消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第14話:イオリvsホシノ

二分。ホシノがセナを締め落すのに掛かった二分がこの状況を生み出した。

もしもホシノの準備がもう少し早ければ。もしもセナが来るのが遅ければ。もしもアコがマコトの指令を受諾するのに時間が掛かれば、瀕死のホシノとイオリが出会うなんて事態は起きなかったに違いない。

 

けれども、そんな別の未来は発生し得なかった。ホシノがセナの無力化を選択したその瞬間から、今の状況はまさしく必然そのものだった。

多少の時間的猶予などに意味は無く、曖昧な奇跡なんて存在せず、全ては人の意志が――選択こそが未来を決定づける。

 

故に、この邂逅は必然であった。

 

「イオリちゃん、か……」

「動くなよ、規律違反者め。いま応援を――」

「そんなことしたらセナちゃんがどうなると思う?」

「くっ……」

 

悪役じみた台詞を吐いた自分自身にホシノは思わず笑みを浮かべた。

見られてしまった以上、イオリは無力化しなくてはならない。セナを人質にタワーへ向かうだなんて、そんな悠長に時間を使えない。

なればこそ、ホシノが選んだのは一対一でイオリを無力化する道。浮いた駒たる銀鏡イオリ。倒して包囲される前にタワーへ籠城した方が良い。それこそがホシノの戦術的思考であった。

 

――なにより、私はイオリちゃんぐらいでも無傷で倒せる。

 

「そっちも風紀委員の切り込み隊長でしょ? 腕に自信はあるんじゃない?」

「言わせておけば――!!」

 

イオリちゃんは私の挑発に容易く乗って、窓から救護室へと乗り込んだ。

それでいい。今の私は完全武装。足元には気絶したセナちゃん。周囲には間仕切りとベッド。使える手札はいくらでも。

 

銀鏡イオリ。風紀委員会の中でもヒナちゃんの次に強いスナイパー。

ヒナちゃんが強すぎて相対的に弱いと思われているけど、戦闘能力も実戦経験もキヴォトス全土を見たって個人の練度はかなり高い。それこそ、最強格(わたしたち)に切迫するほどに。

 

――でもそれは、正面切っての銃撃戦に限った話。

 

不意打ち、トラップ、舌戦――環境から搦め手全てを考慮すれば十二分に撃破可能な相手へ落ちる。

 

(ま、人質を盾になんて、それは出来ないけど)

 

心がブレれば力は出せない。私たちは手段を選ぶからこそ、揺るがない物を持つからこそ強い。

だから、相手に見せるのは手段を選ばないというポーズを見せるだけ――

 

「委員長の言葉を借りるけど……話は檻に入れてから聞く!」

「そ、じゃあやってみせなよ――!!」

 

銃を構えたイオリちゃんに対して、私はベッドを蹴り上げた。一時的なバリケード。視界を塞いで私は陰へと隠れる。

スナイパーライフルの銃声。ベッドに穴が空く。直後、イオリちゃん目掛けてベッドを蹴り飛ばす。

 

(回避方向は私の左手、イオリちゃんの利き手側――!)

 

蹴り飛ばされたベッドを回避するイオリちゃん。回避方向は私の想像通りに左手側。先んじて撃ったショットガンの散弾は、迫るベッドの影から飛び出したイオリちゃん目掛けて飛んでいく。

 

「なっ――!?」

「これで終わり」

 

刹那の動揺。その隙を突いて前へと踏み込み、極至近距離で放たれる追加の散弾。その全てがイオリちゃんの全身に突き刺さる。

 

(直撃、これでまともに動けないは――)

 

「痛ったいなぁ!! 大人しくしろ!」

「――!?」

 

すぐさま銃を構えての反撃。転がるように辛うじて避けて、盾を展開――左手に構える。

 

イオリ目掛けてホシノの放った銃撃は直撃だった。本来ならばイオリがまともに動けるはずがなかった。

ならば何故、彼女はまだ動けるのか。大したダメージが与えられなかったのか。その理由は自明である。

 

