消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第12話:微睡みの底で

『議長、暁のホルスの死体を回収しました。処理は私の方で行います』

「うむ、頼んだぞ」

 

通信を切った私は、円卓に腰掛けたまま項垂れている先生へと向き直った。

突如現れた不可解な存在、その最高戦力を落したのだ。次いで行うべきは大将首を掲げるかの如き勝利宣言に他あるまい。

 

「暁のホルスの死亡が確認された。お前の負けだ、先生よ」

「――っ」

 

びくりと震える先生の肩。私は畳みかけるように言葉を紡ぐ。

 

「この世界に奇跡は起こり得ない。あるのは人の意志だけだ」

 

それこそが私の世界の大原則。祈りを捧げるだけで越えられる今日など存在しないという経験則。

ランダマイザは意味を失くし、起こるように積み重ねた今だけが結果として出るだけの無慈悲な現実――

 

「もしも貴様が投降することを選んでいたのなら、もしも暁のホルスが最終防衛ラインに達するほど強くなければ、このような事態には陥らなかっただろうな。貴様にまだ仲間がひとり居ることは知っている。仲間を引き連れ投降するがいい、先生よ」

「わ、私は――」

「うん?」

「私たちは――帰らなければならないんだ……」

「…………」

 

先生が漏らしたその一言で大方を理解した。

ゲヘナを滅ぼさなければ在るべき場所へ帰ることの叶わない異邦人なのではないかと。この世界に順応できない異物――嗚呼、私はそんな存在を知っている(・・・・・・・・・・・)――

 

「そうか、貴様の境遇にもある程度の理解は出来た。……しかし、我々にも帰るべき場所がある」

 

当然の帰結。それでもどうしても問いたい事が出来てしまった。

まさしく私自身に問いただすように、いつしか私は口を開いていた。

 

「……なぁ、ここをお前たちの第二の故郷とすることは出来なかったのか?」

「…………」

 

問いかけるも答えは沈黙。

それもそうだろう。争いとは利害の不一致により起こるもの。なればこそ、私の知り得ぬ事情が向こうにはあり、私たちにもそれを阻止しなくてはならない事情があったというだけのこと。ただ、それだけだ。

 

「私たちは本当に()()()()()()()()()()()()()()() 戦わない選択肢もあったのではないか?」

 

聞いたところで意味も無いのは分かっていた。事態は既に取り返しの付かない場所にまで進行している。そして私は身を翻した。

 

「まぁ良い、先生よ。ここから先はただの戦後処理だ。これ以上犠牲を出さないための、な。1時間くれてやる。自分がどうするべきかしばし考えるが良い」

 

いずれにせよ戦いは終わった。チアキを呼ぶと、ここで何が起こったかも分からないような無垢な笑顔で返事をする。そうだ、それでいい。お前たちはただ笑ってさえ居てくれればそれで良いのだ。

 

「チアキよ。先生をそこの茶屋に連れてってやれ。あそこなら横になれるだろう。奴には冷静になる時間が必要だ」

「分かりました~!」

「サツキ、私と共に来い。あぁそうだ。サンクトゥムタワーの爆破を止めるよう連絡もしておけ」

「分かったわマコトちゃん」

 

先生がチアキに抱えられるのを見て、私はサツキと共にその場を離れる。

念には念を。仕留めて油断したときこそが急所となり得ることを私は知っている――その時だった。私の携帯が鳴り、電話に出る。聞こえたのはハルナの声だった。

 

『マコト議長。暁のホルスを倒しましたけど、次の策はあるのですか?』

「いや、暁のホルスも先生も問題ない。ヒナと合流して黒服の捜索に当たれ」

 

そう言うと通話越しに聞こえたのはハルナの笑い声だった。

 

『何だか懐かしいですね。まるであの時(・・・)のようですわ』

「……雷帝はもう居ない。とはいえ、危険度で言えばあの頃に匹敵するか」

 

それはかつてあった遠い日の思い出。悪夢と絶望に彩られた地獄の中を歩んだ記憶。

 

『どうですか? この戦いが終わったら、あの時の皆さんと一緒に食事でも』

「阿呆、辛気臭くなるわ。それにお前と共に食事などおちおち気も休まらんだろうに」

『ふふ……。当然、私行きつけの名店を紹介いたしますわ』

「ほぅ?」

 

