消えゆく世界の最終戦線   作:乃木宮秤

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第4話:プレモーテム(2)

それから私は先生と一緒にゲヘナ自治区を歩きながら、物資の調達および生徒たちの様子を伺って回った。

廃墟に戻って黒服と合流しながら報告を交わす。調査の結果は最悪だったという報告を――

 

「まさか突然撃ってくるだなんてね~」

「本当に驚いたよ……。ホシノが居なかったら逃げ切れなかった……」

 

頭を抱えながら呟く先生だったが、私は先生を守れたことが誇らしかった。

そして分かったことは次の通りだった。

 

まず、物資の調達。これは正直難しい。

このキヴォトスでは経済が成り立っていなかったのだ。全ての貨幣は意味を無くし、アビドス生徒会長および各校の代表が発行している学生証との照会によってのみ物資の配給が為されている。

当然この世界の学生証を持っていない私たちは配給を受けることが出来ず、仮に奪ったところで本人照会で引っかかる。

 

「弾薬の補充が出来ないのは辛いねぇ」

 

思わずそう呟くが、まさにここが死活問題だった。

最悪ブラックマーケットで調達すればと思ったものの、この世界にはそれすら存在しなかった。

いや、正確にはこの世界に先生と黒服、それ以外の大人がいなかったのだ。

 

それだけではない。先生の姿を見た途端、道行く生徒は先生へと襲い掛かって来た。

狩りの対象とでも言わんばかりに弾丸で追い立てられて、私が居るならともかく先生だけで外を歩くのは現実的に無理だろう。

 

「なるほど……」

 

私たちが所感を述べたところで、黒服は思案するように顎を触っていた。

 

「つまり、複製(ミメシス)には大人に対する敵愾心を始めとした認識操作が行われている可能性がありますね。大人こそが敵である、と」

「だろうね。私、大人はみんな敵だと思っていたから」

 

私は顔を(しか)めながら黒服を見るが、黒服は不気味に笑ってそれに応えた。

 

「不信感に敵愾心。そうとなれば、この夢を見ているホシノさんの正体にも迫れるのでは?」

「……そうだね。この世界を夢見てるのはどう考えても、先生と出会っていない私だろうね」

「ホシノ……私のことをそこまで……」

「ち、ちがっ――くは無いけどさぁ~!? 突然は止めてくれるかな先生!」

 

不意に刺してくる先生の言葉に思わず頬が熱くなる。

けれども、事の内容は深刻だ。もう一人の私が敵愾心を持っている時点で「ひとまず会って話してみる」の道は消え失せた。

()()()()()()()()()が、敵だと認識している相手の言葉をまともに聞くなんて有り得ない。少なくとも相手の生殺与奪の権利を握ることから始めるし、何ならゲヘナと組んでいる時点で既に私たちを探しているかも知れない。

 

話をするためには戦うしかない。

戦って、話し合いのテーブルに引き摺り出す他に道はない。

 

その辺りで先生は「ただ……」と深刻そうに呟いて、黒服はその言葉を継ぐように口を開いた。

 

「可能性としては、先生が何者かに謀殺された後のホシノさんという線も有り得るでしょう」

「……っ」

 

――先生が殺された後の私……?

 

「私が死んだ後の世界で生き残ったホシノ、という可能性も捨てきれないと思ったんだ。ホシノが私を信じてくれるなら、そんなホシノが大人への信用を失うのなら、そういう未来があってもおかしくない――と思うのは流石に自惚れかな?」

「ううん。違うよ先生」

 

自惚れなんかじゃない。

もしそんなことがあったのならば、私は全ての大人を憎悪する。守れなかった私自身にも怒りを燃やす。絶対に許さないと断言できる。

怒りに狂った私が、何も守るものが無くなった私がどうするかなんて火を見るよりも明らかだ。

 

「だってもし先生が何処かの大人に殺されたら、私は――」

「ストップ。でもありがとう、ホシノ」

 

