消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第3話:舞台装置の独白

トリニティにて、緊急会議を終えた私は自室へと戻った。

戦うべき相手がもうじきこのトリニティにやってくる。それを防ぐための最後の根回しだ。

 

「まったく……視覚情報では時間が分からないなんて、困った夢だよ本当に」

 

生まれ持って備わった予知夢の力は、この百合園(ゆりぞの)セイアを構成する重要な要素である。

そんな私が夢の世界に居るという事実。この世界に限り、私の力は極めて使い勝手の良いものに変わっていた。

……とはいえ、予知夢で見た映像がいつ発生するのかという点においては視覚情報に依存しているため精度が上がったわけでもない。

 

「それでも、やれるだけのことはやらなくてはね」

 

独り言ちる私の声が部屋の中へと溶けていく。

発声。それは今の私が生身の私か夢を見る私かを判別するために必要な行い。

ゆっくりと目を閉じると、瞼の裏に別の視界が生み出される。

そこはアビドス本校と分校を繋ぐ道。ナギサの友人が重そうなバッグを背負って歩いていた。

 

――ヒフミは無事に分校へ向かっているようだね。

 

阿慈谷(あじたに)ヒフミ。

ナギサの頼みで小鳥遊ホシノの補佐に付けられている子だ。

正確には、アビドスの業務補佐と小鳥遊ホシノの様子を報告する――いわゆるスパイに近いのかも知れない。

まぁ、ヒフミ本人は純粋に業務補佐としか思っていないようなのだが……。

 

彼女がこうして分校に向かっているのは別に誰かの指示というわけでは無い。

ただ、彼女は気付きかけている。自分を取り巻く環境、世界の違和感。そして先生たちがやってきてから何かが消えている(・・・・・・・・)という疑念を抱くことができた。

 

その上で、学校が消える度に取り乱すほど苦しむホシノの姿を見て、助けになりたいと願ったのだろう。

当然ホシノは自分から事情を説明したりなんてしない。何故ならホシノにとって、私もヒフミも複製(ミメシス)と呼ばれる舞台装置(モブ)としか認識していないから。

何も変わらないという虚無と失望は簡単に人の心を腐らせる。無意味な語りと説明を行う度に心臓を少しずつ削るような痛みがある。

 

だから、ゲヘナ消失直後にヒフミが聞けたのはたった一語だったんだ。

 

『私が頼りないからですか……? 力になりたいんです。教えてください、何をしているのか』

『……ス分校……』

『え……?』

『……あ、あぁ。……うへ、バ、バレた?』

『……分かりました』

 

全く噛み合っていないのも当然だろう。何せ既にこの夢は壊れかかっている。

サンクトゥムタワーが消失したら発生するはずのロールバックも起こっていない。

小鳥遊ホシノが見てきた世界と暁のホルスが見てきた世界が徐々に混ざりつつある。時間は緩やかに動き始めている。

 

そしてヒフミは、唯一得られた『アビドス分校』という単語を頼りに、行けば何か分かるかも知れないというあまりに不確定な情報だけを握りしめて本校を後にする。

ヒフミの行動。それは世界のルールから外れたもので、絶対に起こり得るはずのないイレギュラーだった。

 

――私はね、きっと期待してるんだ。

 

我らは思考せず、ただ反応のみを行う活性死者の群れ。たったひとりの心の内を再現するためだけに生み出された模倣体。

 

決して出られぬ牢獄の看守。楽園と嘯くこの地に蔓延る舞台装置。

自由意志以前に意志すらない。故に、何度繰り返そうと同じ言動を行い続ける存在だ。

 

言ってしまえばそれは、フィルムの中の登場人物と何ら変わりはない。

同じ映画を何度見ても、作中の展開は決して変わらないのと同じように。

 

――例え私たちがそうであろうと、君たちは違うだろう?