それならばと安心する。あのハルナが行きつけの店であるなら本当に名店なのだろう。

こいつの舌と店への評価に関してだけは信用できる。悪くはない提案だった。

 

「ならば店を押さえて置け。風紀委員も万魔殿も全員連れて行くぞ。……キキッ、食事終わりに休む間もなく仕事に駆り出されるヒナというのも面白いではないか」

 

そうして通信を切る。

……思えば、ずっと戦いの準備を推し進めてきた気がした。一体いつから練り続けていたのか。どれだけの時間が経ったのか。

 

――いや、関係ないな。

 

この戦いもようやく終わりが訪れる。

全ての敵対勢力を捕らえて無力化する。それで戦争は終戦を迎える。そうしたら――

 

「――そう、敵が来るぞ(■■■■■)

 

軍備を整え戦いに備えなくてはならない。

戦って、勝って、そして私たちは平穏へと再び戻る。そのためならば私は幾らでもこの身を粉にしよう……!!

 

「キキッ、キヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

そして羽沼マコトは、決して辿り着けない平穏のための最終準備へと取り掛かり始めた。

 


 

時は無情にも流れ続ける。

チアキに連れられて通された茶屋の縁台で、半ば呆然としながら横になる。

 

――ホシノが死んだ。

 

死者は決して蘇らない。それは例え神であっても覆せない絶対の真理。

 

――何も出来なかった。私には、何も……。

 

そんな中において、チアキもサツキも無邪気に笑っていた。

きっと彼女たちの常識に殺人を犯すマコト(・・・・・・・・)という存在がいないからこそ、彼女たちはそれを認識できない。

 

マコトの世界と彼女たちの世界が交わることは決して無い。こんな歪な世界では。

 

(この世界に奇跡は起こり得ない。あるのは人の意志だけだ)

 

マコトの言葉が脳裏を残響し続ける。

奇跡とは、今を積み重ねた先にある未来で起こるもの。そうである以上、決して未来に到達し得ないこの世界では奇跡なんて起こらない。

 

20分、30分。時間ばかりが過ぎていく。

 

――こんな終わりが、あっていいはずがない。

 

シッテムの箱をなぞる。まだ何かあるんじゃないかと心の何処かで奇跡を願ってしまう。

その時、携帯からモモトークの受信音が聞こえた。画面を見ると、そこにはアルのアドレスと一通のメッセージ。

 

【脱出したよ~先生! あ、ムツキちゃんで~す】

 

それを見て「ふふ」と微かに笑みを浮かべる。もう、何もかも終わってしまったのに……。

 

「本当にそうかい?」

「っ!」

 

身体を起こす。周囲を見渡しても声の主は何処にも居ない。すぐ傍で携帯を見ていたチアキは驚いて私を見る。

 

「いま……声が」

「声?」

 

首を傾げるチアキ。だが、確かにはっきりと聞こえた。

まるで微睡の中から引き揚げるような誰かの言葉。――そうだ、この状況は何かがおかしい。

問題は提示され続けている。私はその解を得ていない。ならばまだ、考えることを辞めるわけには行かない……!

 

そして、不意に過ぎったのはひとつの言葉だった。

 

――ホシノは本当に死んだのか?

 

マコトは殺人を肯定するまでに追い詰められた世界の再現。

対して他の面々はどうだ? チアキやサツキを見る限り、そのような様子は無い。普段の万魔殿だ。

彼女たちは殺人を肯定する? そんなこと絶対に有り得ない――!

 

――暁のホルスの死亡が確認された。

 

マコトは誰からどんな報告を受けたのか。私はチアキへと目を向ける。

 

「チアキ。いま暁のホルスを捕まえるって祭りをやってたよね?」

「え、はい。そうですけど……」

「じゃあ、捕まえた時は誰がそのことをマコトに報告するの?」

「それは……」

 

そしてチアキは言った。救急医学部の部長である(・・・・・・・・)と。

 

「セナか!!」

 

氷室(ひむろ)セナ。多くの負傷者を治療してきた医学のプロフェッショナル。

その際立った特徴は、負傷者と死体を言い間違えること(・・・・・・・・・・・・・・・)――

 

「チアキ! ホシ――暁のホルスはまだ生きてる!?」

「うん? 確認しましょうか?」

 

