「キキキッ……ま、まぁ色々あったが……、我々の猛攻を掻い潜りゲヘナ学園のすぐ傍まで辿り着くとはな。凄いではないか先生――いや、暁のホルスは」
マコトは笑みを浮かべて立ち上がる。
振り返って、視線の先はゲヘナのサンクトゥムタワー。爆発は度々起こっているが、まだ完全に崩れそうな気配はない。
私はそんなマコトの背中を見ながら、便利屋68へと連絡をしていた。
【ホシノがゲヘナ学園にもうすぐ入る。皆は出来るだけ早く私を連れ出して】
あとはアルたちが動いてくれれば私たちのゲヘナ入りは完遂される。その先はホシノと合流して便利屋68と共にタワーを駆け上がればこの戦いにも決着がつく。
「時に先生よ。勝利というのはいつだって待ち遠しく、それこそ一日千秋の思いを感じてしまうものだ」
「詩人だねマコト」
「キキッ……そうか? しかし、待てば待つほど豊潤な味わいになると聞く。いやはや、その瞬間が訪れるのは本当に楽しみだと貴様も思わないか?」
「……そうだね。勝利に限らなくても、何かを頑張り続けて何かを得られるのは誰だって楽しいから」
マコトは背を向けたまま、「ふむ」と言葉を区切った。
「では、もし待っていたものが豊潤を通り越して腐り落ちていたらどうだろうか。一切が無駄になってしまったら、それは一体どれだけの悲しみに襲われることだろうか」
「さっきから何を――」
「便利屋68は来ないぞ?」
「ッ!?」
一瞬、息が詰まった。
なんだ、何を言っている……?
私の困惑を嗤うようにマコトは肩を揺らした。万魔殿の部員のひとりがマコトに近付く。
マコトは「スピーカーに切り替えろ」とだけ言うと、静かに息を吐いた。
『……マコト、便利屋68を全員捕縛したわ』
「――ヒナっ!?」
スピーカーから聞こえたのは空崎ヒナの声。そしてマコトは満足そうに喉を鳴らした。
「よくやったぞヒナよ。先生の仲間がひとり残っている。引き続き捜索に当たれ」
『ええ』
「ど、どういうこと……?」
私の頭が理解を拒んでいる。
何故ヒナがゲヘナに……? 何より、まるで予め分かっていたと思わんばかりに手際が良すぎる――!
「先生よ。お前が便利屋68を頼るのは想定の範囲内だった。忘れたか? 私が奴らを雇って貴様をここに連れて来させたのだぞ? そして奴らは金さえ払えば何でもやる便利屋だ。当然警戒するに決まっているだろう」
遠くでサンクトゥムタワーの外壁が崩れる。マコトの言葉は終わらない。
「それならば最初から雇われて動く前提でヒナを向けるのは当然のことだ。それとも何か? お前の情報では私とヒナは反発しているとでも書いてあったのか? ならば勘違いだ。やらねばならぬ時に、私がヒナに自由を赦すと思ったか?」
そしてマコトは――ゲヘナの悪魔を統べる議長はゆっくりと振り返る。
青く輝く灰の瞳。歪み上がった邪悪な口角。歓喜と憤怒を混ぜ合わせた悪魔の相貌。
「
「――ッ!?」
その瞬間、ホシノからの通信。慌てて取ると聞こえたのは嫌な雰囲気を漂わせる言葉だった。
『先生……さっきから走ってるんだけど誰も居ない』
「――罠だ!」
「キヒャヒャヒャヒャ! もう遅いわ! イロハ、フレシェットを放て! 続けて航空中隊、構造物に対してバンカーバスター投下! 周囲一帯を更地にしろ!!」
どことも知れぬその場所で、戦車大隊を指揮するイロハは思わず呟く。
「はぁ……面倒ですね」
モニターに映るのは目標の少女、暁のホルスの姿。
地上を疾駆し敵を撃滅するその姿は、確かに最強と呼んでも良いかもしれない。
(高機動の対個人戦術だなんて、まさか本当に使う羽目になるとは思いませんでしたよ)