制止の声に我へと返る。

先生は「あくまで可能性」だと言うけれど、その可能性はあまりに残酷で、殺し合う以外の道が無い最悪の結末だ。

想像すらしたくないと首を振ると、先生は黒服へ話を振った。

 

「そうだ黒服。タワーのことについてなんだけど、この世界のサンクトゥムタワーは全部で四本あるっぽいんだよね」

「四本ですか……」

 

地平の彼方に見えたのは、天まで届かんばかりの四つの塔だった。

何処に立っているのかは分からなかったけれど、それを聞いた黒服は納得したように頷いた。

 

「ふむ、だからこその四大校(・・・)ですか」

「どういうこと?」

 

私が口を挟むと、黒服は読んだ(・・・)と称する契約の一端を話し始める。

 

「ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム。そしてアビドス。どうやらこの世界にはこの四校を除いて存在しないようなのです」

「存在しないって……外のみんなは分かってるの?」

「ええ、存在はしていたが消えてしまったもの。そう認識されているようです。誰がどこまでその認識を共有しているかまでは流石に分かりませんが」

 

その事実が幸か不幸か。

けれど言えることがあるとすれば、この四校のタワーを攻略すれば帰ることが出来るという事実を意味する。

 

「ですが、そう悪いことばかりではないかも知れませんよ。我々にもこの世界に持ち込めたものがあったようです」

 

そして黒服は語り始めた。

それを聞くに、どうやら私の転移に合わせて私たちの世界に存在した廃校対策委員会のあった棟も、この世界に再現されているとのことだった。つまり――

 

「そこに行けば、私の弾薬もあるってこと?」

 

期待混じりに声を上げると、それに対して黒服は頷く。

 

「可能性は高いかと。恐らく防弾チョッキを始めとした貴女の武装も同じく再現されているはずです」

「良かった……。流石にフル装備じゃないと不安だったから……」

 

手元にあるのはショットガンとバリスティックシールド。それから盾に仕舞っていたサブアームの拳銃と予備の弾薬各種のみ。

フラッシュバンもスモークグレネードも無ければプレートキャリアも無い以上、ファストローディング時の牽制だって出来はしないのだから。

 

「とりあえず、ホシノは大丈夫そうだね。黒服、車を拾って来たんだけど運転は出来る?」

「お任せください。すぐにでもアビドス高校――いえ、この世界におけるアビドス分校へ向かいましょう」

 

そうして私たちは道中拾ったワゴン車へと乗り込んだ。

もちろん、姿を観測(・・)されないように廃墟一階にあったカーテンの布地にこの身を包ませながら。

 


 

そうして私たちは、ワゴン車に乗って廃校対策委員会のあるアビドス分校へと車を走らせていた。

ハンドルを握る黒服は意気揚々に、後部座席へと身を収める私たちは戦々恐々としながらもゲヘナからアビドスまでの道のりを進んで行く。

 

「ところで、なのですがホシノさん」

「……何?」

 

黒服の声に、黒服との距離を測りかねていた私は戸惑ったような声で返してしまう。

そんな様子にすら黒服は気にも留めないようで言葉を続けた。

 

規約(・・)を見たところ、この世界にアビドス自治区の再現は為されていないようです」

「……?」

「つまるところ、貴女の後輩も、先輩も、この世界には居ないようですね」

「え……?」

 

ユメ先輩はおろかノノミちゃんもシロコちゃんも、セリカちゃんもアヤネちゃんも居ない世界とはどういうことか。

だったらこのアビドスの風景は? 砂漠の無い砂丘が点在するここは何か。

その答えは黒服からすぐに返って来た。

 

「恐らく、アビドス自治区は他の三大校の一部を組み合わせて作られた土地なのでしょう」

 