そしてチアキが携帯を軽快に操作して数分。すぐに答えは返って来た。

 

「セナ部長が処置をしたみたいですね~。結構重傷だったみたいで」

「――っ。あ、ありがとう……!!」

 

ホシノは生きていた。そのことに安堵するが、まだ考えるべきことは残っている。

では何故マコトはそのことに気が付かなかったのか。

 

今になって気付いていてもおかしくはない。けれど、報告を受けたあの瞬間は本当に信じているような様子だった。

考えてみれば不思議でもない。マコトとゲヘナ生の視座は交わらない。同じ万魔殿の中であっても、死の概念と隣接したマコトとそうでない多数の間には埋められない差が存在する。だから誤った死亡報告をすぐに受け入れてしまう。

 

その上で、何故マコトは私に1時間も時間をくれたのか。

戦後処理のためとは言っていたけれど、別に軍を動かしているわけでもない。このゲヘナという戦場においては純粋に私とマコト、ふたりの話し合いでしかないのだから、そこまでの時間はいらないはずだ。

 

そもそも――仮に私が私たちを倒すとして、その最適解をマコトは歩めていない。

アーケードで会った時、問答無用でヒナを呼んでいればそれだけで全てが終わっていた。でもそれをマコトは行わなかった。何故か。

 

――情報の格差だ。

 

それはあくまで私たちの話。マコトにとって私たちは私たちが思っている以上の脅威(・・・・・・・・・・・・・・)だったのだ。

何故なら私たちはたった三人でミレニアムを落した不可解な存在。シッテムの箱の自動防御によってミレニアム全域がハッキングされる直前までの情報しかマコトは持っていない。

 

『とりあえず没収するとして……そうね。解析してもらおうかしら。そうすれば少しでもあのよく分からないタワーの謎に近づけるかも知れないし』

 

マコトが最後に聞いたと思しきユウカとの会話。そしてミレニアム内部の情報の一切は遮断された。

だからこそ、マコトは私からシッテムの箱を没収もしなかったのだ。例え解析行為がキーだとしても、内部を掻き回されたのが没収(・・)もしくは解析(・・)の行為によって起こったことは確実なのだから。

 

――大規模なハッキングが為されれば、ホシノに対する人狩りの飛行船はマコトにとっての急所になり得る。

 

混沌と自由。指揮官なしで自動的に動き出す悪魔の軍団。その急所は直接的な指揮統制が取れていないこと。

だからこそマコトは祭り(・・)としてこの戦闘を続行する必要があった。にも拘らず、それすらも標的の喪失によって大義名分を失いかけている。

 

その上で1時間。この時間は何なのか。答えはすぐに出た。

 

――最強格の戦力たるホシノと、それを指揮する私がいる。けれど、黒服の所在は誰にも掴めていない。

――君は、祭りと称してホシノを追わせるように黒服を探させる動機を生み出す必要があったんだ。

 

だから、1時間かけて舞台を再調整したのだ。

祭りという体裁で保たれた戦闘状態が途切れることこそがマコトにとって避けたい実情。

なればこそ、続けるしかない。私が降伏しなかったときに備えて、羽沼マコトは黒服を自力で見つける手段を確保し続ける必要がある。

何故なら、マコトは最後の最後で行われる番狂わせにこそ脅威を抱いているのだから――

 

――だったらここから仕切り直しだ、議長。

 

便利屋68は継続して私の脱出作戦を。恐らくマコトもホシノの生存に気付き始めるはず。

だからこそ、私は与えられたこの1時間を使い尽くす。少しでもホシノに休息が得られるように――

 

「先生、そろそろ時間ですよー」

「うん、行こうか」

 

私は起き上がって円卓へと再び着いた。マコトの表情は変わらぬまま――けれど、私には先生として見てきた日々がある。取り繕っているだけの表情だなんて私には分かる――

 

「戦後処理、だったね。マコト」

「……まだ戦うつもりか?」

「そうだよ。私たちはまだ何も終わってなんかいない。追い詰められているのは君の方だったんだ」

 

マコトの相貌が憎悪で歪む。もはや隠すことすらしなくなったように、歯を剥いて怒りに満ちた瞳を向ける。

 

「さぁ始めようかマコト。第二戦だ――!!」




――次回 第13話:状況開始
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