消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第15話:狂人の喝采

ゲヘナ学園、サンクトゥムタワー16階。そこでは温泉開発部の部長と班長が並んで階下へと下っていた。

 

「部長! みんな退避したって!」

「ならばあとは私たちだけというわけだな!」

「うん! 早く降りよー!」

 

メグがくるくると回りながら階段を降りて行くのを見ながら、私もまた期待に胸を膨らませる。

議長と敵対する何者か。彼女たちは皆、この塔を起点に争っているようだ。

 

(だとすれば、私たちもまた件の敵対者にとっての邪魔者、というわけだな)

 

部員たちの退避を優先し、いまこうしてゆっくりと塔を下りている理由は単純である。

そう、単に私個人が見たくなったのだ。かの敵対者、暁のホルスと呼ばれ妙な祭りまで開催される原因となった存在を。

 

「部長よかったね!」

「うん?」

 

不意に投げかけられた声に首を傾げる。

 

「だって委員長いないのってこの塔壊すからなんだよね?」

「いっ、委員長な? そうだぞぅ、壊しさえすれば我々はヒナ委員長の脅威から逃れられるのだ! ハーッハッハッハ!!」

 

議長との密約のひとつとして私が挙げたのは、温泉開発部の取り締まりに空崎ヒナを用いないということだった。

委員長はこう、怒りの段階がある。普段我々を取り締まる時のを平時とするなら、もう一段階上がある。ああ、そこまでは想定内だった。

 

それ以上があったのだ。あれは――いま思い出しても……。

 

「ひ、ひええぇ…………」

「カスミ部長! ここに委員長はいないよ? ね?」

「う……うん……」

 

気持ちを持ち直す。そうだ、いまヒナ委員長はここには居ない。

確か今は――

 


 

「アル様! 駄目です振り切れません!」

「前からも風紀委員会……来るよ!」

「アルちゃん! 万魔殿もこっち来てるっぽ~い!」

「ああもう! 何でこんなに来るのよ!!」

 

一度ヒナに捕縛された便利屋68の一行はいま、脱獄から数分もしないうちに追われ始め、そこから長きに渡るカーチェイスを繰り広げていた。

万魔殿、風紀委員会、そして――空崎ヒナ。

この三者に追われ続けて未だ捕まっていないことこそ奇跡のようなものであったが、だからといって状況が良くなっているわけではない。真綿で喉元を締め上げるように、徐々に逃げ場も失いつつある。

 

「くーらえ!」

「うわぁぁぁぁ!!」

 

ムツキの投げた粘着手榴弾が風紀委員会の車両を絡めとる。後続する車両も巻き込まれて衝突、ついで爆発。

カヨコがハンドルを切って一方通行の隘路へと逃げ込む。追ってきた万魔殿の車両にアルが狙撃。タイヤがパンクして道を塞ぐ。

 

「ねぇねぇカヨコちゃん。な~んかおかしくない?」

 

ムツキが運転席のカヨコに声をかけると、アルが不思議そうな目で二人を見た。

 

「おかしいって何がかしら?」

「……私たちがまだ捕まっていないこと、かな。委員長……じゃなかった。元風紀委員長もいてこの数、流石に逃げ切れるわけないのに、わざと泳がされてる気がする」

「い、甚振られてるってことでしょうか……?」

「かもね。問答無用で叩きに来ないのも何かの作戦なのかな……」

 

とはいえ、違和感を覚えたところで特に何かできるというわけでもなく、それでいて気のせいだと片付けるには少々不気味だった。

 

「……とりあえず、先生には共有しておくわね」

 

アルは携帯を取り出してムツキたちの言をメッセージにして送る。

そうして先生の元に届いた着信。携帯を見て、アルからのメッセージを確認する。

 

【まだそっちには行けないわ! 万魔殿とか空崎ヒナとか色々追われているのよ!】

 

【ただ、ムツキとカヨコは泳がされている気がするって言ってるわ。議長が何を企んでいるかは知らないけど、要注意よ!】

 

「……ありがとう、アル」

「キヒヒッ、便利屋から連絡でも来たか? 状況は絶望的だと」

「違うよマコト。まだ誰も諦めてないんだ」

「そうか。ではせっかくだ! お前が全てを諦められるよう、最後の一押しをしてやらなくてはなぁ!?」

 

そう言うとマコトは指を鳴らす。

それが合図だったかのように、万魔殿の部員のひとりが通信機をマコトに渡した。そして――

 

「あー、あー。聞こえるか? 鬼怒川カスミよ」

『やぁ議長! もちろん聞こえているとも!』

「カスミ……!?」

 

このタイミングでわざわざ私に会話の内容を聞かせる理由なんてひとつしかない。

 

――まさか、間に合わなかったのか……?

