消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第13話:状況開始

「…………ず治……終わ……した……、………………してい……大丈……し……」

「良……た……。…………りす……よ……」

「……と……! めっ……心配…………! ……見た……んで…………思っ……ん!」

 

薄ぼやけた思考の中で僅かに目を開ける。近くで誰かの声が聞こえた。

私は何処かのベッドか何かで横になっているようで、身体に痛みは――というか感覚がない。まるで分厚い膜にでも覆われているかのように、五感の全てが曖昧だった。

 

「……! ……覚めた?」

 

誰かが私を覗き込む。そして焦点が合うように徐々に戻りゆく視覚と聴覚。私の前に居たのは――

 

「はろはろ~♪ だいじょーぶ?」

「キ、ララちゃん……」

「そう! あれ? もしかして意識あった感じ? すごいじゃん! ってか傷やばいよね?」

 

夜桜(よざくら)キララ。以前あったゲヘナでの騒動でちょっとした関わりが出来た子だった。

ヒナちゃんの友達で、それからたまに遊ぶ機会もあったけど……まさかここで目にするとは思ってもみなかった。

 

「キララちゃんが助けてくれたの……?」

「助けた、って言われるとちょいびみょい感じだけど、見つけて部長呼んだのはあたしたちだよ! ちょうど近くに居たしね!」

「正確に言うと、なんか爆撃があったからもしかしてって思って見に行ったんだよ。そしてら案の定、って感じかな」

 

そう補足したのは旗見(はたみ)エリカちゃんだった。キララちゃんと同じキラキラ部の子で、同じく何度か遊んだりしていたことを思い出す。

 

「議長は祭りだとか言ってたけど、実際ただの人狩りだったから。ちょっと心配だったんだよ」

「なんか変わっちゃったよね~ゲヘナ。歯止め効いてなくてヤバ! って思ったし」

 

困ったように笑う二人を見て、私は大きく息を吸う。

酸素と共に血が回る。思考は既に明瞭に。そして現状を理解した。

 

「……ね、ねぇ! 何時間経った!? タワーは無事!?」

「1時間ぐらいしか経ってないよ。タワーって……あれのこと?」

 

エリカが指さした窓の先には依然として塔が立っていた。

ゲヘナ学園の中央。噴水広場があった場所に、巨大な塔が屹立している。

 

――良かった。まだ終わっていない!

 

「――うぐっ!?」

 

起き上がろうとして――瞬間、全身に走る激痛。骨という骨が軋むような感覚。もしかしたら何本か折れているかも知れなかった。

 

「医学部長が言ってたけど、全治2週間の怪我だってよ。まぁ、それでもあの爆撃に巻き込まれたにしては短いって言ってたけど」

「……私の銃は?」

「ちゃんと運んで来たからだいじょーぶ! 盾もちゃんと拾ってきたし!」

 

キララちゃんの視線を追うと、並んだベッドの間仕切り端に置かれた籠へ私の衣服と武装がまとめて置かれていた。

流石にインカムは壊れてしまったようで、先生に無事を連絡できないのは少々痛手ではあるが。

 

「ありがと。助かったよ」

 

キララちゃんに礼を言って、それから周囲を見渡し、改めて状況を確認する。

 

――ここは1階の救護室。私以外にはキララちゃんとエリカちゃんだけ。

――全身に包帯。患者衣。左手は動く。盾の保持および銃の扱いは可能。ただし掴み(・・)を前提とした近接戦で使えるほどじゃない。

――動くだけで激痛。全力で動いたら気を失う可能性がある。戦闘行為は極力避けたい。

――外には人気が無い。タワーの周囲にいるのは温泉開発部が何人か。

 

1時間経ったとエリカちゃんが言っていた。先生が少し心配だったけれど、流石に電話は掛けられない。

ミレニアムの時みたいに、もし先生が潜伏しているのなら迂闊に携帯なんて鳴らすわけには行かないからだ。

 

(無事だって、信じるしかないよね。アルちゃん達も居ることだし……)

 

