消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第9話:ゲヘナ殲滅戦(2)

自治区を駆けるホシノ。それを追うのは五千を超えるゲヘナの全校生徒たち。

それらを指揮する先生とマコト。水面下で動く便利屋68の面々。断続的に流れる爆破音はサンクトゥムタワーという名の制限時間が削られる音。

 

最初の戦闘が始まってから20分が経過して、現在時刻は0時30分。視点は先生の元へと戻る。

 

『先生! 次は何処に行けばいい!?』

 

インカムから聞こえる声。シッテムの箱に映し出された俯瞰図を見るが、敵はあまりに多すぎた。

 

(戦車による路地の封鎖、大通りにはゲヘナ生たち……地上に降りれば捕まる――)

 

「引き続き屋根伝いに移動! ――ストップ! その先の建物で待ち構えられてる!」

 

マーカーを打って指示を飛ばす。

いまやゲヘナ自治区は見えない壁が立ちはだかる迷路と化していた。捨て(・・)の建造物には戦車の主砲が向いており、そうでない建造物には既にゲヘナ生が何十人も詰めている。

 

「キキキッ! 我が軍略は指揮官なくともつつがなく進行する! 皆が皆、己が利益を追求することで私の仕組んだ計略に沿った行動を行うのだ! これこそが混沌と自由――頭を潰せば止まるなどとは思うなよ?」

 

マコトの目的はホシノを削り切ること。そのためであれば散発する小規模な戦闘において負けても良い(・・・・・・)と考えていた。それはまさしくC&Cのみに頼ったミレニアムとの相違点――

 

――いや違う。ミレニアムではリオとの連絡手段を絶ったという最大にして必殺のアドバンテージがあった。

それが無いだけでここまで違うのか。これが学校の統治者がいるということなのか……!

 

「路上には誰も居ないな? フレシェットの雨を降らせろ。なに、居ても多少怪我をするだけだ」

「ホシノ! すぐに屋内へ退避! 扉の向こうに8人、制圧して路地へ向かって!」

『了解!』

 

ホシノが飛び移ったビルの屋上、その扉を蹴破って、待ち構えていたゲヘナ生たちを順番に制圧していく。

飛び交う弾丸。投げ込まれる手榴弾。平時であれば無傷で通り抜けられたその戦闘も、動かない片腕を背負った今のホシノでは無傷では済まない。

 

(せめて盾が使えたら――)

 

ホシノは舌打ちと共にそう思いながらも階下へ降りる。

続くフロアでは呑気に缶ジュースを飲んでいたゲヘナ生たちが15人。降りてきた私の姿に驚いて缶を落すその間に3人をショットガンの一発で吹き飛ばした。

 

「てめぇ!」

 

銃を向けた相手の腹部に向かって蹴りを放つ。

蹴った相手が吹き飛ぶ直後、離した銃を掴んで乱射。怯んだところで掴んだ銃を投げ捨てて、近くに居たひとりの顎目掛けてショットガンで殴りつける。相手の腰に付いていた手榴弾を抜き取って投擲。慌てて逃げるゲヘナ生は爆発に吹き飛ばされて何人かが気を失う。次――

 

今のゲヘナ生の使う武装はキヴォトス全域においても魔改造されたものである以上――そしてそれを扱うのが正規の治安維持部隊ではない以上、そこに隙が存在した。

確かに数の多さに削られる。けれども、弾薬の類いその消耗を減らす術ならいくらでも作れる――

 

「議長ちゃんさ! 鹵獲されるに決まってるじゃんこんなの!!」

 

ホシノが虚空に向かって笑いながら路地へと降り立つ。

だが、それがただの強がりでしかないことは先生もマコトも分かっていた。

 

「言うではないか暁のホルス。それが通用するのは貴様の体力が無尽蔵であることが前提だろうに」

「……マコト。さっきのフレシェットでゲヘナの生徒が何人か負傷したよ。君だったらこんなことしなかったはずだ――!」

「私の何を知っている!! それに建物が壊れたのなら直せば良い。怪我を負ったのなら治療すれば良い。だが死んだら――」

 