 

そんな私たちに意志が宿るのなら、この物語の結末が変わる要因があるとするなら、それはきっと君たちだ。

 

――どうか、私たちの元まで辿り着いてくれ。私は私の役割(ロール)を全うしなくてはならない。

 

トリニティではなく百合園セイア個人として、偽りの天国を背負う者として先生と対峙する。

救護騎士団も正義実現委員会も直に動き出す。先生たちとどちらが早いかは見えず、ただ祈ることしか今は出来ない。

 

視界の端ではヒフミがアビドス分校の前までやって来たところだった。

ここで何が起こるかは分からずとも、その後の一場面だけは確かに見えていた。

 

砕かれた空。雪の降るトリニティ自治区。ひび割れたアスファルト。崩れた壁。

そして、トリニティを滅ぼすべく歩き続ける先生の後ろ姿――

 

全てはその瞬間に立ち会うため。

その場面が先生と遭遇できる唯一のチャンス。

 

ヒフミがインターホンを押す。

そして、物語は動き出した。

 


 

ぴんぽーん、とインターホンが鳴ったのは、自分の傷と先生の傷の手当を行い直した辺りのことだった。

対策委員会室の窓から様子を見ると、正門の前には――

 

「……ヒフミちゃん?」

 

先生もそれに気付いて、お互い顔を見合わせる。

どうしてヒフミちゃんがひとりでここに来たのか、というより、この学校が認識されていることも含めてどう受け取れば良いか判断に迷った。

トリニティからの刺客……と考えるには流石に不適任過ぎる。交渉事など政治的なものでもヒフミちゃんひとりは有り得ない。

 

「戦いに来た、って感じじゃないけど……どうする?」

 

先生と黒服に目を向けると、予想外というか、黒服の方が立ち上がった。

 

「では私が見に行きましょう。何か聞き出すことが出来る可能性もございますし、罠であったのなら私が一番身軽でしょうから」

「分かった。お願い」

 

先生が頷いて、黒服は廊下に繋がる扉へ向かう。

引き戸の取っ手に手を掛けながら、振り返って口を開く。

 

「何か問題が起こりましたら連絡を入れます」

 

――何か、嫌な予感がした。

 

「念のため皆さまはすぐに動けるよう――」

 

扉が引かれる。黒服越しに見えた廊下。そこには誰かが立っていて――

 

「――黒服ッ!!」

 

私の叫び声。小柄な誰か。揺れる黒衣。グレネード。爆発。煙と銃声。

 

それは一瞬のことだった。

窓際まで吹き飛ばされる黒服。全身に銃弾を受けてぼろぼろになったスーツ。ひび割れた身体が目に映る。

目を奪われた私たちの耳に届いたのは煙の向こうで呟かれた闖入者の声だった。

 

「見つけた」

 

()の声だった。――この世界の元凶たる、もうひとりの私の声。

煙る視界で姿は見えずとも、すぐさま拳銃を構えて先生を下がらせる。

 

「……そっちから来てくれるなんて思わなかったよ。だけど、戦う前に少しだけ話せると思うんだ」

「話? そんなの、したくない」

 

まるで私たちを切り刻むような、冷たい声が返ってくる。

そして一歩、生徒会長(わたし)が私たちに近づいた。

煙は散って、その姿をようやく捉えられて、それで――

 

「……え」

 

思わず拳銃を落す。脳が理解を拒んだ。

 

「ね、ねぇ……な、何があったの、教えてよ。そうじゃないと、こんな、戦うとか、それ以前に――」

「…………」

「だって……それ(・・)は。そんな自分(・・)で撃とうとしなくちゃそんな傷にはならないでしょ……!!」

 

黒衣を纏った私が立っていた。手にはショットガン。右目の奥で憔悴と絶望が揺らめいている。

 

けれどもそれは右目だけ。

何故なら、彼女の左目はショットガンで粉砕されていたから――

 

「言ったら、私の代わりに死んでくれるの……?」

 

そこに居たのは今にも泣き出してしまいそうな、かつての私だった。

 

「私に未来なんて無い。もうここしか無いのに……ねぇ、お願いだからさ……」

 

そして私は分かってしまった。目の前にいるのが誰なのか。もうひとりの小鳥遊ホシノ(わたし)とは一体何だったのか。

 

「だって私は、もう……!! この夢が覚めたら、私は――」

 

アビドス生徒会長、小鳥遊ホシノ。

その正体は、ユメ先輩を失ったことに耐え切れず()()()()()()()()()()()()もうひとりの私だった。

 

だからこの世界は、死に逝く()が見る最期の夢。

今際に残された最後の抵抗。この世界が終われば時間が進む。無限に引き延ばされた最後の命が燃え尽きる。

 

だから、もうひとりの私が口にしたのはきっと――

止められない時間に対する懺悔、だったのかも知れなかった。




――次回 第4話:アビドス高等学校
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