この世界で目覚めてからミレニアムを消滅させるまで、まともな休息も無しに動き続けたのは9時間30分。間にミレニアム最強たるネルとの戦闘12分。

気絶を休息に含めなければ、そこから目覚めて1時間の休息。窮屈な車両での移動が5時間。解放されて戦闘発生。0時頃に始まるゲヘナ戦。1時間の気絶を経て、現在時刻は午前2時前。

 

ここまで合わせて、20時間。

 

ホシノの身体は当に限界を超えていた。まともに動ける状態であるはずがないのだ。

数多の戦いを経て最強と戦い、ゲヘナでの最多戦力に磨り潰され、果ては爆撃の嵐。

故に、小鳥遊ホシノは見誤った。ここまでの傷を負ったことが無い故に、今の自分の力量を完全に見誤っていた。

 

眼前で、イオリちゃんがボルトアクションを行って弾丸を排莢する。

ああ、そうだ。私は戦力差を改めた。今の私にとって、銀鏡イオリは最悪の敵だと認識する――

 

「あんたは手負い、私は無傷! どうにかなると思うな――!」

「ははっ――! そうだねぇ!」

 

私は強い。だがそれは、キヴォトス最強という意味ではない。

トリニティの剣先(けんざき)ツルギ。ミレニアムの美甘(みかも)ネル。ゲヘナの空崎(そらさき)ヒナ――

最強格との呼び名と共に、畏敬を集める彼女たちに私は匹敵できる自負があった。生まれ持った力に合わせて、その力に甘んじることなく積み続けた研鑽の数々。そう、私は強い。

 

――だからこそ私は、こと戦闘において他の誰よりも同格もしくはそれ以上との戦闘経験は積めていない。

ここまで弱ることすら無かったからこそ、この先の予測がまるで付かなかった。

 

「抵抗するな!」

 

イオリちゃんの声に合わせて地面を滑るようにバックステップ。引き金を引く瞬間、私は間仕切りの陰へと身を隠す。

近くにあったパイプ椅子を掴んで飛び出て投げ込んだ。空中で穴が空くパイプ椅子。着弾の衝撃でイオリちゃんには届かず――その隙を突いて一息に接近。ショットガンの銃口は胴体へ。

 

「させるか!」

 

突如として跳ね上がった膝と打ち下ろされたイオリちゃんの左肘がショットガンの銃身をホールドする。

銃身は逸らされて胴から外れる。代わりに差し向けられたのは眼前に突き付けられたスナイパーライフル。引かれる引き金に合わせて頭を傾け、耳元で弾丸が空気を引き裂いた。

バックステップ。距離を取る――同時、イオリちゃんも後ろへ飛びずさる。互いに離されるその距離はショットガンの射程圏外。そして、スナイパーライフルの射程距離から逃れられない――

 

「射程距離に入った……行くぞ!」

「――っ!」

 

即座に盾で防御――間に合わない! 右肩を撃たれてバランスを崩すが、銃口だけはイオリちゃんへと向ける。いや、イオリは既に私の右手側へと滑るように走りながらボルトアクションを完了させていた。再び私に向けられる銃口。避けることすらもう――

 

「ぁあああッ!」

 

盾を振り回すように身を捻って射線を遮る。ライフルから放たれる銃弾はすんでのところで盾に弾かれた。

振り回した勢いに従って身体が半回転――イオリちゃんに背中を見せてしまう。直前に見えたのは前へ飛び込みながら装填完了したイオリちゃんの姿。盾も銃も手放して頭をカバー。全力で真横に飛び込んで回避する。私の身体は薬品保管棚へと突っ込んだ。

 

「ちっ、素早いやつめ」

「それは……こっちの台詞かな……」

 

散らばった薬品を払いながらも立ち上がると、イオリちゃんは装弾を完了させていた。

対して私の手元には拳銃が一丁とスモークが二つ。肝心のショットガンはイオリちゃんの足元。拳銃だけじゃ、今の私がイオリを倒せる未来は存在しない。

 