マコトが突拍子もないことを言うのはいつものこと。
初めはそのぐらいに流していたのだが、どうやら本当におかしくなってしまったのだと直に気付いた。
(サツキ先輩は何もしていないと言ってましたし、また何か変なものでも食べたんですかね……)
戦争の準備を、だなんて、普段なら絶対に言わないようなことを言うマコトの気味の悪さと言ったらなかった。
イブキとチアキはノリノリだったが、私もサツキ先輩もあれは流石にちょっと引く。
だからこそ、さっさと満足していつものマコトに戻って欲しかった。
万魔殿に必要なのは、あんな息が詰まるような目をした今のマコトでは決してない。
と、その辺りでモニターに映る少女が人気の少ない通りに出た。
(今ですかね)
「第一中隊、E5へ向けて高角砲発射。第二、第三は引き続き
通信機を介して発せられる指揮が中隊長に伝わり、小隊の牽引する高角砲が指定されたポイントへと向けられる。
中隊長から小隊長へ号令。小隊長から各隊へ伝達。そして――
「撃て!!」
号令と共に高角砲から砲弾が放たれる。区画を走るホシノが見たのは、空中で爆発するフレシェット弾。
空を覆うは鉄の矢弾。隠れられそうな建造物の直上には地中貫通爆弾が投下。逃げ場はない――
「くっ――」
銃を仕舞って盾を展開。右手で地面に突き刺して、少しでも被弾箇所を減らすために盾へ身を近づける。
そして、幾千幾万をも超える鉄の雨が降り注ぐ――
「っぁああああああああ――ッ!!」
盾を通じて衝撃が伝わる。ドラム缶に入れられて殴りつけられるような轟音が耳元で鳴り響く。
続いてバンカーバスターがビルに着弾。そのまま地中まで貫通し爆発。道路の左右から今いる中央に向かって瓦礫と衝撃波が押し寄せる。爆風は嵐となり、全身を石塊が殴り続ける。
「――――!!」
暴虐の30秒を越え、私は盾に縋るように膝を突いた。
肺の中を空気を吐き切るように息を吐く。打撲を負っていない場所はない。全身から血が流れて、それでもどうにか意識だけは保てていた。
(つ、次が来る――早く……)
と、その時だった。
瓦礫の向こうから小さな赤い影が飛び出して、私の盾を奪い取った。反射的に手を伸ばすがそれは左手、微かに指が掛かっただけで掴むことは叶わない――
「ってこの盾重くない!?」
叫び声の主を見る。
美食研究会一年、
「それじゃあ、頑張ってね!」
「待っ――」
盾は私の手から10メートルの位置。砲撃が来る前に盾を構え直さないと直撃する。足に力を入れる。瞬間、どこからともなく飛来して来た弾丸が私の左足に直撃した。
「ぁっ、ああああああ――!!」
左足を押さえて悶絶する。
狙撃、美食研究会、残るひとりは
そして、どこからともなく風を切る音が聞こえた。
上空。目に映ったのは空で爆ぜるクラスター爆弾。小型爆弾が私ごと区域を焼き尽くそうと迫っている。
「はは……」
辛うじて出たのは乾いた笑いだった。
世界を敵に回すこと。その意味から、私たちはずっと目を逸らしていたのだ。
――だってこんなの、勝てるわけがないでしょ。
あんなものを食らってただで済むわけがない。
奇跡的に死ななかったとしても確実に意識は失う。そうなれば、私を
――もう無理だよ、先生。勝つとか負けるとか。そもそもそういう話じゃなかったんだ。
『ホシノッ!!』
「先生。死んじゃったらごめんね」
『――ッ!!』
降り注ぐ炎。砕ける道路。破壊の雨が迫り、灼熱と鉄がホシノの全身を飲み込んだ。そして――
跡に残されたのは、破壊され尽くした大通りとヘイローが消失した少女の姿。
シッテムの箱から、ホシノの反応はロストした。