘナとはこの万魔殿リーダー、羽沼マコト様が踏んだこの場所のことよ! 決してあの不気味なタワーなどではない!!」

「先生……!!」

 

ホシノが叫んだ。

動くべきか動かざるべきか、その判断は私に委ねられている。

 

――どうする……ッ!?

――前に進むべきなのか……!?

 

私の迷いを遮るように、マコトは高笑いを上げながら言葉を続けた。

 

「それに、物理的な破壊によってゲヘナが消える保障があるのか? どうせお前たちと敵対すれば消えるかも知れない。ならば、先に壊して消えない可能性(・・・・・・・)に賭けてみても結果は変わらないだろう!!」

 

狂気を孕んだ瞳のマコトが叫ぶ。爆破は続く。サンクトゥムタワーの一階から順に各外壁がゆっくりと爆破されていく。どうすれば――

 

「ホシノ!」

 

無我夢中で私は叫んだ。

 

「今すぐタワーへ向かって爆発を止めるよ。私が指揮をするから!!」

「う、うん!」

 

シッテムの箱に映し出されたのは、ホシノの周辺を表した映像。インカムを身に着けたホシノが飛び出して、誰も阻まれずにアーケードを突破する。それを見送ってから、私は円卓の席へと座り直した。

 

「おや、行かないのか先生?」

「私が行っても足手まといになるからね。それに君たちが本気で私を拘束しようとすればいつでも出来る。だから、今はここで良い」

「キキッ、確かにそうだな」

「それに、私は誰も傷つけられないけれど、みんなも私を傷付けられない」

 

直後、マコトは部員から銃を奪って躊躇いもなく引き金を引いた。

ガチリ、と音が鳴って弾が詰まる。因果を捻じ曲げるシッテムの箱の防御機能にマコトが笑って銃を置く。

 

「まぁ、そうだろうな。良かろう、どうせいつでも捕まえられるのだ。共にタワーの崩落を眺めるとするか」

「そんなことはさせない。必ず止めてみせる」

「……面白い。では始めようか。貴様の指揮と私の計略、そのどちらが上なのか思い知るがいい!!」

 

円卓を挟んで私と万魔殿が対峙する。

互いの駒は、既に盤面へと並べられていた。

 


 

混沌、狂乱――。

爆発され解体されつつあるゲヘナのサンクトゥムタワーの姿がそこにはあった。

 

タワーへ向かうホシノはひとり、傷を負いながらも走り続ける。

その全てを嘲わらうように玉座に腰かける万魔殿議長、羽沼マコト。

 

――情報が足りない。

 

敵は誰だ。何を倒せば私たちは前へ進める……?

 

胸のうちに残るのは形容しがたい小さな違和感。

議長の言動、その場の状況、そこから決して見過ごせない違和感が何処かにあったはずだ――

 

――探せ。

 

目を見開いて探し続けろ。

 

――真実は奥深くに隠されている。

 

武器を調達しに行方を眩ませた黒服。未だ姿を見せない戦車長イロハ。

風紀委員の立ち位置。空崎ヒナの介入の有無。アウトローたちへの連絡先。

 

――見逃したのなら使うしかない。私には最後の切り札が残っている。

 

強力な武器には代価が伴う。ならば私の切るべき時はいつだ。

 

全てが混乱の渦に飲み込まれる中、私は答えを探し当てなければならない。

秘された扉のその向こう。伏せられた願いと想い、その一切を暴いて合切を滅ぼす。

 

「始めるよ、ホシノ」

 

タブレット越しに聞こえたのは了承の意を向けるホシノの声。

そして私は叫んだ――

 

「これより、ゲヘナ学園を殲滅する――!!」




――次回 第6話:ゲヘナ殲滅戦(1)
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