数瞬見せるマコトの悲痛。それすら塗り潰すかのように憤怒の相貌がマコトに宿る。

 

「死んだら、消えてしまったらそれすら叶わない!! 誹りの類いなら幾らでも受けよう。だが、このゲヘナにおいてこれ以上誰も死なない道があるのなら、私は如何なる犠牲を払ってでも進み続ける!」

「……っ、ホシノ! その先の路地へ進んで!」

「そっちへ行って良いのか? 此度は祝祭と言っただろう。祭りに必要なのはいつだって屋台(・・)ではないか」

「それはどういう……。ホシノ! 止まって!」

 

突然ポップした敵性個体。ホシノに示した通りの先から、巨大な何かが現れたのを知覚する。

それを目の当たりにしたホシノは思わず声を漏らした。

 

「ぱ、パンちゃん……」

『え……?』

「なんかおっきいパンちゃんがいる!!」

 

ホシノが目の当たりにしたのは、通りへ出る路地を塞がんばかりに巨大化した毒々しい色のパンケーキ、もといパンちゃん。

タコのような触手を周囲のビルに打ち付けながらこちらへ向かってくる正体不明の存在だった。

 


 

「何なのこれ!?」

 

インカムに向かって叫んでも先生から返ってくるのは沈黙だけだった。

それもそのはず。何せ、よく分からないことがあまりに立て続けに起こり続けている。

しなるように飛んだ触手をバックステップで躱すと、打ち付けられたコンクリートにひびが入る。冗談みたいな状況だけど、あれを食らうのは冗談じゃない――

 

『ほ、ホシノ! 今すぐ引き返して! パンちゃんを相手にするには狭すぎる!』

「りょ、了解!」

 

パンちゃんから吐かれ続ける毒液を躱しながら即座に反転、踵を返す。

するとパンちゃんは路地を破壊しながらその巨体を捻じ込んで私の後を追ってきた。幸いにも動きは遅い、けど――

 

『キヒャヒャヒャヒャ! パンちゃんは人懐っこい性格だからなぁ? 荒っぽいスキンシップだが受け入れてやれ!』

「絶対嫌だけどね!」

 

走りながらも叩き込まれる触手が壁を打ち崩す。降り注ぐ瓦礫を躱しながら来た道を引き返していくと、大通りに抜ける道の向こうに居たゲヘナ生と目が合った。

 

(丁度いいや。このまま押し付けるか……)

 

先生の指定したルートから逸れて私は大通りへと走り出す。

意図を察知したのか、先生がルートを再構築するのが分かった。

 

「みんな! こっち! こっちにホル――って何かデカいのいる!?」

 

驚いたゲヘナ生が私ではなく後ろのパンちゃん目掛けて銃を構える。

その隙をついて足払い。バランスを崩したゲヘナ生の襟首を掴んで引き倒す。

その姿を見た(?)パンちゃんが触手を伸ばしてゲヘナ生の身体を掴んだ。

 

「いやぁぁぁ!! なんか生臭っ――助けてぇ!!」

「悪いね。そのまま叫んでくれると助かるかな」

「べたべたするぅぅぅ!!」

 

悲鳴を置き去りに大通りへ出る。その瞬間、私が目にしたのは悪夢のような光景だった。

 

「先生……こ、これ……」

 

インカムから息を呑む声が聞こえた。

大通り、そこには6体の巨大パンちゃんが道を完全に塞ぐように蠢いていたからだ。

 

そんな光景を作り出した張本人は、いま路上にて一台の車両に乗っていた。

 

「フウカ先輩! どんどん行きましょう!」

「は、ハルナじゃないけど、食材に対する冒涜のように思えてきたわ……」

 

