【「シャーレの■■」が重体になってから、75日が経過しました】
クロノスの報道を聞いたイブキは泣きそうな顔をしていた。
「そんな顔をするなイブキ」
「でも……」
「案ずるな。何故なら■■はこの偉大なるマコト様が見つけた逸材! イブキを泣かせた責任を取って……そうだな、万魔殿の顧問となってもらう他あるまい! だから……大丈夫だイブキよ」
その言葉にイブキは「……うん」と頷いた。
「そうだイブキよ。実はな、来週■■への面会の予約が取れたんだ。持ち込みは禁止だが、それでもお前の笑顔は見せてやらんとな!」
「……! イブキ、■■といっぱいおしゃべりする!」
「それが良い」
そう呟きながらも、私は内心焦っていた。
爆発事件の犯人を独断で捜しに行った■■■■とも連絡が付かない。情報部員たちから上がってくる情報は精細を欠き、今や他校の状況すらままならない状態となっていた。
何より、あのトリテニィですら不可解な事件が発生しているとのことで、何が起こっているのかはまだ掴めていない。
今まであった世界がゆっくりと、姿の見えない何かへと変わっていくのを感じた。
思い返せば、もう既にこの世界はおかしくなっていたのだろう。
【「■■」の意識が戻らなくなってから、100日が経過した本日……】
■■の延命治療が打ち切られた。
みな、酷い顔をしていた。空の色が何色なのかも分からなくなっていた。
特にイロハは酷い状態だった。心労から満足に食事も取れないまま、今にも首を吊りかねない状況にあった。
イブキが見守っているうちは大丈夫かも知れないが、このままではいずれ――
――それは、それだけは断じて認められない。
それに■■■■は未だ見つからないが、奴は一番■■に入れ込んでいた生徒でもある。きっと、もう――
「くそっ!! これでは私が嫌がらせする相手が居ないではないか! この――馬鹿者がッ!!」
執務机を叩いて頭を抱える。
(今まで■■など居なかったではないか! それが、たったひとり失っただけでこうまで崩れるのか――)
分かっていた。■■の存在はゲヘナのみならずキヴォトス全体においてあまりに大きすぎた。
それこそ■■が来る前のキヴォトスを思い出せないぐらいには、当たり前のようにそこに居たのだ。
――このままではまた、
「違う! こんなもの、私が統治したかったキヴォトスとは断じて違う!」
私が統治したかったのは皆が笑って安心して暮らせる世界を作るため。そして偉大なる為政者としてこの羽沼マコトの名が後世まで響き渡る世界のため。
何より、何よりもイブキが悲しむような世界を否定するためだ。こんな曇り空が続く世界など、私は望んでなどいない――
「見ていろ
人は苦しむために生まれて来たのではない。幸せになるために今を生きている。
失った者が戻ることは無くとも、それでも私たちは前を向いて歩まなければならない――!