続けて黒服は言葉を紡ぐ。

ミレニアムからは成立するだけの技術を。

ゲヘナからは防衛部隊を主とした部隊を。

トリニティからは存在を証明する歴史を。

パッチワークアビドス。継ぎ接いで作られた異様の存在。それこそが現在のアビドスなのだと黒服は結論付けた。

 

「ホシノさん。もしもこのような状況になり得る可能性に思い当たるのであれば、いつでも仰ってください」

「…………」

 

そんなもの、思い浮かぶはずがなかった。

ユメ先輩どころか対策委員会の誰も再現されていないのなら、それはもう動機の一切が分からなかった。

アビドスを再現しないなんて有り得ない。だからこそ出来なかった(・・・・・・)としか考えられない。

ユメ先輩を再現できず、ノノミちゃんやシロコちゃんたちですら再現できなかった自分。

 

――想像すらしたくない。そんなの、本当に独りぼっちじゃんか。

 

過去の自分を思い出すようで、少しだけ気持ちが沈む。

けれども、相対しなくてはいけない。必ずこの世界を壊して、そんな悪夢を見続けるもうひとりの私を助けるために。

 

そこでふと、思い至ったことがあった。

悪い想像だ。もし三大校の生徒()再現されているというのなら、ヒナちゃんたちはどうなのだろうと。

 

「もちろん居るでしょうとも。サンクトゥムタワーの攻略を阻む障害として、必ず立ちはだかるはずです」

「……正直厳しいね」

 

私は強い。これは自負でも何でも無く純粋な事実だ。

けれど、いくら強いからと言って各校の武力組織全てを相手取れるほどではない。

特にゲヘナ風紀委員会、委員長の空崎ヒナ。あの子には一度敗北している。

 

――ならばどう勝つか。

 

思考が徐々に戦術方面へとシフトしていく。

友達だとか、そんな感情を排して如何にして勝つか(・・・・・・・・)だけに目線を合わせる。

そのために必要なのは――

 

「黒服。勝利条件が知りたいんだけど、サンクトゥムタワーを無力化する方法は分かった?」

「少々お待ちを。……見つけました。我々がすべきことは次の通りです」

 

ハンドルを握る黒服は静かに言葉を綴り始める。内容はこうだ。

 

第一項

この世界に存在する生徒はミレニアム、ゲヘナ、トリニティの三大校のみ。アビドスの生徒は再現されておらず、三大校のサンクトゥムタワーを使って本来存在しないアビドス自治区を創り出している。

 

第二項

サンクトゥムタワーによって生徒を含めた全ての物質が再現されている。全てのサンクトゥムタワーが消滅したとき、この世界は消滅し、残った全ては元ある現実で目を覚ます。

 

第三項

全てのサンクトゥムタワーは百フロアにて構成されている。最上階の世界基底に直接触れて操作することでのみ、サンクトゥムタワーへの干渉が可能となる。

 

第四項

世界基底への操作権限は小鳥遊ホシノ、調月リオ、羽沼マコト、百合園セイアの四名である。

この権限は譲渡されず、永久に保持され続ける。

 

以上のことから、各校のタワーに乗り込んで世界基底を操作し、サンクトゥムタワーごと学校を消すのが私たちの勝利条件だった。

 

もちろんここで読み上げられている小鳥遊ホシノ(・・・・・・)とは私のことじゃない。この世界の私のこと。

だから私が世界基底に辿り着いても操作は出来ないと、黒服は付け加えた。

 

「ただし例外がございます。シッテムの箱を持った先生ならば、世界基底の操作は可能でしょう」

「ちなみに、サンクトゥムタワーを直接破壊するのはどう?」

「現実的では無いかと。全てのサンクトゥムタワーは最高峰の神秘たる暁のホルスの影響下にあります。なればこそ、同格の神性で無ければ傷一つ付けられません。貴女が手ずから破壊するとしても、ショットガンでタワーを削るよりも直接内部に侵入した方が早いでしょう」

 