「とりあえず……二人とも。助けてくれてありがとう。私は大丈夫だから、セナ部長を呼んでくれる?」

 

そう言うとキララちゃんたちは頷いて、「安静にね!」と救護室から出ていった。

下手にタワーへ向かいたいなんて言ったら私に無理をさせないようにと見張られかねない。

 

(直にセナちゃんがやってくる。それまでにタワーへ向かう準備をして、セナちゃんを無力化して…)

 

――そして、小鳥遊ホシノは戦いの準備を始める。

もはや立ち止まるわけには行かない。安寧たる日常へ還るその時まで、止まった分だけ危機が増す。

たとえ自分を治療してくれた恩人であろうとも、この世界からの解放を切望する魂に誓ってその引き金が鈍ることは決して無い。

 

ホルスの瞳がゲヘナの中央、屹立する虚妄の塔を貫いた。

その内部、議長の命によりタワーの破壊を目論む狂人は上機嫌に鼻を鳴らす。

 

「やっと壊せるな! いやぁ、前々から邪魔だと思ってたんだ!」

「部長~。爆弾の設置は完了したよ! 退避退避~!」

 

温泉開発部、部長。道化を演じる知能犯、鬼怒川(きぬがわ)カスミ。

温泉開発部、作業班長。無軌道な破壊者、下倉(しもくら)メグ。

ほか、構成員百名あまり。

 

生粋のテロリストたる彼女たちには、例え生徒会組織たる万魔殿であっても何かを強制させることなど出来ない。

従って彼女たちが爆破行為の要請に応じているのはまさしく彼女たちの意志そのものだった。

 

(私は知りたい……! あの議長があれほどの執着を見せるこの塔のことを――!)

 

他者の精神的要素を軽んじて駒のように采配する傲慢なあの議長(・・・・)が、わざわざ私を直接呼びつけて頭を下げたのだ。

腹を割って、仮面を脱ぎ捨て、わざわざ私個人が興味を引くよう宝物(・・)をちらつかせたのだ。

 

――訊くほかないだろう。なんだか楽しそうな匂いがして来たじゃあないか!

 

『うーむ、そうだな。よし、みんな一旦解散だ! 議長とこれからのことを詳しく話さなければならないからな!』

 

私は温泉が好きだ。

分厚い岩盤を破って湧き出た源泉を見る度に心が躍る。湧き上がった水面を瞳に映すその度に、私の心も一際沸き立つ。

 

『ここからが本題だ、温泉開発部――いや、鬼怒川カスミよ』

 

軍帽を目深に被った議長はまさしくゲヘナを統べる者であった。

求める物を求める者へ。その悪意と策略はいずれ来たりし誰かへと向けられていた。

語られた言葉の多くは理解できるものでは無い。いや、私が理解できない(・・・・・・・・)という異常を見せつけられた。

 

『私がお前を使ってやる。鬼怒川カスミよ。いまこの時だけは私に従え』

『それで……私は何が得られるのかな?』

『お前が真に望むものだ。全てを捧げた者にしか辿り着けない、心の奥底から湧き上がる叫びそのもの。お前の目と耳はその瞬間を捉えることとなる』

『……ハハ。分かっているじゃあないか!!』

 

応じてやろう。これだけ期待をさせてくれるなら。

 

「さあメグ! さっさと退避して合図を待とう! きっとすごいものが見られるぞ~!」

「れっつご~!」

 

かくして狂人はサンクトゥムタワーを下り始める。終わりの時が近づいていた。

 


 

「ねぇアコちゃん、電話鳴ってるよ」

「……はぁ、またですか」

 

風紀委員会本部。モニターの前に座る天雨(あまう)アコは本日何度目かの溜め息を漏らした。

朝からあのアホな議長が何度も意味の分からない勅令を下すのだから仕方もなかろう。

やれ祭りの準備をするから警備ルートを直接指定するだの、飛行船打ちあげるから生徒たちの誘導をしろだの。果ては黒服なんて呼ばれている誰かを探せだのなんだの……いくら万魔殿と言えどここまで直接的な干渉なんて今までなかったのに。

 