「皆、集まったな」
ゲヘナの全校生徒を集めた私はステージの上で静かに宣告した。
「■■の死を悼もう。別れを告げるのだ、非公式でも。失ったものが大きくとも、我々は前を向かなくてはならない」
「まだ死んだわけじゃー―!!」
「ならば銀鏡イオリよ、ひとつ訊く。喪失の痛みに下を向く我々に、■■なら何と言うだろうか? なぁ、何と言うかお前に答えられるか!?」
「――ッ!」
「忘れろと言っているのではない! そっ……はぁ、それでも! ■■がそんなことを望むわけが無いだろう――!!」
目から溢れるものを無視して、私はただ叫んでいた。
「我々だけではない! ゲヘナだけではない! このキヴォトスで、■■の死を悼むものは多い! 塗炭の苦しみに身を焼く者も多い! だが――だからこそ、今生きている我々しか語れんのだ。■■が居たことを語れるのは――!!」
悲しかった。苦しかった。
それでも、皆が前を向くためには別れを告げる必要があった。
そして、その旗を振れるのはゲヘナの為政者たる私だけだった。私だけだったのだ……。
例え慰めにしか成らずとも、皆が再び前を向いて歩き出せるのなら――そう思っていた。
――だが、既にこの世界は私が思っていた以上に壊れ切っていた。
『マコト議長……■■■■に、誰も居ません』
全校生徒を集めた夕刻時。情報部から伝えられたその言葉はあまりに理解の出来ないものだった。
どれだけ砂に塗れて廃れた■■■■高校だって、いや、■■■■自治区であろうとも、たった数時間で誰も居なくなるなど有り得ない。
調査に向かわせた情報部員はそのまま失踪。連絡も取れない。
――何かが起こっている。
情報を徹底して封鎖していたにも関わらず、どこから聞きつけたのか、風紀委員たちもまた調査に向かおうとしていた。
制止しても「■■■■にいるかも知れない」の一点張りで突き進んでいく。そして全員消えた。
――何かがいる。
その手がかりを掴めたのは、情報部が唯一掴めたひとつの言葉だった。
『誰か居ます! なんでこんなところにひとりで――』
『敵です! 敵はひと――』
通信機越しに聞こえた言葉を最後に、多くの者が消えていった。
唯一取れた映像は見知らぬ存在――いや、と、類似する生徒を思い出す。
――■■■■■、なのか……?
■■■■高校に通っていた■■■■■。私は敵の画像に彼女を見出す。
確証は取れない。だが、もし本当に■■■■■ならば……?
「情報部は全員ゲヘナへ戻れ!」
私の出した号令を果たせたのは、各校へ潜り込んだ情報部の三割程度。あとは全員消された。
そのうちのひとりが語る。「■■■■■総合学園にも誰も居ません」と。
――敵は単騎。相手は恐らく■■■■■。だが、なんだ。どうやって消している。
敵がいるのは分かっている。
だがその対抗策は? ■■■■■のようにこのゲヘナも消されてしまうのではないか?
万魔殿も、何より、イブキも――
狂えんばかりの恐怖が背筋を貫く。
私が出来ることは何だ? 私が、ゲヘナの統治者として出来ることは!?
私が戦わなくては、全員
「……戦争の準備を始めよう」
そう発した瞬間、そこにはきょとんとした顔で私を見る万魔殿の仲間たちが居た。
「どうしたんです? 急に」とイロハ。
「戦争?」とイブキ。
「わ、私は何もしてないわよ!?」とサツキ。
「……号外、『万魔殿議長、開戦する』ってやつです?」とチアキ。
「敵だ。敵が来る。このキヴォトスを侵略せんとする敵が、な」
「よく分かりませんけど……?」
首を傾げるイロハに私は命じた。
「イロハ。戦車部隊に対個人戦術の訓練をさせるのだ」
「対個人って……そもそも戦車使うより良い方法があるのでは?」
「違う。敵がどれだけ屈強で素早くとも捕捉できるだけの訓練だ」
「はぁ……」
そして私は指示を出す。キヴォトスを滅ぼさんとする史上最大の個人に対する対策を練るために。
いつの間にか存在していた
だが、
――気味が悪い。これを失くせば我々が消えるだと?
気味が悪かった。我々の命はこの
いまなお世界を侵略し人々を消すあの
そして、それらは現れた。
■■■■■とは
ならばこれは戦争だ。
世界を消し去る最大の個人とゲヘナとの全面戦争だ。
「故に先生、いや、
それが羽沼マコトの宣言であった。
彼女は滅びた世界から再現された存在――異常事態の只中を呼び
羽沼マコトの戦争は終わらない。前も後も無いこの世界において、どれだけ
それは永劫に続く軍備拡張。羽沼マコトに平穏は決して訪れない。
「お前たちはここで終わりだ。そして私たちの地獄もここで終わらせる――!!」
それが、羽沼マコトの叫びであった。