つまり、私のやるべきことは先生が世界基底まで辿り着けるよう道を切り開くことだった。

 

「一応なんだけどさ、世界基底の見た目は?」

「流石にそこまでは分かりませんね……。しかし、サンクトゥムタワーの最上階にあるのは確かなようです。それと最後にもうひとつ」

 

第五項

小鳥遊ホシノは最上位権限を保有し、アビドスの世界基底を介して規約を追加・変更できる。

 

「砕いて言うならば、現実改変に似た事象を行うことが出来ると思っていただければ」

「え、何それ……?」

「だから見つかったらマズいってことなんだね」

「結果的にはでしたが、そうなりますね」

「い、いやいや、ちょっと! 何で二人ともそんな平然と話しているのさ!」

 

現実改変。そんなもの、漫画や映画の中でしか聞かないフレーズだ。

それを当たり前のように受け入れている先生と黒服が妙に不気味だった。

 

そんなファンタジーを前提にするのであればそもそもの話、もう一人の私はアビドスのサンクトゥムタワーに引きこもって世界基底を操作し続ければいい。ただそれだけで私たちは絶対に勝てなくなる。

 

それに対して声を上げたのは先生だった。

 

「多分だけど、そこまで思い通りにならないんじゃないかな。世界のルールを変えるのは簡単なことじゃないから」

 

制約と代償がある、と先生は言葉を続ける。

 

「不可能じゃないってだけで、自由に使える手段じゃないはずだよ。それに、私だったら対抗できる(・・・・・・・・・・)

「……っ」

 

一瞬だけ、先生の雰囲気が変わったような気がした。

何故だかそれは、アトラハシースで戦った異形の存在にも似ていて――思わず背筋が凍りついた。

 

「だ、大丈夫なの……?」

「大丈夫だよホシノ。なんとかなる」

「そ、そっか……」

 

頭を振って思考を戻す。

勝利条件は分かった。あと必要なのは――

 

「先生。他の学校の生徒について知ってることある? 戦い方とか、特徴とか」

「戦術分析だね。ある程度は分かるから、簡単に説明だけでも」

 

先生が各校の生徒の説明を始めた。

ざっくりとはしていたけれど、要点を押さえて分かり易く解説してくれたおかげで大体は理解できた。

 

「こんなものかな。詳しくは対策委員会室でやろうか」

 

外を見ればアビドス分校のすぐ近くまで来ていた。

もう五分もしないうちに到着するだろう。そう思って外をぼんやりと眺めて……一瞬、窓の外に何かが見えた。

 

「それじゃあ黒服。一旦何処かに車を隠し――」

「先生危ない!!」

 

先生に覆いかぶさった直後、凄まじい衝撃がワゴン車を襲った。

爆発音。横転する車体。割れたガラスが車内に飛び散り、天と地が狂ったように入れ替わる。

横倒しになったワゴン車が道路を削り、数十メートルほど滑って止まった。

 

直前に見えた八発のミサイルが私たちの車を襲ったのだ。

私の下で先生は「いたた……」と声を上げる。良かった無事だ。黒服は既に脱出したようで、「大丈夫ですか?」と車外から声を掛けてくる。

 

何とか這い出て外へ出て、周囲を警戒。

敵影は――すぐ近くまでやって来ていた。

 

「あんたらだよなぁ? 突然現れた不審人物ってのはよぉ……」

 

両手にはチェーンで繋がれた二挺のサブマシンガン。小柄な体躯に派手なスカジャン。その下にはメイド服。

獰猛な笑みを浮かべるその姿を見て、私は呻いた。

 

「C&C、コールサイン『ダブルオー』。抵抗しても良いぜ。その方が楽しそうだからなぁ!!」

 

目の前に立っていたのは、戦うべきではないキヴォトス最強格のひとり。

ミレニアム最強の異名で畏れられる存在、美甘(みかも)ネルであった。




――次回 第5話:トロイの木馬
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