 

「ひとつ訊こう。爆薬の設置は完了したな?」

『もちろんだとも! 今すぐにでも爆破可能だ』

「よし、では――」

「やめろマコト!!」

 

マコトと視線が交錯する。悪魔はにやりと笑みを浮かべた。

 

「――やれ」

『いや、やらないぞ?』

 

一瞬、時が止まった。

 

「……私の聞き間違いか? 私はやれと言ったのだが?」

『ああ! そして私はやらないと言ったなぁ』

「な、ななな……何ィーーーーッ!? 何故だ!? ここで裏切るつもりか貴様!!」

『ハーハッハッハ! まぁ落ち着いた方が良い。何せ、客が来てしまったからな』

「客だと……? まさか……」

『そのまさか、さ』

 

そして、鬼怒川カスミは突如として眼前に現れたその人物を視認する。

メグがカスミを庇うように立ちはだかり、火炎放射器で全てを焼き払う。

 

手にはショットガン。物騒な出で立ち。ボロ雑巾のようになりながらも枯れかけの激情を振り絞る両目。これは――

 

「撃つと爆発するぞー!」

「っ!?」

 

銃口が向けられると同時に叫ぶと、その人物は顔を引きつらせて止まった。その顔は確か――

 

暁のホルス(・・・・・)と呼ばれていた子だね。つまり我々の仲間だな! マコト議長と相容れない我が友よ!」

 

仮称暁のホルス(・・・・・)は驚き、戸惑いながらもカスミを見る。

 

――おやおや、随分と私を警戒しているようじゃあないか。

 

「メグ。悪いが、客人は私に用があるようだ。先に行っててくれないか?」

「分かった! けど、大丈夫?」

「なに、君がいると彼女も安心できないだろう? なぁ?」

「…………まぁ、行きなよ」

 

闖入者はそう言って、脇を通るメグには何もしなかった。

そしてカスミもまた、安心させるように階段へと座る。相手は怪訝そうな顔をしてカスミを見た。

 

「そう警戒するなよ同志。あのタヌキ――いや、羽沼マコトに無茶を言われてね。一泡吹かせてやりたいと思っているのだよ」

「……起爆装置を渡せ」

「いま爆発したら怖いなぁ? 私も君も、それに巻き込まれる」

「――ッ」

 

いくつか確定したことがある。

議長とこの子は敵対関係にあり、この子は塔の爆破を止めたいらしい。

だが議長にとっても、この塔はいつでも爆破したいものというわけでもない。中止命令だの再開命令だのする以上、何かタイミングがあるのだろう。

 

「君もここまで随分頑張ってきたようじゃないか。誰かに追われているのか? 風紀委員か? そうか風紀委員か!」

 

暁のホルスの視線が僅かに揺れる。なるほど、そうか、とカスミは頷いた。

 

ここで重要なのは、マコト議長にとって適当なタイミングでこの塔を爆破されることへのリスクは、いま目の前にいるこの子よりも遥かに低いということか。

爆破中止の連絡よりも爆破再開の方が語気を強く感じた。うーむ、この線は確定ではなく推察だな。

 

「我々は風紀委員の敵対者ということだ。つまり我々がここで出会えたのは必然――運命だと言っても良いだろう」

 

爆破すべきタイミングとするべきではないタイミングがある。

それは誰が望んで誰が決め、誰が望まず誰が阻むか。

その答えを得ることが、私の望む景色へと繋がるはずだ――

 

だから鬼怒川カスミは自身が持つ解体道具、即ち言葉(・・)を使った。

 