「……はい、風紀委員ですけど」

『天雨アコよ、救急医学部に暁のホルスが紛れ込んだ。今すぐ銀鏡(しろみ)イオリを向かわせろ!』

「はぁ? 急に何を――」

『少々時間が足りんのだ! セナだけでは温泉開発部がタワーから脱出するまでの時間は稼げ……いや、分かり易く言おう。セナが狙われている! 助けに行け!』

「セナ部長が……? わ、分かりました……」

 

咄嗟に言い換えたマコトの言葉はその緊急性のみを正しく伝えた。

通話を切ったアコがイオリに目を向けると、食事を取ろうとカップ麺の蓋を開けたところであった。

 

「イオリ、セナ部長が誰かに狙われているようなので今すぐ保護を」

「えっ!? 狙うって誰が!? というかご飯まだ食べてないんだけど……」

「私だって知りませんよ!! でも議長はともかくセナ部長の身に危機が迫っているなら行くしかないでしょう?」

「まぁそれはそうだけど……」

 

少々面倒くさそうに、それでも救急医学部は風紀委員会にとっては一番世話になっている部活だ。

イオリは壁に立てかけてあったボルトアクション式のライフルを手に取る。

 

「それじゃあ、ちゃちゃっと行ってくる!」

 

そしてイオリは風紀委員会本部を飛び出した。

一方、救急医学部。ホシノが患者衣から制服へ着替え終えると、部長の氷室(ひむろ)セナが戻って来たところである。

 

「……何をしているのですか?」

「あちゃ~、見つかっちゃったか~」

 

苦笑いを浮かべる。セナちゃんは変わらず無表情だったが、その声には僅かに怒気が含まれていた。怪我人が何をしているのか、と。

 

「痛みも引いて来たし、もう大丈夫かな~って」

「それは気のせいです。今すぐベッドへ戻って安静にしてください」

「うへ~。しょうがないかぁ……」

 

その言葉には逆らわず、ベッドへ踵を返す。その時、ポケットから携帯が落ちてベッドの下へと滑り込んだ。

拾おうと身を屈めて、「あいたたた……」と声が漏れる。

 

「悪いね、セナちゃん。ちょっと携帯拾ってくれない?」

「……少々お待ちください」

 

セナちゃんが私の脇を通り抜けて身を屈める。頭が、首が、私の腰回りほどまで降りる。

――瞬間、私は即座に右腕でセナちゃんの首を締め上げた。

 

「うぐっ――!?」

 

呻く声。床に押し倒す。セナちゃんは抵抗しようと自分の腰にぶら下げた銃へと手を伸ばし――その手を左手で払って銃を取り上げ、部屋の端まで投げ飛ばす。

 

「悪いね、セナちゃん。銃声がしたら誰か来ちゃうから」

「――ッ、――ッ!!」

 

私の腕から逃れようともがいているけど、それは無理な話だった。

脳への血流を完全に止めている。流石に十秒程度で落ちるほど柔でなくとも、二分ぐらい締め続ければまず落ちる。

 

「助けてくれたのは感謝してる。でも悪いとも思ってるから、恨んでくれていいよ」

 

どのみちセナちゃんの無力化は確定事項だった。私が抜け出したことに気付かれれば、学園内部も騒々しくなるかもしれない。

 

(それは避けたい。気付かれる前に温泉開発部から起爆スイッチを奪わないと)

 

サンクトゥムタワーの発破解体は止まっている。けれど、私の無事が議長ちゃんに確認されれば、また爆破が再開されるかもしれない。

それより早く温泉開発部の部長を押さえる。それから先生に連絡して、到着まで死守。これが今できる最善。

 

そしてセナちゃんをしっかり二分締め続け、動かなくなったことを確認してから腕を離す。ふぅ、と息を吐いて起き上がる。

 

(よし、行こ――)

 

「おい……何やってるんだお前……」

「えっ……?」

 

振り返ると窓の外。銀鏡イオリが私を見ていた。セナちゃんを締め落すその瞬間を、しっかりと――




――次回 第14話:イオリvsホシノ
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