「イオリちゃんさ、投降するから銃下ろしてくれない?」

「順序が逆だろ! それに投降していいぞ。武装解除したら撃って気絶させるからな」

「うへ~、もうちょっと手心とか無かったっけ?」

「うるさい! こっちにはカップ麺の恨みがあるんだよ!」

「カップ麺……? まあ、食べ物の恨みじゃあしょうがないよね」

 

横目に窓の外のタワーを見る。温泉開発部たちがぞろぞろと塔の中から出てきている。

 

――時間がない。

 

ここで片を付けなくてはいけない。全力で(・・・)

 

「そういえばさ、イオリちゃん。イルカとクジラの違いって知ってる?」

「え……急に何の話だ?」

「実は大きさなんだって。大人になった時に4メートル以上か以下かでざっくりとイルカかクジラか決められているらしいよ」

「そうなの!?」

 

整息。つま先から指先に至るまで、自分の身体の細部にまで意識を巡らせる。

 

「って、本当に何の話?」

「ん? いや、ふと思い出してさ……あ、チナツちゃんも来たんだ~」

「チナツ?」

 

イオリちゃんが私の目線に釣られて振り返る――瞬間、スモークグレネードをアンダースローで投げ放つ。回転して周囲が煙に包まれる。

 

「こいつ――ッ!!」

 

同時、イオリがライフルで射撃。私の足を撃ち抜く――が、そのまま踏み込む!

そしてショットガンのある方……とは逆方向へ私は飛んだ。

 

「くっ――どこだ!」

 

イオリはいまショットガンの方へと身体を向けている。つまり私から見れば背中がガラ空き――瞬間、拳銃に粘着弾を装填してイオリの背中目掛けて連射した。ヒット。後ろから撃たれたことに驚いたイオリが振り返る。粘着弾についた爆弾が爆発。私はショットガン目掛けて飛び込み――その手に掴んだ。

 

全身がバラバラになりそうだと叫んでいる。今すぐにでも手を離してしまうのではないかというほどに激痛が走る。

その全てを噛み殺して、私は瞳を――銃口を、イオリへと向けた。

 

「終わりだよ、イオリちゃん」

「ッ!!」

 

ショットガンから放たれたのは、もはや爆撃そのものだった。

そしてイオリの意識もろとも、その身体を壁へと叩きつける。

 

「はぁ……はぁ……」

 

後に残ったのは、ぐらつく私の荒い息だけだった。

 

「ぅ、――げぇ、かはっ……」

 

限界なんてとっくの昔に過ぎていた。

空っぽの胃の中身を出そうと、私の身体は痙攣する。膝をつく。

 

「はぁ……はぁ……。……はは」

 

――きっと負けたら楽になるんだろうな。

 

敗北すれば全てが終わる。その時に私が生きているか死んでいるかは別にせよ、それでも戦う必要は無くなる。

けれど、負ければ私たちはいつ終わるか分からないこの世界に閉じ込められる。もうみんなに会えなくなる。ある日突然誰かが居なくなるなんて思いをあの子たちが知るようなことだけはあっちゃいけない。

 

「そ、れだけは……嫌だなぁ……」

 

――私が帰らないとみんなが悲しむから。ああ……あと、アヤネちゃんがすっごい怒る。

 

「怒ると怖いんだぁ……アヤネちゃん」

 

ショットガンを杖代わりにして立ち上がる。

私はイオリちゃんに勝った。でも、戦いはまだ終わっていない。

 

「またみんなと水族館、行きたいねぇ……」

 

盾を背負い直してよろよろと救護室を出る。

校庭には既に誰も居ない。きっともうじき塔の解体が再開される。

 

その中を私はふらつきながら歩く。噴水広場の中心にサンクトゥムタワーに向かって。

かすんだ両目を眇めて深く、そっと静かに息を吐く。――そうだ。もう少し。あともう少しなんだ。

 

既に身体の感覚がほとんどない。けれども僅かに伝わる地面の感触を確かめるように、一歩、また一歩を歩みを進める。

 

「行くよ――これで最後だから」




――次回 第15話:狂人の喝采
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