助手席に乗るのは給食部一年、牛牧(うしまき)ジュリ。

ハンドルを握るのは同じく給食部部長、愛清(あいきよ)フウカ。

 

二人は現在、ゲヘナ自治区の各所に設置された調理鍋の元へと向かっていた。

 

「そもそも本当なんですかね? パンちゃんを作り切れば私も普通に料理が出来るようになるかも知れないって」

「分からないけど……それでもあの万魔殿が珍しく協力してくれるんだし、やってみるだけやるしかないんじゃない?」

 

フウカにとっても可愛い後輩の願いを断る理由はなかった。

なにせ何をやっても駄目だったのだ。お玉を入れただけでパンちゃんが生まれてしまう以上、まともな料理が作れないジュリのことはずっと気にかけていた。

 

そこで差し伸べられたのが万魔殿からの手。曰く、食材は全てこちらで用意するから生み出せるだけパンちゃんを生み出し続ければきっと――というもの。

何故路上に調理鍋が用意されているのかは分からなかったが――というか、作ったパンちゃんを放置し続けることも約束に含まれていたのが不可解だが、それでも今まで主に金銭的な理由から行うことの出来なかったアプローチには違いなかった。

 

何かの実験らしいが、これを完遂すれば給食部への部費も増えるという約束すら取り付けられている。

いずれにしたって損のしない条件。これを断る理由は個人的にも給食部的にも存在し得なかったのだ。

 

「あ、先輩! 次の調理鍋です!」

「おっけー。いま寄せるね」

 

車を止めて、大鍋の元へと向かう。傍には食材が丁寧に仕舞われている。

作るのはシチュー。調理鍋の大きさから考えて、大体100食分はあるだろうか。

しかし食材の下処理は既に済んでいる。後は材料を入れて水を沸かして掻き混ぜれば済むだけのこと。

 

「本当だったら味付けぐらいのはずなのに……」

「うぅ……済みません先輩……。私がこんなんで……」

「あぁ、ごめんごめん。そういう意味じゃなくてね。ジュリが頑張ってるのは私が一番知ってるから! ……上手く行ったらいいね」

「……はい!」

 

それは本当にささやかな願いだった。

――けれどもそれは、今の先生たちにとっては有害でしかない。

 

「……ホシノ、給食部の位置を捕捉した。引き返してジュリたちを捕縛しよう」

『すぐに向かうよ!』

 

ホシノから返答。幸いにもジュリたちとの距離はそう離れておらず、2、3回の戦闘は発生するだろうが数分も経たないうちにパンちゃんの発生を止められるだろう。

その様子を、半ば睨むようにせせら笑うマコトが見ていた。

 

「酷いことをするなぁ先生よ。ミレニアムに捕縛された時だったか。確か生徒の情報は一通り知っているのであろう? 牛牧ジュリという生徒のことも調べていたのではないか?」

「……知っているよ。あの子が、大好きな料理が作れなくて苦しんでいることも」

「だったら出てくるパンちゃんか本当に無限なのか、それを調べる価値はあると思うのだが……それすらも阻むつもりか?」

「…………」

 

マコトの舌戦はあまりに的確過ぎた。

ジュリの悩みは戦いに利用されている。それは分かっている。けれどもマコト自身それで改善されるかもしれないという想いもまたあるのだ。

悩みを踏みにじったわけじゃない。ただ、試す舞台を戦場にしただけ。戦場だからこそ暴れ回っても対処が出来る。それに、そもそも無尽蔵に生み出され続ければマコトにとっても損害が出る。

 

その上でやらせているのだ。別に最初の数体でパンちゃんの創造が止まってしまっても大局に変化は無いと言わんばかりに――

 

「それでも、今の私たちにとっては困る。だから、止める」

「悪い大人だな、貴様は」

 

会話は続かなかった。

互いに黙りながらも端末を操作していく。

それから数分後、私のインカムから聞こえたのは給食部と会敵したホシノの報告であった。




――次回 第10話:ゲヘナ殲滅戦(3)
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