「君は塔の内部に用があるのだろう? なら、温泉開発部がここを死守する。もちろん、君からじゃない。君の敵からだ。君はタワーを登って好きにすれば良い」

「…………え?」

 

その言葉(・・)に、ホシノはただただ困惑した。

理解が出来なかった。ここで味方に付くなどという第三者がいるとは想定していなかったからだ。

 

――いや、違う。

ホシノは直感した。鬼怒川カスミは敵になっても味方になることだけは有り得ないと。

 

「……どうして?」

「どうしてもこうしても簡単なことじゃないか。君は塔に用がある。議長は君の目的を阻止したがっている。そして議長に振り回された私は議長に一泡吹かせてやりたい。敵は同じなのさ。仲間は助け合うものだろう?」

「私とお前は仲間じゃない――」

「どうしてだい? 同じ言葉を交わして同じ敵を見る、我々に敵対する意味も理由も存在し得ない。そうだろう?」

「…………」

「そうか、信用か。信頼でも良いが、確かに我々はまだ出会ったばかり。そう簡単に信頼(・・)、できるわけないものな!」

 

そしてカスミはポケットに手を入れようとする。

「動くな!」と刺すようにホシノが叫んだ。

 

「そう怖い顔をするなよ。私のことが信頼(・・)できずとも、信頼(・・)できる者がいるのなら一度判断を仰いでみるというのも手ではないかな?」

「……手を上げて。床に伏せて」

「……良いことだ。窮地に判断を仰げる仲間が居ると言うのは」

 

「手を上げて。起爆装置を渡して」

「分かった分かった。渡すから撃つなよ? 絶対に撃つなよ? 撃ったらタワーが吹っ飛ぶぞ?」

 

カスミが床に伏せると、ホシノは慎重にカスミへと近づいた。

白衣のポケットをまさぐると、起爆装置と思しき装置に指が触れる。ゆっくりと引きぬいて、異常が起きていないことを確認する。

 

「なぁ? 言っただろう? 私は嘘はつかな――」

 

直後、ホシノは即座にカスミにショットガンを連射した。

壁まで吹き飛ばされるカスミ。追い打ちをかけようと弾を装填するホシノ。カスミが嗤う。

 

「ぐぅぅ……! 酷いなぁ、これでも温泉開発部の部長なんだぞ……?」

「だから無力化するよ。悪いけどさ」

「ハハッ……いいねぇ。やる気満々って感じか」

 

カスミは立ち上がることすらせず、壁にもたれかかったままホシノの目を見る。

 

「ところで、温泉開発部の部長は私だが……立ち位置はちょっと特殊でね。私は言ってしまえばコンサルタントみたいなものなのさ」

「コンサルタント……?」

「いいのかい? 作業班長は外に居るぞ?(・・・・・・・・・・・)

「え…………」

 

ホシノは急いで出口の方を振り返る。その足をカスミが掴んだ。

 

「私は爆破しないさ。私はね――」

 

その言葉は突如自身の身を襲った爆風によって掻き消された。

ついで圧縮された空気がカスミとホシノに襲い掛かる。サンクトゥムタワーに仕掛けられた全ての爆弾が起爆した。

 

一階、二階、三階層崩落。

四階層から五十階層まで爆発。追って爆破の波は最下層から最上階目掛けて走り続けていく。

 

狂人たちが作り上げた万雷の喝采は、降り注ぐ瓦礫によって打ち叩かれる。

崩れ落ちる希望の塔。その姿をアーケードから見る二人の姿。

 

「そん、な……」

 

先生は呟く。その姿をマコトは見ている。

高く土煙が立ち上り、そして跡には瓦礫だけ。サンクトゥムタワーの影も形も、そこにはなかった。

それ以外は変わらない。ゲヘナ学園も、ゲヘナ自治区も、依然としてそこにはあった。

 

先生は力なくへたり込む。ただ茫然と、目の前の光景だけを眺め続けている。

その姿を見て、ゲヘナの守護者、羽沼マコトはゆっくりを笑みを浮かべた。

 

「――勝ったぞ」




――次回 第16話:絶対零度 & 最終話:ゲヘナ学園
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